仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

『真のバラモン』とゴータマ・ブッダ【前編】

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前二回にわたって『ブラフマンとゴータマ・ブッダ』というテーマで記事を書いてきた。がその中でひとつの焦点になっていたのが、

「『Brahman』と『Brahmā』と『Brahma』が表記上明分化されていない、という事に関しての疑問」

であり、

ウパニシャッド的な『絶対者ブラフマン』と原始仏典的な『ブラフマー梵天)』との関係性」

というものであった。

この点に関して、非常に分かり易い解説があったので、下に引用したい。ただ、文章は分かり易いのだが、だからと言って依然としてその実態がはっきりした訳ではない。

ブラフマン(梵)とは中性名詞で、 

(~のちには男性名詞のブラフマンが成立し、ヒンドゥ教の主神となった。一般に記されるブラフマーは男性名詞ブラフマンの単数主格の語形が固定したものである~)

元来はヴェーダ賛歌・祭詞・呪詞内在する神秘力ヴェーダの知識に由来する神秘的威力を意味した。

祭式(祭祀)万能の信仰の展開に伴い、「神を動かして願望を達成する原動力」とされ、ついには「宇宙の根本的創造力」と見られた。

バラモンサンスクリット語ブラーフマナ)とはこの神秘的な威力を具えた者の意であり、祭式の神秘性を解き明かす文献をブラーフマナというのも前述の解釈に基づく。

従って、そのような神秘的威力こそ万有を創造する者であり、創造者として被造物を支配する者とされ、被造物に遍満する本体とされ、その結果、万有そのものと同一視される根本原理とされるに至ったのである。

 【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P363~ より

これは順番がややこしいので、少し整理してみよう。

このブラフマンという概念のそもそもの原像は、『祭祀(祭式)』と密接な関わりのあるものであった。

元々インド・アーリア人の生活の中心には、人知を超えた超越的な天界の神々に対して祭祀を行い、現世における様々な利益(ご利益)や死後の安穏を願うと言う習俗がインド亜大陸侵入以前の時代から存在した。

その様な祭祀において、神々を讃え勧請する為の賛歌の集成こそがリグ・ヴェーダに他ならない。この祭祀は基本的に火の中に供犠を捧げ、賛歌と共に神に祈る、という形態をとっていた。

ここに三つの特徴が鮮明になる。ヴェーダの祭祀(祭式)とは、第一には火の祭祀であり、第二にはその火に犠牲を捧げる祭祀(供犠祭)であり、第三にはそれらのプロセスにおいて神々に捧げられる賛歌詠唱の祭祀である。

ここで私が『祭祀(祭式)』と書いている事の原語は『Yajña』であり、これ自体『供犠』というニュアンスを強く持っている。神々を喜ばせて人間の欲望(請願)に答えてくれるように、人間にとって大切な、そして神が喜びそうなものを犠牲にし、供養する。

यज्ञः yajñḥ ヤジュニャ
यज्ञः [यज्-भावे न] 1 A sacrifice, sacrificial rite; any offering or oblation;

犠牲、供犠の祭式、奉納、供養、寄進。

यज्ञेन यज्ञमयजन्त देवाः; तस्माद्यज्ञात् सर्वहुतः &c.; यज्ञाद् भवति पर्जन्यो यज्ञः कर्मसमुद्भवः

Prin. V. S. Apte's The practical Sanskrit-English Dictionary より

この段階で供犠として火の中に捧げられるのは、ソーマ酒や精製バター(ギー)などが中心であり、大きな祀り(それだけ大きな願望)の時は大切な財産である家畜動物も犠牲に供せられたが、後世の(ブッダが批判している様な)大規模かつ大量の動物を犠牲にするスタイルは未だ顕在化していなかったと考えられる。

インドに侵入したアーリア・ヴェーダの民は、やがて現地に定着し先住民との様々な相互作用の中で経済的・社会的に安定すると、祭式のみを専門に担う祭官がひとつの階級として分離独立を果たす。これがいわゆるバラモン祭官の階級である。

彼らは祭式の儀軌についての煩瑣な知識を独占し、その『知識の力』によって神々を動かし得る根拠となした。

一般的な形式としてのヴェーダの祭式の方法は、時に応じて恩恵を乞うべき神に向かって聖なる火に捧げものをし、煙となって天にのぼる供物をその神格が嘉納して、その祭式を行った人々に恩恵を垂れてくれる事を祈願する、というものであったと考えられる。

ヴェーダは《知識》の意味である、と述べた。知識は言葉で表され、言葉を知る者はその言葉の対象を支配できる、というのが古代人の言葉に対する基本的な考え方である。

言葉を知る司祭階級であるバラモンは、言葉によって神々をも動かす事ができる絶大な力を持つに至るのである。

その様な言葉は呪力を持つものであり、ひとつのアクセントの誤りも許されず厳密かつ正確に伝えられなければならなかった。 

ヴェーダからウパニシャッドへ:針貝邦生著 (Century Books―人と思想) P24~より 

そして社会の発展と経済成長に伴って祭式も大規模化していき、その祭式を司る祭官たちの権能もますます増長していった。

これはある意味、戦後の日本が経済発展と共にその官僚機構を肥大化させ続け、本来は公の僕たる官僚が今や国家を支配し動かしているのと同じ原理かも知れない。

バラモン祭官とは、天上の神と地上の人そして社会を『つなぐ』事(Devaプロバイダー)に特化した祭式専門官僚であり、想定される天の神々の威力を背景に、いわば人間社会の『経綸』を左右する力を持つものとして君臨しはじめる。

それまでは人間の祭祀はあくまでも上なる神に下から乞い願う、という形であったが、やがて祭式の肥大化と祭官の権能の増大に伴ってその立場は逆転し、祭官の執り行う祭式の力こそが神々を支配し世界の運行さえをも司る、と豪語されるようになった。

祭式万能を標榜するバラモン教の誕生だ。戦士階級クシャトリヤの台頭と彼らの覇権の結果として生まれた都市の経済発展を背景に、祭式に対して莫大な財貨の提供・供養が求められ、その規模は増大の一途をたどった。

そこでは社会の安定の有無から人々の健康、経済的繁栄と衰退、月日の巡りや降雨や日照りなどの天候に至るまで、この世界の命運は全てバラモン祭官による祭式の力によって支配されている、と考えられた。

彼らは祭式の万能を強調し、繁雑にして煩瑣きわまりない祭式哲学を展開したからである。バラモンは自分たちが独占する祭式を最高最勝の神秘とし、宇宙の展開も祭式の力により、また神も祭式の力によってその威力と不死性を得るとした。

バラモンは本来宗教者として神に仕える身でありながら、その本分を忘れ、神を操縦し、願望の成就を強要する態度をさえ示した事が知られる。

 ~中略~

こうして祭式は神を動かして初期の目的を達成させる原動力であり、人間の幸福と利益の源泉とされたが、それだけに祭式の執行に際しての微細な瑕瑾でも、破滅の原因になるとされた。

従って、自分の願望を達成しようとして、バラモンに委託して祭式を自分の為に執行させる祭主は、もしバラモンが悪意をもって祭式を故意に間違えたり、あるいは密かに呪ったりする事を極度に恐れたのであって、祭主の一身はバラモンの掌中に完全に握られているという結果となった。

神さえ自由にすると言う祭式に対して、祭式の神秘について全く無知な祭主が抵抗しえなかったのも、当然と言わなければならない。

祭主は自ら神であると嘯くバラモンに、数多くの牛や夥しい財宝を贈って、そのご機嫌を取り結ばざるを得なかったのである。 

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P357~ より

これら神々を動かし、天地の運行さえをも支配する『祭式が持つ言葉(賛歌・祭詞の知識)の呪の威力』、それが『ブラフマン』の原義であり、祭式と賛歌に関する『知識』によってそれらブラフマンの威力を行使する事から、これら祭官は『ブラーフマナ』、すなわち『ブラフマンの力を具える(知る)者』と呼ばれた。

この『ブラーフマナ』こそがバラモン(婆羅門)の原語であり、本来『バラモン』とは『ブラフマン』を行使・運用する職掌であり、それ故の命名であった。

この事実が漢訳・音写の『婆羅門』やその現代化である『バラモン』という語からはほとんど見失われてしまっており、それが第一の問題点ではないかと私は感じている。

このような祭式と祭官の在り方については、歴史的に様々な疑義が呈されてきたのもまた事実だ。すでにリグ・ヴェーダには神の実在やその威力についての疑問の声さえ収録されている。

当然、上のような増長した祭式万能のバラモン教に対しては、その威勢の陰で様々なアンチテーゼが表明されるようになった。

恐らくそれら祭式万能を標榜しバブリーなセレブ生活に耽溺する、貪欲で自己中心的なバラモン祭官に対する批判的な世論があったのだろう。

その様な批判は、第一にバラモン階級自身の中からも生まれた可能性が高い。

すでにリグ・ヴェーダの後期において、哲学的な思索へと向かい始めた古代インド人は、乱立する多神教世界観に飽き足らず、世界の『唯一の』最高原理を『人格神』として求め始めていた。

インド亜大陸への侵略の前後には最高神格として崇められていた軍神インドラは、社会の安定と共にその勢威を失い、帰一思想、すなわち唯一最高神『Eka(一者)』にその地位を譲り渡していく。

初期においてその『Eka』は、それまでの多神の中より選ばれた特定の一神をそのつど便宜的に当てはめるものだったが、やがてその中から、ヴィシュヴァカルマン、ブリハスパティ、プラジャーパティなどいくつかの『一者/一神』が顕在化していき、そのひとつに『ブラフマナス・パティ』があった。

これは一般に『祈祷の主』と訳されているようだが、おそらく前述の『祭式における賛歌・祭詞の言葉が持つ呪の力』の根源でありその『主宰者』を意味していたのだろう。

ここに祭式万能教において増長するバラモン祭官に対して、ひとつの決定的な『反証』が突き付けられる事の端緒がある。

つまり、彼らバラモン祭官が世界の運行すら支配すると豪語した『ブラフマン』すなわち『祭詞と賛歌における言葉の呪の力』。しかし、この呪の力を力として威力たらしめる為には、その背後に何らかの超越的な『何者か』がいなければならないのではないか?という疑問だ。

何故なら、どのように祭式の威力を豪語するバラモン祭官も、所詮は『死すべき人間』に過ぎないからだ。その様な有限で死すべき人間であるバラモン祭官が、本然的な『自力能』として世界の運行までをも司るような力を持っている筈がないではないか、と。

そもそもリグ・ヴェーダの時代から、神々への賛歌は代々リシすなわち聖者(詩聖)たちが『天啓(神意)』によって獲得してきた、と言われていた。

つまり神々への賛歌とは、人間をして神々を賛仰させ祀らせるために神々から下賜され贈与されたものだったはずなのだ。

当然、神々から下賜された賛歌が持つ言葉の呪の威力もまた、神々から与えられた、と考えるべきではないのか?

祭式万能を誇るバラモン祭官たちは、ひとつの矛盾に直面する事になった。彼らが行使する天地の運行すら支配するはずの『言葉の呪の力であるブラフマン』とは、一体どこから来たのか、それは彼ら祭官よりも上なのか下なのか、という命題だ。

このような矛盾を解決するひとつの合理的な仮説として、言葉の呪の力であるブラフマンを一種の超越神格として抽出し、それをバラモン祭官の上に置く思想が生まれたのではないか、と私は考えている。

その起源はリグ・ヴェーダの後期には顕在化していた、先のブラフマナス・パティに求められるかもしれない(この点に関しては後段でより詳述したい)。

つまり、往古の多神教的神々の上に、祭祀によってそれを支配するバラモン祭官を置いたバラモン教に対して、そのバラモン祭官の上に、彼らの言葉の呪の威力を『統括し付与する一者』として絶対者ブラフマンを置く、という上下秩序だ。

祭式万能のバラモン教が、かつては人間を意のままに支配していた神々に対する『下剋上』であるとしたら、この絶対者ブラフマンの登場とは、増長するバラモン祭官に対する『再下剋上』であり、一者に収斂された神威の『復権』に他ならない。

そのような再下剋上は、おそらく台頭する戦士階級クシャトリヤや、インド亜大陸先住民の基層文化などとの相互作用の中で徐々に形成されていったと思われるが、バラモン階級自身の内部からも、率先してそれを推進する機運が生まれたというのは歴史の皮肉だろう。

これはある意味、徳川独裁幕府の末期において、その権力中枢の一翼を担う水戸徳川家の中から、徳川の私的覇権に対する疑義とそれに対する『正当化』の必要が、尊王思想として澎湃と生まれてきた流れと軌を一にするものなのかも知れない。

つまり、祭式を支配するが故に社会の最高位である事を担保されたバラモン階級者たちは、自らの権威、その正統性の根源・根拠を徹底的に追求していった果てに、自らの上に立つ絶対原理としての至高者ブラフマンを想定せずにはいられなかったのだ。

先にも言及したが、何故なら彼らは所詮、『死すべき人間』に過ぎないからだ。貪欲にまみれ、儚くも不浄な、一生類に過ぎないからだ(これはどのような時代・地域においても、何人も否定できない!)。

もちろん、このような自己省察自己批判と絶対者ブラフマンへの傾斜は、北インド全域におけるバラモン階級のマジョリティをいきなり席巻していった訳ではなかっただろう。

それは恐らく、正統を誇示するバラモン教の牙城であったガンジス川上流部からは遠く離れた、彼らから見たら辺境に位置するガンジス川中下流域において、やがて支配的なムーブメントとして台頭し始めた。

それがいわゆるウパニシャッド的な求道と思索の流れであり、それと軌を同じくした『沙門(サマナ)』達の求道であった。このウパニシャッド的な探求とサマナ的な求道実践が密接に関係する事は、両者の舞台となった主な土地が、マガダやコーサラ(カーシー)など多く重なっている事からも容易に想定される。

そしてこのようなガンジス川の中下流域の地方とは、同時にクシャトリヤの王権が台頭する都市文明圏でもあった。そこでは、伝統、すなわち増長する祭祀万能主義のバラモン教に対して、公然と批判できる自由で広闊な『エートス』が満ち溢れていたのだろう。

その様な社会背景の中、シッダールタ王子は出家していち沙門となった。

ここまでの流れを踏まえた上で、冒頭の問題に戻ろう。

ブラフマン(梵)とは中性名詞で、のちには男性名詞のブラフマンが成立し、ヒンドゥ教の主神となった。一般に記されるブラフマーは男性名詞ブラフマンの単数主格の語形が固定したものである」

これは依然としてアマチュアである私には取っつきにくい説明だが、中性名詞であるブラフマンとその後の男性名詞であるブラフマンとは共に表記上は本来違いの無いBrahmanであり、後者の男性名詞が単数主格に語形変化したものがBrahmāであり梵天神としての固定された固有名詞になった、という事でいいのだろうか。

更にややこしい事に、上記はサンスクリットについてであって、これをパーリ語に当てはめてみた場合どうなるのか私には断定できないが・・・

結局、前回までの流れを見ると、

brahmanになった=brahmabhūta」
brahmanに達した人=brahmapatti:brahmalokūpapatti」
brahmanと同じ者= brahmasama」

brahmanの乗り物=brahmayānam」

brahmanへの修行=brahmacariya」

brahmanの車輪=brahmacakka」

というパーリ経典に多出する表現における『brahma****』は、そもそも中性名詞と男性名詞を共に表すbrahmanから語尾のnが脱落した形の複合語であって、絶対者ブラフマンを表すのか、あるいは男性神格のブラフマー梵天神)を表すのか、基本的には『不明瞭である』と言うのが、正解なのかも知れない。

しかし、これまでの考察を踏まえてインド思想・宗教史を概観してみれば、梵天神ブラフマーへの信仰というものが、言葉の呪の力を意味する所から発展し絶対者へと収斂されたブラフマン(中性)と全く無縁に存在していたとはやはり考えにくい。

また、絶対者ブラフマンをメインテーマとしていると言われるウパニシャッド文献の中にも、明らかに天界に住まう神格としてのブラフマーを指すと思われる記述がまま見受けられる。

例えば輪廻転生とそこからの解脱の原像を活写する最古層のウパニシャッドであるカウシータキ・ウパニシャッドの第一章などでは、輪廻を避け得られる(つまり輪廻からの解脱)隠処として、死者が赴く最高天を『ブラフマンの世界』とし、そこでのブラフマンは死者と問答をするという形で、明らかに『人格神』の形態を採っている。

彼(死者)はこの神道と名付けられる道を通り、まずアグニ(火神)の世界に到る。ついでヴァーユ(風神)の世界、ヴァルナ(水神)の世界、アーディトヤ(太陽)の世界、インドラの世界、プラジャー・パティ(創造主)の世界、ブラフマンの世界に到る。

実に、このブラフマンの世界には、アーラ湖があり、イェシュティハ瞬間があり、ヴィジャラー(不老)河があり、イルヤ樹があり、サーラジヤ広場があり、アバラージタ(不落)大邸宅があり、インドラとプラジャー・パティとはその門衛である。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P10~ より(以下同)

最初のアグニから始まってブラフマンに至る神々の序列は、そのまま歴史的に見た時の中心神格の移り変わりを表している様で興味深い。最終的にこの時点ではインドラの上にプラジャー・パティ、更にこの二者を門衛として従えて、その上の最高処にブラフマンが君臨している。

このブラフマンの世界に到達した死者(の魂)は、華美な天界の様々な様相を通過して、ついにヴィジャラー河に到達すると「もはや老いる事はない」者となる。

そして、華鬘と香油膏と白粉と衣裳と果物を手にした500人のアプサラスによって、彼はブラフマン(男性神)の装飾品で飾られ、ブラフマン(宇宙の最高原理)を知る者となるという。

彼は善業を離れ、悪業を離れ、ブラフマン(宇宙の最高原理)を知る者となり、ブラフマンに向かって進む

最終的にブラフマンと出会った死者はとの対話の中で、

「私はそれぞれの存在のアートマンである。汝も存在のアートマンである。〔従って〕汝である者、すなわちわたしはそれである」

ブラフマンに向かって語る。そして、

ブラフマンが彼(死者)に「余は一体何者か?」と問うと、彼(死者)は「サトヤム(真実)である」と答える。

ここに出てくる諸概念、すなわち「私はそれである」や「サトヤム(サティヤ=真実)などはその後の絶対者ブラフマン思想においても中核的に位置づけられるキーワードであり、ここでの人格神的なブラフマンと哲学的な絶対者ブラフマンが完全に接続している事は明らかだろう。

また、同様にこの流れを受けたチャーンドーギャでは、以下の様に天界に住まう人格神としてのブラフマンという概念を明確に保っている。

チャーンドーギャ・ウパニシャッド第8章5-3

森への隠棲(Aranyayana)と呼ばれるものは、梵行に他ならない。実にAraとNyaとは、この世界から第三の天にあるブラフマン(人格神としてのブラフマン)の世界にある二つの大海である。

アイランマディーヤ池、ソーマ=サヴァナというアシュバッタ樹、アパラージターというブラフマン都城、黄金造りの主君(主宰者としてのブラフマン)の宮殿も、そこにある。

それ故にこそ、ブラフマンの世界にあるアラとヌヤの二つの大海を、梵行によって見出す人々にのみ、このブラフマンの世界があり、これらの人々は一切の世界において行動の自由を得る。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P175~ より

前後の流れを見ると、ここでも最高の天上界(第三天)が想定され、その中でいわゆる(哲学的な)絶対者ブラフマン梵天神が特段の区別もなく連続的に言及されている。

(繰り返しになるが、この最高天ブラフマンはインドラをその門衛に配して明らかに過去のインドラの栄光に対する下剋上の上に成り立っているし、第三天という位置づけも過去の神々が住む天界の更に上にあるという意味だろう。つまり、最高天ブラフマン神とその他の神々は、截然として次元を異にしている)

こうなって来ると、前回までに指摘したように、唯一至高なるブラフマンという概念のそもそもの起点とは、このような天界に住まう人格神ではないのか、という可能性も否定できない。

この唯一至高神であるブラフマン梵天神)の、ある種エッセンスのような概念が『絶対者ブラフマン』である、という様に(逆に絶対者ブラフマンの『現象化』が梵天神? あるいは、絶対者ブラフマンの真実を開示する『媒体』が梵天神?)。

このあたりは専門家の方の明晰な説明を期待したい所だが、とりあえず本ブログでは、パーリ経典に登場する梵天並びにBrahma表記は、絶対者ブラフマンやその亜形態である人格的な『ブラフマン神』を前提とした上で成り立つものだとして先に進めたいと思う。

ここまでは前二回投稿の補遺的な前振りであって、漸くここから本題に入る。今回のメインテーマ、それは同じくパーリ経典に頻出する『真のバラモン』という概念についてだ。

これは他の経典にもあるのだが、ダンマパダの第26章にその名もずばり『バラモン』というタイトルでまとめられているので、以下にその主だった所を参照してみよう。

384 バラモンが二つの事柄(止と観)について彼岸に達した完全になった)ならば、彼はよく知る人であるので、彼の束縛は全て消え失せるであろう。

386 静かに思い、塵垢なく、落ち着いて、為すべき事を成し遂げ、煩悩を去り、最高の目的を達した人、 ― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

391 身にも、言葉にも、心にも、悪い事を為さず、三つの所について慎んでいる人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

393 螺髪を結っているからバラモンなのではない。氏姓によってバラモンなのでもない。生まれによってバラモンなのでもない。真実と理法をまもる人は、安楽である。彼こそ(真の)バラモンなのである。

394 愚者よ。螺髪を結うて何になるのだ。かもしかの皮をまとって何になるのだ。汝は内に密林(汚れ)を蔵して、外側だけを飾る。

395 糞掃衣をまとい、痩せて、血管があらわれ、ひとり林の中にあって瞑想する人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

397 すべての束縛を断ち切り、恐れる事なく、執着を超越して、とらわれる事のない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

398 紐と革帯と綱とを、手綱ともども断ち切り、門を閉ざす閂を滅ぼして、目覚めた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

400 怒ることなく、慎みあり、戒律を奉じ、欲を増すことなく、身をととのえ、最後の身体に達した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

401 蓮葉の上の露のように、錐の先の芥子のように、諸の欲情に汚されない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

402 すでにこの世において自分の苦しみの滅びた事を知り、重荷をおろし、とらわれの無い人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

403 明かな智慧が深くて、聡明で、種々の道に通達し、最高の目的を達した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

404 在家者・出家者のいずれとも交わらず、住家なくて遍歴し欲の少ない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

405 強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さずまた殺させることのない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

406 敵意ある者どもの間にあって敵意なく、暴力を用いる者どもの間にあって心穏やかに、執着する者どもの間にあって執着しない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

407 芥子粒が錐の先端から落ちたように、愛著と憎悪と高ぶりと隠し立てとが脱落した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

408 粗野ならず、事柄をはっきりと伝える真実の言葉を発し、言葉によって何人の感情をも害する事のない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

409 この世において、長かろうと短かろうと、微細であろうとも粗大であろうとも、浄かろうとも不浄であろうとも、全て与えられていない物を取らない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

410 現世を望まず、来世をも望まず、欲求がなくて、とらわれのない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

411 こだわりある事なく、覚り終わって、疑惑なく、不死の底に達した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

412 この世の禍福のいずれにも執着する事なく、憂いなく、汚れなく、清らかな人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

413 曇りのない月のように、清く、澄み、濁りがなく、歓楽の生活の尽きた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

414 この障害・険道・輪廻・迷妄を渡り終わって彼岸に達し、瞑想し、興奮することなく、疑惑なく、執着する事がなくて、心安らかな人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

415 この世の愛執を断ち切り、出家して遍歴し、愛執の生存の尽きた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

417 人間の絆を捨て、天界の絆を越え、全ての絆を離れた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

418 〈快楽〉と〈不快〉とを捨て、清らかに涼しく、とらわれる事なく、全世界に打ち勝った英雄、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

419 生きとし生ける者の死生を全て知り、執着なく、よく行きし人、覚った人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

420 神々も天の伎楽天ガンダルヴァ〉たちも、人間もその行方を知り得ない人、煩悩の汚れを滅ぼし尽くした真人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

421 前にも、後にも、中間にも、一物をも所有せず、無一物で、何ものをも執着して取り押さえる事のない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

422 牡牛のように雄々しく、気高く、英雄・大仙人・勝利者・欲望の無い人・沐浴者・覚った人〈ブッダ〉、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

423 前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を滅ぼし尽くすに至って、直観智を完成した聖者、完成すべきことを全て完成した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫) 中村元訳 P64~より

その他の部分も踏まえた上でその真意を読み取れば、世の中には生まれや氏姓や外見の装い、さらには『祭官である事』によってバラモンと称している者共がいるが、それらは本当のバラモンではなく、仏道修行に励む出家比丘こそが真のバラモンであり、そこにおいて覚りに至る事こそが真のバラモンのゴールである、という事になろうかと思う。

この『真のバラモン』というのは恐らく意訳であって、直接これを意味する単語がある訳ではなさそうだが、文脈を読み取れば明らかに似非バラモンと真のバラモンとの対置の上で、出家比丘・サマナやその『道の達成者』であるブッダ自身を『真のバラモン』だと称揚しているのは間違いない。

ブッダ=(真の)バラモン

出家比丘およびそれに類するサマナ=(真の)バラモン

ここで問題になるのは、これら『(真の)バラモン』という言葉をもって、一体彼らが何を言わんとしていたのか、という事だろう。

これについて中村元博士などは、

バラモン:brāhmana,   ヴェーダの宗教における司祭者の事で、バラモンはインドにおいては最高のカーストであると考えられていた。

原始仏教は表面的にはインド伝統のこの観念を継承したが、その意義内容を改めて、〈真のバラモン〉は祭祀を行う人ではなくて、徳を身に具現した人の事であると主張した。この章に説かれる「バラモン」とは煩悩を去り罪悪をなさぬ人である。

最初期のジャイナ教聖典でもこの理想の修行者をバラモンと呼んでいる。

(同上、解説より引用)

として、バラモン教優勢な中で(しかたなく)、人口に膾炙した『バラモン』という社会的最上者を意味する語をもって、ブッダや比丘たちの優越性を『自称』した、と考えているようだ。

しかし、私の読み筋はいささか異なっている。第一に、そもそもカーストという差別システムに対して反対していたブッダが、何故にその頂点に君臨しているバラモン階級を自らの超越性あるいは正統性の『代名詞』として借用しなければならないのか、という疑問だ。

では何故、ブッダは自らを『真のバラモン』と自称したのか? そこで先に言及した、ブラフマン概念との関わりが焦点として浮かび上がって来る。

バラモンという音写語を使い慣れていると忘れがちだが、その原語がブラーフマナbrāhmanaであり、その原意は『ブラフマンを具える者』『ブラフマンを知る者』であった事を忘れてはならない。

そして、このブラフマンという語、その本来の意は『1祭式と賛歌における言葉の呪の力』であり、その後、そのような超常的な『威力』の根源的統括主宰者として『2絶対者ブラフマン』概念が台頭した。

ここには二つの意味のブラフマンがあり、よって二つの意味のブラーフマナブラフマンを知る者)が想定される。

つまり、ブッダの時代前後は、未だ『1祭式と賛歌における言葉の呪の力』のみを知りもっぱら祭式に専念して生業を立てている保守的なブラーフマナバラモン祭官)と、1の背後にその根源的統括主宰者としての『2絶対者ブラフマン』を想定し、もっぱらこの2を追い求め、あるいはそれを知ったと称していた求道的(ウパニシャッド的)ブラーフマナ(真のバラモン)の二種類が対立的に存在したのだ。

その証拠に、この『真のバラモン』という概念は、すでにブッダ以前のウパニシャッドにおいて先行する形で現れている。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第三章第五節

「ヤージュニャヴァルキャよ、万物に内在するものとは如何なるものか」

「飢渇、憂い、愚痴、老齢、死を超越するものである。実にこのようなアートマンを知るとき、婆羅門たちは息子を得たいと言う願望と財産を得たいという願望、そして世間に対する願望を捨てて、食物を乞うて歩き修行するのである。

何故ならば、息子を得たいと言う願望は財産を得たいと言う願望に他ならず、これら二つの願望は実に同じであるからである。

従って婆羅門は学識を捨てて、愚かさに満足すべきである。彼はさらに学識と愚かさとを捨てて、かくて聖者となり、聖者の立場と非聖者の立場を捨てて、かくて婆羅門となるのである」

「この婆羅門は何によって婆羅門であるのか

「婆羅門を婆羅門たらしめているもの(ブラフマン)によって、そうなのである。それ以外のものは苦悩に委ねられているのだ」

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P218~より

ここでは、飢渇、憂い、愚痴、老齢、死を超越する、万物に内在するアートマンブラフマン(の存在)を知って、バラモンは学識などを捨てて乞食の遊行者になり聖者となり、最終的に聖者や非聖者などという二項対立すら捨てて、「かくて婆羅門になる」という文脈が明らかである。

そしてダメを押すような形で、婆羅門を婆羅門たらしめるものはブラフマン(を知る事)であり、それを知って初めて、(真の)婆羅門たりえる、という流れをくみ取る事ができる。

この辺りは仏典におけるの最前の『真のバラモン』概念と、非常に近接している気がしてならない。つまり、ブッダが提示した涅槃なり覚りなり解脱なりをそのまま『絶対者ブラフマンの世界』に当て込んでいけば、両者の依って立つパラダイムはほとんど変わらなくなる。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第三章第八節10

この不滅のもの(ブラフマン)を知ることなく、ガールギーよ、この世において供物を捧げ、祭祀を行い、苦行して数千年に及ぶとしても、その功徳は正に滅びるであろう。

この不滅のものを知ることなく、ガールギーよ、この世を去る者は、憐れむべき人である。しかし、この不滅のものを知って、ガールギーよ、この世を去る者は、真のバラモン(Sa Brāhmana)である。

同書P231より

前後の文脈も踏まえると、ここではこれまでの既存の祭式万能を主張するバラモン祭官がいくら祭式をしたり苦行をしたりしても、不滅の(絶対者)ブラフマンを知らなければ意味はなく、それを知らずして死すものは(永遠に苦の輪廻を繰り返す)哀れな存在であり(そのような者は真のバラモンの名に値せず)、しかし、もし人が不滅の(絶対者)ブラフマンを知ってから死ねば、彼は(輪廻から解脱し)真のバラモンの名に値する者となる、という流れが確認できる。

つまり、ここでは先に登場した『1祭式と賛歌における言葉の呪の力』のみを知り、不滅の『2絶対者ブラフマン』を知らずに形式的な祭式に専念する既成バラモンの価値を、『輪廻からの解脱という文脈』の中で完全に否定し、不滅の『2絶対者ブラフマン』を知る求道者こそ、『真のバラモン』であり、輪廻からの解脱者である、と断言している事になる。

ここに三つのブラーフマナバラモンブラフマンを知る者)概念が存在する。

ひとつは、ヴェーダの言葉の知識(その威力=ブラフマン)を具えて、硬直化し肥大化した祭式のみにもっぱら専念する『1祭式官僚ビジネス・ブラーフマナ(含むバラモン階級者全般)。

ひとつは、その様な哀れなバラモンに対する批判的な思弁と探求の中で想定された『不滅の(絶対者)ブラフマン』を知る(あるいはそれに到達する為の修行の道にある)ウパニシャッド的な『2真のブラーフマナ

そして最後のひとつが、パーリ経典に表された様な、ゴータマ・ブッダによって提示され体現された『3真のブラーフマナ

1のブラーフマナ祭官は、共に『解脱』を目的とする2と3の立場から見れば『偽物』という事になる。

ここまでそれぞれの経典を読み比べて来た私としては、この2と3の『真のブラーフマナ』が、極めて近接しあるいは接続している気がしてならないのだが、いかがだろうか?

更にウパニシャッドとパーリ経典の類似性を見て行こう。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第四章第四節

従って、このような詩頌があります。

「それ故にこそ、執着のある人は、業と共に、 彼の性向と意とがしがみつく処に赴く。この世において彼がいかなることを作しても、その業の極限に達した時、彼は再び、新たに業を積むため、かの世界よりこの世界に帰り来る」

以上は、欲望を持つ者に関する事であります。ところで、欲望を持たない者、欲望なく、欲望を離れ、また欲望を満足させ、アートマンのみを欲する者の場合には、彼の諸機能は出て行かないのであります。

彼はブラフマンそのものであり、ブラフマンと合一します。

同書、P273より

ここではまず、欲望を持ち執着のある者は(それに基づいて行為する事が業となり)その業に従い心に従った世界に死後転生するが、しかし、業が尽きればまたこの世界に帰って来る(つまり輪廻を繰り返す)とある。

そして対照的に、欲望を持たず、そこから離れてアートマンのみを欲する者は、ブラフマンと合一し、ブラフマンそのものになる(輪廻から解脱する)、という流れがうかがえるだろう。

上に続いて

従って、このような詩頌があります。

「彼の心に依る欲望が、全て除き去られる時、死すべき人間は不死となり、この世においてブラフマンに達す、と」

あたかも蛇の脱殻が生命なく脱ぎ捨てられて、蟻塚の上に横たわっているように、まさしくこの肉身は横たわっています。

そして、この肉身のない不死の生気はまさしくブラフマンであり、まさしく光輝であります。大王よ。

同上

ここでは流れが若干変わって、欲望がすべて除き去られた時、死すべき人は不死になり、「この世においてブラフマンに達する」、つまり、ここまで引用してきた文脈が全て『死後』のブラフマンとの合一だったのに比べ、明確にこの世つまり『現世』におけるブラフマンとの合一に言及している。

そしてその様子を、「あたかも蛇の脱殻が脱ぎ捨てられた様に」という非常に印象的な譬えによって表されているのだが、ここで思い出す事はないだろうか。

第一 蛇の章

10 走っても速すぎる事なく、また遅れる事もなく、「一切のものは虚妄である」と知って貪りを(11愛欲を、12憎悪を、13迷妄を)離れた修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

15 この世に帰り来る縁となる煩悩から生ずるものをいささかも持たない修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

16 人を生存に縛り付ける原因となる愛執から生ずるものをいささかも持たない修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

17 五つの蓋いを捨て、悩みなく、疑惑を超え、苦しみの無い修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 P12~より 

上のウパニシャッドでは、蛇の脱殻である身体とそこから抜け出る生気=ブラフマンという対置があるが、仏典ではこのブラフマンとの言及はないものの、それ以外の構成は、驚くほど良く似ている。

(ならば、蛇の章において「古い皮を捨てて脱皮する」というその『主体』とは一体何か、という事が問題になる。何故なら『古い皮』はそれを脱皮して新生する『無垢(清浄)な身体』を対にして初めて存在し得るからだ。この点は改めて後述)

続けて、「この世とかの世を共に捨てる」という表現は現世と来世を共に捨てる、つまり輪廻からの解脱を意味し、その為の要件として「この世に帰り来る縁となる煩悩」「生存に縛り付ける原因となる愛執から生ずるもの」を全て捨てる、という流れは、

「執着のある人は、業と共に、 彼の性向と意とがしがみつく処に赴く。この世において彼がいかなることを作しても、その業の極限に達した時、彼は再び、新たに業を積むため、かの世界よりこの世界に帰り来る」

というウパニシャッドの言葉の、全くの反語になっており、更に、

「彼の心に依る欲望が、全て除き去られる時、死すべき人間は不死となり、この世においてブラフマンに達す

というウパニシャッドの言葉は、そのまま先に引用したダンマパダの、

「411 こだわりある事なく、覚り終わって、疑惑なく、不死の底達した人、― 彼を我は〈(真の)ブラーフマナ〉と呼ぶ

と明らかに重なり合う。ブラーフマナを漢訳に由来する『バラモン』と訳しては見失いがちだが、『ブラフマンに達した者』と『真のブラーフマナ』とはウパニシャッド仏教という垣根を忘れて俯瞰すれば、これまで見てきたように『ブラフマン』に関して全く同じことを言っており、両者がそれぞれの言葉でイメージする性質も相当以上に類似している。

私は先に、『ブラーフマナブラフマンを知る者』については異なった三種があるとし、以下の対照を示した。

1.ヴェーダの言葉の知識(その威力=ブラフマン)を具えて、硬直化し肥大化した祭式のみにもっぱら専念する『祭式官僚ビジネス・ブラーフマナ

2.その様な哀れなバラモンに対する批判的な思弁と探求の中で求められた『不滅の(絶対者)ブラフマン』を知る(あるいは知る為の修行の道にある)ウパニシャッド的な『真のブラーフマナ

3.パーリ経典に表された様な、ゴータマ・ブッダによって提示され体現された『真のブラーフマナ

ここまでの流れを概観すると、この1のブラーフマナと、2、3のブラーフマナの決定的な違いとは、やはり「その方法論あるいは『実践』によって、輪廻からの解脱を得られるかどうか?」という点にあるように思える。

つまり、『祭式官僚ビジネス・ブラーフマナ』による実践、つまり形骸化し肥大化した祭式によって得られるものはあくまでも『輪廻世界内部の利益・幸福』であって、ひとたび輪廻からの解脱、という価値観と意欲が生じた時、彼らは全く『無能』と断じられた、という事だ。

ここで注意すべきは、本来の原初的な解脱観においては、ブラフマンの世界=解脱、だったという事だ。これはカウシータキ・ウパニシャッドやそれに続くチャーンドーギャからの引用を思い出せば分かるだろう。

つまり、何らかの方法で「ブラフマンの心を動かし、その世界への扉を開いてもらえた」者のみが、ブラフマンの解脱境へと至る事が出来る。

そして、ここはややこしい所だが、私が本投稿の前半で少々強引に説明した様に、ブラフマンという絶対者は、そもそもの起源に遡れば、バラモン祭官の言葉が持つ呪の威力を『統括し付与する一者』であり、当然ながら、力関係においてはバラモン祭官よりも上位だったということだ

これはある意味、単純なヒエラルキーの問題として見れば分かり易い。

つまり、ブラーフマナ祭官の祭式が効力を発揮するのは、力関係においてすでに下剋上を成し遂げ見下ろしている下位の神々(インドラ・アグニなど伝統的な)であるのに対して、それらブラーフマナ祭官の言葉が持つ呪の力の発生源である絶対者ブラフマンは当然ながら祭官どもよりも上位に当たるので、祭官の呪の力(命じる威力)が及ばない(部長は課長に命じる事が出来るけれど、社長に命じる事は出来ない!)

当然ながら、彼らがいくら従前の形骸化した祭式にどんなに努めても、ブラフマンはその不死の扉を開かない。彼らには、不死なるブラフマンにアクセスする権能や方途がない。

実はこのヒエラルキーを象徴的に表している描写が、先に引用したカウシータキ・ウパニシャッド第一章の続きに鮮明に述べられている。

ブラフマンの世界に入った死者はヴィジャラー河を越えて不老になり、善悪の業を振り落とし、更にさらにブラフマンに向かって進んでいく。

彼はその様に昼夜を眼下に見、その様に善悪二つの業と一切の相対を見下ろす。彼は善業を離れ悪業を離れ、ブラフマンを知る者となって、ブラフマンに向かって進む。

カウシータキ・ウパニシャッド第一章の5

彼はイルヤ樹に至る。ブラフマンの芳香が彼に入る。彼はサーラジヤ広場に至る。ブラフマンの滋味が彼に入る。彼はアパラージタ大邸宅に至る。彼にブラフマンの光明が入る。

彼は門衛のインドラとプラジャー・パティの所に至ると、両者は彼から逃げ去る。彼はヴィブ宮殿に至る。ブラフマンの栄誉が彼に入る。

彼はヴィチャクシャナー王座に至る。

ブリハットとラタンタラの両サーマン(旋律)がその前脚であり、シャイタとナウダサの両サーマンがその後脚である。ヴァイルーパとヴァイラージャの両サーマンが縦の枠木であり、シャークヴァラとライヴァタの両サーマンが横の枠木である。

この王座は理知であり、人は理知によってそれを識別するからである。

彼はアミタウジャス臥榻(寝椅子、寝台)に至る。それは生気である。過去と未来とがその前脚であり、吉祥と栄養とがその後脚である。

ブリハットとラタンタラの両サーマンが肘のあたる部分であり、バドラとヤジュニャーヤジュニーヤの両サーマンが寝椅子の頭の部分である。歌詞旋律とが前に突き出した部分であり、祭詞は横に突き出した部分である。ソーマ草の茎がその褥である。ウドギータ(サーマヴェーダの吟唱)が掛け布団である。吉祥がその枕である。

それにブラフマンは坐っている

このように知る者はまず寝椅子の足を伝うてその上に登る。

ブラフマンが「汝は誰か」と言う。

(死者)は次のように答えるべきである。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P11~ より

ブラフマンの世界を進む死者は、イルヤ樹を過ぎサーラジヤ広場を通り、ついにブラフマンが住むアパラージタ大邸宅に入る。門衛のインドラとプラジャー・パティは彼を恐れ逃散する。

これはブラフマンの探求者である死者は、インドラやプラジャーパティよりもすでに『格上』である事を意味する。

更に進んで彼はヴィプ宮殿に入る。そこにあるヴィチャクシャナー王座は、

「ブリハットとラタンタラの両サーマン(旋律)がその前脚であり、シャイタとナウダサの両サーマンがその後脚である。ヴァイルーパとヴァイラージャの両サーマンが縦の枠木であり、シャークヴァラとライヴァタの両サーマンが横の枠木である」

という様に、バラモン祭官が祭式において行使する種々の賛歌(サーマン)を材料とする椅子として、その上にブラフマン(もしくは死者自身)が坐る。それはつまり、祭式の上にブラフマン神が君臨しそれを主宰する事を明示している(祈祷・祭式の主)。

更にアミタウジャス(無量力)寝椅子に死者が至ると、それは

「ブリハットとラタンタラの両サーマンが肘のあたる部分であり、バドラとヤジュニャーヤジュニーヤの両サーマンが寝椅子の頭の部分である。歌詞旋律とが前に突き出した部分であり、祭詞は横に突き出した部分である。ソーマ草の茎がその褥である。ウドギータ(サーマヴェーダの吟唱)が掛け布団である。吉祥がその枕である」

という祭式の重要な各要素、中でも歌詞や祭詞とその旋律、ウドギータなど『祭式の言葉が持つ呪の力』としての『ブラフマンにおいて、最も重要なものたちが列挙され、その様な『バラモン祭官の祭式そのもの』と言える寝椅子の上にブラフマン神は正に坐っている

この様子は、分かり易く言えば、バラモン祭官の祭式に対して最高天のブラフマン神が『マウンティング』しているものであり、それらは皆ブラフマン神の『下働き』に過ぎず、ブラフマン神こそが、祭官どもの掲げる威力である言葉の呪の力の起源であり、その全てを統括する最高主権者である事を、高らかに宣するものと言って良いだろう。

そして、その様なブラフマン神(=絶対者ブラフマン)を知る者こそが、『真のブラーフマナ』であり、輪廻からの解脱を果たし、不死を獲得するのだ。

以上の解読をもって、現時点の読み筋において私は、ゴータマ・ブッダもまた、このような『真のブラーフマナ』に至る道を説いたのであり、『それ=ブラフマン』を知り、それに到達し、それを体現している者だった(少なくとも彼の言葉を聞く者たちにはそう受け止められていた)、と判断している。

(と言うか、この線で読み進めて行ったら、一体どのような景色が見えて来るだろう、という気持ちでいる、というのが正確で、これが絶対に正しい、という信念があるという訳でもない。ただこれは面白い読み筋だ、という事なのだ)

だからこそ、前二回で検討した様に、ブッダ自身が『Brahma****』という常套句によって称賛され、彼の説いた修行道が『ブラフマンへの乗り物(brahmayānam)』と呼ばれ得たのでは、ないのだろうか?

長くなったので続きは次回、後編にて。

 

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本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

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