仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

ウドガートリ祭官の「歌詠瞑想」と“発声器官”《瞑想実践の科学26》

今回は最も根源的かつ素朴な疑問から話を始めたい。それは、そもそもインドにおいて『瞑想』という時、その名称と営為はどこに起源するのか、という問題だ。

これについてはこれまでにも何回か取り上げたが、インダス文明の遺跡で発見された印章の彫刻に、ヨーガ行者が坐って瞑想している様な姿があり、これこそがその起源ではないか、と言われている。

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Wikipediaより:インダスの印章に見る瞑想するヨーギの坐相

そこに、確かな文献的データがある訳ではない。インダス文明には一般に文字であろうと考えられるいくつもの図形の羅列が発見されているが、その意味内容は未だ解読されてはいないからだ。

だから、上の絵柄を見た上での第一印象として、多くの学者が同意している仮説として、これは瞑想するヨーギの原初形態であろう、と言われているのだ。

確かに、中央に坐っている人物はある種特殊な坐相をとっている。床に広げた敷物(台座?)の上に坐って、その両膝が大きく左右に開展し、両足先は中央部で特殊な重ね方で揃えてある。それら脚全体がピッタリと水平に床に着けられている。

これは単なる胡坐すわりなどではなく、現代ヨーガにおける様々な坐相(アーサナ)の理想形をよく表している。その理想形の坐において両の腕を伸ばして両膝に置いているので(掌は下向きだろうか)、これもヨーガで見られるポーズに類似している。

さらに注意していくと、股間には上を向いたペニスが描かれているようにも見える。この事はシヴァ神を象徴するリンガ(男根)を想起させるだろう。

上半身には胸飾りのような線刻が見られ、腕輪らしきものも確認できる。頭上には動物の角をあしらった兜のようなかぶり物があり、特筆すべきはやや非人間的な印象を与える顔面部が、見ようによっては正面と左右の合わせて三面像とも受け止められる造形をもっている事だ。

さらに坐っている彼の周囲を取り巻くようにして、象、牛(水牛?)、サイ、トラ(ライオン?)などインド世界を象徴する様な動物が並べられ、この事から彼はパシュパティナート(獣類の王)であるシヴァ神の原初形態ではないか、と考えられている。

つまり、獣類の王でありリンガ(ペニス)の神であるシヴァ神の原像が、動物たちに囲まれておそらくは森で、坐の瞑想にいそしんでいるのではないか、というのがひとつの仮説なのだ。

坐像の頭上には六つの文字が刻まれているが、解読できていないのでその意味は分からない。そしてそれが本当に神像なのか、さらには彼が瞑想しているのか、などは全て想像の域を出てはいない。

しかし、この極めて印象的な古代インダス文明の坐像は、やはり第一感明らかに瞑想行者のイメージを喚起させる様な、ある種の “神気” を漂わせているという感触は、多くの方が同意していただけるのではないかと思う。

ここでひとつの仮説が立てられる。インド人の瞑想実践の起源のひとつは、間違いなくインド・アーリア人が侵入する以前、先住のインダス文明の時代に遡り、その実践内容は定かではないけれど、それは明確に『坐の瞑想法』だった。

そしてこの坐の瞑想法は、彼らの社会・生活の中で、とても重要な意味を担っていた。

もともとシヴァ神の神名はアーリア・ヴェーダのルドラであったようだ。このインドの神の名前の遷移やそのヴァリエーションについてはあまりにも煩雑すぎてここでは取り扱わないが、この坐の瞑想にふけるインダスの神、その原イメージとヴェーダのルドラ神のイメージが重なりあい、最終的に吉祥を意味する「シヴァ」に落ち着いたようだ。

その根拠として、シヴァ神自身として常に寺院に祀られるリンガ信仰の起源が、インダス文明にまで遡れる事が指摘されている。

獣類に囲まれる坐像としての神と並行するリンガ信仰。これらインダス文明に起源する宗教的心象が、やがてアーリア・ヴェーダの文化によって様々な形で触発・脚色されて、シヴァと言う神格が誕生した、という流れだ。

ブッダにしてもシヴァにしてもマハヴィーラにしても、インドで瞑想と言えばまず第一に『坐の瞑想』のイメージがある。この様な宗教的な坐法の伝統はインド・アーリヤ人と同根と言われるイランの文化には全く存在していないようだ。

インドにおける瞑想実践の起源、その原像は、ほぼ間違いなく、このインダスの遺物に見られる「坐の瞑想」にあると考えていいかと私も思う(実際にはあまりにも証拠がなさすぎるので、想像の域をでない、と言われても反論は難しいが)。

これを踏まえた上で、以下の考察に進みたい。

先に私は、「『ヴィーナである身体』の上に瞑想する者は」の中で、こう書いた。

以下、高野山大学院修論 第Ⅱ章、古代インド思想 ―ヴェーダの倫理―(1) さんからの引用

宗教としてのバラモン教の本質は祭祀である。バラモン教を精査することにより、釈尊が出現した紀元前5,6世紀頃の古代インドの自由思想家たちの宗教、思想を浮き彫りにし、その変遷を知ることができる

 インドにおける哲学的萌芽はインド最古の文献群であるヴェーダ(veda)によって認められる。ヴェーダは宗教的知識であり、転じてバラモン教聖典の意味となった。

まず祭祀を本質とするヴェーダバラモン教と言うものが前提としてあり、その聖典のひとつ、アイタレーヤ・アーラニヤカに書かれた「ヴィーナと身体との重ね合わせ」について、次に言及した。

archive.orgさん:「The Upanishad by Müller, F. Max 1879」のP263~からの抜粋・引用

6. He who knows this lute made by the Devas(and meditates on it), is willingly listened to, his glory fills the earth, and wherever they speak Aryan languages, there they know him.

神々によって造られたヴィーナである人の身体を知りその上に瞑想する者の、そのメロディである音声(賛歌)は(神々に)快く聞かれ、彼の栄光は大地を満たすだろう。そしてどこであろうと彼らがアーリヤの(高貴な・聖なる)言葉を唱える時、彼らは彼自身を知るだろう。

~~以上、引用終わり。日本語は筆者の意訳~~

ここでは『ヴィーナとしての身体の上に瞑想する』という概念が明示されている。そこにおける『瞑想』とは、実践的には「身体と言うヴィーナ」によって賛歌と言うメロディ(声楽)を奏でることだと考えられるだろう。

それは続く、「賛歌の精髄としての “聖音オーム”と瞑想実践」の中で、上記アイタレーヤ・アーラニヤカについての解読と共に “急所の一手” と表現しておいた。

では、ここで言う『瞑想(Meditate)』とは、より具体的には何を意味していたのだろうか。それはインダスの坐神がしていたであろう『瞑想』とどのような関係にあるのだろう。さらにブッダ自身の瞑想法と、一体どのように “連接” しているのだろうか。

インド・アーリヤ人の習慣に『坐の伝統』が無かったならば、一体、これら祭官たちは、立って賛歌を詠唱していたのか、それとも坐っていたのか。もし坐っていたのならば、それはいつどのような契機によって採用されたのか。

最初に先ず、『瞑想』というインド語の原義について考えてみたい。インド諸語には瞑想を意味する単語が結構たくさんある様なので、端的に私たちが仏教とかヨーガとかいう文脈においてもっとも親しんでいる“Dhyāna”という言葉を取り上げて考えてみよう。

この“Dhyāna”サンスクリット辞書で引くと以下のようになる。

ध्यान [ध्यै-भावे-ल्युट्] 1 Meditation, reflection, thought; contemplation; ज्ञानाद् ध्यानं विशिष्यते Bg.12.12; Ms.1.12; 6.72. -2 Especially, abstract contemplation, religious meditation; तदैव ध्यानादवगतो$स्मि Ś.7; ध्यानस्तिमितलोचनः R.1.73. -3 Divine intuition or discernment. -4 Mental representation of the personal attributes of a deity; इति ध्यानम्. -Comp. -गम्या a. attainable by meditation only; योगिभिर्ध्यानगम्यम् Viṣṇustotra. -तत्पर, -निष्ठ, -पर a. lost in thought, absorbed in meditation, contemplative. -धिष्ण्य a. suitable for ध्यान; रूपं चेदं पौरुषं ध्यानधिष्ण्यम् Bhāg.1.3.28. -मात्रम् mere thought or reflection. -मुद्रा a prescribed attitude in which to meditate on a deity. -योगः profound meditation. -स्थ a. absorbed in meditation; lost in thought.

まず最初に並べられた4つの英語を、Google翻訳で人の心の働きの中から見ていく。

Reflexion;
反省、自省、省察、思案、映像、反映、回想、など。

Thought;
思想、考え、思考、思案、思惟、了見、思い、想い、意、念、想、など。

Contemplation
沈思、黙考、冥想、嘱望、反省、など。

Meditation
瞑想、思索、思案、冥想、反省、黙考、潜心、沈思、など。

このように見てくると、このDhyanaという単語の基本的な概念がおよそ分かって来る。それは考えたり、思案したり、反省したり、思ったり、想ったり、念じたり、様々なイメージを脳裏に投影したり。

日本人が伝統的に尊んできた『無念無想』あるいは『無心の境地』というイメージからは、少なからず隔たりがある、ことが知られるだろう。

その他、色々な書物を見ても、このディヤーナというインド語のそもそもの原風景は『考える』こと、『想う』こと、であったのは間違いないようだ。

その意味ではやはり瞑想をも意味する「ウパース」の訳語である『念想』というのがしっくりくるかもしれない。

これは『瞑想(Meditation)』を意味する他のインド語を見ても、その多くが、最も基本的な原像として『考える』こと、『想う』こと、『念ずる』こと、という意味を持っていることからも裏付けられる。(サンスクリット辞書:Meditate)

実際に英語版WikiでMeditationを見てみると、そもそもの英語のMeditationという言葉自体その原意は、

The English meditation is derived from the Latin meditatio, from a verb meditari, meaning "to think, contemplate, devise, ponder".

とある様に、どうやら瞑想の原語であるDhyanaは、本来は無心の境地に遊ぶ、という様なものではなく、何かを徹底的に想い、思い、念じ、熟考する、と言う意味だった事が分かる。

もちろん、この言葉が宗教的な文脈で用いられる場合は、ごく日常的なもの思いや雑念妄想、というレベルでの想念や思考ではなく、ある対象に集中し一本化した、非日常的な純化された思念』とも呼ぶべきものなのだろう。

そしてこの原意としての瞑想こそが、上述のアーラニヤカ・アイタレーヤにおいて言及されていた、『ヴィーナとしての身体の上に瞑想する』、という時の実態に近接しているのではなかったか、と考えられるのだ。

このヴィーナとしての身体と言うのは、つまりヴェーダの聖句を歌い上げる、サーマンを詠唱するウドガートリ祭官の身体だから、その身体において、何かを思い、念じ、ひたすらに考える。当然頭も身体の一部だ(楽器ヴィーナが頭をもつように)

そしてこのヴェーダの詠唱とは、何よりもまず第一に、その聖なるヴェーダ詩節のテーマとなる神々に捧げられるのだから、当然ながら、その対象たる神々について、その性質や偉力や勇姿などを、ひたすらに『想い』『思い』『念想し』、イメージする、と言う事が考えられる。

これは心のスクリーンに『神』の様々なイメージ属性を、“コンテンツ”として保持(投影=リフレクト)し続ける、と言ってもいいだろう。

これは後日改めて論じたいが、この様な「イメージ・コンテンツの専念投影」という瞑想スタイルが、ブッダの時代を起点にして「イメージ・コンテンツ(意官の法)の止滅」の方向へと転換した事こそが、汎インド教的な瞑想史から観た画期だったとも考えられる。

第二には、ヴィーナとしての身体の上に、と言う但し書きがある以上、そのヴィーナである身体について、そのヴィーナの演奏について、ひたすらに思い、想い、念じ、考える、と言う事が想定できる。

ヴィーナについて、その演奏について考える。それはもちろん演奏しながら、つまり身体によってサーマン(賛歌)を歌いながら、その「歌い」と言う行為のプロセスに関して、ひたすらに集中して考える、想う、念ずる、あるいは一心に『専念する』と言う事になる。

楽器の演奏と言う行為において、例えば熟練のギタリストはもちろん演奏するという行為プロセスに集中して専念している。五感六感の全てを研ぎ澄ませて、そのプロセスの全てを統御しつつ名演奏を遂行していく。

けれどこのようないわゆる『達人・名人』的な技量・行為の最中においてその演者は、全ての状況を意識の上で把握しつつも、その状況は常に瞬間瞬間にとてつもないスピードで転変しているが故に、決して一か所に留まる事のない流動性の中で、ある種の『無心』の状態になる。

これはベテランド・ライバーが車の運転をしている時の事を想定すればよく分かるだろう。彼は瞬間瞬間の全ての状況を把握し、即応しながら、しかしあーだこーだと運転について「考えている」訳ではない。そこには静かで臨機応変『無心』が現成している。

そこでは、いわゆる『無意識』の領域で超スピードのあらゆる情報処理と判断、つまり『思考』が行われているはずなのだが、表在意識はそのような『潜在思考』の上で無心に遊んでいる、というある種不思議な状態だ。

このような熟練者の楽器演奏などで見られる、無意識的な『高度情報処理プロセス』の上に遊ぶ『無心』状態。これが想定される第二のDhyanaの心象イメージだ。

この第二のディヤーナを、サーマン賛歌を歌い上げるウドガートリ祭官の、祭祀におけるフォーカシング・ポイント、という視点から更に深めていく。

古代インドにおいて祭祀と言うものは、神聖でありかつ絶対的な意味と権威を持っていた。それは基本的に祭祀において歌われるその言葉の力によって神々を動かし、祭主(お金を出すパトロン)の願いを実現させよう、と働き掛けるものだった。

しかしバラモン祭官を初めその場に立ち会う祭主や聴衆には、実際に神々の姿が見え、その声が聞こえる訳ではない。例え古代インドとは言え、神がその姿と共にリアルに降臨する事は決してないのだ(違うだろうか)。

このあたりはとても面白いところだが、では人々は何をもって「祭主の願いが神々によって聴き届けられた」と判断できたのだろうか?。

結局祭場には人間しかいないのだから、彼ら自身が五感六感を総動員して、何らかの変化の兆し、とでも言うものを察知して、神々に我々の声が届いたのだ、と判断するより他にない訳だ。

その『変化』、あるいは『成就の兆し』とは何であったか。

例えば祭式の進行に伴って雲が出たり雨が降ったり、晴れあがっていったりという空模様の変化。あるいはヤジュナの祭壇におけるアグニ、つまり炎の揺らめきの変化や煙の動き。鳥の鳴き声、風鳴りの音、気温の変化、などなど、環境世界における様々な変化が神意の兆しとして捉えられた事もあっただろう。

けれども、これは極めて私的な視点なのかも知れないが、結局のところ祭祀におけるサーマン賛歌の詠唱とは、現代的に言えば歌姫ならぬ歌王?(祭官は男)による『詠唱コンサート』に他ならないのだから、そこにおいて判断の基準になるのは、“どれだけ聴衆たちが、ウドガートリ祭官の歌声に魅了されて感動したか” と言う事こそが、神々に願いが届いたかどうか、という判断の根拠になったのではないか、と考えられるのだ。

それをより具体的に言うならば、例えばちょっと古いが耳なし芳一の話で、彼が壇ノ浦の決戦の物語を琵琶の音色と共に弾き語る時、聴衆はその心象の中にまざまざとまるでその現場に臨場しているかの如くに、壇ノ浦の海鳴りや源平の侍たちの雄たけびをありありと聴き、その風景や姿を眼に浮かべ、血しぶきの散るさまやその匂いさえもかぐ事が出来たかも知れない。

それと同じ事が、古代インドのヴェーダの祭式においても起こっていたという事だ。その祭場において、聴衆を魅了するのはヴィーナの伴奏を従えたウドガートリ祭官の詠唱に他ならない。

それは耳なし法一の場合と同じように『ものがたり』であると同時に、それ以上に『イメージ歌劇』であった、と考えられる。

聴衆、特に祭主の心を完全に魅了しその支配下に取り込んで、彼の心の中に神々の姿やその声をまざまざと生起させた時はじめて、その祭祀の誓願は成就されたと受け止められるのだ。

特にブッダの時代前後のバラモン教全盛の時代には、バラモン祭官の祭祀の効力は神々の力をも凌ぐ、と言う、いわゆる『祭祀万能思想』が幅を利かせていたのだから、その説得力(洗脳力?)は並々ならぬものがあったはずだ。

分かりやすく言えば、神々の降臨をリアルにイメージさせないようなしょぼいコンサートだったら、誰もそんな事は信じない訳だ。

だからバラモン祭官たちは如何にして聴衆たちを、その心を魅了し虜にするかという『歌唱力』さらには『演出力』を、徹底的に磨き上げていった事だろう。

(このあたりの事柄は、すでに以前「”Mukha”の原像と『声門』という新たな焦点《瞑想実践の科学24》 」の中で若干触れている)

その証拠が、古代インドにおいて高度な発達を見た『音韻論』だ。

これは単なる知識としての学問などではなく、上記のような詠唱シンガー&パフォーマーとしてのバラモン祭官たちの必要に迫られた、つまり『歌唱』という行為と完全に結びついた“実践の科学”として、発達したと考えるべきだろう。

では、そのような詠唱コンサートにおけるヴォーカル(声楽)とその基盤となる音韻論的科学、それらの核になるものとは一体何だっただろうか?

それこそが、私の考えるところでは、“声帯を中心とした発声器官”『トータルかつ精緻なコントロールに他ならない。

先に紹介した「アイタレーヤ・アーラニヤカ」引用部分の前後には極めて面白い内容が並んでいる。

煩雑になるので原文は載せないが、そこには子音、母音、歯擦音などの専門用語を、その発声の呼吸法と共に様々な事物に重ね合わせて想起もしくは念想(Represent)する、というフレーズが並んでいる。

このような音韻論的な極めてマニアックな事柄を祭祀や瞑想、あるいは宗教的な探求において深く重ね合わせて論ずるという特性は、ウパニシャッドにおいても顕著に認められ、いまざっと見たところ、ウーシュマン音とか閉塞音とか、素人には何のことやら分からない類のものが羅列されている。

このような音韻論と言うものはダイレクトに発声学と結びついており、その発声学とは何よりも祭祀における『声帯を起点とした発声器官のトータルかつ精緻なコントロールに基づいた『賛歌の詠唱』と不可分一体であったと考えるべきなのだ。

現代においても、例えば「カラオケ 歌唱法 声帯」などというキーワードで検索をかけると、実にマニアックなカラオケ道場的サイトがぞろぞろとヒットし、その中では呼吸法と共に声帯を中心とした全発声器官(舌、歯、唇、喉、etc.)のコントロール法が詳細に説かれている。

これは、私などには分からないが、おそらくクラシック声楽家にとっても同じことが言えるのではないだろうか。

ヴォーカリストの命は呼吸と発声器官のコントロール。その原理・原則は、ヴェーダを詠唱するバラモン・ウドガートリ祭官にもまったく該当するのだ。

そこで話を戻すと、『ヴィーナとしての身体の上に瞑想する』というこの瞑想営為の実際において、先に紹介した『熟練ドライバーが車を運転する』という喩えの中のその『運転』に当たるもの、あるいは楽器ヴィーナにおける『演奏』に当たるものこそが、神々の手になるヴィーナであるウドガートリ祭官ヴォーカリストの場合は、この『発声器官のトータルかつ精緻なコントロールであったと言えるだろう。

発声器官をその全領域に渡って、呼吸と共に精密に運転(ドライブ/コントロールする、という『専念』

カラオケ道場のサイトを見ると、それは限りなく“意識的” なコントロールであるようだ。もちろん上級者においては熟練ドライバーの『即妙自在なる無心』と重なり合う部分も多いのだろうが、この声楽における発声器官のコントロールは、それ以上に意識的と無意識的が相半ばする営為である様に読みとれる。

これはカラオケとか声楽とかヴォイス・トレーニングとかを実際につきつめて実践した事のある人ならば、かなりリアルに理解することができるのではないだろうか。

私自身もインドを初め様々な所でマントラ詠唱の経験があるので、感覚的に分かる部分もあるのだが、それは車の運転などの日常行為よりも、相当以上に “意識性” の強い『集中』だ。

何というか、意識が無意識の領域に一歩、踏み込んでいる、と言うか。

その理由のひとつが、このヴォーカル(発声・発音)という行為が、“自己表現” と深く結び付いているからだろう。自分の感情や思考の表出、さらに宗教と言う文脈であるなしに関わらず芸術としての表現性。つまりヴォーカルというものは何よりも意志や心や情念と深く結び付いている『表現(プレゼンテーション)』なのだ。

普段は何も考えず無意識的に発声器官がコントロールされ発話している人も、何かここぞという瞬間には意識的にその発声を変える。人は発話している時、意識と無意識の境界線を常に行ったり来たりしている。

この事実は、かのゴエンカジー「呼吸は意識と無意識をつなぐ架け橋」という言葉と深く結び付いている。何故なら、発声・発音をコントロールする時、それは常に呼吸のコントロールと不可分一体だからだ。

常日頃はほぼ完全に無意識下で行われている自然呼吸単体が、ひとたび発声・発音という営為と重なると極めて意識性が高い状態に変わる。この切り替えを、普通私たちは何も考えずに無意識的に行っているのだ(ややこしいが)。

以上を踏まえた上で、アイタレーヤ・アーラニヤカにおいて、

神々によって造られたヴィーナである人の身体を知り、その上に瞑想する者(そのメロディである音声=賛歌)は(神々に)快く聞かれ、彼の栄光は大地を満たすだろう。そしてどこであろうと彼らがアーリヤの(高貴な・聖なる)言葉を唱える時、彼らは彼を知るだろう。

と説かれたその内容を吟味するとどうなるだろうか。

その『瞑想』 “核心” にあったのは、神々について一心に『想う』(それは賛歌の意味内容でもある)と同時に、意識と無意識の境界領域において自らの『発声器官』のコントロール『専念』しつつ賛歌を歌いあげる、そんな心的状態だった。

そして、その『瞑想』という言葉の前段にある「ヴィーナである人の身体を知り、その上に」という文脈は、直接的に、発声器官としての身体の仕組みを熟知し、それを緻密にコントロールする事を意味している(その「緻密なコントロール」こそが、正に「ヴィーナの譬え」で焦点になった “チューニング” に他ならない!)

少なくとも私は、そのように理解している。

(おそらく、この時、熟練のウドガートリ祭官はある種のトランスに入っていた。そしてトランス特有の気配を強力に発していた可能性が高い。この事はまた後日)

そして、そのように考える事によって、アイタレーヤ・アーラニヤカ的な “瞑想”ブッダの瞑想法』がリンクしていく、その “接点” が浮かび上がって来る。

何故なら、このウドガートリ祭官が熟知し、全身全霊で集中し精緻にコントロールする『発声器官』こそが、パーリ経典において

parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā

すなわち

Mukhaの周りに気付きを留めて

という時の “Mukha” 、つまり「牛がモ~(Mu)と鳴くその声が発するところの空処(口腔・咽喉・喉頭=Kha)」そのものだからだ。

以前に私はコップの本質として「開口した奥行きのある空処性」を指摘し、それがそのまま口にも該当すると論じたが、正にその内部的全構造体を駆使して歌われるのが、賛歌詠唱と言う『瞑想実践』なのだ。

そのヴォーカル・ボディとしての祭官の身体は楽器ヴィーナに喩えられており、パーリ経典におけるヴィーナ(箜篌)の譬えは、同じように瞑想修行する比丘の身体をヴィーナに重ねた上で、そこで行われる『実践上の要諦』を示唆する為に語られていた、と言うのが本稿における読み筋だった。

そこでは「弦の張りの強さ弱さ、その『最適化』が焦点とされていたが、身体においてこのに相当するものこそ声門であり、更に喉頭であり咽喉であり、口腔、歯、舌など、口(鼻)の『奥行きある内部構造』であった事を考えれば、そこにおける「気づきの対象」もまた、声門までをその焦点として視野に入れた広義の『口の内部』にこそ置かれるべきだ、という結論は極めて自然な流れとして導き出されるだろう。

この様な仮説の上に仮説を積み重ね続けるという思考法には違和感を覚える人も多いかも知れないが、これは極めて合理的かつ有効な手法だ。

この点に関してはもっと早くに付記しておくべきだったかも知れないが、私が『仏教』あるいはブッダの言葉』を読み解く方法論は、全く囲碁』の思考法に則っている。

私は学生時代、ダイビングと並んで囲碁に熱中し、最盛期にはアマ五段程度の棋力を維持していたのだが、囲碁と言う世界においては、盤上に今明らかに現れて認識可能な石の配置から「未だ現れていない『未来』的な石の流れを読む」能力を鍛えなければ、決して強くはなれない。

仮定の上に仮定を積み重ねて幾通りもの読み筋(プロの高手では一手につき数百手にも及ぶ!)を深め確立し、その内の最も確からし道筋を吟味し選択して打つ、と言うのが、碁盤上における思考法であり方法論なのだ。

大学以前も含めれば6~7年の間、継続して私はその様な世界にどっぷりと浸かり、ひたすらプロ高手の棋譜を並べ詰碁を解き、自ら実戦対局しそれを更に並べなおして検討する事を繰り返した。

喩えて言えば、私にとってパーリ経典に残されたブッダの言葉たちその総体というものは、ある種いにしえの名局を記した一枚の棋譜の様なものなのだ。

江戸時代の名人高手が残した一枚の名局棋譜を目の前において、一手一手を碁盤上で並べつつその全局、数百手の間に両対局者の頭の中で渦巻いた思考読み筋判断の流れさらには時々の「感情の揺らぎ」さえも、可能な限り『再現的』に把握し玩味する。

たった一枚の棋譜(表面上それは升目に記された単なる数字の羅列に過ぎない!)から、あたかもタイムマシンで『そこ』に臨場しテレパスの様に対局者の心の内部にダイブしているかのように、その脳内思考プロセスを総体として精密かつリアルに読み解いていく。

そこでは実戦対局と全く同じように、「仮定の上に仮定を積み重ねて幾通りもの読み筋を深め確立し、その内の『最も確からしい道筋』を吟味し選択して全局ストーリーを再構築する」という事が、ある意味唯一至上の方法となる。

(もちろんそこに「自分より上手の解説者」がいれば大いに助けになるが、私の性格は何よりも「自分で読み解く」事を好む)

もちろんその大前提として「棋力(棋理を知るその力)」と言うものの一定レベル以上の高さが必須のものとして求められる訳だが、少なくとも現在の私のキャパにおいて、様々な観点から、

ブッダが『parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā』すなわち『Mukhaの周りに気付きを留めて』という時の “Mukha”とは、ひとつの焦点として声門までを視野に入れた『口腔・咽喉・喉頭、その内部周りである可能性が高い」

という読み筋は、一定以上の『確からしさ』があると判断できる、という事なのだ。

(古ウパニシャッドなどは沙門シッダールタに先行する『棋譜』であるし、ヒンドゥ・ヨーガの諸典籍はブッダ以降の『棋譜』であり、共に沙門シッダールタ&ブッダ脳内にダイブする際の重要な手がかりとなる)

私はこれまで、この「parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā」については、広長舌相から始まって動物の調御の喩えや「三つの苦行」、そして「パオ・メソッド」などを引き合いに出して様々な解釈の可能性について論じてきたが、それゆえこれらは全て、上記の様な「確からしさ」を持った有力な読み筋の羅列的提示に過ぎない。

しかし同時に、これらの探求は「瞑想実践の科学」というタイトルと共に段階的に深められてきたものでもあり、現状この最終盤に登場した「声門まわり仮説」こそが、焦点を絞り切った最有力候補だと受け取ってもらっても構わないだろう。

ただ、これら複数のタッチング・ポイントの相違は、個々人の実践的な資質や相性によってそれぞれ応変にあるいは段階的に適用され得るし、「上唇から鼻腔にかけて」という気づきのポイントは、(私を含め)多くの実践者によってその確かな有効性が認められているので、それ自体を私は否定するつもりはまったくない事は付記しておきたい。

個人のブログゆえに「筆の勢い」でしばしば断定口調で書かれてしまう事も多いのだが、基本的にこれらの文脈は全てが「確からしいと判断されたひとつひとつの読み筋の積み重ね」に過ぎず、「実際に打って見なければ決着しようがない」、という点はあくまでも念頭に置いておいて欲しいと思う。

もちろん、ここで言う「実際に打つ」とは「実際にそのメソッドによって突き詰めた瞑想実践を行う」ことであり、「決着」とは究極には「ニッバーナに至るか否か」という事に他ならないのだが、現状、私は両者ともにまったく体現できてはいない以上、それは単なる「論理的な読み筋」にとどまったままなのだ。

名人高手の打ち碁においては、いまだ盤上に現実化していない100手先の読み筋が、実はまごう事なく『現実そのもの』である、場合も多々あり、読み切った時点でそれ以上打たずに終局(投了)されるという事もしばしば見受けられるので、結局は「どれだけ棋理(盤上のダルマ)を弁えているか」という事に全てはかかって来る訳だが。

碁盤上の機微教訓に関しては、昔から囲碁川柳やことわざ格言などの形で様々な名句箴言が語り継がれており、中には「下手な考え休むに似たり」というのもあったりして「こりゃ、まいりました」との感は多分にある、の、だが、何しろブッダの出家・成道・布教」というプロセスは極めて読み解き甲斐のあるエキサイティングな名局であり、古来より「名人高手の棋譜を繰り返し並べて学ぶ」という事が棋理を深め囲碁に上達する秘訣」とも言われているので、キリの良い所まではこの「仏道修行のゼロポイント」という棋譜読解」を続けようと思っている。

 

(本投稿はYahooブログ 2016/3/12「瞑想実践の科学51:ウドガートリ祭官の「瞑想」と“発声器官”」を加筆修正の上移転したものです) 

 

 


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「身体とヴィーナ」における『発声器官』、そして『純粋呼吸瞑想』《瞑想実践の科学25》

牛が「モ~」と鳴く時、その啼いている姿の全体像は、全身が一本の共鳴管、あるいはラッパの様に、腹腔・肺・気道・咽喉・口腔が一直線の管になったかのようにして、そのモ~という声を鳴らしている。

前二回にわたって、牛が鳴く姿と絡めて“Mukha”という言葉の意味する事について、様々な角度から考察してきた。

その中で私は、冒頭に再掲したように、牛が鳴く姿を一本の管楽器の様だと表現した。

身体の本質とは共鳴管(Hollow Tube)としての “Kha”、つまり『空処性』であり、その “Kha”という空処性の中で、音声は共鳴し、発せられる、という視点だ。

ここで思い出されるのは、以前に取り上げた、あの有名な『箜篌(くご)』の喩えだ。仏教についてある程度学んだ人なら、誰でもが知っているだろう、あの絶妙なる喩え話。

上の投稿からそのエピソードを再掲すると以下になる。

パーリ律蔵(Vinaya) 大品(Mahavagga)

「ソーナよ。 汝はどう思うか? もしも汝の琴の弦が張りすぎていたならば、そのとき琴は音声こころよく、妙なるひびきを発するであろうか?」

尊い方よ。そうではありません」

「汝はどう思うか? もしも汝の琴の弦が緩やかすぎたならば、そのとき琴は音声こころよく、妙なるひびきを発するであろうか?」

「そうではありません」

「汝はどう思うか? もしも汝の琴の弦が張りすぎてもいないし、緩やかすぎてもいないで、平等な(正しい)度合いを保っているならば、そのとき琴は音声にこころよく、妙なるひびきを発するであろうか?」

「さようでございます」

「それと同様に、あまりに緊張して努力しすぎるならば、こころが昂ぶることになり、また努力しないであまりにもだらけているならば怠惰となる。 それ故に汝は平等な(釣り合いのとれた)努力をせよ。 もろもろの器官の平等なありさまに達せよ」

テーラガータ:638

「私が過度の精励努力を行った時、世の中における無上の師、眼のある方(=ブッダ)は箜篌のたとえ(弦を強く張りすぎる事もなく、緩めすぎる事もないように、との教え)を用いて、私に理法を説いてくださった」

~以上、中村元選集決定版 第17巻「原始仏教の生活倫理 P96~98より

ここで琴とか箜篌とか訳されている楽器の原語はヴィーナ(琵琶)であり、ヴィーナには箜篌(竪琴)タイプを琵琶タイプが考えられるが、どちらにしても、このヴィーナという弦楽器は、共鳴胴としての "Kha" を持っている、と言うのが、肝だった。 

この間の消息を上の投稿から引用再掲する。

それはともかく、琵琶タイプであれ竪琴タイプであれ、本ブログ記事の文脈に沿って見た時、そこには共通する特徴がある。

それが共鳴器、すなわち『胴』の存在だ。

私はこのような記事を書きながら、『言葉』と言うもの、あるいは漢字というものの在り様の面白さを常々感じているのだが、ここでもそれが当てはまる。

ヴィーナという弦楽器は基本的に共鳴器でできている。その共鳴器とはヒョウタンなどの内部をくり抜いて、あるいは木をくり抜いたり張り合わせて作った空洞(=Kha)状の胴体で、それを専門用語でも『胴』という言葉で表しているのだ。

もちろん、胴とは同時に人間の身体をも意味する。そして、この共鳴器としての胴の本質とは、インド教的思想と実践において極めて重要な意味を持つ “Kha” すなわち “空処” である、という事だ(胴=洞)

そう、それが琵琶であれ箜篌であれギターであれバイオリンであれ、およそ弦楽器というものは、共鳴器としての胴を持ち、その内部は空洞(空処=Kha)になっている。

このブッダによるヴィーナの喩えについて語られる時、多くの場合、その焦点になるのは『弦』の存在だ。実際にブッダが語っているのは正にその弦の張り具合についての喩え話だからだ。

しかし、弦が鳴り響くためには『空処』としての共鳴器の存在が必須である、という「事実」をブッダがもし踏まえていたとしたら、そしてヴィーナと言う楽器の上に『瞑想行者の身体』、と言うものを重ね合わせていたとしたら、また違った風景が立ち現れて来ないだろうか。

つまりこのヴィーナの喩えが語られた時、ブッダとその弟子たちの心象世界においては、を持った楽器としてのヴィーナのイメージと同時に、それ自体が一個の胴(共鳴器=空処)であるところの、人間の “身体” が重ね合わされて暗喩されていたのではないか、という視点だ。

ではヴィーナにおける胴(共鳴器)が文字通り人間の胴体であり、内部を空処=Khaによって貫かれた身体であったならば、その身体において棹や弦に相当するものは一体何だっただろうか。

に相当するのはおそらく背骨だろう。ならば、に相当するのは同じ “音源” である『声帯』ではないだろうか?

つまり、ここでブッダがヴィーナの喩えにおいて弦の張り具合について語った時、その背後には『声帯』の存在が暗喩されていたのではなかったか、という仮説だ。

上の「『箜篌の喩え』とヴィーナとしての『身体』」投稿では、続いて以下のような論旨が展開されている。

~インドには古代から連綿として弦楽器ヴィーナと人間の身体を「重ね合わせる」心象が継承されてきた歴史があった。

~もうひとつ明言されている事実、それは楽器ヴィーナの演奏や操作というものが、スピリチュアルな修行、もしくは求道のプロセスと重ねあわされているという点だ。

~文章の最後には、以下の画像が掲載されていた。正にヴィーナは身体であり、身体はヴィーナである、という事を見事に証明しているだろう。

f:id:Parashraama:20200213151736g:plain

saraswathiveenaより。サラスワティ・ヴィーナと身体との重ね合わせ

上の画像を見ると、一番大きい共鳴器が頭に、実際に弦をつま弾いて音を発する部分が『顔』に(より具体的には口)擬せられている事がよく分かる。

~人間の身体の中には様々な『空洞(空処)』がある。頭部における口腔・鼻腔や副鼻腔などの「Kha=空洞」、肺胞胸郭、そして腹腔などの空処によって、私たちの音声は増幅され深みを増す。それは正に神から与えられた共鳴胴そのものだと言えるだろう。

~そしてその様な共鳴を帯びながら、最終的に音声は口から発せられる。その口自体、大きく開いた空処に他ならない。

そして、この最終的に口(鼻音などは鼻も)から発せられる音声が、そもそも音として作られる原器こそが、『声帯(声門)』に他ならない。

論述は更に続く。

つまり件の箜篌の喩え』が語られた時、ブッダとその弟子たちの心象世界においては、胴と棹と弦を持った楽器としてのヴィーナのイメージと同時に、それ自体が一個の胴(共鳴器=空処)であるところの、人間の “身体” が重ね合わされて暗喩されていたのではないか、という視点だ。

身体としてのヴィーナ、ヴィーナとしての身体。

通常、このヴィーナの喩えについて解説される時、一般論として、

「修行というものは一生懸命テンぱってやりすぎても駄目だし、気が緩んで怠惰に堕ちてしまっても駄目で、ちょうどヴィーナの弦の様に適度な『張り』の中でバランスを保って進めなければいけないんだよ」

という『中道』のお説教として、ある種の『人生訓話の様に理解されるのが、謂わば通例になっている。

もちろん私も、その様な意味を全否定するのではないのだが、しかし、もしブッダがこの教えを説いた時にこの「修行」の核心として『瞑想行法』というものを前提していたならば、どうなるだろうか。

そして、その瞑想行法の実態としてアナパナ・サティを念頭に置き、さらにそのアナパナ・サティにおいて観ぜられる『身体』というものが、ひとつの『空処』すなわち『Kha』であり『胴』であり共鳴器である事実を念頭において、その上でこのヴィーナの喩えを語っていたとしたらどうなるだろうか。

それは、単なる一般論としての「バランスのとれた中道としての修行生活」などではなく、『具体的な瞑想修行の要諦としてのガイダンス』ではなかったのだろうか?

続いて、「テーラガータ638:箜篌の喩え」の直前にあたる636から637、続く639以降の内容を引用し、それが瞑想実践とその結果としての解脱の境地について語っている事を指摘している。

636:常に身体(の本性)を思い続けて、為すべからざる事を為さず、為すべき事を常に為して、心がけて、みずから気をつけている人々には、諸々の汚れがなくなる。

637:説き示された直き道を行け。退いて返ることなかれ。みずから自分を督励せよ。安らぎを得るようにせよ。

638:私が過度の精励努力を行った時、世の中における無上の師、眼のある方(=ブッダ)は箜篌のたとえ(弦を強く張りすぎる事もなく、緩めすぎる事もないように、との教え)を用いて、私に理法を説いてくださった。

639:わたしは彼の教えを聞いて、その教えを楽しんで過ごした。最高の目的を達する為に、わたしは心の平静を実践した。三つの明知は体得されたブッダの教えはなしとげられた。

640:出離すること、心が遠ざかり離れることに専念し、瞋恚をいだかないことに専念し、執着の壊滅に専念し、

641:妄執の壊滅心の迷わぬことに専念している人は、個体を構成している種々なる局面の生じ滅びる姿を見て、心は完全に解脱する。

642:完全に解脱し、心の静まった修行者には、すでに為し終えたことに付け加えて積み重ねることは、なにも存在しない。なすべきことは、もはや存在しない。

643:ひとつの岩塊より成る岩山が風に吹かれても微動だにしないように、すべての色かたち、味、音声、香り、触れられるもの

644:欲求されるものも、欲求されないものも、その様な立派な人を動揺させることはない。かれの心は安住し束縛されていない。その消滅するさまを、彼は静観する

ソーナ・コーリヴィサ長老

~以上、岩波文庫仏弟子の告白」中村元訳 P137~138より引用

このソーナ・コーリヴィサ長老の詩偈の後半部分、熟読すると良く分かるはずなのだが、「638:箜篌の喩え」の前後は、全て『瞑想実践そのもの』と、その成功裏の結果としての『解脱の境地』について語っている。

中村元先生の翻訳を読むと通俗的な一般論として読まれてしまいがちなのだが、文中赤字でハイライトした、

常に身体(の本性)を思い続けて,
みずから気をつけている、
安らぎを得るようにせよ。
心の平静を実践した。
執着の壊滅に専念し、
種々なる局面の生じ滅びる姿を見て、
その消滅するさまを、彼は静観する。

などという表現は全て瞑想実践以外の何ものでもないだろうし、さらに紫字でハイライトした、

「すべての色かたち、味、音声、香り、触れられるもの」「欲求されるものも、欲求されないものも、その様な立派な人を動揺させることはない」

という一節は、いわゆる色声香味触法の六境(六欲)が定型として確立される以前の形を示しており、それは瞑想実践と深く関わりを持っている。

六官の防護による六欲からの遠離こそが仏道瞑想修行の焦点でありその実質である、という点に関しては、これまで繰り返し指摘して来た。

ソーナ長老の詩偈において、瞑想実践そのものとその結果としての解脱体験に関して告白された文脈のキー概念として箜篌の喩え』が挿入されている事は明らかだろう。

ならば、その638において、ブッダによって弟子ソーナに語られたという、箜篌の弦の喩えによって明示されたその『理法』とは、瞑想実践の具体的なメソッド(方法)における『要諦』ではなかったか、という読み筋は、ごく自然な流れである、と私には思われる。

ここで重要になって来るのが、ブッダの瞑想法の中でも筆頭に挙げられるアナパナ・サティすなわち『呼吸への気づきの瞑想』における具体的なメソッドだ。

実はパーリ経典を通読すると、そこには具体性をもって実際の瞑想のメソッドについて詳述し教え導くものがほとんど見当たらない事に気づく。

正直、それは「これだけしか教えられなくて、よく実際に瞑想出来たな…」と当惑すら感じるレベルだ。

しかしそのわずかな例外のひとつとして、定型化され多くの経典に共有されているフレーズがある。それが下の一節だ。 

parimukhasati upaṭṭhapetvā
Mukha”の周りに、思念(サティ)を、とどめて

これは後日取り上げるが、この「parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā」と言う一節こそが、パーリ経典に記述されたほとんど唯一にして最重要な、具体的瞑想メソッドに他ならない。

ここでMukhaという言葉は、顔もしくは口を意味する。思い出して欲しいのだが、この顔や口と言うものは、先の画像を見れば分かるようにヴィーナの音色が弾かれ響き発せられる共鳴部(クダム)に相当する。

そしてアナパナ・サティにおいて気づきの対象となる『呼吸』とは、同時に人間の音声を乗せて発する原動力でもある。

加えて、ヴィーナの修行や演奏それ自体が『宗教的な求道』として位置づけられていた事を忘れるべきではないだろう。

私の読み筋では、ブッダによってソーナに説かれた『箜篌の譬え』は、このアナパナ・サティ瞑想の「顔の周りにサティ(気づき)を留めて」と言う具体的な行法メソッドにおける、『要諦(コツ、秘訣)』を伝授するものだった可能性が高いと考えられる。

だからこそ、在家時代ヴィーナの名手だったと言うソーナは、ブッダの説示によってその『理法』を直感的に体得し、混迷した実践上のスランプ状態から脱し、ついに瞑想行を極め解脱に至ったのだ。

上の引用で「後日取り上げる」と言っているその『後日』がようやくここに到来した訳だが、最近数回にわたって焦点を当てて来た『Mukha』に関する文脈が、ここで全て繋がって来る。

上の投稿ではParimukhamを「顔(あるいは口)の周り」としていたが、前回までの考察で他の様々な可能性が示唆されて来た。その最終的な焦点こそが、『声帯』に他ならない。

ヴィーナの喩えにおいて、具体的にはその弦の張りに焦点が当てられた。ブッダがもし仮にこのヴィーナという楽器が持つ共鳴器(胴)の空処性を身体における空処性と重ね合わせ、「身体はヴィーナである」という心象を前提に語っていたならば、前述したように、身体において『弦』に相当する音源部位・器官としては『声帯』がまず有力候補として挙げられるだろう。

(その他にも『舌』が考えられるが、それはまた文脈が外れて来る)

これまで私は、

parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā
“Mukha”の周りに気づき(サティ)をとどめて

という文脈においてparimukhaṃと言う時、それは「牛がモ~(Muu)と鳴くその音源となるところのKha,すなわち "声門(声帯)" のまわりを意味し、その全文では、“声門(声帯)” のまわりに気づき(サティ)を留めて、と読む事も充分に可能である、

と指摘したが、この仮説を前提にヴィーナの喩えを読み解けば、それは、アナパナ・サティにおいて、その気づきの焦点となる声門(声帯)における、その気づきの実践法の要諦について、極めて具体的に説き教えたガイダンスだと、推定する事ができる。

だからこそ、ブッダの説示によってこの『理法』を直感的に体得し、混迷した実践上のスランプ状態から脱した修行者ソーナは、ついに瞑想行を極め、解脱に至ったのだ、と。 

ソーナ長老がその詩偈において、

「眼のある方(=ブッダ)は箜篌のたとえを用いて、私に理法を説いてくださった」

と喜びと誇りを持って歌い上げた時に、その『理法』というものが、どのような意味を持ち、それがどれだけ切実に彼の瞑想修行のブレイク・スルーに繋がったのか。

その『理法』とは、瞑想行法の実践的なメソッドにおける “気づき” の要諦、あるいは『秘訣』というものを端的に意味していたのではないかと、私には思えてならない。 

アナパナ・サティの焦点となる体腔としての “Kha”と楽器との重ね合わせ。そこにおいて “Kha” の意味のひとつでもある『声門』とヴィーナのが “音源” として重なり合う、という事実。

この「身体とヴィーナの重ね合わせ」という心象風景については、その後数回にわたって深掘りしているのだが、そこではいくつかの重要な事実関係が浮き彫りになっている。

中でもその焦点と言えるものが、『祭祀』における『賛歌』『瞑想』と重ね合わせる心象だ。

~先ほど私は、バラモン司祭の詠唱の妙なる言葉の響きによって、神々を悦ばせ』と書いたが、正に彼らの歌とは神々を悦ばせ人々の祈りや願いを叶えさせるための声楽であり音楽であり、彼らの身体とは神(につながり捧げる)器としての楽器だった事になる。

バイブルには「神は自らに似せて人を創った」という一節があるが、ヴェーダ的な神は、正に「自らを讃えさせるために人(という賛歌の声楽器=ヴィーナ)を造った」のだ。

~さらにヴィーナの演奏に熟達することが、スピリチュアルな求道における解脱、すなわちモクシャにも重ねあわされている。

バラモン祭官によって執り行われる祭祀、その時神々に捧げる賛歌の詠唱を根底で支えている原動力とは『呼吸』の発出力であり、その発出力を『音声』へと変換する原器こそが『声帯(声門)』に他ならない。

上の投稿の最後に私はこう書いている。

ヤージャニャヴァルキヤは言う。

「ヴィーナに熟達したものは究極の救済に至る」と。 

ならば、神の手によるヴィーナである『身体』熟達する事によっても、やはり救済=解脱、は成し遂げられるのではないだろうか?

前回論じた様に、『声帯(声門)』こそが、アナパナ・サティの気づきのポイントとしてひとつの『焦点』ではないのか、と言う仮説には、一定以上の整合性が認められる。

そして、バラモン祭官という「身体ヴィーナ」が妙なる音色によって神々を喜ばせる為に、熟達しなければならなかった『歌唱器官』の焦点にあるものこそが『声門』に他ならない。

一方で、この「ヴィーナにまつわる心象風景の探求」は、もうひとつの明確な事実関係を浮き彫りにしている。それは『賛歌の詠唱』という営為と『瞑想』という概念との重なりだ。

~ここでDevine Luteとされているのが、前後の文脈から『神の手によるヴィーナである人(歌詠祭官)の身体』であるのは明白だろう。そこには今まで引用して来た諸心象の原像が、はっきりと記されている。

それだけではなく、そこには新しい概念も登場していた。それは6の赤字部分、「meditates on it:その上に瞑想する」だ。

もちろんこの it「神の手になるヴィーナ」である『人(歌詠祭官)の身体』に他ならない。つまりそれは「身体という楽器の上に瞑想する」事を意味している。

ここで漸くにして、長かった私の探求はヴィーナとブッダの瞑想法』との接続点を見出した事になる。

この「身体という楽器(神の手によるヴィーナ)の上に瞑想する」という言葉の背後には、一体どのような心象風景が広がっていたのか。

前回私は、広義のリグ・ヴェーダと狭義のそれとの違いについて言及して自分の勘違いを説明したが、そもそもヴェーダとは一体何なのだろうか。

「それは何よりも、詠唱される、すなわち歌われる(詠われる)神々への賛歌であった」

~私の見立てでは、このアイタレーヤ・アーラニヤカに描かれたヴィーナと身体にまつわる心象世界は、ブッダの瞑想法及び『その中で語られたヴィーナの喩え』に直結する『前提背景思想』だと理解され得るのだが、どうだろうか。

~もちろん、これら聖典ヴェーダの学習システムは、ブッダの時代にすでに上流階級(バラモンクシャトリヤ、バイシャ)の良家の子弟にとって必須のものとして確立していたので、ブッダとソーナ比丘をはじめとした声聞の弟子たちの間で、このような『身体=ヴィーナ』という心象は『一般教養』として広く共有されていた可能性が高い、そう考えられる。

~後段は明らかに「身体(ヴィーナ)を注意深く観る(精査する)事によって、それを知ることができる」と言っている。

~「神々によって造られたヴィーナである人の身体を知りその上に瞑想する者(のメロディである音声=賛歌)は(神々に)快く聞かれ、彼の栄光は大地を満たすだろう。

そしてどこであろうと彼らがアーリヤの(高貴な・聖なる)言葉を唱える時、彼らは彼を知るだろう」

これこそが、正に今回の読み筋の中の白眉であり急所の一手とも言える部分だが、ここでは明らかに神聖ヴィーナである『祭官=人間の身体』と、それによって演奏される(=歌われる)賛歌が、Meditationという営為と重ねあわされている。

そして、その様な瞑想としての賛歌詠唱が神々を喜ばせる(快く聴かれる)事で、そのリターンとしての恩寵(栄光)は大地を満たす。 

という事はつまり、歌詠と言う『瞑想実践』が、神々へ捧げる祭祀になっている事を意味する。

元々賛歌と言うものは祭祀の中で神々へ捧げ喜ばすものとして生まれ発展してきたのだから、それ自体は何の不思議もない。しかし、賛歌がひとたび『瞑想』定義された上で、神々に捧げられる、となると、一段次元が異なって来る。

何故ならそれは、ブッダの瞑想法も含めて、だが、汎インド教の核心に位置付けられる『瞑想修行』という営為が、そもそもの原像においては『神々へ捧げる祭祀』だった、事を強力に示唆するからだ。

そして、この神々へと捧げる歌詠において、その根底に必須とされる心的プロセスとは、歌詠者自身が「自分の身体を知る」と言う事だった。

つまりこれは、ブッダの時代以前から、祭祀の歌詠と言う『瞑想実践』において、自らの身体を観察し熟知する、と言う心的営為が、既に行われていた事を意味する。

これは、もちろんブッダの瞑想法における『身体(呼吸)を観ずる瞑想』とは微妙に文脈を異にしている。それは何よりも歌詠瞑想における合目的的な手段に過ぎなかった。けれどその文脈は、明らかにブッダの瞑想法へとつながる、前段階であるように私の目には映る。

このバラモン祭官による『歌詠瞑想』ブッダの瞑想法の前段階に見立てる視点については、別投稿で示した以下の内容につながって来る。

「彼の栄光は大地を満たす」「彼らは彼を知る」と言う言葉の真意は、祭祀において歌う者それを聴く者共々に一体と成って(もちろん神々も!)、瞑想の深み(天界の高み)に遊ぶ境地ではなかっただろうか。

『不死』なるブラフマンに至るための、“聖音オーム” の吟誦。

そこには、神聖ヴィーナとしての人の身体によって歌われる賛歌、さらにはその精髄としての “聖音オーム” の吟詠を、聖なる不死に至るための『瞑想実践』と捉える心象が確かにあった。

その『瞑想』は何よりも聖なる天界の神々、さらには “不死にして無畏” なる世界の中心原理ブラフマンアートマンに至る道、として祭官(あるいは求道者)たちによって実践されていた。

もちろん、この聖なる “不死にして無畏”、仏教的な文脈では『ニッバーナ』あるいは『至彼岸』を意味する事は言うまでもない。

そして、このニッバーナに至るための(瞑想実践上の)的確なアドバイスとして、正にブッダはソーナ比丘に向かって『ヴィーナの喩え』を説いたのだろう。

神々に至る瞑想としての賛歌の詠唱と、その精髄としての絶対者ブラフマンに至るオームの念誦。そしてニッバーナに至るブッダの呼吸瞑想アナパナ・サティ。

私の眼には、全てが一貫してつながっている様に見えているのだが、どうだろうか。

それは、あたかもワインを蒸留してブランデーが出来上がり、それをさらに精製する事によって純粋アルコールが抽出される事に似ている。

賛歌を蒸留したものがオームの念誦であり、更にそれを精製抽出したものが、ブッダの『呼吸瞑想』である、という様に。

考えてみると、絶対者ブラフマンにつながる聖音オーム(それはブラフマンそのものとも讃えられた)を逆さにすると「Muo(a)」つまり牛の鳴き声である「ムゥオ~」になる。

その牛の鳴き声である「ムゥオー」こそが「Mukhaの周りに気づきを留めて」という時のMukhaの原像であり、そのム音が発出される原器こそが声門(Kha)だった。

上で示したように、バラモン祭官による賛歌詠唱という『瞑想実践』がまずあって、そこから夾雑物を捨象した精髄として「オームの念誦」が絶対者ブラフマンを対象とした『瞑想実践』として設定され、さらにそこから音声すら捨象した『純粋呼吸の観』としてアナパナ・サティが沙門シッダールタによって、案出された。

もちろん、その『純粋呼吸の観』という『瞑想』によって「知られるべき」対象としては、絶対者ブラフマンが第一に考えられなければならない。

つまり、ブラフマンと言う『至高』に到達する為には、「賛歌の精髄」として抽出された『オームの念誦』ですら、沙門シッダールタの眼から観た時には『不純』であり『粗雑』だと判断されたのだ。

様々な状況を踏まえれば、その『純粋呼吸の観』が為される時、賛歌の詠唱やオームの念誦において極めて重要かつ実践的に顕著で強い印象を与える『声帯の振動』というものが、やはりひとつの焦点になっていた可能性は高い。

(AUMの『M』はMukhaの『M』だ) 

やはり以前の投稿で、私は「聖音オームとは宇宙原初の時から延々と鳴り続ける車輪世界の回転音であり、ブラフマンの声である」、と示唆している。

この流れの延長線上に沙門シッダールタの心象を言い表せば、それは

『無声の振動』こそがアートマンブラフマン真実の声である、と。

あるいは、それこそがアートマンブラフマンに捧げるべき真の『賛歌』であり、真の『内なる祭祀』である、と。

そのように考える事によって初めて、ブッダの瞑想法』を汎インド教的な瞑想実践の発展段階、その通史的プロセスの中に適切に落とし込むことが可能になる。

同時にそれは、ブッダの瞑想法』「脳神経生理学的作用機序」としても把握可能にするだろう。声門とは、まさに意識と無意識が交錯する接点であり、無意識へと「没入」する為の格好の『門戸』だからだ。

★のどのはたらき

 一般に呼吸をするとき人は鼻から息をしますが、激しい運動のあとなどは口からも呼吸します。口の中に入れた水や食物は、歯でかんで、舌で味を感じて嚥下(えんげ:飲み込み)します。この中心的な役割をするのが喉頭です。つまり空気は気管へ、食べ物は食道へ正確に分別することが、その第一の機能です。
 次に大切なのは胸郭(きょうかく)の固定です。たとえば重いものを持ち上げたり、ふんばったりするとき、呼吸をとめて肺の中の空気を逃がさないようにして、からだ全体の筋肉の作用を発揮させるための土台として胸郭の固定をします。このとき喉頭は、肺からの空気が逃げないようにしっかり気管の上で閉じます。

 そして、のどのもう一つの機能が発声です。肺からきた空気(呼気)が喉頭にある声帯を振動させることによって、音にして咽頭や口蓋(こうがい)、鼻・鼻腔(びくう)、舌、口唇(こうしん)を変化させて音色を加えることで、ことば(言語音)としてコミュニケーションをとります。

★発声器官としてののど

 「声を出そう」という脳からの指令で、まず肺は呼気(こき:口や鼻から吐く息)を生成します。この呼気が発声の動力源です。

 呼気は次に、気管を通りそのてっぺんの喉頭にきます。喉頭は気道を守るため複数の軟骨組織とそれを動かす筋肉、表面の粘膜よりなり、その内腔(ないくう)に声帯があります。左右の声帯は、ふだんは呼吸のために開いていますが、声を出すときや胸郭の固定時は脳からの指令でピタッと正中で合わさります。

時事メディカルより

呼吸や飲食や発声、そして運動に伴う喉頭喉頭蓋や声門)の開閉は、通常全て無意識レベルで制御されている。例えば上の「声帯が脳からの指令でピタッと正中で合わさる」時、私たちは誰もそれを意識していない。

しかし同時に、呼吸や発声や胸郭の固定と言うものは意識的にも行われるものだ。

「無声の純粋呼吸」が出入りするさ中にも、声門周辺には非常に微細微妙な運動や触覚が生じており、それは通常は無意識レベルでコントロールされ観取されている。その「『無声の振動』に意識的に気づく」という方法論によって、意識と無意識が有機的に交わるのだ。

この神聖な音〈オーム〉は〈唯一者〉に到達しようとする形而上学的傾向においては絶対者のシンボルとして重要な意義を獲得した。

あらゆる語は聖音〈オーム〉に包摂され、聖音〈オーム〉は全世界にほかならないと考えられた。

またこの神聖なシラブルはヴェーダの精髄であると見なされた。シラブルを意味するaksharaという語はまた『不壊』という意味があるので、この神聖なシラブルは不壊者、不死者、恐れなきもの、とされた。それは絶対者ブラフマンであり、人はそれを知ったときに、それとなるのである。

中村元選集第9巻 ウパニシャッドの思想 P40~ 抜粋)

この聖音オームについての説明を「悟りに至る直前の沙門シッダールタ」の心象に即してなぞらえれば以下のようになるだろう。

この神聖な音〈オーム〉は〈唯一者=ブラフマン〉に到達しようとする瞑想実践行において絶対者のシンボルとして重要な意義を獲得している。

あらゆる語は聖音〈オーム〉に包摂され、聖音〈オーム〉は全世界にほかならないと考えられている。またこの神聖なシラブルは全ヴェーダの精髄であると見なされている。

しかし、この聖音オームは本当に『精髄』と言えるのだろうか?真の精髄とは、聖音オームを含めあらゆる賛歌の音声を発出する原動力であるところの『純粋呼吸』ではないのだろうか。

だからこそ、先哲たちによって「呼吸(気息)」は『アートマン』である、と言われてきたのではないか。

「シラブルを意味するaksharaという語はまた『不壊』という意味があるので、この神聖なシラブルは不壊者、不死者、恐れなきもの、とされた。それは絶対者ブラフマンであり、人はそれを知ったときに、それとなるのである」

と言われているが、聖音オームを更に精製純化したところの『純粋呼吸』こそが真のヴェーダの精髄』であり、まさに不壊者、不死者、恐れなき者であるブラフマンに至る為の究極の鍵ではないのか。

そうして菩提樹下に結跏趺坐した沙門シッダールタは、遂に『不死なるブラフマンと称揚されてきた『それ』、としか思えない様な超越的な境地に到達した。

しかしそのとき同時に、彼の眼前には明確な真実相が立ち現われ把握されていた。

「聖音オームでありブラフマンであるところの『それ』は "全世界" である、と言われてきたが、『全世界』の止滅こそが『それ(=ブラフマン)』であった」と。

『全世界』中にはアートマンブラフマンも存在し得ない。現象世界が全て『止滅』した時はじめて、それは立ち現われるのだ、と。

そしてブッダとなったシッダールタは、あらゆる観念・戯論にまみれたブラフマン概念』について、積極的に語る事を一切捨てた。それが自ら直に観た『真如』に対する、彼の『誠実』だったのだろう。

 

(本投稿はYahooブログ 2015/10/25「瞑想実践の科学 46:“Kha”と身体と楽器 ~箜篌の喩え」を大幅に加筆修正して移転したものです)

 

 

 


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”Mukha”の原像と『声門』という新たな焦点《瞑想実践の科学24》

(本投稿には解剖学的画像が含まれます)

前回私は、『コップと言うものの本質とは一体何だろうか?』と設問し、その答えを例示した。それはすなわち、何らかの液体の容れ物である事を可能たらしめる "開口し奥行きのある空処性" だった。

同じように "Mukha" すなわち "口(くち=Mouth)" と言うものの本質とは一体何だろうか、と考えた時、それはコップと同様、正に「口」という表意文字に端的に表されている様に、ぽっかりと口を空けたその "空処性" に他ならない事が理解された。

もしそこに "空処" がなければ、どうやって水や食物が入る(飲食する)事が出来るだろうか? もしそこに "空間=スペース" がなければどうやって呼吸が出入りする事が出来るだろうか?

この "空処性" すなわちKhaである事」 こそが、口(Mukha)というものの本質的なネイチャーなのだ。

車輪の中心ハブに軸穴がぽっかりと空いているからこそ、車軸がそこに貫入して回転を支える事が出来る。

Khaの意味:

the hole in the nave of wheel through which the axis runs,
車輪のハブ中心に空いた軸穴。そこに車軸が貫入する事によって車輪の回転運動を支える穴(空処)

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再掲:車輪の中心にある軸穴を作る車大工

ヨーニの中心にぽっかりと穴が空いているからこそ、リンガがそこを貫く事が出来る。

Khaの意味:

aperture of the human body (of which there are nine, the mouth, the two ears, the two eyes, the two nostrils, and the organ of excretion and generation)

人間の身体に空いた穴、戸口、開口部。ヴェーダウパニシャッド時代以来、伝統的に口腔、両耳腔、両眼窩、両鼻腔、排泄腔(肛門)、生殖腔(尿道・膣腔)の九つの穴をもって、nava dvara、つまり『身体の九つの門戸』と言い慣わしてきた。

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ヨーニの中心に穿たれた穴(空処)にリンガが入る

そして、心臓の奥に空処(心室・心房)があるから、そこにアートマンが住まう事が出来る。

Khaの意味: 心臓の奥の空処=Akasha

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心臓の奥の空処(左心室)にアートマンが住まう

"mukha" の原風景に見る「牛」と「Kha=空処」《瞑想実践の科学22》 の投稿で私は、この口を意味するMukhaというインド語の心象風景について語源的に考察し、その原像とは「牛がモー(Moo・Mu)と啼くその声が発するところの鼻づら・口吻」である、と推測した。

もちろんその焦点になるのは、この鼻づら・口吻にぽっかりと空いた鼻腔という空処と口腔という空処に他ならない。そこに空処があるからこそ、モーという声が吐く息とともに出てくる事が可能なのだ。

しかし、このMukhaと言う単語が含意するものは、本当に牛の単なる鼻づら・口吻に過ぎなかったのだろうか。

このモ~と言う声が発せられるところの “Kha” についてより理解を深める為に、論より証拠、今回はそのリアルな姿を映像で見てみたいと思う。

最初はその口吻・鼻づらに焦点を当てて見てみる。

牛がモ~と啼く時、自ずからその口吻・鼻づらが強調される

上の映像を見ると牛がモ~と啼く時には、顔があげられ口が大きく開けられ、その鼻づら・口吻において、そのKhaであるところの口腔のその “Kha(空処)性”というものが、いやでも強調されて目に飛び込んでくる事が分かる。

考えてみると、牛の鼻づらは普段はたいてい下を向いている。草食動物と言うものは大体が常に草を食べる為に地面に口先を向けているし、舌でむしりとった草を噛むために口を閉じてもぐもぐと動かしている。

つまり、日常的には口先・鼻づらは下を向き、あるいは閉じており、その口腔の “空処性” つまりぽっかりと空いた大きな穴としての口が意識される事は少ないのだ。

それが、モ~と啼く時になってはじめて、人の目にもその口が持っている本質的な “ぽっかりと穴の空いた空処性” が顕在化して明らかとなる。

次に、モ~と啼いている牛の、その全身像だ。

文字通り腹の底からモ~と啼き声をあげる牝牛

私は学生時代に牧場でバイトした事もあり、また底なしのインド・フリークとして野良牛たちをも見慣れており、なんとなくの記憶イメージで牛が啼く姿と言うものを思い浮かべていたが、こうやってリアルな映像で改めて見てみると、頭の中の想定では全く分からなかった事に気づかされたりする。

先に触れたように、この牝牛が啼く時に、いつもは下を向いている鼻づら・口吻を真横に伸ばすように上げて、首のストレッチをするかのような動きをする事。

もうひとつは想像以上に腹筋(横隔膜)を前後(人になぞらえたら上下)に激しく動かして、文字通り『腹の底から』腹式呼吸で声を張り上げて響かせている事。

その啼いている姿の全体像は、全身が一本の共鳴管、あるいはラッパの様に、腹腔・肺・気道・咽喉・口腔が一直線の管になったかのようにして、そのモ~という声を鳴らしているのが分かるだろう。

この姿こそが、インド語における “Mukha” という言葉の背後にあるリアルな心象風景なのだ、と私は妙に納得してしまった。

ゴータマ・ブッダをはじめその弟子たちもまた、このようなモーモー啼く牛のリアルな姿をその背景心象として、“Mukha” という言葉をやり取りしていたのではないかと。

もうひとつ、Mukhaという単語の心象を明らかにするために重要な意味をもつものに、『音韻論』がある。

牛のモ~と啼くこの『M音』、もちろんインド・ヨーロッパ諸語の文化においても、そのほとんどが「Mu、Moo音」で捉えられている。

実際に映像音声で聞いてみると、M音とB音にまたがっている様な印象もあるが、どちらにしても明らかな事があって、それは、牛が啼くその音声は、鼻にかかったM音“鼻音系” として古代インド人にも把握されていただろう、と言う事だ。

実際に牛が啼いている姿をよく見ると、最初は口を閉じて鼻だけから「ム~」と啼き始め、やがて少しずつ口を開いて「ムモォ~」と二段階のM鼻音が確認できる。

この鼻音と言うもの、Wikipediaさんを見てみると、何やらややこしい事が書いてあるが、問題はこのM音という『鼻音』を出す時に「鼻が重要な役割を担っている」事を、古代インド人もまた気づいていたのか、という事だ。

実はM音が鼻音である事を確認する簡単な方法がある。話は簡単で、鼻をつまんで息が漏れない状態で大きな声で「マミムメモ」と言ってみるのだ。

実際にやってみれば、鼻が発気孔として使えない状態ではうまくM音を発声できない事が容易に理解できるだろう。

ブッダの時代の古代インド人の文化とは、何よりもバラモン教ヴェーダの権威が優位に立つ世界だった。いわゆる「祭祀万能のバラモン教全盛の時代だ。

彼らはそのヴェーダの言葉の「呪の力」を追求し理由付けする為に、詳細な音韻論・学を発達させていた事が、サーマ・ヴェーダウパニシャッド、そしてパーリ経典などの記述などからも明らかだ。

おそらく、言葉あるいは音声と言うものに優れて神的な意味を見出していた彼らにとって、M音と言うものが鼻音であり鼻孔からの発気によって成り立っているという事実は、一般常識として知られていた、そう考えてもさほど無理はないと判断できるだろう(この点についてはまた機会を改めて詳述する)

つまり、彼らが牛の声をM音として捉え、そのMu音が発せられるKhaとしてMukhaという単語を把握していたならば、そのMu音が発せられるKhaの中には当然 “鼻孔” も含意されていた、と考えられるのだ。

先のビデオを見れば明らかだが、牛が「ムモ~」と啼いている時の、彼らの顔の配置構造は、口吻とか鼻づらとか言う言葉そのままに、口と鼻が他の顔面からは突出した形で一体化した「吻」を成している。

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マザー牧場より:鼻腔と口腔はひとつのセットとして口吻(鼻づら)を成している

翻って、もう一度牛がムモ~と啼いている映像を見ると、やはりモ~と啼く時には口を大きく開けている(啼く直前には鼻もぴくぴく動いている)。

結局、当初の推論の様に、Mukhaという単語の背後には、上の赤丸で囲った鼻腔と口腔が一か所に集まった鼻づら・口吻、という心象風景がぴったりくるのだろう。

しかし、映像で確認したように、牛がモ~と啼く時、その音声は腹腔から口腔・鼻孔の鼻づらに至る身体全体を、言わば一本の巨大なラッパの様にして鳴らしているのは明らかだから、Mukhaと言う単語の心象風景もまた、それら全体腔Kha="共鳴管(Hollow Tube)" と見る視点があった事も充分に考えられる。

その様な意味を含めてParimukhamという言葉が気づきのポイントとして指定されていたのならば、マハシ・システムにおける『お腹の膨らみちぢみ』という気づきのポイントも充分な妥当性を持っているだろうし、また、そのお腹の気づきの「質的な意味合い」にも、更なる一考の余地があるかも知れない。

(しかしどちらにしてもこれら腹部の気づきはマイナー・バリエーションにすぎないだろう)

前にも書いたように、私は個人的に牛という動物については平均的な日本の都会人よりもはるかに馴染みがあり間近にみて親しんだ経験を持っている。

上の動画を見て私が思い出したのは、その様な経験の中で、牛が「モ~」と啼いている時にその背中に触れていたら、何というか、その鳴き声をある種のバイブレーションとして強烈に体感する事が出来た、と言う事実だった。

そう、普通にライブ音楽とか和太鼓とかに親しんでいる人なら良く分かると思うが、それが弦楽器であれ管楽器であれ打楽器であれ、楽器において音が鳴らされる時、その音とは物理的な「振動=バイブレーション」であり、それは聴覚であると同時に「触覚」としても体感できる、という事実が、牛の鳴き声の場合にも典型的にあてはまるのだ。

牛は自らの身体を、あるいはその “体腔=Kha” を、一本の共鳴管の様にして、その声を響かせ発声する。その時、直近でそれを聞いていたりあるいは牛の身体に直接触れていたら、その音は大迫力を伴ったバイブレーションとして感知される。

上のビデオでリアルに捉えられた牛が啼くその姿と声を目の当たりにしながら、私はふとラダック高原で見聞きしたチベット仏教のホルン、これはラグドゥンと呼ばれる様だが、を思い出した。

ラグドゥンの演奏

啼く牛とラグドゥン、この二つの動画を見比べて、かつ聴き比べた時、両者が本質的に相似態である、と言う事が “感得” してもらえるだろうか。

一本の奥行きを持った管・体腔(Hollow Tube = Kha)によって音声が深い共鳴を伴いつつ発せられる。その複雑な音素の混じり具合や微妙なビブラート加減など、両者は不思議なほど良く似ている。

ではその玄妙な音声サウンド『音源』とは何だろうか?

ふと私はそう思った。あれだけのバイブレーションを生み出すには、何か特殊な『装置(器官)』が必要なはずだ。

上のラグドゥンの映像を見れば明らかだが、彼らチベットの僧たちはラグドゥンのマウスピース部に唇を強く押し当てて吹奏している。

これはトランペットなどの西洋管楽器と同じで、上下の唇の間を空気が通りぬけるときに、その唇の形がマウスピースに押し当てられる事によって微妙に調節され、ある種の「リード(振動版)」として働き原音を生み出しているのだろう。

そうやってマウスピース部で生み出された『原音』がラッパ状の管の中で深く増幅・共鳴されて、あの腹に響くような低音の豊かな音像が生み出されていく。 

私は牛の鳴き方を「身体全体の体腔をラッパの様にして」と表現したが、正に牛の体腔をこの管楽器にたとえた時、口や鼻が音が出力されるラッパ状の開口部だとしたら、では音をそもそも作りだす 「マウス・ピース」の部分はどこだろう?

それは勿論、常識的に考えれば『声門』ではないだろうか。

もちろんそれは人間のものほど高度に発達したものではないだろうが、あれだけの迫力音を出せるのだから、それなりの声門(声帯)が備わっているはずなのだ。

そして思い出して欲しい。Khaという音節・単語が持つ意味の中に、Glottisつまり『声門』というものがあった事実を。

Kha の意味、in anatomy : glottis
解剖学では、声門(Glottis)を意味する。

古代インドにおいて解剖学が発達していた事は、すでに何度も本ブログで指摘している。サンスクリット辞書のKhaの記述において、解剖学的な用例が記されている事実それ自体が、その様な史実の現れでもある。

この『声門』という日本語の文字の連なり。この二文字を見て、何か、ピンっと来るものはないだろうか?

もしもMukhaという単語の中に、そもそも “モ~” という牛の音声を作りだす『音源』、つまり『声門としてのKha』という心象が含意されていたのならば、これまでの一連の考察から更なる深みへともう一歩、私たちは足を踏み出していく事になるだろう。

それはつまり、

parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā
“Mukha”の周りに、思念(サティ)を、とどめて

という文脈においてparimukhaṃと言う時、それは

「牛がモ~(Muu)と啼くその音源となるところのKha,すなわち『声門(声帯)』のまわり」

を意味し、その全文では、

“声門(声帯)” のまわりに気づき(サティ)を留めて

と読む事も充分に可能である、と言う事なのだ。

さて、とても面白い事になってきた。

これまでの論考では、このMukhaとは牛がモ~と啼く時にその音声が発せられるところの鼻腔と口腔が一か所に集まった鼻づら・口吻、と言うものがその原像的心象の第一だと考えられた。

そしてその牛が啼くその全身像の観察から、モ~と言う鳴き声は全身を共鳴管(=Kha)の様にして発出されており、中でもその “原動力”として顕著に腹式呼吸が使われていることから、その “腹腔=Kha” と言うものもひとつの焦点として候補に挙げられた。

しかし、この牛がモ~と啼くその音声は、口や鼻や腹における “体腔=Kha” がいくら存在しても、そもそもの音源部である “声門=Kha” がなければ発出され得ない、と言う圧倒的かつ自明な真理を前にした時、この音源部である声門こそが、唯一最大の焦点である ‟Mukha” つまり「Muu音の発出源としてのKha=空処」ではないか、と言う視点が、当然の如くに立ち現れざるを得ないのだ。

そこまで「深読み」する必要が果たしてあるのか、という疑問は極めて当然かもしれない。「Mukha」が口や顔を第一には意味するのならば、素直に「口の周り」「顔の周り」に落ち着いてしまえばいいじゃないか、と。

けれど、この「声門」にひとつの『焦点』が置かれる事は、様々な文脈から見ても極めて蓋然性が高いのだ。

その点に踏み入る前にまず問題になるのは、以上の説明において明らかな『声門』と言うものと『音声』との関係性を、ゴータマ・ブッダをはじめとした古代インド人が、私たちと同様に自明のこととして認識できていたのかどうか、と言う事だろう。

彼らが『声門』の存在自体知らなければ、全く話にならない。

しかし、彼らは間違いなくそれを認識できていた。その様に私は判断している。

前にも指摘した通り、ブッダ在世の当時の古代インドとは、まず第一にバラモンヴェーダの権威によって支配されていた社会だった。

そこにおいて最も重視されたのはバラモン司祭によって詠じられるヴェーダの言葉が天の神々に影響を与え支配する、その賛歌の言葉(ヴァーチュ)が持つ「呪の力」に他ならない。

そしてこの詠唱されるヴェーダの言葉が持つ「呪の力」こそがブラフマン の原義であり、やがてはそれが大宇宙の根本原理であるところの絶対者ブラフマンへと昇華していく訳だから、その言葉の呪力の本源である “声帯” と言うものの存在に、彼らが気づいていなかった、という事は考えにくいのだ。

(だからこそKhaという言葉の意義のひとつに声門が掲げられている)

ヴェーダの言葉とそれが神々をも動かすに足る “威力” として発出される “音声” に対して並々ならぬ興味と関心を抱いていた古代インド人は、その結果として様々な音韻論文法学を発展させていった事は周知の事実だ。

しかしそもそも、そんな論学以前の大前提として、我々人間存在の日常生活実感として、声とは “のど” から発せられるものではないだろうか?

例えば、カラオケで思わず聞き入ってしまう美声の持ち主がいたとして、思わず、「う~ん、実にいいをしている!」と讃嘆する。このような感覚は自明の事だろう。

試しに何でもいい、例えば「あーかーさーたーなー」などと和田アキ子ばりに大きな声を出しながら、その音声が “どこから” 発せられるのか、あらゆる先入観を排して虚心に探ってみて欲しい。

それは何よりも、『喉首』でありその内部にある何かの振動体である、と言う事は、解剖学的な知識以前の体感的リアル、としても、自明の事ではないだろうか。

(この事実は、喉に手のひらを当てて声をあげてみればさらに“リアル”に感得できる)

そしてもちろん、彼ら古代インド人は、その解剖学的事実としての声門の存在についても知り尽くしていた。

その証拠に、ウパニシャッドを改めて見てみると、随所に「声門(声帯)」についての言及が確認できる。以下はその一例だ。

チャーンドグヤ・ウパニシャッド 第二章 第22節

五.「インドラ神に力を贈ろう」と考えて全ての母音は声帯を強く震わせて発音されねばならぬ。

~中略~

「死の神を避けよう」と考えて、すべての閉塞音は空気を声帯に僅かに接触させて発音されねばならぬ。

原典版ウパニシャッド岩本裕編訳 ちくま学芸文庫P57より

当時のバラモン司祭・ヴェーダの詠唱者というものは、発声・声楽のいわば “プロ” だから、その詠唱法において、如何にして聴衆の心をとらえ心酔させるか、と言う事を徹底的に追求した求道的プロシンガーでもあったのだ。

ヴェーダの言葉の力によって神々をも動かす、などと言うが、その神々など実際には “存在しない”。少なくとも神々自身が目の前に観衆の一人として臨在し、ヴェーダの詠唱を聞いた後に「ブラボー!」などとスタンディング・オベーションする姿など、誰の目にも見えはしないのだ。

では、ヴェーダの詠唱がその祭祀において詠われた時に、「これは間違いなく神々をも動かしたに違いない」、そう判断するのは一体誰だったのだろうか?

それはもちろん、その祭祀イベントに臨席していた観衆、つまり人間集団であり、なかんずく、その祭祀実行の布施を行ったパトロンであるところの資産者(王族・大商人など)だったはずだ。

つまり、ヴェーダの言葉の力によって神々をも動かす、などと言いその「呪の力」ブラフマン などと称しているけれど、実際に彼らバラモン階級が心血を注いだのは、如何にして聴衆を酔わして、魅了するかと言う事に尽きるのだ。

その為には、たぐい稀な美声と、その唱法と言うものが極められた。そのなごりは、パーリ経典においてブッダを称賛する表現として、その美声を讃えるという形にも現れているだろう。

その時にもっとも重要になるのが、“声帯のコントロール であり、その声門からの原音を脚色する為の咽喉と、舌や歯を含む口腔のコントロールに他ならない。

(この点は、カラオケ求道者の方なら、良く分かると思う(笑)

彼らバラモンヴェーダの民たちが高度な音韻論を発達させた背後には、この声門に始まり咽喉から口腔さらには鼻腔にもつながる、腔(Kha)とその周辺器官のコントロールと言うものが、大前提として存在していたのだ。

(この点は、最終的に “聖音オーム” の『起源と意味』にも深く関わって来るが、それはまた機会を改めて)

もうひとつの観点は、古代インド人と解剖学との関わりだ。

彼らは、侵略してきたアーリア系にしろそれを受け止めた先住民系にしろ、牛を中心とした家畜動物との “共住者” である牧畜民であった。

現代でも極めて原初的な生活形態を保っている牧畜民の部族社会では、家畜動物に対する様々なエスニック・サイエンスの一環としての “解剖学” が、一部現代科学に匹敵するようなレベルで発達・伝承されている事実が確認される。

私たち現代日本における一般的都市生活者の想像を超えたレベルで、生活実学としての “科学=エスノ・サイエンス” はあらゆる未開社会においても高度に発達しており、古代インドにおいてもその生活実学、という意味での解剖学は、第一義的には家畜動物の屠殺・解体のための知識・技術として高度に発達していたのだ。

この事は、ほかならぬパーリ経典にも様々な形で明言されている。

「王子よ、口からも、鼻からも、また耳からも息を吸ったり吐いたりするのを止めた時、烈風がわたしの腹を切り裂いた。それはまるで、王子よ、腕の立つ牛の屠殺人や屠殺人の内弟子が使う、鋭利な小刀で腹を切り裂くようであった。まさにそのように、王子よ、烈風がわたしの腹を切り裂いた」

春秋社刊 原始仏典 第6巻 中部経典第85経 「生涯で三度三法に帰依した王子」菩提王子経:Bodhirajakumara Sutta、P182以下より引用

以前にも指摘しているが、現代インドのヒンドゥ教徒と違って、当時のインド社会では牛をはじめとした家畜動物の屠殺・解体・摂食と言うものは日常的に行われており、それは祭祀の犠牲獣においても同様だった。

特に大きな祭祀において犠牲獣を殺し解体する際には、鋭利な刃物と高度な技術が求められる。

まずは、まだ生きている動物を速やかに『屠殺』しなければならない。その時に屠殺の技術が未熟であれば即死がもたらされず、いたずらに動物に苦痛を与え暴れさせれば、祭官をはじめ周囲に集まった観衆・VIPたちにも危害が及んでしまう。

さらには、屠殺された犠牲獣はその場で解体され、祭祀の対象となる神々や請われる願いによって厳密に規定された儀軌に基づいて、それら解体された身体の特定パーツたちが特定の順番で供犠として祭火に投じられていく。

その後、残った肉は調理されて会衆によって食されたと言うから、その調理自体もまたひとつのエンターテイメントとして、食材の美しさを保ったまま切り分けるという意味を含めて、美技を揮わなければならなかった。

そのような屠殺・解体・加工を可能にするためには、精密な身体構造学・解剖学の知識が必須だったのだ。パーリ経典の文言がわざわざ “腕の立つ” 牛の屠殺人と形容詞を加えている意味がそこにある。

バラモン祭官を含め、彼ら「腕の立つ屠殺解体人」たちが、声門の存在に気付かないなどと言う事があり得るだろうか。特にバラモンの供犠解体人たちは、自分たちの声の原器を求めて(牛の「モ~音声の器官を求めて)動物たちの喉の構造に注視しただろう。

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Orikomix.comより:これは豚の喉軟骨だが、見事にドーナツ状の“空処”が見られる

私はあまり詳しくはないが、この声帯周りの「のど軟骨」と言うものは珍味として好まれている様だ。ひょっとするとブッダが生きた古代マガダ世界の町中の四つ辻や市場などでは、上に見られるような牛の喉軟骨が(あるいはスライスされる前の姿で)売られていたかも知れない。

古代インドにおいては、人間といわゆる四足の動物と言うものは、さほど決定的に異なった存在だとは考えられていなかった。人間は二本足の生類であり、動物は四足の生類だ。

当時実際に人間の供犠が行われていたかどうかは断言できないが、牛の屠殺・解体において発達し・獲得された知識は、そのまま人体にも応用され得るのだ。

動物の喉首内部に発見される声門あるいは声帯と言う奇妙な構造体は、きっと彼らの興味を引かずにはいられなかっただろう。

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Wikipediaより:中央の紡錘形の空処が気道、その左右が声帯(Vocal fold)

上のヒトの声門画像でも、その中央部分に呼吸の空気が流通するところの “空処” がきれいに視認できる。この声門こそが、牛が「モ~(Mu)」と啼く時の根源的な空処(Khaなのだ。

(牛の声門画像はググっても見当たらなかったが、原初的な声帯はある)

牛の身体は人の身体。多少のデザインや配置的な違いはあれ、本質的には変わりはない。これが古代インド人の生命観だ。

だからこそ止息の行法によって苦悶する沙門ゴータマの姿が解体される牛の姿に重ね合わされるという論法が成り立ちうる。

これは同時に、牛がモ~と啼くその姿は、人間のバラモン司祭がヴェーダを詠唱する姿にも重ね合わされ得る事を意味し、同時に、ブッダの瞑想法を行ずるサマナたちの姿にも重ね合わされ得る事をも意味する。

何故なら、牛が啼くのもヴェーダの詠唱もアナパナ・サティも、すべて呼吸と言う原理によって貫徹されており、同時にその呼吸とは、“Kha” によって貫徹されているからだ。

私たちの身体はこのような ”Kha” である空処によって一貫されており、正にその空処をこそ、アナパナ・サティにおいて気づくべき呼吸は流通しているのだという、このリアルをじっくりと体感的に理解したい。

私個人は、ブッダ

parimukhaṃ satiṃ upaṭṭhapetvā

Mukhaの周りに気づきを留めて

と弟子たちに瞑想指導した時に、この『声門』までを視野に入れていた可能性はかなり高いのではないか、と考えている。

何故なら、この『声門』は同時に気道つまり呼吸が出入りするであり、顔面に集住する四官の門その空処が、最終的に集合してひとつになるボトルネックだからだ。

これは古代インド人の心象をリアルに想定しないと全く理解できないかも知れない。

ボトルネックという言葉は一般に情報や人・物の流通の障害になる「隘路」を意味するが、逆に言えば四官(五官)の門という煩悩の流入する門戸をそれぞれバラバラに防護するよりも、もしその流れが一本化されるポイント(隘路)があるならば、その一か所でまとめて防護する方が手間がかからずしかも完璧な仕事ができるだろう。

そしてこの『声門』こそが、顔面頭部という五欲六欲を貪る現場から、心臓がある(つまりはアートマンが住まう)体幹部へとつながる唯一の「隘路」であり、最終的に守るべきDvara(内門)なのだ。

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医学書院より:声門は文字通りの隘路だ

これはテーラワーダ仏教しか知らなければ絶対に理解できない文脈だが、スッタに記された「五官六官の防護」という教えと方法論、その「起源」について考える時、当然「防護する」動機として「AをBから守る」という事を想定する必要がある。

「Bから」というのはもちろん「五欲六欲から」でいいとして、『A』という「守るべき保護対象」が明確に存在しなければ意味をなさないのだ。

五官六官の門と言うのは、「単なる門に過ぎない」と言う事実を忘れてはならない。

門を警護するのは、門そのものを守る為ではなく、門を入った奥深くにある何か、例えばそれが王城を中心とする城砦都市であったならば究極的には『王』を守る、という事こそが至上の目的になるだろう。

ここで重要になるのが、前に紹介したブラフマン都城という心象イメージだ。

ブッダ以前の古ウパニシャッドの時代から、人の身体はブラフマン都城と呼ばれ、その心臓内部の空処にはアートマンブラフマンが住まうと考えられていた。

沙門シッダールタが悪戦苦闘して探求していたのは、正にこの文脈に乗った「不死のブラフマンアートマンだったのだ。

チャーンドーグヤ・ウパニシャッド 第七章 第1節

3.~求道者ナーラダがサナット・クマーラ師に問う。

「わたくしは尊師の様な方々からアートマンを知る者は憂苦を克服する』と聞きました。

わたしは今、憂い苦しんでおります。尊師よ、わたくしを憂苦の彼岸へ渡らしていただきたい」と。

原典版ウパニシャッド岩本裕編訳 ちくま学芸文庫P149より

この求道者ナーラダの立ち位置は、そのまま苦悩する沙門シッダールタに重なるだろう。

覚りを開く前の沙門シッダールタは当然「無我の真理」

つまり

「常一主宰のアートマンなどはない」という真理「知らなかった」

という厳然たる事実を忘れるべきではない。

それを前提に、彼が「五官六官の防護」という瞑想理法に想到して菩提樹下に坐したとしたら、その時「守るべき対象」として想定していたのは心臓(王宮)の小部屋に住まうアートマン(=ブラフマン)』以外にはあり得ない。

彼は、「それ」を守り切る事によって「それ」に出会えると考えていた

それがアートマンブラフマンを知るために彼が想到した「内なる祭祀」としての瞑想行法だったのだ。その背景心象としてアートマンと呼吸(気息)との同置」そしてアートマンと感官との同置」があった。

これはまた回を改めて詳述したいが、様々な情報を総合すると、そこには「五欲六欲という不純物を排除する(流入を堰き止める)事によって純粋アートマンが立ち現われる」という『方法論』が導き出されるのだ。

ブラフマン都城である身体において、その城門は五官六官に分かれた形で頭部顔面に集住しているけれど、そこから入った「悪しきもの」が王宮である心臓を侵そうとした時に必ず通らなければならないただひとつの最終ゲート、それが『声門』だ。

呼吸を吸い込む『鞴(ふいご)』である肺から、肺静脈によって新鮮な血液を送り込まれるのが、正に前に論じた円輪形の『左心室でありアートマンが住まう『空処=Kha』なのだから、アートマンを不純物(五欲六欲)から防護する為に守るべき(守り易い)ただ一つの門は、肺に向かう前の隘路(門が狭ければ監視し易い)である『声門』になる。

(この「ふいご」は、バラモンの火の祭祀において風を送って祭火をコントロールする道具として、パーリ経典やジャイナ教初期経典にも言及されている)

そしてこの『声門』における「気づき」は、脳神経生理学的な作用機序としても、奇跡的にか必然的にか正鵠を射抜いていた。

ここで思い出すべきは、正にこの声門を駆使して歌い上げるバラモン祭祀賛歌詠唱が、アイタレーヤ・アーラニヤカにおいて『瞑想』と呼ばれていた事実だ。

沙門シッダールタが何故、悟りに至る為の瞑想法として「Mukhaの周りに気づきを留める」という方法論に想到し得たのか。その『必然性』は、アートマンブラフマンに捧げる(召喚する)『内なる祭祀』というコンセプトを得て初めて、理解可能になる。

忠義と精勤をもって万難を排して王を守り抜いた衛士がいたら、彼はその褒賞として『謁見(ダルシャン)』を賜るのだ。

この様な論理構成は、もちろんシッダールタが成道後に『無我』を掲げた時点で、そのほとんどが崩壊してしまった事が予想されるが、しかし、本当にそうだったのだろうか…

確かに彼は「現象する一切世界の内部において」アートマンの存在を否定し(無我)、それは同時に『無常』であり『苦』であると喝破した。

しかし求道者ナーラダがウパニシャッド的文脈で希求していた無憂彼岸「世界」彼方の『別世界』であり、イコールそのままシッダールタの到達した(現象世界を滅した)彼岸だとしたら、その彼岸すなわちニッバーナこそが、文脈的にはアートマンブラフマンで』ではないのか。

彼はその点に関しては『無記』を貫いている様だが、多くの同時代人にとってゴータマ・ブッダ存在ブラフマンに成った者」でありブラフマンに等しい者」ではなかったのだろうか。

ウパニシャッド的なアートマンブラフマンの探求、そのブラフマンの真理に目覚めた者こそがゴータマ・ブッダであり、その画期は、まさにブラフマンに至るその具体的な方法論『瞑想行法』として大成し明示し得た、と言う点にあったと考えると、全ての筋道が通るだろう。

 

(本投稿はYahooブログ 2015/9/30「瞑想実践の科学 44:“Mukha”という言葉の原像2015/10/11「瞑想実践の科学 45:『声門』という新たな焦点」を統合の上加筆修正し移転したものです)

 

 

 


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