仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

ハミと手綱で駿馬を調御する:瞑想実践の科学9

眉間の急所を万が一の緊急ブレーキ(欲動のキル・スイッチ)として、耳たぶの裏から後頭部にかけての触覚刺激をハンドルやアクセルとして、象使いは象たちを様々なシチュエーション下で見事に調御し、操縦する。

そして、これら象の調教における急所のポイントが、修行僧の瞑想実践において、「気付き(サティ)」のポイントと重なり合っている。

以上が前回『瞑想実践の科学8』までのあらすじだった。

今回は、予告通りに『馬』の調教法と出家比丘の修道法(瞑想法)との具体的な “重ね合わせ” について、考えていきたい。

今まで登場した牛、象に続いて三つ目の動物になるが、実はこの牛象馬+ライオンと言う動物種の組み合わせは、ある意味、インド初期仏教を象徴する『指標』になっている。

それは、かの有名なアショカ王石柱の柱頭部分に、この四種の動物が刻まれている事からも明らかだが、それだけではなく、先に紹介した『仏の32相』においても明瞭に提示されている事実なのだ。

この点に関しては、また回を改めて詳述したいと思っているが、今回は三番目の馬について、詳しく見ていきたい。

もちろん馬を取り上げるのには根拠がある。パーリ経典の中に、修行僧の心の調御と、馬の調御を重ね合わせて譬える文言が、複数個所に存在しているからだ。

春秋社刊:原始仏典 第5巻 中部経典2 P340『若い駿馬の譬え』より

「バッダーリよ、例えば巧みな調教師は聡明な駿馬を手に入れたら、まず最初にはみを装着させる。はみを装着させる時には、いまだかつて装着された事のないものがそうであるように、混乱し、跳ねまわり、暴れまわる。

しかし彼は繰り返して、徐々にその状態を仕上げる。バッダーリよ、聡明な駿馬が繰り返されて、徐々にその状態が仕上がったなら、調教師は更に彼に手綱を装着させる」

~以上引用終わり

この「若い駿馬の譬え」はとても興味深い一節で、全体の文脈では、調教されて様々な技能を身に付けた駿馬を、良く修練された「礼拝されるに相応しい比丘」に譬えていく。

ここではまず最初の部分を引用したが、さて、このブログを読んで頂いている読者の中で、どれだけの方が、馬の調教法ならびに操縦法について、さらにその中で『ハミと手綱』がどのような意味を持っているのかを、具体的にリアルな実感を伴って『知って』いるだろうか。

私の場合は、おぼろげなイメージはあったものの、その詳細についてはほとんど全く知らなかった。

実は私は今まで、たった一回だけだが、馬に乗って馬場を駆けた事がある。これは今から30年以上前に小田原の近辺に住んでいた時にたまたま機会があって、確か松田あたりの乗馬クラブで騎乗したと記憶している。

余りに昔の事なので、その詳細についてはほとんどうろ覚えなのだが、指導者の方に馬を引いてもらったのではなく、一人で手綱を握って馬場を何周か駆けた事は、その下から突き上げられるような強烈な乗り心地と共に、今でも覚えている。

乗り心地は決して良くはなかったのだが、それはかなり爽快な体験だった。その後もいつか機会があれば大草原を馬で駆けてみたいなどと思いつつも、いつの間にか忘れてしまっていた。

そこで今回は、例によってYoutubeさんの助けを借りて、馬の調教法、乗馬法の実際について、リアルに確認していきたい。

まずはハミ手綱の実際の装着について、以下のビデオを見てみよう。

www.youtube.comより:馬装講習2 鞍を載せる~

このビデオ、前半は鞍の装着について説明し、ハミと手綱の装着は5:42頃から始まる。興味のある方は、是非、全編通して眼を凝らして、観察してみて欲しい。

ビデオの中で説明されているが、ハミを含んだ馬具は全体で「頭絡」と呼ばれている。時代劇の馬や、競馬の馬なども基本的に同じものを頭部顔面に装着している。馬の顔周りに革のベルトが何かゴチャゴチャと締められている、あれだ。

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上ビデオより:左手の平に乗せているのが、馬の口に咬ませる「ハミ」

このビデオを見ると、先に引用したパーリ経典の記述が、具体的にどのような情景を意味しているのかが、良く分かるはずだ。

まず、馬の顔周りに締める革ベルトでできた構造全体を、頭絡と呼び、その頭絡の先端にある、馬の口に咬ませる金具の事を「ハミ」と呼ぶ。ハミは円環のリングによって頭絡とつながり、このリング部分に手綱の先端が結ばれている様だ。

騎手が手綱を操作すると、リングから繋がったハミにその動きが伝わり、馬は口腔内部口角部分でその動きを触知して騎手の意思を理解し、その命令に従うと言う流れだ。

ハミの働きについては、大変分かりやすく纏められているので、以下にwikipediaから引用したい。

ハミ: 頭絡を構成する部品で、両端は騎手が手に持つ手綱と接続されており、拳による騎手の扶助操作を、口への刺激として馬に伝える役割を持っている。

馬は、前歯(切歯。牡馬は犬歯も)と奥歯(臼歯)の間に「歯槽間縁(しそうかんえん)」と呼ばれる歯の生えない部分を持つ。頭絡の頬革の長さを調節し、この歯槽間縁に収まるように正しく支持されていれば、馬は口中のハミを歯で噛むことはない。

歯槽間縁の発見とハミの発明が、馬を乗用動物の筆頭とした要因である。

人間と馬の長い歴史にあって、人間が馬を思いのままに制御しようと試みた中で、ハミは最大の発明であるといわれる。おそらくハミが発明されるまでは、縄を馬の首や頭部に巻きつけただけであったと考えられ、騎手の細かい制御の意思を的確に伝えることが困難であったと思われる。

ハミは、紀元前2,000年から1,600年ごろの遺物に既に発見されている。当初は縄、骨、角または硬い木で作られていたが、紀元前1,300年から1,200年の間に青銅製のハミが使われ始めた。

ハミのおかげで、騎手のごく細かい扶助を口という非常に敏感な器官を通じて馬に伝えることが可能になり、複雑な運動や制御を可能にしたのである。

~以上、引用終わり

このページ全体にも言える事だが、馬具や乗馬に関する漢字用語というものは、ほとんど見慣れないものばかりだ。それだけ、現代の私たちの生活の中で、乗馬と言うものが如何に縁遠い存在になっているかが、実感できるだろう。

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Wikipedia ハミ、より:By Horlicks

上の写真が中央にジョイントのある標準的なハミだが、分かり易く言うと、これを「サルぐつわ」の様に馬の口に「噛まして」いく。

ここで「くつわ」という言葉が出てきたが、漢字で書くと「轡」になり、これが正に「ハミ」を意味する。この漢字の成り立ちを見ると、車を引く馬の口に噛ませ両サイドの手綱でそれを引くイメージを髣髴とさせる。

ちなみにハミと言うのは漢字で書くと「銜」になる。いきなりこれらの字を示されて読める人は、よっぽどのに違いない。

馬の口の構造などと言うものも、私は今回初めて知った。前歯と奥歯の間に、歯のない歯茎だけのスペースが空いていて、ここにハミを咬ます事によって、馬と言う野生動物が、優れた役畜へと転化し得た訳だ。

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Bit of Honey Trainingより

上の透過図を見ると、ちょうど口角を中心とした前後に、歯が生えていない歯槽間縁という空間がある事が分かる。

このブログを読んでいる方なら多分知っていると思うが、仏伝ではシッダールタ王子が出家する時に、「愛馬カンタカの背に乗って城門を出ていった」とされている。

いわゆる「仏伝」と言うものはとても美々しく装飾された一種の『物語』だから、その全てが史実であると考える訳にはいかないが、クシャトリア(武士)階級のシッダールタ王子が、日常の中で乗馬に親しんでいたのは、まず間違いなく史実だろう。

更に、現在私たちが入手できる、古代インドの乗馬に関する最古級の具体的証拠であるサンチーのトラナに刻まれた彫刻を見ると、現代のそれとほとんど変わらない頭絡を付けている事が確認できる。

なので、シッダールタもまた、先のビデオで紹介したような頭絡、およびハミと手綱のセットを日常的に使用し、その働きを熟知していただろう事が、まず間違いなく断言できるのだ。

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サンチー仏塔、トラナの彫刻パネル:馬車と騎乗馬の両方が確認できる

これは仏跡巡礼するアショカ王なのだろうか。王侯貴族が乗るラタ車を引く馬が鮮明に描かれているが、頭絡のセット構造は、鼻面の正中線にベルトがある事以外、現代のそれとほとんど変わらない。

このようなリアルな心象風景を前提に先の若い駿馬の譬えブッダによって語られた、という『事実』を念頭に置いた上で、私たちはそれを読み解かなければならない。

それはもちろん単なる譬え話ではなく、瞑想実践の具体的な方法論を暗示するものであり、この喩え話を聞いている仏弟子たちは、みなその暗示を明確に意識化できていた、と言うのが、これまで同様、私の読み筋になる。

若い駿馬を人間のために用いるには、まず彼の野生状態の心を、様々な方法によって調御し、飼い馴らさなければならない。

その為の具体的な調馬法の技術である「ハミ」「手綱」が、比丘の心を調御する具体的な瞑想法のテクニックと、リアルに重ね合わされていた、と。

そこで次に、冒頭に引用した『若い駿馬の譬え』以下の全文を引用して、より突っ込んだ検討を試みたい。

中部経典2 第65経:バッダーリ経『若い駿馬の譬え』

バッダーリよ、例えば巧みな調教師は聡明な駿馬を手に入れたら、まず最初にはみを装着させる。はみを装着させる時には、いまだかつて装着された事のないものがそうであるように、混乱し、跳ねまわり、暴れまわる。しかし彼は繰り返して、徐々にその状態を仕上げる。

バッダーリよ、聡明な駿馬が繰り返されて、徐々にその状態が仕上がったなら、調教師は更に彼に手綱を装着させる。手綱を装着させる時には、いまだかつて装着された事のないものがそうであるように、混乱し、跳ね回り、暴れ回る。しかし彼は繰り返して、徐々にその状態を仕上げる。

バッダーリよ、聡明な馬が、繰り返されて、徐々にその状態が仕上がったなら、調教師は歩調について、円形馬場調練について、並足について、疾駆について、突進について、王の徳について、馬の王の血統について、最高の速さについて、最高の敏捷さについて、最高の従順さについて最高の訓練を行う。

彼が最高の速さについて、最高の敏捷さについて、最高の従順さについて訓練を受けている時、いまだかつて訓練された事のないものがそうであるように、混乱し、跳ね回り、暴れ回る。しかし彼は繰り返して、徐々にその状態を仕上げる。

バッダーリよ、聡明な馬が、繰り返されて、徐々にその状態が仕上がったなら、調教師はかれにさらに彩色と飾りの環を着ける。

バッダーリよ、このように十の要素をそなえて、聡明な駿馬は王の騎乗に適し、王の餌を食べ、王の足という呼び名を得る」

 

『修学を完成した人の十種の徳』(一部繰り返しを省略)

「バッダーリよ、これと同じように十の事柄をそなえた比丘は食を供され招待され布施を与えられ礼拝されるにふさわしく、世間における無上の福田である。

バッダーリよ、十とはどれらか。バッダーリよ、ここに比丘は修学を完成した人(無学)の正しい見解、正しい思考、正しい言葉、正しい仕事、正しい生活、正しい努力、正しい注意力、正しい心の統一、正しい智慧をそなえ、正しい解脱をそなえている。

バッダーリよ、これら十の事柄をそなえた比丘は、食を供され、招待され、布施を与えられ、礼拝されるに相応しく、世間における無上の福田である。

世尊はこのように説いた。尊者バッダーリは歓喜し、世尊の教説を信受した」

~以上、春秋社刊:原始仏典 第5巻  P340~より引用

私はすでに以前から、動物の調御のプロセスと、出家修行者の心の調御のプロセスが、具体的かつ実体的に、切実なまでに重ね合わされていた、と言う仮説を繰り返し提示してきた。

このバッダーリ経に納められた一節は、正にこの仮説を体現するような内容を示していると言っていい。

後半の『修学を完成した人の十種の徳』における正しい見解、正しい思考、正しい言葉、正しい仕事、正しい生活、正しい努力、正しい注意力(サティ)、正しい心の統一(サマタ/サマディ)、正しい智慧(パンニャ)、正しい解脱(モクシャ / ニッバーナ)、というのは、いわゆる八正道の別バージョンであり、これらをすべて完成した人こそが、ブッダであり、それは同時に彼の弟子たちが目指すべきゴールでもあった。

仏道修行者がその修道を完成させていくプロセスが、若い駿馬を調教して段階的に「仕上げて」いくプロセスと重ね合わされていた事は、この経典を読めば明らかな事だ。

しかも、この若い駿馬を調教するプロセスにおいて、その具体的な方法論・調御法のキーワードとして、「ハミ」「手綱」という専門用語がわざわざ登場する。

先に紹介した牛の「鼻を捕まえる」や象の「鉤棒」もそうだったが、何故このような調御法のディテールが言及されなければならなかったのか

その背景には、単なる譬え話を超えた、深い意味が存在する。私はそう考えざるを得ない。

もちろん、馬が何故人間に調御され得るのか、あるいはどのような作用機序に基づいて、人間は馬を調御するのか、と言うその方法論は、聴聞弟子にとっては一般常識として浸透していた。

そしてその調馬プロセスが、出家したばかりで世間の尻尾を未だぶら下げた未熟な比丘を、如何にして「礼拝されるに相応しい完成された比丘」へと調御していくのか、というプロセスと完全に重ね合わされていた

そこで今回は、またYoutubeさんのお世話になって、まずは若い駿馬が調御されるプロセスを実地に学んでみよう。

最初は、大変貴重な映像なのだが、本物の野生馬を、ゼロから調教して人間に慣れさせようという試みを撮影したものだ。

www.youtube.comより:野生トカラ馬の調教

これはおそらく、それほどプロフェッショナルではない人が試みたものでかなりたどたどしいのだが、逆に本物の野生馬がいかに人間に対して反抗するか、と言うその姿が、リアルに活写されている。

ブッダ『若い駿馬の譬え』を語った時に、実際にイメージしていたのが果たして野生馬の調教なのか、あるいは牧場で人の手で育てられた若馬の調教なのかは定かではないが、基本的な馬のネイチャーは同じだろう。

このトカラ馬が抵抗して暴れ回る姿は、正に「いまだかつて訓練された事のないものがそうであるように、混乱し、跳ね回り、暴れ回る」という馬の本性を体現している。

このトカラ馬は、ハミや手綱を装着される以前の段階で、ただ単に首に縄を巻かれた状態にあるが、その暴れ方を具体的に見れば、まず首を上下左右に振って、縄から自由になろうとする、そして前足で逆立って後ろ足で人を蹴ろうとする、と言うのが顕著な所だろうか。

映像の調教師を見ると、彼は自分からそっぽを向いて逃げようとする馬の顔を、なんとか彼の方に顔を向けて落ち着かせ、そして首から上を撫でて、慰撫しようとしている。

そう、人に慣れていない野生馬を調教する為に最初にやるべき事は、彼の身体、中でもその『顔』に触れて、「慰撫」する事なのだ。

私たち哺乳動物にとって、自分の身体に他者が触れる事を許す、と言うのは、受容と拒絶の境界線を意味している。

雌馬が雄馬に交尾を許す。母親が胎内の仔馬の存在を受け入れる。母馬が生まれたての仔馬を舐める。仔馬が母馬に舐められる事を感受する。群れの仲間同士が、お互いにスキンシップをし合い、仲間である事を確認する。

これら身体の表面にお互いに触れ合う事によって、お互いを許し合い確認し合い精神的な紐帯が築かれていく。このメカニズムは、基本的にあらゆる哺乳動物に共通するものであり、人間もまた例外ではない。

人間でも嫌いな奴からは顔を背けそっぽを向くだろうし、好きが高じれば手をつなぎハグをし、髪を撫で頬を撫で見つめ合い最後にはキスをする。逆に嫌いな男にちょっとでも触られたら、おぞ気を振るって逃げ出すだろう。

人に慣れていない野生馬もまた、赤の他人である調教師が、自分を拘束する憎き相手が、自分の身体に触れる事そのものを最初は激しく拒絶する。

そこを無理やりにでも縄で首を引っ張って、なだめなだめ少しずつ少しずつその身体にタッチしていく事によって、その触覚を受け入れさせる事によって、逆に心が開いていく。

このメカニズムの妙が分かるだろうか?

この野生馬は、完全に人間を拒絶している。しかし無理やりにでもいいから、繰り返し繰り返しその身体に触れる事を続け、その触覚刺激を受け入れさせる事によって、馬の中である化学変化が起きるのだろう。

それを馬の視点に立ってイメージすれば、

「彼(調教師)は私(馬)の身体に触れている。どうにも否定しえない現実として触れているのは間違いない。しかし私(馬)は、親しい仲間や身内にしかこの身体に触れる事を許さないはずだ。今彼(調教師)が私の体に触れているという事は、実は彼は私の仲間ではないのか?」

と言う事かも知れないし、逆に言えば、

「彼は優しく私の体に触れようとしている。私たち馬の生活では、このように他馬に優しくふれあい撫で合う行為は、仲間内でしか行われない。と言う事は、彼(調教師)は、実は私の仲間ではないのか?」

と言う事だろう。

接触を受け入れる事は、心を開いている証拠である。逆に無理やりにでも接触を繰り返す事によって、かたくなだった馬の心は、ある意味『騙されて」心を開いてしまう。

このようなメカニズムの背後には、心理的であると同時に、より神経生理的な作用機序も存在しているはずなのだが、ここでは踏み込まない。

この身体接触によって馬の心を慰撫し、開かせるというテクニックは、次の動画により一層顕著に表れている。

www.youtube.comより:Ranger day 1

www.youtube.comより:colt starting with Hilda Keller

Colt(コルト)と言うのは仔馬、もしくは4歳以下の雄馬を指すようだが、拳銃の名前にもなっている様に、アメリカ社会では非常にポピュラーな呼称だ。

登場する馬は、どちらもおそらく牧場で育てられた若馬だろう。先のトカラ馬よりも遥かに人間に慣れているが、いまだ騎乗を許す程ではなく、それを最後のビデオでは最終的に騎乗段階まで持っていく。

かなり長い動画なので、まぁ、暇のある方は全編通して見てみて欲しいのだが、ここでも、馬を「慰撫」し人間に心を開かせる最初の要になっているのが、あらゆる形で身体接触を繰り返し、それを受け入れさせる、と言う事だ。

身体全体の身体接触から、首から上の感覚器官が集中する顔周りの接触へと焦点を絞り、さらに進めて最終的には頭絡とハミを装着させて、ハミを付けた口腔と口角部分にポイントの焦点を絞っていくという大まかな流れが見て取れる。

ハミを咬ませた口周りは最大の焦点ではあるが、手綱を含めて全ての装置は頭絡に結びついている。その頭絡の革帯が締められた頭部顔面全体において、騎手の手綱さばきの機微は接触刺激をもたらす事だろう。

更に、騎乗を実現した後では、背中の重みを受け入れる事と、騎手の両足によって馬腹を蹴る、と言う触覚刺激が重要な意味を持ってくる。

出家する前のシッダールタは、クシャトリアの王子として日常的に乗馬に親しみ、これらビデオに活写されている様な場面に実際に立会い、あるいは自らが調教師となって馬を馴らした事もあったかも知れない。

原始仏教で実際にブッダの弟子になった出家比丘は、実はそのほとんどがバラモンとクシャトリア、富裕なバイシャなどであった事が知られている。

彼らはいわば社会の上流階級だから、たとえ武士ではなくとも日常的に乗馬をたしなんでいた比率は高かっただろう。また、日常のビークルである馬にひかせたラタ車においても、ハミと手綱を使った基本的な馬の調御法は騎乗馬と同じなので、多くの人々にとって馬の調御が身近な日常の風景だった事は間違いない。

なので、この『若い駿馬の譬え』は、上のビデオに見られる様な極めてリアルな心象風景の共有を元にして語られた事が、理解されるのだ。

ここでひとつ疑問に思う点は、果たして、この経典を受持した当初のスリランカ古代社会において、このような乗馬に関する心象風景は共有されていたのか、と言う事だ。

馬を飼い、調教して使役すると言う文化が、パーリ仏教と並行してスリランカの社会においても共有されていたのだろうか(この疑問は、紀元前後に仏教が栄えた南インドにも該当する)

スリランカの社会において、仏教と並行して、およそ紀元前後からイギリス植民地化以前のスパンで見た時、乗馬や馬車の文化がブッダの時代の古代北インドにおけるそれと同じようなレベルで非常にポピュラーだった、と言う事実があっただろうか。

象や牛の調御に関しては、スリランカにおいても日常的に行われていたかも知れない。しかし、馬の調御と言うものはスリランカではほとんど重要ではなく、身近な存在ではなかったのではないか。

このあたりは、スマナサーラ長老に是非、聞いてみたい所ではある。

と言う生き物は、ライオンと並んで、あらゆるインド思想において独自の重要な地位を占めている。

アショカ王石柱の柱頭にこの四種の動物が刻まれている事はすでに指摘したが、馬に関しては、例えば大乗的には馬頭観音と言うものがある。ヒンドゥ的には、ヴィシュヌ神アバターのひとつに「ハヤグリーヴァ(Hayagriva)」という馬の顔をした神格がいる。

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Pinterestより:Hayagriva Vishnu

更にアシュヴァ・メーダ(馬祀祭)で知られる馬の犠牲祭があるし、何よりもヴェーダにおいてスリヤやインドラをはじめとした神々が乗るラタ車を引く神馬の存在が際立っている。

その起源はもちろん、アーリア・ヴェーダの民族が、同時に「馬に引かせたラタ戦車」の民族であった事に由来するのだが、煩雑になるのでここでは割愛する。

私たちは今、古代インドで日常風景だった、若い駿馬を調御して王の足と呼ぶべき優れた騎乗馬へと育てていくプロセスとその『作用機序』について、少しずつではあるがリアルに理解し始めている。

その調馬の作用機序が、実は初心の仏弟子「礼拝されるに相応しい比丘」へと育てていくそのプロセスと、何よりも瞑想実践という局面において有機的に密接な関連性を持っていた、と言うのが私の読み筋だ。

(この仮説を置いておいても、馬の調御の喩えはパーリ経典において頻繁に引き合いに出されている)

そこで重要なのは、馬と言う生き物が、その調御に際して、頭絡とハミと言う明らかに眼に見える装置を、その顔の周りに付けているという圧倒的に明白な事実だ。

これはある意味、幼児の眼から見ても明らかな事実だろう。

そしてこの明白な事実を、ブッダ法話に耳を澄ませている比丘たちは、皆、リアルにイメージしてその心象風景を共有いていた、のではないのだろうか?

もちろん、ここでキーワードになるのが、頭絡が締め付けられる『顔の周り』であり、ハミと手綱が働きかける『口の周り』だ。

顔の周りと言えば、ブッダの呼吸瞑想、すなわち『アナパナ・サティ』におけるパーリ経典の「顔の周りに思念を留めて、呼吸に気付く」と言うガイダンスを思い出さない訳にはいかない。

そしてこの『顔』の原語であるムカ(Mukha)は、同時に『口』をも意味する。それは正にハミが装着され、その触覚の変動を通じて馬が騎手の意思を察知する(気づく)部位ではないか。

この「口の周り」については、パオ森林僧院で行われている、ヴィシュディ・マッガに根拠を持つと言う四界分別観の瞑想も深く関連してくるだろうし、その顔と口周りにおける『作用機序』が、『仏の32相』とも密接に重なり合っている事が、今後の投稿で明らかになって来るはずだ。 

ブッダの瞑想法であるヴィパッサナー・メディテーションに関して、私は以前から疑問に思っていた事があった。

それは、アナパナ・サティの呼吸に気付いている、いわゆる「タッチング・ポイント」と呼ばれる場所についてだ。

私がこれまで経験してきたのは、ゴエンカジー系とマハシ・サヤドウ系のヴィパッサナーだが、前者ではアナパナの呼吸に気付いているのは鼻腔のヘリ周辺であり、後者では腹部の膨らみ縮みだった。もう20年以上前、95~96年頃の話だ。

しかし、その後タイやスリランカ現地で色々勉強してみても、何故呼吸に気付いているポイントがこの二か所であるべきなのか、と言う経典上の根拠、と言うものを具体的に解説したものには出会えなかった。

(当時は英語書籍を行き当たりばったりに乱読するだけだったので、件の「顔の周りに気づきを留めて」という記述には行き当たらなかった)

彼ら先達は、一体どのようなプロセスを経て、鼻孔周りお腹周りと言う気づきのポイント確定し得たのだろうか。また、この二つのポイントはどちらがブッダの瞑想法を、よりオリジナルに忠実に再現し得ているのだろうか。とずっと気になっていた。

そのような疑問点を抱えながらも、途中で合気道やらインド武術やらに夢中になってしまい、この疑問は投げ出されたままにおかれてしまった。

けれど2011年末以降、ひょんな事から再びブッダの瞑想法について「科学的に」探求する機縁が生まれ、改めて上記の疑問を念頭にして、パーリ経典を「日本語訳」で読み進めていった。

(この辺りは本投稿のオリジナルであるYahooブログ「脳と心とブッダの覚り」開始当時の状況を説明している)

現在までに私が読み終えたパーリ経典は、以下になる。

岩波文庫版 中村元訳 パーリ経典シリーズ
法句経(Dhamma-pada、ダンマパダ)
感興のことば(Udana Varga、ウダーナヴァルガ:説一切有部
ブッダのことば(Sutta-nipata、スッタニパータ)
仏弟子の告白(Theragatha、テーラガーター)
尼僧の告白 (Therigatha、テーリーガーター)
以上、小部経典(クッダカ・ニカーヤ)所蔵

ブッダ最後の旅( Mahaparinibbana-sutta:大般涅槃経
長部経典(ディーガ・ニカーヤ)所蔵

悪魔との対話(Mara-samyutta:悪魔相応/他)
神々との対話(Devaputta-samyutta:天子相応/他)
以上、相応部経典(Samyutta Nikaya:サンユッタ・ニカーヤ)所蔵

春秋社刊 原始仏典 第1巻~7巻 全シリーズ
長部経典(Digha Nikaya:ディーガ・ニカーヤ)
中部経典(Majjhima Nikaya:マッジマ・ニカーヤ)

春秋社刊 原始仏典Ⅱ 第1巻~6巻 全シリーズ
相応部経典(Samyutta Nikaya:サンユッタ・ニカーヤ)

春秋社刊 原始仏典Ⅲ 第1巻~5巻まで

支部経典(Angttara nikaya アングッタラ・ニカーヤ)

Wikipediaによれば、パーリ仏典は三蔵と言って経(スッタ)と律(ヴィナヤ)と論(アビダンマ)に分かれ、この内スッタは長部、中部、相応部、増支部、小部の五つで構成され、その内の長部と中部と相応部、そして増支部の半ばまでと小部の大部分を私は読み終えた事になる。

スッタの中でも大きなボリュームを締める増支部:アングッタラ・ニカーヤについては現在進行形で読みかけだし、ましてや律や論などは全くの手つかず状態にある。

わずかにに関しては、スマナサーラ長老のブッダの実践心理学」のおかげで何とかその入口の端緒に触れ得た程度だ。

なので、これは上記の限定された情報による暫定的な判断なのだが、いまのところ、アナパナ・サティにおいて、その呼吸の気づきのポイントについて明確に『鼻先』もしくは『腹部』と明言している部分には出会えていない。

その代わりに私が確認できたのが、呼吸に気付くポイントについて『顔の周り』もしくは『面前』に思念を留める、と言う表現だった事は、既に書いた通りだ。

これは具体的には以下の引用部分になる。

「托鉢僧たちよ、ここで、托鉢僧が荒野に至るか、あるいは樹の根元に至るか、あるいは空き家に至るかして、左右の足を左右の太ももの上に置いて坐り(結跏趺坐)、身体をまっすぐに保ち、思念を顔の周りに留めてから坐る。
その者はまさに思念して息を吸い、まさに思念して息を吐く。」

春秋社刊 原始仏典Ⅱ 第6巻 相応部経典 第5集 大いなる集 第10扁 呼吸についての集成 P315より

ラーフラよ、ここに比丘は林に行き、または樹の下に行き、または人気のない場所に行き、身体を真っ直ぐに伸ばし、精神を面前に集中して、跏趺を組んで坐る。
彼は意識して息を吐き、意識して息を吸う。」

春秋社刊 原始仏典 第5巻 中部経典2 入出息念の修行法:大ラーフラ経誡経 P298より

私の読んだ範囲では、このふたつ以外にも呼吸に対する気づきについて記述した多くの部分で、『顔の周り』『面前(もしくは正面という訳語が確認された。

おそらく、これらは単に翻訳の相違であって、パーリの原文はほとんどひとつなのだろう。これまでにも紹介してきたが、その代表的なものは以下になる。

parimukhaṃ sati upaṭṭhapetvā
顔(ムカ)周りに気付き(サティ)を、とどめて

逆に言うと、この「顔の周り」以上の細部のポイントについて、それが鼻先だけ、とか、あるいは鼻腔の外だとか中だとか、あるいはそのポイントがお腹の上下動であるとか、などは、一切確認できなかった。

そう、私が読んだ範囲で、と言う限定つきではあるが、パーリ経典において呼吸に関する気づきの『ポイント』は、正にこの『顔の周り=Parimukham』において行うよう指導がなされていたのだ。

(この原語のムカ(Mukha)は同時に『口』をも意味する)

それはお腹の上下動でもなく、鼻腔の外周りと言う限定でもなく、単に『顔の周り』というおおざっぱな括りに過ぎなかった。では、一見大ざっぱに見えるこの『顔の周り』と言う言葉の真意とは一体何だったのだろうか。

それこそが、本ブログでこれまで三回にわたって繰り広げてきた動物の調御法、すなわちの急所である鼻腔の周りの急所である、操縦意思を象に伝達する耳周り、そして更にはにハミを咬ませ手綱で調御する口周り、ではなかったか、と言うのがここ一連の投稿の帰結になる。

以前に私は、鼻呼吸が持つ「冷却作用」に着目して類似の仮説を展開しているが、並行して読み比べてみると面白いだろう。

アナパナ・サティのおいてカバーすべき気づきのポイントが、顔面部の複数個所に分布しているが故に、それをひとことで表現するならば、総体として正に『顔の周り』、という言葉が最も要を得ている事になる。

これら、鼻腔、額、耳、口という四か所が、すべて呼吸プロセスにおいて『内部的につながっている』事は、前に指摘した通りだ。

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Google検索「上鼻道」より

鼻咽喉という呼吸の通り道の内部で、口腔や耳や眉間(前頭洞)はつながっている。

これら四つのポイントが呼吸の流れの通路によって内部的に繋がっているが故に、鼻から息を吸い息を吐くたびに、これら鼻腔と額と耳と口の内部周辺では生理的活性の変動が、実は顕著に現れている。

そしてその日常的には無意識下で生起している変動は、何よりも『触覚』の変動として、サティによって強化された私たちの意識の前に立ち現れるのだ。

そしてこの四つのポイントは、セーラ・バラモン「広長舌相」のエピソードにおいて、ブッダが「をもって両耳孔両鼻腔を舐めた」というあの奇天烈なシーンと完全に重なり合う。

それら4つのポイント上において現れる触覚の変動を通じて、呼吸と言う働き・営為に気付き続ける。それがアナパナ・サティの、実践的な基盤ではなかっただろうか。

そして、その『極意』は、広長舌相や動物の調御に関する譬え、と言う形で暗号化され、何気ない譬え話としてスッタに埋め込まれた。

(というか、これを編纂した当時のサンガにおいては、それは自明の事実であり暗号ですらなかった

中でも馬の調御法に関しては、実際に眼に見える形で頭絡と言う革ベルトでできた器具を『顔の周り』に装着する事から、譬え話の中でも象徴的な意味を持っていた可能性が高い。

頭絡の革ベルトは、耳の下周りから後頭部にかかるうなじ革、耳の前周りから額にかかる額革、頬から口角にかかりハミと繋がる頬革、頬革を固定する鼻革で構成されており、象と牛と馬の調御法において重要なポイント、すなわち額と耳と鼻と口周りを大ざっぱに全て網羅している。

それは同時に、比丘が防護すべき六官、その全てを網羅している事をも意味する。

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頭絡を構成する革ベルトのパーツ名称:Google検索「頭絡」より

古代インドでは、加えて鼻づらの正中線を通る支持革があり他にも若干の相違があったかも知れないが、どちらにしても、この顔の周りに顕示された頭絡イメージと、瞑想実践における「顔の周りの気づき」が全く関係なしで済むはずもないのだ。

それは何よりも馬の調御比丘の調御の重ね合わせであり、馬の調御が顔(口)の周り触覚刺激によって行われる事実と、比丘を調御する瞑想実践が顔(口)の周り接触する呼吸に対する気づきによって行われるという文脈を考えれば、両者の実践技法的な重ね合わせないなどと言う事はあり得ない

(更に付け加えれば、馬の調御・操縦法において重要な意味を持つ「馬腹を蹴る」というテクニックが、あるいは呼吸に伴って生起するお腹の上下動に対する気づき、というものを示唆していたのかもしれない)

今後、「瞑想実践の科学」シリーズは追々と中盤に入って行くのだが、この「動物の調御と比丘の調御の「同一視」あるいは「重ね合わせ」と言う心象は、本ブログ全体にわたってその根幹に位置する重要なコンセプトのひとつだ。

それは同時に、ブッダの瞑想法の『脳神経生理学的作用機序』科学的に解明するための突破口でもある(だからこそ、本シリーズは「瞑想実践の科学」と称する)

興味のある方は是非、既に投稿した牛と象の調御法と合わせて、じっくりと吟味し深く考えてみて欲しい。

 

(本投稿はYahooブログ 2014/12/18「瞑想実践の科学 14:ハミと手綱で馬を御する」、2014/12/24「瞑想実践の科学 15:若き駿馬を調御する」、2014/12/31「瞑想実践の科学 16:顔の周りに思念を留めて」を統合の上加筆修正し移転したものです)

 

 

 


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