仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

『至高の内なる祭祀法』としての比丘サマナの瞑想修行道《29》

ジャイナ教の開祖マハヴィーラなどに代表されるサマナ修道者が好んで行った苦行や、ブッダの瞑想行法が、バラモン教的な『外的祭祀』の代替となる『内部化された祭祀』だった、と前回までに書いた。

この点に関して、まずは典拠を示して、『内なる祭祀』というものが、具体的にどのような言葉で語られているのか、見てみたいと思う。

最初の参考文献は、山崎守一著 大蔵出版刊『沙門ブッダの成立』だ。この本はブッダが出家し修行した当時の北インドの宗教事情をよく捉えているもので、中でもジャイナ教の古文献を仏典と並行して引用し、そのディテールを際立たせている。

本書を入口に、様々なパーリ経典からの引用も絡めて、この『内部化された祭祀』という心象に迫っていきたい。

~以下、『沙門ブッダの成立』P86より引用~

 

再び、『ウッタラッジャーヤー〔ジャイナ教最古層の聖典〕』の第12章に戻ろう。第38詩節から章末の第47詩節までは、正しい祭祀とはどのようなものであるかを説いている。ここでは第44詩節までを取り上げる。

 

38.〔比丘は言った〕「バラモンたちよ、なぜ〔聖)火の世話をし、水によって外見の清浄を求めるのか。賢人たちは言う。『あなた方が求める外見の清浄正しい祭祀ではない』と。

39.朝夕にクシャ草、犠牲獣を繋ぐ柱、草、木、火、水に触れながら、生き物たちを傷つけつつ、愚かなあなた方は、再び罪を犯す」と。

 

祭祀を行うには聖火を灯し、水で周りのものを清めるのであるが、これは正しい祭祀とは認められないし、犠牲獣を捧げる行為は罪であって祭祀とは言えない、と断罪しているのである。

 

40.バラモンたちは言った〕「比丘よ、われわれはどのように祭るべきか。どのように悪業を追い払うべきか。夜叉によって供養された修行者よ、われわれに話してください。賢人は何を正しい祭祀と言うのか」と。

41.〔比丘は言った〕「六種の生類を傷つけないで、嘘をついたり、与えられないものをとったりしないで、財産、婦人たち、自負心、欺きを捨てて、人々は自制を実践すべきである。

42.五つの制御によって善く守られ、この世における生命を望まず、身体を捨てて、清らかで捨身の人たちは、偉大な勝利、最上の施物を得る」と。

 

六種の生類とは地身、水身、火身、風身、樹身、動身のことであるが、いわばすべての生き物を意味している。これら六生類を傷つけることを止め、自制に努め、勝者(修行の完成者)になることが、最上の施物を得ることになると説く。

さらに、この物語は真実の祭祀についての話に及んでいく。

 

43.バラモンたちは言った〕「あなたの〔聖〕火、火炉、柄杓、鞴(ふいご)は何ですか。比丘よ、あなたの燃料は何ですか。どのような献供をあなたは〔聖〕火に与えますか」と。

44.〔比丘は言った〕「苦行〔聖〕火であり、生命火炉である。精進柄杓であり、身体鞴(ふいご)である。燃料である。精進寂静聖仙によって称賛された献供として私は与える」と。

 

苦行を聖火、生命を火炉、精進を柄杓、身体を鞴、業を燃料といった具合に、バラモンの祭式に使用する用具を沙門の用語に個別に対比させ、献供は自制、精進、寂静に相当すると述べる。

このように、バラモンに対抗して彼らの祭祀を認めず、自制者として最高の勝者の境地を目指す修行者たち、すなわち沙門が存在していた事は事実である。

~以上、引用終わり~

この『沙門ブッダの成立』という書物全体が、非常に良質の論考になっていて、2500年前のブッダの時代前後の汎インド教的心象世界を活写しているのだが、ここではジャイナ教から見た沙門の生きざま、その修行実践を、バラモン祭官によって執り行われる従前の供儀祭に対比した上で、より勝れた真の聖なる祭祀実践として称揚している事実が浮き彫りになっている。

ただ著者の中では『祭祀の内部化』という視点は明確化はしていないようで、なんともまだるっこしいのだが、この『内部化された祭祀』という概念を採用する事によって、事態はより鮮明に把握される。

山崎さんはここで最後にバラモンに対抗して彼らの祭祀を認めず」以下の文脈ではある種『韜晦』した表現に終始しているが、38から44までの詩節を注意深く読み取れば、ここでジャイナ教の比丘は、

バラモンの悪しき祭祀は否定しているが、『祭祀』という営為概念の有効性それ自体は全く否定しておらず、それどころか自分たち比丘が行っている『苦行』『精進』する事、その結果として得られる『寂静』献供として捧げる事を、『真の正しい祭祀』と位置付けている。

事が明白だろう。

つまり、「自制者(比丘)として最高の勝者の境地を目指す出家修行」それ自体が、『真の(内なる)正しい祭祀』に他ならないのだ。

では、修道における自制と精進、及びその結果として得られる寂静の境地を、“献供”として捧げる、という時、それは一体、誰に対して捧げられるのか?

そもそも『祭祀』と言う営為は捧げる者(人間)とそれを嘉納する何者か(神々など超越者)のセットがあって初めて成立するのだから、これは、ある意味当たり前の「問い」なのだ。

その『何者か』とはいったい『誰』だったのだろうか?

この様な心象は特殊ジャイナ教における限定的なものだと捉えるべきではない、そう私は考えている。この「内なる正しい祭祀」としての『修行道』という文脈は、当時のインド世界に普遍的に共有されていた可能性が高いのだ。

実はこの段落の直前には、出家修行道を「真の(内なる)祭祀」とする仏教側の文献証言として、サンユッタ・ニカーヤからの抜粋が引用されているのだが、次にそれを、原典から直接引用してみる。

『サンユッタ・ニカーヤ1』第Ⅲ篇 第一章 第九節「いけにえ」

 

(コーサラ国王パセナーディによって、大規模で多くの動物を供儀とする祭祀が準備されており、使用人・労働者が自らも暴力的な罰を受ける事を恐れている光景を前振りに)

6.そこで尊師(ブッダ)は、このことを知って、そのとき次の詩を唱えた。――

「馬の祀り、人の祀り、棒を投げる祀り、精力を飲む祀り、閂を取り去る祀り、―― これらの祀りは労すること多くして、大なる果報をもたらさない山羊と羊と牛とが種々に殺されるが、正しい道を行く大仙人たちは、その大規模な生け贄の場所におもむかない

しかるに、労することなくして、常に順調に行われ、山羊や羊や牛が種々に殺されることのない祭祀 ――正しい道を行く大仙人たちは、その祭祀におもむく。

聡明な人は、この祭祀を行え。この祭祀は大なる果報をもたらす。実にこの祭祀を行うならば、その人には善い事があり、悪い事は起こらない。その祭祀は広大なものとなる。そうして神々もそれを喜ぶ

~以上、『神々との対話』中村元岩波文庫P172より

ここでは多くの動物犠牲をともなうバラモン教の供儀祭祀を明確に否定した上で、より善い大なる果報をもたらす代替の(内なる)祭祀として、比丘サマナの、つまりはブッダの修行道を称揚・勧奨している。

仏道瞑想修行と言う全く装いを新たにした『殺さない(内なる)祭祀』こそが、神々を真に喜ばせるものであり、だからこそ、そのような祭祀に在家者は供養すべきであると。

つまり、彼らジャイナ教や仏教の出家サマナが行っている修行道、これはもちろん、その中心に苦行瞑想行を据えているのだが、この『修行プロセス』あるいはその結果として得られる寂静などの“境地”を神々(究極にはブラフマン)に対する献供とし、それを受けた神々もまた、バラモン祭祀を受けた時と同じように、というかそれ以上に、大いに喜んで、人間界に祝福返礼の果報をたまわるのだ、という心象風景であり思想構造だ。

このような、いわばオルタナティブなニューウエーブ祭官(内なる)』としての比丘サマナの位置づけがあったからこそ、在家の人々は彼らに供養し、アショカ王の時代には沙門・バラモンと総称されるような社会的地位を築き得たのだ、と考えられる。

次に、仏道瞑想修行を明確に『内なる火の祭祀』と捉える表現を、『サンユッタ・ニカーヤⅡ 悪魔との対話』から見て行く。

同、第Ⅶ篇 第一章 第九節「スンダリカ」

9.〔尊師いわく〕
「生まれを尋ねるな。行いを尋ねよ。
火は実に微細な木材からも生じる。
たとい賤しい家からの出身であろうとも、毅然として、慙愧の念で身を防いでいる、聖者は高貴の人となる。
真実によって制御され、〔諸感官の〕制御を身に具え、
智慧の奥義に達し、清浄行(brahmacariya)を実践した人、
祭儀(Yañña =yajña 梵)を準備した人は、彼にこそ呼びかけよ。
供養され敬わるべき人は、適当な時に供物を〔火の中に〕捧げる。

17.傍らに立っていたスンダリカ・バーラドヴァージャというバラモンに向かって、尊師は詩を以って呼びかけた。

バラモンよ、木片を焼いたら浄らかさ(suddhiṃ)が得られると考えるな。
それは単に外側(bahiddhā)に関する事であるからである。
外的な事によって清浄が得られると考える人は、
実はそれによって浄らかさを得る事が出来ない。
と真理に熟達した人々は語る。
バラモンよ、わたしは〔外的に〕木片を焼くことを止めて、
内面的(Ajjhatta)にのみ光輝を燃焼させる
永遠の火(Niccagginī)をともし、常に心を静かに統一(niccasamāhitatto)していて、
敬わるべき人として、わたくしは清浄行(brahmacariyaṃ)を実践する。
バラモンよ、そなたの慢心は重荷である。
怒りは煙であり、虚言は灰である。
舌(Jivhā)は木杓であり、心臓(hadayam)は〔供養のための〕光炎の場所である。
よく自己をととのえた人たちが人間の光輝である。
バラモンよ。戒めに安住している人は法の湖である。
濁りなく、常に立派な人々から立派な人々に向かって称賛されている。
そこで沐浴した、知識に精通している(vedaguno)人々。
肢体がまつわられることのない人々は、彼岸に渡る。
真実と法と自制と清浄行
これは中〔道〕によるものであり、ブラフマンを体得すること(brahmapatti)であるバラモンよ。

『サンユッタ・ニカーヤⅡ 悪魔との対話』中村元岩波文庫P147~より

こうやって見ると、通底するある価値観、の様なものが把握されるだろう。それは清浄、とか清らか(浄らか=suddhiṃ)とか言われている概念だ。

ここで彼らの求めている価値観が、それまでバラモン祭祀が希求して来た世俗的・物質的、あるいは来世的な『利益』から、『清浄』というある種抽象的な概念と結びついており、前後する他詩節の文脈や前出のジャイナ教のそれを見ると、対置される『悪業』とセットになっていると考えられる。

おそらくこれは輪廻転生思想の成熟と共に、その原動力ともなる業の思想が顕在化し、人々の心に多大なるプレッシャーを与え始め、その悪業が振り落とされた(無力化された)状態を『清浄』の名のもとに希求したのだろう。

その背後にはもちろん、不死なるブラフマンの世界を清浄の極みとし、そこに至る道行をブラフマ・チャリヤ=清浄行とする心象が横たわっていた。

前半の第9節を通読すると、たとえ賤しい生まれの人であっても慙愧の念をもって身口意を防護している修行者は、「あたかも『実に微細な木材からも火は生じる』様に」、という形でその修行が木片から生じる火に重ねられ、つまりはその慙愧の念と言う内なる制戒が、清浄行として内なる『火の祭儀(祭祀)』に重ねられている。

その上で、何らかの幸福や神々からの果報を求めて祭儀を準備(計画)をしているものは、既存のバラモン祭官がとりなす外形的な祭祀などではなく、このような生まれは低かろうが気高い、内的祭祀(清浄行)を実践する比丘サマナに委託し供養しなさい、と勧奨している。

この詩節部分を、分かり易く意訳すると以下になる。

たとえ卑しい家からの出身者であれ、ひとたびサンガで出家して毅然として慙愧の念(戒)で身を防いでいる比丘は、聖者であり高貴な「真の(内なる)バラモン祭官」である。

真実によって制御され五官六官の防護を備え、ヴェーダ(祭祀に関する知識)の奥義(内なる祭祀法)に達しブラフマンへの道を実践する仏教サンガの比丘にこそ、祭祀を発願する者は供養すべきなのだ。

後半の第17節では、バラモン祭官たちが行う火の祭儀は、単なる外形的(bahiddhā)な空疎なものに過ぎず、真の『清浄』(=ブラフマン)には至らないと説き、そのような外的な火の祭祀ではなく、私(ブッダ)は内なる(Ajjhatta)光輝の燃焼(火の祭祀)を(清浄行=瞑想実践として)行う、と『外的』『内的』を明示的に対置させた上で、自らの優位性を高らかに宣言している。

ここでブッダは珍しい事に、その内なる祭祀(清浄行)であるところの燃焼を『永遠の(ニッチャー)火』と表現し、その火の説明として『常(ニッチャー)に心を静かに統一していて』と続けている。

その『こころの静かな統一』「瞑想実践」の結果としての『禅定』である事は間違いないだろう。そしてこの「ニッチャー」とは「アニッチャー」つまり『無常』の対義語に他ならず、通常は「ブラフマンアートマン」についての言及、その表現で用されるものだ。

この事は、瞑想行の深みにおいて経験されるニッバーナが、「常(永遠)なるブラフマンであった事を強力に示唆している。

その内なる燃焼(という瞑想行)を行ずる者は、それ自体人間の光輝であるとして、内なる燃焼のその光が、あたかも外側にまであふれ出て、彼自体ひとつの光輝体になるかのようなイメージが見出せるだろう。

これはすなわち、ランプの灯が燃焼するのはランプの内部だが、その光は外部世界を大いに照らし出すように、この内なる火の祭祀としての燃焼(瞑想行)をする者のその光は、世界を照らし出す光輝としてあふれだす、という心象なのだろう。

これは仏典によくみられる

「『眼ある人々は色や形を見るであろう』と言って、暗闇の中で灯火をかかげるように」

という定型文や、ブッダ「世界の太陽(=天のアグニ)」と讃える表現と深く結び付いていると考えられる。現代日本人には分かりにくいが、この太陽は単に天空に輝く光源であるだけではなく、祭祀で燃やされる「アグニ」と同置された太陽であり、その祭火は瞑想行と言う内的祭祀によってブッダ存在の内部から放射する光輝でもあるのだ。

ブッダは世界の闇を照らす灯火であり太陽であり、それは内なる火の祭祀としての『燃焼(瞑想行)』の光輝が、外界にまであふれ出て、世を広く照らす、と言う流れだろう。

その光輝とはもちろん瞑想行によって得られる悟りの智慧の光に他ならない訳だが、と同時に、その瞑想プロセスで主観的に体験される『眩い内なる光』を含意しているのではないか、と考えられる。

仏典の随所に見られる『清浄で純白な心』という禅定を形容する定型表現は、瞑想行の深みにおいて主観的に体験される「白く眩い光輝」を表している可能性が高いからだ。

最後に、このような修行者は法の湖であり、その内なる湖での沐浴による浄化、というイメージも登場している。これも一定の禅定に入った瞑想行者の心象を表す「清涼なること湖水のような」という定型表現に対応している。

その内なる沐浴によって得られる知識の精通。この『知識』とは文脈上明らかに原意は『ヴェーダ』であると推測する事ができ、実際にその原語は「vedaguno」になっている。

ヴェーダとは「祭祀に関わる集成された知識」なのだから、ここでブッダが精通しているのは『内なる祭祀に関わる集成された知識」という事に他ならない。

同時にそのヴェーダ的な祭祀の知識は『神々に関する知識』に他ならないのだから、ブッダが精通している知識もまた、神々に相当する『何者か』に関する知識を予想すべきだろう。

そうして最後に、このような内なる火の祭祀である燃焼(瞑想行)によって五蘊としての身体から解放された聖者は、彼岸に渡る。それこそが、ブラフマンを体得すること(brahmapatti)」なのだ、と断言される。

この流れを素直に読み取れば、彼らが執り行う「内面的にのみ光輝を燃焼させ、永遠の火をともし、常に心を静かに統一する瞑想行」とは、ブラフマンに捧げる祭祀であり、そこでのヴェーダとはブラフマンに関する知識』と考えるのが妥当だ。

仏道修行によってブラフマンに至りそれを体得できるからこそ、仏道瞑想営為は「至高の内なる祭祀法」になり、その修行の完成者であるブッダ『真のバラモン(ブラフマナ)』呼ばれ得る訳だ。

このように見てくると、ブッダの修行道とは、徹頭徹尾、バラモン祭官による火の供儀祭、それによって神を喜ばせ、来世に向けて善業を積み、最終的には解脱さえ可能たらしめると自画自賛されていた外的なバラモン祭祀に対する、完全なる代替法として提示された『内的祭祀としての清浄行(ブラフマ・チャリヤ=ブラフマンへの道)』である事が、よく理解できると思う。

上記文脈でちらっと出た『内なる沐浴』という概念。これもパーリ経典の随所に登場するもので、当時バラモン教を中心に広く実践されていた河や池での沐浴、つまり外的な沐浴に対する内的な沐浴、という代替対置構造に根差している。

(この外的な沐浴は、現在でもインド全土で行われている)

そこには一貫して『悪しき(無知な)バラモン祭官が実行する諸々の外的な祭祀行為』に対するアンチテーゼとしての『正しい(明知の)比丘サマナが実行する諸々の内的な祭祀(瞑想行)営為』という立場が鮮明にあった。

以下に、この『内外の沐浴』についても引用参照してみよう。

第Ⅶ篇 第二章 第11節サンガーラヴァ

11.「ゴータマさま。ここに、わたしは昼間につくった悪業(pāpakammaṃ)を夕に沐浴して洗い落とし、夜につくった悪業を朝早くに沐浴して洗い落とすのです。
この利益を見るが故に、わたしは、水によって身を清める行者となり、水によって清浄を達成しようとして、朝夕に水中に下りて水に浴することを実行しているのです」

12.バラモンよ。戒めを渡し場としている道理なる湖は、濁りなく澄み、諸々の善人が善人の為に讃めたたえるものである。
そこでは神の知識を得た聖者たちが沐浴し、五体を清めて彼岸に渡る」

以上「サンユッタ・ニカーヤⅡ『悪魔との対話』」P178より引用

ここでも明らかに、バラモンを中心とした当時の『外的な水の沐浴による悪業の浄化』という実践法に対する、完全な代替(オルタナティブ)として、内なる沐浴(これはしばしば水を用いない沐浴とも称される)としての仏道修行、を対置している。

最後の「五体を清めて」はそのまま「五蘊を滅して」と読み替えられる。

ここでは明記されていないが、その内なる沐浴の核心とは、もちろん『瞑想修行』だったのは疑いようがない。先に指摘した様に、この「戒めを渡し場としている道理なる」は、一定の禅定に入った瞑想行者の内面心象を表す「清涼なること湖水のような」という定型表現に対応しているのだ。

『神の知識を得た聖者』の「神の知識」とはもちろん『ヴェーダ』だろう。だからこその『ヴェーダの達人』なのだ。そしてここで言う『神』とは、究極の一者であり全ての神々の上に立つ「至高のブラフマン」だと考えるのが妥当だ。

だからこそ彼岸に渡る事(ニッバーナ)が、ブラフマンを体得すること(brahmapatti)」と表現され得るのだ。

以上のように、苦行や瞑想行と言った比丘サマナ的な修道実践が、「バラモン祭官の外なる祭祀」に対比される「比丘サマナの内なる祭祀=清浄行」、という文脈で語られていた事は、ほぼ間違いないと思われる。

そしてこの祭祀が捧げられる対象とは、不死なる至高ブラフマンに他ならないのだ。

おそらく日本の伝統的な仏教学の流れでは、この様な「祭祀の喩え」は、お決りの

「当時はバラモン教全盛時代だったので、ブッダが自身の教線を拡大する為に、便宜的にしょうがなく用いたものだ」

という解釈でスルーして、「ブッダの教えは祭祀ともブラフマン概念とも一切関係ない」としてしまうのかも知れない。

しかし私の眼から観れば、これは明らかに

「日本が伝統的に信仰実践して来た釈尊の教えが『ブラフマン思想』の亜流である訳がないし、ましてや『祭祀』などとは関係あるはずがない」

思いたいと言う『心的バイアス』に過ぎない。

「真のバラモン」にしても「真の正しい祭祀」にしても、ブッダをはじめとした比丘サマナ自身による世間に向けた「セルフ・プレゼンテーション」だと考えれば、少なくとも『世間』的には、彼らは『ブラフマンに向けた内なる正しい祭祀』の実行者として初めて、社会に受け入れられたのであり、だからこそ布施を与えられたのだ、と考えるのが自然だろう。 

最後に、今回もうひとつ気になった事を『祭祀の内部化』仮説に対するさらなる補強材料として記しておきたい。それは地水火風といういわゆる『四大(四界)』内外の祭祀、との関わりだ。

最初に気になったのは、ウッタラッジャヤーにおける六種の生命存在についての解説で、地身・水身・火身・風身、樹身、動身という表現があった事だ。

これは詳細がつまびらかではないのだが、おそらくは地(中)に住む生類、水(中)に住む生類、身体に熱(火)を持つ生類(恒温動物)、風(空中)に住む生類、植物、動物といった意味なのだろう。

これはそれ以上に考察が進行した訳でもなく、ただ、前半の四つの地水火風によって、生命存在が四大(四界)という概念と重ね合わせて称されていたのだな、と理解された。

これら「地水火風と樹と動の身」としての『生き物』が外的なバラモン祭祀で供犠として捧げられる。これは身体の内部で行われる『内なる祭祀』としての瞑想行にもかかって来ないだろうか。

これに触発される様にして、ふと閃いたのが、祭祀と四大(四界)との関わりだった。

バラモンの祭祀は火の祭である、と言う事は、これまでさんざん繰り返してきた。これがまずは四界の内の『火の要素』だ。

そして今回、火と共に浄化の道具として水、と言うものが登場した。これはいわゆる沐浴だけではなく火の祭祀の祭場を『清める水』でもある訳で、これが四界の内の『水の要素』だ。

この水の要素、バラモンヴェーダの火の祭祀において主要な役割を果たしていた『ソーマ酒』の搾汁液とその供儀という観点からも注目される。

次にこれら祭祀が行われるのは、一般にブッダの時代には後世の様な堂塔伽藍をなす寺院は登場しておらず、もっぱら、大地の上に一時的な祭壇が築かれて執り行われていた、という事実だ。

そう、前出の「祭場を水で清める」という営為は、第一にはその祭壇を築く大地、つまり祭場としての大地を清める、と言う事で、これが四界の内の『地の要素』だ。

(この水による大地の清めは、現代インドでも、例えば一般家庭の玄関先の地面を、牛糞をうすくといた液水を塗って清める、と言う形で継承されている)

最後に、これは若干の説明が必要かも知れないが、祭祀の主役である『火』、これを盛大に燃やすために必須なのが風(空気)であるという事実だ。

この「火と風の相関」は、上述引用のバラモン祭具の中に『鞴(ふいご)』というものが登場する事からも、彼らによって熟知され活用されていた事実が明らかだろう。

また祭火が燃え盛る時には風を巻いて轟々と音が激しく鳴った事が想定され、ふいごで送られる空気と合わせて、この燃焼に伴う風あるいは空気の総合的な働きこそが、四界の内の『風の要素』だ。

(神々に人の願いを届ける為の煙もまた、空中を風の流れ(上昇気流)に乗って登っていく)

この風の要素、これ以外にも、祭祀の必須要素である賛歌における発声の基盤となる呼吸、としても、彼らによって十二分に認識されていた事は、これまで散々論じて来た。

このように見ると、四界における地水火風という諸要素は、そのまま外なるバラモン祭祀において、極めて重要な意味を持っていた事が判明するのだ。

このような四界の諸要素の性質を知悉し、適切に管理し運用することこそが、祭祀成功のための必須要件であったと考えるべきだろう。

では、この外なる祭祀と四大要素(四界=地水火風)との関係性を、そのまま内なる祭祀としての瞑想実践にも当てはめられないだろうか、と言うのが、ここでの論点だ。 

この時私の脳裏に浮かんでいたのは以前に取り上げた、現行のパオ・メソッドの中に見出す事が出来る『四界分別観』だった。

先ほど私は外なるバラモン祭祀において、地水火風という四大要素の性質を知悉し管理運用する、と書いたが、そのような営為において第一に求められるのは、例えば典型的には『火』の場合、それは「集中した観察による状況判断と適宜な操作」、に他ならない。

刻々と変わりゆく火、その炎や煙の、あるいは燃料である薪木のありようを、逐一観察して、適切にコントロールする。それができなければ厳密な儀軌に即した火の祭祀など到底かなわない(これは「かまど」や薪ストーブなどのいわゆる『裸火』を、親しく取り扱った事のある人ならよく分かる事だ)

バラモン祭官、特に火壇を支配する祭官には、何よりもこのような火の動態に関する観察と運用の科学的な明智、が求められただろう。

火壇が設置される大地の整備についても、それらを浄化する水の運用についても、火と共にある空気(送風)の管理についても、そして賛歌の基盤となる呼吸のコントロールについても、様々な儀軌と共にこのような『観察と運用の智』というものは共通していたはずなのだ。

(ヴィーナである人の身体を知りその上に瞑想する者!)

そして、そのような性質をもつ祭祀と言うものが、ひとたび内部化されて瞑想者の身体の中で実践される様になった時に、外的祭祀において行われていた四大要素の観察と運用が、そのまま身体の中の営為として内部化されていったのではないか、という視点だ。

何故なら、我々の身体と言うものは、その個体要素は地であり、液体要素は水であり、呼吸が風であり、それらによって燃え盛る体熱が火に他ならないからだ。

それらを観察・運用しないで、どのように内的祭祀が可能だろうか?

以前投稿した「沙門シッダールタが挑んだ三つの苦行」において、その苦しみの身体状況が克明過ぎる程に詳述されていた事を思い出そう。

(三つの苦行と『内なる祭祀』との関連は、後日改めて)

そうして沙門シッダールタが「四大」の中でも特に『呼吸の風』に着目して想到したのが『アナパナ・サティ』、つまり無作為の『純粋自然呼吸』を観ずる瞑想行法という『内なる祭祀法』だったのだ。

残りの地水火についてはおそらくカヤ・ヌパッサナ(身の観察)の中で観ぜられ、それがパオ・メソッドの四界分別観へとつながっていく。

アナパナ・サティの前提としては、祭火と風との相関がPrana-agnihotraなどの形で、身体の『呼吸(プラーナorアートマン)』とも重ねられ、それが重要な「内なる祭祀」を構成していた事実も既にあっただろう。

身体の呼吸をアートマンブラフマンと同置する思想はアタルヴァ・ヴェーダから古ウパニシャッドに至るまで横溢している。

だが、沙門シッダールタがアナパナ・サティに想到するに際してより決定的な契機があったとすれば、それは「作為(=バラモン祭祀)によって無作為(=ブラフマン)に至る事はできない」という文脈ではなかっただろうか。

この点に関しては、既に本ブログで詳細に取り扱っている。

ゴータマ・ブッダの滅後かなり経ってからの成立と言われるムンダカ・ウパニシャッドには、非常に面白い記述がある。

「無作(=akrta、永遠)の世界は作為(=krtena、バラモン祭祀)によりては獲られず」

ウパニシャッド佐保田鶴治著 平河出版社より

ここで無作(永遠)とはブラフマン(=アートマン)を意味し、それは人為的な作為であるところの『祭祀(祭式)』によっては得られないとしている。

ブラフマン」が何故「無作=akrta」と呼ばれるのか、と言えば、それはブラフマン「宇宙世界の原初の一者」であり、それ自体が

「何者かによって作られたものでは全くない『自生者=自ら生じた者=Swayanbhu( "self-manifested", "self-existing", or "that is created by its own accord")』である」

からに他ならない。

Wikipedia:Swayanbhu、「self-manifested svayambhu form of Brahman as the first cause of creation:スワヤンブー、つまり自ら生じたブラフマンが宇宙創造展開の原初の契機」参照)

ムンダカにおいて語られる一連のブラフマンに至る『方法論』は、ゴータマ・ブッダの全き継承者として私の眼には映る。

それは、

「瞑想者によるあらゆる『作為』を排した、全き自然呼吸を観ずる」

というブッダの瞑想(内なる祭祀)法『アナパナ・サティ』と、その論理構造において完全に符合する心象だと判断されるからだ。

この事はパーリ経典の次の記述によっても裏付けられる。

ダンマパダ:第26章 バラモン

383 : バラモンよ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られざるもの(=ニルヴァーナを知る者であれ。

ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫 中村元訳 P64~より

ここで「作られざるもの(=ニルヴァーナ)」というそのパーリ原語は「akata」であり、これは先のムンダカにおける「無作=akrta」というサンスクリット語と完全に対応するものなのだ。

作られざるもの(akrta 梵)=ブラフマン

作られざるもの(akata 巴)=ニッバーナ

ニッバーナ=ブラフマン

(これも後述するが、「諸々の形成されたもの(=Sankhāra / Saṃskāra、作られたもの)は無常・苦・無我である」という真理と、この kata / akata は深く関わって来る)

つまり「作られざるもの=原初の一者ブラフマン=ニッバーナ」に至り知る為には、身体と言う内なる祭場において、

「人間的な意識的な作為を全く排した自ずからの(Swayanbhu)全き自然呼吸をただ観ずる」

という祭祀瞑想法が、沙門シッダールタによって極めて高い論理整合性の下に把握され得た、と考えられるのだ。

これは「神々を喜ばせる」という祭祀本来の義を全く踏襲した方法論だ。

ブラフマンは無作なのだから、全く同様の『無作』つまり「人間の作為に依らない」という属性を持つ『完全自然呼吸』に寄り添い、それを熱意をもって継続して観じ続けるという『瞑想』は、以前に書いた様に「賛歌から音声という粗雑を取り除いたスピリット(酒精)」であり、その至純の賛歌を詠って『称賛』する事によって、ブラフマンはその至誠篤信を喜び、降臨顕現するだろう、と予想されるからだ。

我々が熟睡している時にも決して止まる事の無い呼吸が、古ウパニシャッドにおいてアートマンブラフマンと同置されていた事実を思い出そう。その様な呼吸を論理的に突き詰めると、「作為なき純粋自然呼吸」に行き着くのだ。

私が初めてインドでヨーガを学び始めた時、最初に次のような説明を受けた記憶がある。これは文献的にはハタヨガ・プラディピカーに由来するようだが、少しでもインド土着的な文脈の中でヨーガを学んだ人なら、多分同じような内容を聞かされているはずだ。

「私たちの身体とは神々を招来するための『寺院』に他ありません。寺院においてバラモン祭官がそうするように、神々が降臨し住まうにふさわしい寺院として身体を浄化し荘厳し聖化する、そのプロセスこそがハタ・ヨーガなのです」

このヒンドゥ・ヨーガ的な心象は、これまでの私の論考と非常に近接している。寺院と言う外部存在内部化し “我が身体とする”。これこそがハタ・ヨーガの奥義・真義なのだ。

そして忘れてはならない事。それは前述したように、レンガや石を建材とした堂塔伽藍としての寺院が発達するのは、早くともアショカ王時代頃以降のことであり、それまで(ブッダの時代)は固定した建造物ではなく、火の祭壇を中心とした大地の祭場こそが、その時々の『寺院』つまり神々を勧請する『聖なる域場』であった、という史実だ。

上のヨーガの真義、その「寺院」を、時間を巻き戻して「祭場」に置きかえ、若干アレンジして比丘サマナの修行道について当てはめると、以下のようになる。この場合、ヒンドゥ・ヨーガはもちろん伽藍としての外的寺院を否定しないが(内心、下位に見くだしていても)、比丘サマナはバラモンの外的祭祀を『悪しきもの』として否定した上で取って代わろうとした、という違いは銘記すべきだが。

「私たちの比丘の身体とは究極には至高ブラフマンに到達(梵天が降臨)するための『祭場』に他ならない。

外的な祭場においてバラモン祭官がそうするように、ブラフマンに供養し梵天が降臨するにふさわしい祭場として、身体を浄化し荘厳し聖化する。

そのプロセスこそが比丘サマナの修行道であり、内なる祭場で行われるブラフマン祭祀こそが、ブッダの瞑想行法なのだ」

これは、悟りを開いた後のブッダがどう考えていたか、という点は取りあえず置いておいて、今回引用した文献や私のこれまでの考察を前提にすると、当時の汎インド教的文脈からは至極真っ当な主張だと考えられる。

私はまったくもって違和感を感じないのだが、第三者的な『客観』としてはどうなのだろうか。

ただ当時の祭式においては、祭場は恒常的な価値を持たずにその都度設営されては使い捨てられるものだった。その事を反映して、おそらくブッダの瞑想行法においても「身体の神聖視」は起こっていない。だからこそ「彼岸に渡り終えれば『筏』は捨てられる」のだ。

その内部において祭祀瞑想が行われる身体に対して執着するべきではなく、逆にそれは最終的には滅せられる。あたかもバラモンの外的祭祀が終了(目的を達成)したら、その祭場としてのセッティングは全て撤収され「更地」に還る様に。

考えてみればパーリ経典には、ブッダや比丘が瞑想していると梵天帝釈天や神々が降臨して来るシーンが頻出する。あれは修行する比丘サマナの身体が『内部化された祭場』という『結界』であり “依り代” だからだと考えると、腑に落ちるだろう。

梵天は自らを勧請する正しい祭祀が比丘の身体において開催されているのならば降臨するのは当然だし、最高神である梵天を喜ばせる祭祀は、当然ながらその下級眷属である神々をも十分に喜ばせ引き寄せるのだ。

前回軽く触れた様に、この様なブッダ存在が内包していたはずの古代インド的な『祭祀』という本質的な文脈は、テーラワーダにおいては徐々にしかし確実に希薄化されていった事が想定される。

この点に関しては、そもそもバラモンの祭祀と言うものに対抗して市場を拡大しなければならない仏教サンガにとって「仏教の起源がバラモン祭祀にある」という『史実』は非常に都合が悪く、またこの『史実』に関して、プライドの高い論学の比丘たちが抵抗反発を強く感じて、仏教の独自性を殊更に主張した事にも由来するのだろう。

その結果『祭祀』という概念そのものを喪失し、そこに生じた穴を埋める為に、カルマとダルマを前面に出した論学が煩瑣を極めて発達し、骨格だけ残された基本構造の上にかぶせられたのだ。

そう考えて改めて確認すれば、現行のテーラワーダ仏教が持つ供養と功徳のシステムは、まさしくブッダ(あるいは超越的な威力としての仏法)に捧げる『祭祀』を見事に構成している事に気づくだろう。

その祭祀が捧げられる対象が、ブッダが生きている間は『不死なるブラフマン』をその原像としていたのに、ブッダの死後(般涅槃後)には、それがブラフマンと完全に合一した(完全に解脱した=般涅槃)ブッダへとスライド移行しただけの話なのだ。

整理すると、比丘サマナの『身体』とは『祭祀を内部化した祭場』であり、その祭場である身体において行われる『不死のブラフマン(=解脱)に至る為の内部化された祭祀』こそが、比丘サマナの『常住坐臥と瞑想実践』である、という事が、ブッダの瞑想法のまごう事なき『原像』だった、という事になる。  

ブッダの瞑想行法とはブラフマンに向けた「至高の内なる祭祀法」であり、その結果到達する境地とそこから生まれる智慧の教えは、ワインの喩えで言えば酒精(スピリット)の極み、に喩えられる。

これはヴェーダ的な神々の中の至純至高が絶対者ブラフマンである」、という文脈とも相携えて理解されるだろう。

ただ惜しむらくは、ブッダの立ち位置は余りにも純度が高過ぎて、いわゆる『雑味的な旨味』に欠けていた。彼の死後その実践的な『真義(サッダルマ)』は急速に見失われていき、どうでも良いような後付けの煩瑣な “論学” ばかりが『意官』にとっての『旨味』として肥大化していった。

(つまり、論学の発達と瞑想実践の喪失はパラレルに同時進行する車の両輪だ)

これはある意味、仏教サンガの比丘たちが、煩瑣な論学(神学)を独占的に弄ぶ『悪しきバラモン祭官(官僚)化』していく、先祖がえりとも言えるだろう。

これらプロセスを担ったサンガの比丘は、その多くがバラモン階級出自だと想定され、結局彼らは、サンガの外でやって来た事を再びサンガの内部で行ってしまったのだ。

これも私見だが、おそらくブッダの滅後100年を過ぎる間に瞑想実践は急速に衰退し、既にアショカ王の前後にはほとんど消滅に瀕していた事が推測される。

仏教サンガの内外では論学が持て囃され「瞑想実践とその行法」が急速に衰退し失伝されていく一方で、やがてブッダの思想構造と瞑想実践の主要部分がサンガから流出(少なからず簒奪)されて、ヒンドゥ教主流派の自家薬籠中のものとなっていき(カタ、シュヴェタシヴァタラ、ムンダカ・ウパニシャッド等)、その果てにサーンキャ・ヨーガ的な瞑想行法が確立した(この部分もいずれ詳述する)

上で論じた様に、現代ヨーガにおいて一般に言い表されている「身体は神が宿る内なる寺院」という言い回し、そのオリジナルはそもそも『ブッダの(あるいは汎サマナ・ウパニシャッド的)修行道=内なる瞑想行道』が思想的・社会的文脈として相携えていたもので、ヨーガ思想は、ブッダの瞑想行道の原像をダイレクトに引き継いでいると理解すべきなのだ。

その様に見て行くと、パーリ・テーラワーダの瞑想実践と、ヒンドゥ・サーンキャ・ヨーガの瞑想実践は、ヴェーダの達人であり真のバラモンであり真の聖者であるゴータマ・ブッダの流れを直接パラレルに引き継いだ、非常に近しい(異母?)兄弟とも言えるだろう。

(しかし両者の間にはどこまでも深く渡り難い溝が存在していた。とても根深いある種の近親憎悪だろう。それこそがいわゆる『アートマン論争』だった)

それゆえ、近年パーリ・テーラワーダ的に復元されている実践行法とサーンキャ・ヨーガ的な実践行法から後世の付加部分や余計な雑音を捨象(フィルタリング)して統合すると、限りなくブッダ・オリジナルの瞑想行法に近いものが復元できる、と考えられるのだ。

その復元へのひとつの試行こそが本ブログの探求に他ならない。流麗な筆致とは程遠い私の文章によって、果たしてその真意がどこまで理解され得たのかは、大いに心配している所ではあるのだが。

余りにも様々な要素が輻輳しているため、全般に雑駁な内容になってしまったかも知れないが、ここまでの記述が概略、私が現在までに到達した大局的かつ実践的な「古代インドにおける『祭祀』と『瞑想』史」観、その『ビッグ・ストーリー』の流れであり、その中でのブッダ存在』の位置付けになる。

もちろんこのような観点に到達した背後には、膨大な質量の典籍データの蓄積と相応の経験、さらにそれらをひっくるめた探求考察(囲碁の『読み』)があるのだが、その全てをこれまでの投稿で論述し切れているかと言うと、その自信は全くない。

ここから先、おそらくは瞑想実践についての具体的な記述に際して、このような瞑想史観的視点についてはしばしば言及し、その際に個別かつ詳細な考察・論述がなされる事になるだろう。 

 

(本投稿はYahooブログ 2016/3/29「54 『内なる祭祀』としての比丘サマナの修行道」を加筆修正して移転したものです) 

 

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