仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

象の首に坐り、カギ棒を額に構え、耳で操縦する:瞑想実践の科学8

前回は、ブッダとセーラ・バラモンとの間で起きた「広長舌相」のエピソードの流れから、牛を調御する『急所』について考えて行った。

牛を調御する急所は鼻の穴であり、その牛の鼻を捕まえて調御する譬えが、パーリ仏典にも存在する

そこにおいて、穀物を食い荒らす悪しき牛を、鼻で捕まえて角の間で押さえ込んで、強く打つ、という喩えが、単なる喩え話ではなく、直接的に修行者の煩悩を調御し、その心を寂静へと導く “瞑想テクニック” を示唆していた。

以上が前回までのあらすじだ。

この穀物畑を食い荒らす牛の話は、仏弟子の告白」にある以下の一節と重なり合うものだろう。

446: もしもそなたの心がもろもろの欲望と迷いのうちに駆け巡るなら、正しく念いを保つことによって速やかに抑制せよ。―― 穀物を喰らう悪しき家畜を抑制するように。

ブラフマダッタ長老

岩波文庫 中村元訳 より引用

上の文言は、「家畜の抑制法と同じように “正しく念い(サティ)を保つことによって”、修行者は、欲望と迷いを速やかに抑制できる」、と読み取ることができる。

前回引用した「六処に関する集成: 琵琶」はサムユッタ・ニカーヤ所蔵だが、おそらく上記のブラフマダッタ長老はこの “牛を鼻で捕まえる” 譬え話を念頭に、その言葉を語った。

仏弟子の告白」は遅くともアショカ王の時代までには成立していたと考えれば、サムユッタ・ニカーヤの「牛を鼻で捕まえる」エピソードはそれ以前から存在していた事になる。

もちろん私は、それが、ブッダの直説に由来すると考えている。

牛を調御する方法・テクニックが、実は人間の欲望や迷いを調御し、瞑想を深める具体的な方法論・テクニック(瞑想メソッド)そのものである、と唐突に言われても、にわかには信じられない人がほとんどだろう。

私も正直、最初は、「まさかね」という思いを捨てきれないでいた。

しかし、岩波文庫のパーリ経典シリーズ、これはスッタニパータ、ダンマパダ、ウダーナ、テーラガーター、など「クッダカ・ニカーヤ(小部経典)」に所蔵される古層の経典群だが、これらの中に、動物の調御に関する譬え話が、少なからず存在する事に気付いた時、読み筋は更に核心へと進んでいった。

岩波文庫のウダーナ(感興のことば)はサンスクリット原本からの翻訳)

今回は初めに、特に象に関する喩えの主だったものをテーラガーター(仏弟子の告白)から引用したい。

これらの仏弟子たちは、実際にブッダ本人から直接瞑想指導を受けて修行した人々がほとんどだと考えられるので、その証言は、直接的に「ブッダの瞑想法」の内容(そのメソッド及びそこから生まれる体験)を示唆している可能性が高いと考えられる。

~以下、「仏弟子の告白 中村元岩波文庫」より引用

31: 密林である林の中で蚊や虻に咬まれながら、心に念じて堪えしのぶべきである。――― 戦場の先陣にいる象のように。ガフヴァラティーリヤ修行僧

77: この心は、以前には望むところに、欲するところに、快きがままに、さすらっていた。今やわたしはその心を適切に抑制しよう。――― 象使いが鉤をもって、発情期に狂う象を全く押さえつけるように。ハッターローハプッタ長老

さて、ここで象使い(英:Mahout マフート)が狂象を調御するように、という譬えが出てきたが、実際に象使いが “どのように” して象を調御するのか、知っている人はいるだろうか?

正直、私は知らなかった。なので例によってネット上を巡回して、情報を収集していった。その結果、とても興味深い事実が明らかになった。

まず、最初に私は、サンチー仏跡のストゥーパ門塔(トラナ)の浮彫彫刻について調べた。確かそこには、王族がパレードする光景の中に沢山の象が描かれていたからだ。

これは以前チャクラ(車輪)のシンボリズムについて研究取材した時に、一通り現地で写真を撮って保存してあったので見つけるのは簡単だった。

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上はサンチーのトラナに彫られたシュンガ朝時代のレリーフ。中段、象の首に乗った象使いが曲がった鉤の付いた棒を持っている姿がある。

全体に様々なシーンが写実的に描写されていて、鉤棒を持った象使いの姿も鮮明に表されているが、彼はその鉤棒の尖った『カギ部』を象のの辺りに当てて構えているのが確認できる。

その他の彫像を一覧すると、そのほとんどの象が首に象使いを乗せており、それらの象使いは一様に、象の頭上、額の辺りに鉤棒を構えている定型で描かれている事が分かった。

シュンガ朝はアショカ王マウリヤ朝が崩壊したのちに、紀元前2世紀ごろ勃興した王朝なので、ブッダの時代に最も近い証言者と言えるだろう。

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ホイサラ朝時代の彫刻:11世紀頃

南インドのホイサラ朝の彫刻を見ると、やはり象の首に乗った象使い(インドラ?)が右手に鉤棒を持って象の頭上にかざしている姿が確認できる。鉤の先端も同様に額の辺りに触れている印象だ。

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Wikipediaより:ムガル朝の細密画に描かれた戦象と象使い

ムガル朝時代の細密画に描かれた象使いも、象の首に跨って、手にした鉤棒を象の頭上で構えており、鉤の先端が額に向いている事が確認できる。

これら、シュンガ朝からムガル朝に至る、時代も地域も異なった美術表現に、全く共通した描写が見られるという事は、これは何かしら象の調教の本質的な部分と関連しているはずだ。

そのように考えた私は、象の調教法について本格的にリサーチを開始した。中々これは、というドンピシャのサイトにはたどり着けなかったのだが、南紀白浜の動物園における象の虐待死事件の裁判記録、という何ともマイナーなアーカイブに明確な証言を発見できた。

この事件は、タイ人の象の調教師がアフリカゾウのピコに対して過剰な調教を行って死に至らしめた、という内容だったが、その記録に「象の急所である眉間と足を槍で執拗に突いて、象を弱体化させ死に至らしめた」という内容が明記されていたのだ。

その後も様々なサイトを巡回すると、どうやら象の急所とはまず第一には眉間である事が分かった。

つまり紀元前の古代から近代に至るインドの象使いが、常にその鉤棒を象の頭上に構えていたのは、何か象が人間の意に反した行動を取ろうとしたら、速攻で眉間の急所を鉤棒で突いて、その反意をくじく、という備えであったと考えられるのだ。

そして古代インドにおいて、象使いではない様々な階層の一般人も、その事を文字通り一般常識として認識していた

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トラナ・アーチの拡大図。象使いは明らかに象の『額』に鉤棒を当てがっている

という事は、先に引用した「仏弟子の告白」の一節、

77: この心は、以前には望むところに、欲するところに、快きがままに、さすらっていた。今やわたしはその心を適切に抑制しよう。――― 象使いがをもって、発情期に狂う象を全く押さえつけるように。ハッターローハプッタ長老

という、象使いが鉤をもって狂象を全く押さえつける様に、貪欲・放恣な我が心を適切に抑制しよう” という内容の、その具体的な “方法” とは、象の急所である「眉間に何らかの働きかけをする」可能性が高い、という事が想定されるのだった。

もちろんこれは、「単なる表面的な喩え話」、として読む事も可能だ。

しかし、前回も言いったが、パーリ経典における “譬え話” は、単なる文学的な比喩表現ではなく、具体的かつ実体的な事象との切実なまでの重ね合わせである可能性が高い、と私は判断している。

そして前回紹介したサムユッタ・ニカーヤの “牛の鼻を捕らえて角の間で押さえる” という比喩表現に続いて、象の調教においてもそのものズバリの「眉間」という急所が登場した。

これはもはや、単なる偶然では済まされない、と判断すべきではないのか。

古代インド人の顕著な心象として「重ね合わせ」「同置」「同一視」と言うものがあった事を前提にすると、この『象』とは、細部に至るまで『修行僧そのもの』ではなかったか。

そこで次に取り上げるのが、同じ仏弟子の告白の中で、最初に読んだ時に何とも不可解に感じた一節だ。

197: マンゴーの若芽(の色)に似た衣を肩にかけて、象の首に坐して、私は托鉢のために村に入った。

198: 高ぶっていた私が、その時静かになった。私はもろもろの汚れを消滅するに至ったのである。ウサバ長老

194: 戦場において、もしも象の肩から落下した私を象が踏みつけるのであるならば、わたしは、敗れて生きのびるよりは、死んだ方が良い。ソーナ・ポーティリヤプッタ長老

ウサバ長老は「象の首に坐して托鉢のために村に入った」と何気なく語っているが、ブッダ在世当時のサンガにしても現行テーラワーダにしても、その戒律・習慣では、出家の比丘が王侯のように象に乗って高みから見下ろしながら村に入って托鉢をする、などという事は絶対に考えられない。

ソーナ長老の言うように、出家の比丘が、象の肩に乗って戦場に出陣するなどという事もあり得ないだろう。

これらの表現は、もちろん “譬え話” なのだ。そしてその裏には、深い意味が隠されている。

それは単なる文学的な比喩表現などではなく、「瞑想実践との具体的かつ実体的な切実なまでの重ね合わせである可能性が高い」と、例によって私は考える。

では出家の比丘が象の首(肩)に乗る、とは一体何を意味するのだろうか? そして、彼らが赴く “戦場” とは、一体何を意味するのだろうか?

パーリ経典の「仏弟子の告白」には、動物の調御に関する多くの比喩表現が存在する一方で、修行僧の心得・覚悟として、六官の調御(制御・防護)、という文脈も多出している。

動物の調御と修行僧の六官の防護には明らかに深い関わりがある。それを前提にした上で、実際に現役のタイの象使いが、メス象の首に坐って彼女を操縦する様子を見てみたい。

Youtubeより:マフートと呼ばれる象使いが鉤棒を持って象を調御する様子

上のビデオを見れば、象使いが象の首に坐って、どのように彼女を調御するのかが、リアルに観察できるだろう。まさに百聞は一見にしかずだ。

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同上:鉤棒を手にする象使い。

象使いの右手をみると、現代のタイにおいても、しっかりと鉤棒を持っている事が分かる。これは、ある意味驚くべき事だろう。何しろ、象の調御に関しては、2500年前の古代インドの時代から現代に至るまで、使っている道具(調御法)がほとんど変化していないからだ。

(象使いの技術はパーリ仏教と共にインドからスリランカを経由してタイに伝わった可能性がある。すでに象の調御法は、2500年前にはほぼ完成の域に達していたのだろう)

ビデオを見ると、まず象使いは立っている象の腰を手のひらでたたきながら、声かけで座らせたメス象の首に跨っていく。その際、膝を曲げて、膝頭を耳の上部後ろ、つまり後頭部の両側面に押しつけている。

これは、バイクに乗る人なら分かると思うが、おそらくはニー・グリップと同じ原理だろう。

体験者の話を聞くと、象の乗り心地は決して良くはない。かなりの上下・左右動を伴うのだ。その状況で、しっかりと膝で象の後頭部をグリップして、安定を保つのだ。

そして、耳の背後に下げた足先を使って、具体的には象の耳たぶの裏をつま先で軽く蹴って、象に指示を出していく。

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同上:象の耳たぶの裏をつま先で蹴って指示を出す

蹴る強さは、象の心理状態に対応して変わるのだろう。従順で集中力の高い時には、ソフト・タッチでも機敏に反応して操縦できるし、反抗的な、集中力の低下している時には、荒々しく蹴って、言う事を聞かせる。

一連の象使いの動きを観察すると、膝からつま先までを適宜に象の耳周辺(後頭部)に接触させて、その触覚を通じて、自らの細かい操縦意思を象に伝えている事が分かる。

既に紹介した、鉤棒を象の眉間にあてがって調御する姿は、このビデオでは見られなかった。これは、おそらく、眉間の急所が、象の欲動を制御するブレーキに相当するからだと思われる。

映像に出てくるメス象は、とても穏やかで従順だ。象使いとの友好的な信頼関係もすでに十分に確立しており、しかも彼女が恐怖を感じたり何らかの情動に駆られて暴走するような状況は見られない。

象も象使いも共にリラックスしているのが見て取れるのだ。

一方で、先に紹介した王侯を乗せた象のパレードや戦場の最前線で戦象を調御する場合、王を乗せた象が万が一暴走したら象使いはヤバいし、戦場の最前線という象にとって恐怖に満ちた環境下で象を意のままに操るのは、強度の支配力が求められるだろう。

そのような状況下では、象を徹底的に完全にコントロールする為に、常にその急所である額の上に鉤棒をかざして、象にその脅威を意識させることによって、完璧な制御を期する訳だ。

眉間の急所を万が一の緊急ブレーキ(欲動のキル・スイッチ)として、耳たぶの裏から後頭部にかけての触覚刺激をハンドルやアクセルとして、象使いは象たちを様々なシチュエーション下で見事に調御し、操縦するのだ。

もちろん、これまでに紹介した象の調御法の詳細について、ブッダをはじめ、彼と同時代の聴衆たちは、一般常識として、おおよその事は知っていたはずだ。

そこで先に引用した「仏弟子の告白」に立ち返ってみよう。

197: マンゴーの若芽(の色)に似た衣を肩にかけて、象の首に坐して、私は托鉢のために村に入った。

198: 高ぶっていた私が、その時静かになった。私はもろもろの汚れを消滅するに至ったのである。ウサバ長老

既に指摘したように、原始仏教の生活習慣においては、出家の比丘が象の首に乗って托鉢のために村に入る、などという状況はあり得ない話だ。なのでもちろん、上記ウサバ長老の詩句は「譬え話」なのだ。

では彼は、「象の首に坐して、私は托鉢のために村に入った」という譬えによって、何を表したかったのか?

この文言を表面的に見ると、象という他者の首にウサバ長老が乗っている様に受け止められる。けれど実際には、このは、ウサバ長老本人に他ならない。

ウサバ長老本人である象の首に、ウサバ長老本人である「私」が乗って、托鉢のために村に入った訳だ。その心は何か?

これは以前紹介した穀物を食い荒らす牛の譬えと同じだ。

食欲に駆られて禁じられている畑に浸入し穀物を食い荒らしてしまう牛は、世間の欲望に扇情され誘惑され修行の道を精進の心を見失ってしまいがちな修行僧の姿そのものだった。

象も牛も自然状態では本能のままに生きているものだ。決して人間の意のままには従わない。けれど適切な調御を施す事によって、彼らは野生の我がままな欲動を制して、人間の規律に従うようになる。

同じ事が仏道修行にも言えるだろう。

人間が世間で生きている限り、彼らは自然な欲動に従って生きている。ヒンドゥ・ダルマに典型的な、アルタ(実業の利益)やカーマ(家庭生活における愛欲)を満たす事を第一義に生きている訳だ。

けれど出家の比丘とは、それら我執に基づいた六欲の心をすべて厭離して、ただ一途に解脱を求めて精進する生きざまを貫いていく。

しかし、悟りを開いたブッダならともかく、どんなに発心して出家したとしても、修行の途上にある彼らは、しばしば世間的な誘惑に惑乱し、動揺する。

その様な、自然状態の欲動の揺らぎを制御する姿が、同じように自然状態の欲動を制御される動物達の姿に重ね合わされた。

比丘たちに、初めてその自己調御の方法を指導し得たのが、正にブッダその人だった。だからこそ、彼はプリサ・ダンマ・サーラティ(人間を調御する御者)と呼ばれたのだ。

ここまでは、牛や象の話を単なる譬え話と捉えても、符合する流れだ。けれども私は、ここでもう一歩踏み込んで読み進める。

象の調御法の要諦として、私たちはすでに、眉間耳の裏というポイントを知る事ができた。

これらのポイントに触覚刺激を与える事によって、逆に言うと象に、これらのポイントの触覚刺激に常に気付き続けさせる事によって、彼らの心を鎮め、従わせる事ができた訳だ。

常に欲動によって惑乱しがちな象や牛たちは、実は出家の比丘の未熟な心そのものだった。ならば、ウサバ長老が象の首に坐って托鉢のために村に入った、という時、その象とは未熟な時代のウサバ長老本人以外にはあり得ない。

ならばウサバ長老本人である所の象の、その首に坐る「私」とは誰か?

それは、プリサ・ダンマ・サーラティ(人間の調御師)であるブッダの指導によって出家し精進修行している、意志堅固な求道者としての自分の気づき(サティ)、以外にはあり得ない。

自分で自分を調御する。「世間的な欲心を持った未熟な私」「求道者として精進する私」が調御する。これこそが、仏道本来の姿と言えるだろう。

そして、この自分で自分を調御する具体的な方法論、いわゆるメソッドもまた、象や牛を調御するその具体的なメソッドに重ね合わせて暗示されている

象使いによって見事に調御されている象たちが、常にその「耳周り触覚刺激意識を集中し『気づいて』いる」様に、修行者もまた、額と耳の触覚に意識を集中して、自らの惑乱しがちな世間心を調御するのだ。

そして、ある時、ある奇跡的な “瞬間” が訪れて、

「高ぶっていた私が、その時静かになった。私はもろもろの汚れを消滅するに至った」

のだ。

もちろん、改めて指摘するまでもないが、今回新たに出てきた象ので操縦する、という調御法は、広長舌相において「ブッダがセーラ・バラモンに舌を持って耳腔を舐め上げて見せた」、という情景と対応している。

そして、このは、これも以前指摘した通り、鼻咽喉に開いた耳管口によって、鼻呼吸とつながっている。

つまり、アナパナ・サティにおいて、鼻呼吸に気付く瞑想の中で、呼吸のたびに耳という器官全体がその生理的活性を変動させる、その感覚に気付く、という方法論が想定されるのだ。

鼻と耳が空気の流通によって繋がっている、という事実は、ブッダ自身(あるいは同時代のインド人)も知っていたと考えるべき根拠がある。

それは、ブッダの苦行時代のエピソードとしてパーリ仏典の複数個所に記述されているのだが、彼が止息の苦行に挑んでいた時、その苦悶の極みにおいて、「轟音を立てて耳から空気が漏れた」という状況がリアルに描写されている。

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鼻と痔の専門相談より

上図を見ると良く分かるが、鼻腔咽喉という呼吸の通り道の内部で、耳や眉間(前頭洞)は全てつながっている。

一方で、同じ止息の行のピーク時の表現の中に、強烈な頭痛によって苦しめられた、という文言も存在する。

この文言に関しては、詳細に説明すれば本ブログの記事2~3本分以上にはなってしまうので、今回あまり深くは立ち入らないが、この経験によって、シッダルターの額の “チャクラ” が活性化した可能性を指摘しておきたい。

(私は “チャクラ” などのネーミングを常用するが、これは私がヒンドゥ・ヨーガの思想を丸ごと鵜呑みにして信奉する事を意味しない。単に人口に膾炙している最も分かりやすいラベルとして、チャクラ、という単語を借用している。ここで言う「チャクラが活性化した」は、「三叉神経がピーキーになった」と言い換えても良い)

呼吸に関する気付きにおいて、牛の急所である鼻腔入口で空気の流通する触覚に気付き、牛と象の急所であるの前頭洞に呼吸気が流通する感覚に気付き、同時にを操縦するの周辺において、触覚が生理的に変動するプロセスに気付く。

あるいは、この三つの触覚的な気付きは、微妙な時間差において自覚され得るかも知れない。例えば、最初は鼻腔のヘリ、次は額の前頭洞(アジナー・チャクラ)、最後に耳孔周辺の触覚変動、という様に。

その継続的な気付きの心こそが、狂象を調御する象使いであり、盗み食いの牛を調御する穀物畑の監視人に他ならない。そのような継続的な気付きの最中にある比丘の心は、調御される牛や象の心と同じように、自ずからの “ダルマ(摂理=機序)” によって調御されていくのだ。

そのように考えると、同じ仏弟子の告白にある以下の詩句の意味が、切実に理解できるだろう。

194: 戦場において、もしも象の肩から落下した私象が踏みつけるのであるならば、わたしは、敗れて生きのびるよりは、死んだ方が良い。ソーナ・ポーティリヤプッタ長老

これは、象であるところの世間心(マーラの支配下にある六欲)との戦いにおいて、象使いである気付きの心・精進の心が敗北して、欲動に屈服してしまう姿を「象の肩から落下した私を象が踏みつけるのであるならば」、と譬え、修行に挫折してマーラの意のままその支配下に生き続ける位なら、死んだ方がましだ、という “決死” の覚悟の表明に他ならない。

ここでひとつリアルにイメージしてみよう。修行僧が歩いている時、あるいは坐禅瞑想で坐っている時、その肩・首に一人の小人が象使いの様に坐っている。丁度肩車をしている様に。

その小さなマフート(象使い)とは修行僧自身の気づきと精進の心だ。彼は常にそのマフートと共にある。マフートが額にかざす鉤棒の気配を感じながら。彼自身の中に住む欲動に突き動かされる狂象を調御する為に。

もしその常在すべきマフートが肩から落ちてしまったら、つまり常在すべき額への気づきが、失われてしまったならば、たちまちマーラの狂象は暴れ始め、修行僧としての私を踏みつけ、世俗心へと引き戻してしまうだろう、と。

実は鼻先と眉間と耳というポイント以外にも、ウサバ長老が言う「象の首に坐って」という譬えの中には、さらなる暗喩が隠されている可能性がある。

その触覚刺激によって象使いの指令を受ける眉間や耳以外にも、象は様々な事を “感じている” だろう。もちろん声による指令もそうなのだが、象使いが坐っている、その首(肩)自体においても、象使いがそこにいる事を触覚的に、感じ取っていないだろうか。

くの字に曲げた象使いの足全体が後頭部の両サイドから耳の後ろで常に様々な触覚刺激をもたらす。と同時に、象使いが腰かけているその体重がかかっている首筋や肩周りにも、象は触覚(圧覚)を強く感じているはずだ(これに関しては煩雑になるので後日)

牛を調御する急所である鼻孔と象を調御するにはある共通項がある。それはこれら顔面周辺の触覚が『三叉神経』支配下にあるという事だ。これはブッダの瞑想法について関心を持っている全ての人が、覚えておくべき事柄だろう。

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Wikipediaより再掲

動物の譬えによって示唆される気付きのポイントは、脳幹(橋)に起始する三叉神経と深く関連している。そのヴィジュアル的なサイズ(上図水色)を見ても、この神経支配が如何に「大きな」存在かが分かるだろう。

この三叉神経の作用機序については、特にゴエンカジー系の実践をしている人にとっては極めて重要な意味を持っているのだが、この点に関して記述する前に、順序としてもうひとつ重要な動物の譬えを採り上げなければならない。

それは、馬の調御と比丘の修行を重ねる譬え話だ。これは牛や象の調御の喩えに比べて遥かに多く語られ、しかもその描写は具体的なディテールに及んでいる。

一体、調馬師(アッサ・ダンマ・サーラティ)は、どのようにして馬を調御するのだろうか?

これは競馬や乗馬をする方にとっては、とても簡単な質問だろう。一般の方でも、ちょっと考えれば「ああそうか!」と思い至るはずなのだ。

~次回に続く。

(本投稿はYahooブログ 2014/11/3記事「瞑想実践の科学 12:鉤棒で狂象を調御する」2014/11/16「瞑想実践の科学 13:象の首に坐り、耳で操縦する」を統合の上加筆修正し移転したものです)

 

 

 


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