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仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

アショーカ王の回心と『内なる祭祀』

マウリヤ朝第三代のアショカ王については、仏教に関心のある方の多くがご存じだろう。今回はこれまで折に触れて言及してきた『内なる祭祀』問題について、アショカ王のリアルな『肉声』を手掛かりに考えていきたい。 

紀元前268年、マウリヤ帝国第三代として即位したアショーカ王は、祖父チャンドラグプタ、父ビンドゥサーラの帝国建設の遺業を引き継ぎ、最後の抵抗勢力・カリンガ国に侵攻する。

戦いは凄惨なものとなった。その暴虐な性格によって自国民からさえも恐れられていたアショーカ王の攻撃は苛烈を極め、一方、マウリア朝より遥かに長い歴史を持つ大国カリンガは、当時世界最強とも謳われたアショカ軍に対して、徹底抗戦で応じたからだ。

目を覆うような殲滅戦の末、アショーカ軍はついにカリンガを征服した。伝承によれば犠牲者は民間人を含めて数十万に達したという。

勝利に酔いしれるはずのアショーカ王は、しかし死屍累々たる戦場に立って深く後悔し懺悔する事になる。それは余りにも無益な殺戮であり、大きな悲嘆であり、取り返しのつかない惨禍であった。

やがて彼は、ひとりの僧侶との出会いによって、劇的に仏教徒へと改宗したのだった。

彼は国の政策を武力による覇権から法と徳による統治へと180度転換した。そして仏教に基づいたダルマ(法)の理念を普及するため、ブッダ所縁の地に仏舎利塔ストゥーパ)を建立し、広大な帝国の要所に詔勅を刻み、法の車輪をシンボライズした石柱(スタンバ)を建てていった。 

彼はインド全土に道路を整備し、産業を振興し、薬草を植え、治療院を建て、無意味な殺生を禁止し、人間関係におけるモラル(ダルマ)の確立を促した。現代に伝わる彼の治績の数々は、ある意味現代社会が理想とする世界を、二千数百年も前に先取りしたものだったとも言えるかも知れない。

その根本にはブッダの教えがあった。アショカ王バラモン教を含むすべての宗教を等しく保護しつつも、カースト差別や動物の供儀に対してはこれを完全に否定している。そして、何よりも銘記されるべきは、彼によって仏教がインドの地域宗教から世界宗教へと雄飛した事だろう。

彼は、帝国内部はもとよりスリランカや東南アジア、現在のアフガニスタンや遠くギリシャ世界に至るまで仏教使節団を送り、ブッダの教えを伝えている。事実、タイのナコーン・パトムと言う町の名はパーリ語で『最初の町』を意味し、アショーカ王の使節によって東南アジアで最初の仏塔がここに建てられたと伝えられている。

チャクラの国のエクササイズ より

以上がアジアの仏教徒に一般的に知られているアショーカ王のイメージだ。ただし、これは多分にアショーカ王仏教徒にとって都合がいいように脚色しているきらいがあり、例えば、彼が仏教徒になったのはカリンガ戦の前だというのが、現在ではほぼ定説になっているようだ。 

アショーカ王仏教に対する何よりの貢献は、彼がインド国外の様々な地域に仏教使節団を派遣して、ブッダの教えを広く普及した、という点にある。 

その結果、仏教はアジア全域の普遍的宗教として広く信仰・実践されるようになった。それは、同時代に生まれたジャイナ教がついにはインドのローカル宗教に終わり現在に至るのとは極めて対照的であり、正に、アショーカ王仏教世界宗教へと飛躍する嚆矢となったのだ。 

さて、ここで本ブログ上問題になるのは、彼、アショーカ王にとって、仏教に対する信仰・実践とはどのようなものであったのか、という点だ。彼は世俗の王だったので、その信仰形態とは当然在家のそれを意味している。

幸いな事に、彼が設置した石柱や石碑の上に、いわゆるアショーカ王碑文と言うものが刻まれており、限られた形ではあるが、私たちは彼の思想を2000年の時を超えて知ることができる。

これは、ある意味紀元前三世紀という古代インドに生きたいち仏教徒であるアショカ王の『肉声の記録』と言っていい。日本の仏教徒にはあまり知られてはいない様だが、その資料的価値には絶大なものがある。 

彼はどのような『宗教的文脈』に則って仏教を信仰し、上記のような様々な事績を為したのか。アショーカ王ブッダの死後およそ100~200年後に、ブッダの活躍したほぼ同地域において生きた実在の人物だ。したがって彼はブッダ在世の頃に最も近接した在家的仏教信仰の在り方についての、最も信頼できる最古の証言者だと言えるだろう。 

先にも触れた様に、南アジアにおける最初の仏教布教は、正にこのアショーカ王によって行われ、文献によって確認できる最古の記録として、彼の息子マヒンダ王子によるスリランカへの仏教伝播が、広く認められている。 

アショーカ王にとって、仏教とは一体どのような意味を持っていたのだろう。彼が『何に焦点を置いて』仏教使節団を各地に派遣したか、というその『目的』は一体何だったのだろうか。

アショーカ王碑文を通読してみて一見して分かる事は何だろうか。それは、そこには世俗的な生活倫理・社会道徳についての教え悟ししか書かれておらず、いわゆる仏教くさい『出家修行』については、実はほとんど全く語られていない、という事なのだ。 

彼がこれらの法勅文言によって世人に知らしめたかったのは、あくまでも一切有情の福祉の向上とそのための道徳倫理の確立であって、直接的に『ブッダの修行法』については一切言及していない。 

それどころかブッダ本人についての言及すら、そこにはほとんどない。

一方で、彼個人が熱心な仏教徒であり、ブッダガヤやルンビニなどメジャーな仏跡を巡礼し、ブッダの事績を記念して石柱を立て、あるいはストゥーパを建てていった事もまた間違いのない事実だ。 

彼はどのような心象に基づいて、これらの行為をなしたのだろうか。 

カギは彼が自らを自称して『神々に愛された温容ある王(天愛喜見王、Devanampriya Priyadarsin)』と名乗ったことにあると私は考えている。彼はまず第一に、『ブッダの弟子』というよりも『神々に愛でられるべき者』として自らをイメージしていた事がうかがわれるからだ。 

古代インドに生きた仏教徒であるアショカ王が、神々、つまりDevaについて言及する場合、その真意はひとつ。それは天界に住まう神々であり、同時にその天界とはいわゆる輪廻転生思想において人間界や畜生・地獄界などと並び称される天界であるという事になる。 

となれば、彼が自らを『神々に愛される』と自称するその心象とは一体何かが明らかになるはずだ。それは、何よりも自身の「死後の天界への転生」を意識した称号であったと考えられる。 

この辺りに、『在家の仏教徒、という存在の屈折し錯綜した心象が如実に表れている。彼はブッダの教えを信奉しつつ、真に乞い焦がれていたのはブッダではなく天界の神々であったのだ。

ここで思い出すべき事は、彼がそもそも熱心な仏教徒へと回心したという、そのきっかけとなったカリンガの戦いだ。彼自身の証言によれば、その戦死者は10数万人にのぼり、戦乱に巻き込まれて家族を失い、家を失い、社会的な基盤を失った、いわゆる被災者・難民の群れはその数倍にのぼったという。 

すでにカリンガ戦の以前から一応仏教徒であった彼にとって、この事実は何を意味したのだろう。仏教において、何よりも殺生は極悪の大罪だ。その被害者10数万人と言うまぎれもない事実は、冷静になって考えてみれば、地獄も必定、の極悪業に他ならない(あのアングリマーラでさえ、“たかが” 千人に過ぎない!)。 

戦争を仕掛けている時には止むにやまれぬ覇権への衝動に駆られて盲目になっていたのが、いざインド世界を征服して『大地の主』に成りあがってしまった時、彼はハタと気づいてしまった。 

『この地上において、人として可能な限り最大限の栄華を私は実現してしまった。未だかつて聞いたためしのない全インド世界の帝王としての地位に私は登りつめた。現世においてこれ以上の栄達はもはや考えられない。 

しかし、どのような偉大な帝王も、いずれ死ななければならない。そして死後にはその生前の業に従ってそれに見合った来世へと転生するだろう。その時、10数万の命を殺戮し、その数倍に及ぶ人々に塗炭の苦しみを与えた私は何処に転生するのだろうか? 

それは地獄以外にはありえないのではないか?!』 

地獄必定。これが、私がプロファイルしたアショーカ王の心象世界だ。この心象は、輪廻と言う信仰を余り持たない私たちの、想像を絶した恐怖だった事だろう。

現代において、このアショーカ王によるカリンガ征服は、史上初のインド世界統一という偉業である、と認識されている。おそらく、このような自覚は彼自身にもあったはずだ。 

そして、このカリンガの戦役が、その偉業に反比例するように、史上最悪の殺戮戦であった事をも、アショーカ王は生々しいまでに自覚していた。 

今もかなりな部分そうだが、当時はインドと言うのはひとつの『世界』だった。その『世界』史上初めて『天下を統一』した彼は、同時に、皮肉なことに『世界史上最悪の殺戮者』になってしまったのだ。 

史上最悪の悪業を重ねた自分ならば、おそらくは死後に赴く地獄もまた史上最悪の地獄になるに違いない。 

すでに犯してしまった悪行の数々を、そのマイナス点を回復し、地獄必定から天界必定へと大逆転することは可能なのか。その為にはどうしたらいいのか?

苦悩する彼は、最も懇意にしていた仏教僧にでも相談したのだろう。 

おそらく長老の答えは以下の様なものだった。

「インド(閻浮提)世界の主となったアショーカ王の、その偉大なる力のあたう限り最大限の善業を新たに積んで悪業を帳消しにし、なおかつ天界に再生するためのプラス点をも積み重ねていかなければならない」 

何故『天界』に、なのだろうか? それはすでに今生において人間としての栄華を完全に極めてしまった彼にとっては、人間界以下に再生する事は、イコール『落ちぶれる』事を意味したからだ。 

同じ人間界に、今より低い身分に生まれ変わる事。それは誇り高い彼にとっては、ある意味地獄に再生すること以上に耐えがたい事だったのかも知れない。 

彼の成功哲学に従えば、今生における帝王としての人生は究極のゴールではない。それはあくまでも人間界における頂点に過ぎないからだ。 

真の成功とは、死後に天界(彼の場合はおそらくその『最高処』)に生まれる事。それ以外にはなかったのだろう。だからこそ、彼は自らを『天愛喜見王』と称した。彼の関心事はあくまでも在家信者として来世に生天する事にあった(出家して輪廻から解脱する事は、私的関心の外にあったと私は判断している)。 

そう考えると、彼の法勅と呼ばれる碑文に、生活倫理道徳しか書かれていない事がよく理解できるだろう。 

カリンガ戦において数十万の人々を不幸のどん底にたたき落とした。その悪業を回復するためには、それ以上の人々に最大限の幸福を与えなければならない。そのための治安維持と互恵互愛の教えなのだ。 

カリンガ戦において、実に多くの家族が生き別れ死に別れ絶望の涙に暮れた。戦後の社会にはある種の修羅・畜生・地獄界が現成した事だろう。もちろんそれを生みだしたのは彼自身なのだ。 

そこにおいて現出した地獄図絵の、ま逆の理想世界を何としても実現しなければ、自らの生天は絶対にあり得ない。この追いつめられた心境がリアルにシミュレートできるだろうか。 

現代のテーラワーダにおいて、幸せな来世を得るために最も高い功徳のある善業とは何だろう。 

それは、まずは僧侶に食事や物を供養する事。そしてお寺に物的・金銭的な寄進をする事。ストゥーパや寺院そのものを建立する事。仏跡の巡礼。さらに自らが出家する事。あるいは自分の子供を出家させる事。あらゆる機会を得て、ブッダの教えを広め礼賛する事。 

そしてそれ以前の大前提として、一切衆生に慈悲の気持ちを持って接する事。 

これらの価値観をアショカ王の事績と照合した時、そのほとんどが重なり合う事実が、彼の心象を鮮明に表している。 

ルンビニなどへの巡礼奉賛。ストゥーパや記念石柱の建立。実子マヒンダの出家とそのスリランカへの派遣をはじめ、各国への布教。一切衆生の福利厚生のための社会整備。ダルマの増進による大衆の幸福度向上。 

これらアショカ王の特筆すべき事績の全てが、自らの生天のための積善の功徳、という視点から見ると、すっきりと整理されて把握され得る。 

だからこその『天愛喜見王』と言う自称だった。これだけ善業を積み重ねれば、いかなカリンガの悪業といえども完全に払拭され、お釣りで生天が可能になるだろう、という、アショーカ王の自信と願望が相半ばした心象が見事に表れている。 

これは私の『超訳』だが、その真意は、『神々に愛されて(祝福され)天界に迎えられ相まみえる(べき)王』と言う事だったのではないだろうか。

実はこの様なアショーカ王の心象世界こそが、これまで繰り返し言及してきた『内なる祭祀』という文脈と深く関っている。

これはまた後段で改めて詳述したいが、彼アショカ王がその支配下にある世界において実践した『善行為・善政(善業)』が、神々に対する『供犠・供物』となって捧げられ、それを神々が喜び嘉納し、故に彼アショーカは神々から愛されて、死後に彼らが住まう天界に『迎え入れられる』、と言う図式なのだ。

それまでのバラモン教の祭祀では、神々を喜ばせ祭主の願望を満たすためには動物の犠牲が供物として捧げられていたのだが、ここではその『供物』が『善なる心性とそれに基づいた善行為』にとって代られている。

つまり、アショーカ王にとって、一切衆生の幸福を推進する『善行為・善政・法』がそのまま直接的に『神々を喜ばす内なる祭祀』となった訳だ。 

そのような『内なる祭祀』を、もちろんアショーカ王は敬虔なる仏教徒として実践していた訳だから、当然ながら、彼にとってブッダの教えもしくは『仏法』とは、『天界に再生するための内なる祭祀』だった事になる。

さて、このようにプロファイルしていくと、ひとつ明らかな事がある。アショーカ王仏教にかける思いとは典型的な在家のそれであり、自分の支配下にある俗世間・社会の幸福の増進を中心に、様々な功徳を積むことによってひたすら天界に転生する事を願っていただけ(欲界の車輪の内部における幸福)で、解脱を目指す出家修行の実際については、ある意味関心がなかったのではないか、という事だ。 

これはタイやミャンマー仏教について少しでも勉強すると分かるのだが、いわゆるテーラワーダの世界では在家と出家と言うのは全くの別世界に住んでいる。そこには明確に価値の断絶、というものが見受けられる。 

アショーカ王仏教を周辺各国に伝道する、と発心した時に、何を焦点にしたのか。それはあくまでも在家信者の立場に立って、ブッダに帰依し礼賛する同じような在家信者を増やす、という点に注がれたのではないか、と推測される。 

すでに当時、在家出家を問わず信者にとってブッダというものは神格化された擬神として信仰・崇拝されていた形跡がある。これは前回までの『ブッダと最高天ブラフマーの同一視』及びブッダの死後急速に進んだ『偶像ブッダ・キャラによる偶像ブラフマー・キャラに対する下剋上』の結果だろう。

全く異なった文化風土に仏教を布教する時に、この神格化された『超越的な唯一者』としてのブッダと言うのは敷居が非常に低い訳だ(実際に日本への仏教の布教も、このような唯一至高者としての仏陀信仰に基づいており、だからこそ『神仏習合』が可能になる)。 

一方で、出家の修行生活というものは、基本的に輪廻からの解脱を目指している。この方向性が共感を得るためには、何よりも輪廻転生という世界観と共に、世界を絶対的な『苦』と見、そのループからの解脱、という価値観念が共有されなければならない。

(同時に瞑想実践行というややこしいノウハウも伝承されなければ、全く意味がない) 

これはある意味きわめて特殊インド的な思想なので、あらゆる世界に布教可能な普遍思想には、一朝一夕にはなり難い要素が多分にある。 

在家のブッダ信仰と善業・悪業による天界・地獄への転生と言う思想は、おそらく世界中に見られる普遍思想に通じるだろう。 

天界の神々の更に上に君臨する絶対者(解脱者にして『正法』の覚知者)としての超越者ブッダに対する信仰を広める。これが、おそらくは同じ信仰を持っていたであろうアショーカ王の、布教師派遣の主目的だったと思われるのだ。

ここでひとつの疑問は、何故唯一至高者ブッダを信仰するアショーカ王が『神々に愛されて(喜ばれ、祝福されて)天界に迎えられ相まみえる(べき)王』と自称したのか、と言う点だ。

ブッダを至高存在として崇拝する『仏教徒』ならば、神々の代わりに『ブッダに愛されて』と言うべきではないのだろうか?

この点は『ブッダ存在』と言うものの根本的な性格を考えれば良く分かるだろう。前回も指摘した様に彼はこの『世界』という輪廻の車輪から『解脱』してしまった『圏外者』に他ならない。

アショーカ王の時代にはすでに彼ブッダは、死=般涅槃によってその『圏外性』が完成されてしまっていた(このブッダの死後に生じた『世界圏外性の完成』こそが、ある意味、仏教思想史上積年の悩みの種になる)

恐らく徹底的な世俗人だったアショーカ王は、逆立ちしても「解脱したい」などという請願とは無縁な人間だったのだ。

故に彼が望んだのは解脱したブッダに愛される事ではなく(解脱した『圏外者』がどうやって愛するのだ!?)、あくまでも『世界圏内』の高みに住まう神々を喜ばせ、愛され、そして死後その天界(欲界の頂点)に迎え入れられ、永遠に近い幸福に浸り続けたい、という事だったのだ。

彼にとってブッダは、その様な『神々を善によって喜ばせて生天する』という『法』の『覚知者』に過ぎず、「自分自身がそのようになりたいモデル」では決してなかった。 

以上の文脈を敷衍すると、スリランカに派遣されたマヒンダ長老、彼はアショーカ王の実子であると同時に出家僧侶だった訳だが、彼はおそらく、絶対王である父アショーカの『後生を良くするため』に命じられて『出家させられた』。 

息子の出家の功徳は、父であるアショーカ王に回向され積善されるからだ。 

では息子を仏教サンガに出家させ、更に仏教を広く布教する事が、何故「神々を喜ばせる事になる」のか? 前回までの流れを踏まえると、それは仏教サンガの比丘と言うものが『真のバラモン』としての『至上の(内なる)祭祀実行者』だったからに他ならない(後述)

出家した実子が遥かスリランカにまで遠征して仏教を伝道する。これ以上の『善業』はなく功徳はないだろう。だからこそ王子であるマヒンダが敢えて危険を冒して行くのだ。逆にいえば、実の子がそれをしなければ、アショーカ王の来世にはあまり意味はない事になる。 

ここにはアショーカ王が実践したような『生天する為の在家的な内なる祭祀としての善行』と、ブッダおよび出家比丘が実践した『解脱する為の内なる祭祀としての瞑想行』という対置がある。もちろん後者こそが、『内なる祭祀』の内でも至上のものだ(この点も後述)

私のポリシーとして、本ブログでは『あらゆるファンタジーをはぎ取る』と言う方針を堅持している。まずはブッダを神格化(妄信)しない。インド思想それ自体をも神格化しない。そしてアショカ王の様なある種の『偉人』をも神話化しない、という事だ。 

その為、いわゆる熱心な篤信の仏教徒の方がこのブログを読んだ場合、ある種の不快感を感じる事があるかも知れない。

対象の心の奥深くに分け入りながら、それを『客観』してプロファイリングする。これは私が大学で専攻した社会学、あるいは『文化人類学』的な視点や手法にも通じるもので、私はいわば「宇宙人ジョーンズ博士?」の視点に立って、2500年前から現代に至る『仏教』と呼ばれる人間の心的・社会的『生態』を俯瞰的に『観照・読解』する事を旨としている。

『信仰心』を前提にした探求は、どんなに客観性を標榜してもそれは『神学』に過ぎない。私が第一に興味があるのは仏教を『科学』する事であり、神学の上塗りをするつもりは毛頭ない。それはこの2500年間うんざりするほど繰り返されてきた『ものがたり』に過ぎないからだ。

(最近流行り?の『アップデート系』も所詮は『ものがたり』の『上書き』に過ぎない) 

では以下にアショーカ王碑文の原文を参照しながら、上の読み筋について、実際に逐次検討していきたいと思う。 

原文は、手元にあった

『日本山妙法寺刊・阿育王刻文 第4版 平成16年11月8日発行』PDF

より引用させていただく。上のリンクはPDF文書になっているので参照して欲しい。 

この小冊子は奥付にもあるように、インドで活躍する日蓮宗系の日本山妙法寺が、その宗祖藤井日達師の生誕100年を祝って発行したもので、アショーカ王の磨崖法勅のあるオリッサ州のダウリに、日本山がストゥーパを建立した法縁に基づいている。 

実際の日本語訳は、インド学の権威で中村元博士の師匠にもあたる宇井伯寿博士によるものなので、信頼性も高いと思われる。 

先にも指摘した通り、この法勅文は紀元前3世紀に生きたアショーカ王の生の肉声とも呼べるもので、インド学・仏教学的研究においてはきわめて高い資料的価値を有している。 

宇井先生の訳文が冊子に掲載された経緯(P31)を踏まえた上で、広く社会全体からアクセス可能な状態にする事が、公共の利益に資すると考え、ここにネット上に公開する次第だ。 

もし著作権者の方からクレーム等が寄せられた場合は、検討の上速やかに削除するのでご連絡ください。 

それでは前置きが長くなったが、以下に原文を見ていきたい。実際の冊子は奇数ページに英訳、偶数ページに日本語訳が併記されているので、ここではページ数は全て偶数になる。 

P6, 第一章

B,王の領土にあっては、いかなる生物と言えども、屠殺し犠牲に供してはならない。

C,また宴会をも催してはならない。 

ここで「B:屠殺・犠牲に供して」と言う時、訳文がその原意を忠実に反映していると仮定すると、その文章表現から、日常の食事における肉食よりもむしろバラモン祭官によって執り行われていたヴェーダの動物供儀祭を直接的に禁止していると読むのが妥当だろう。

またB段がC段にかかっているとすると、特に王宮における宴席のために、いわば奢侈な飽食のためにも動物を犠牲にしてはならない、という事が強調されている。 

この後段で、「現在王宮においてはただ3体の動物のみが宴会において屠殺されているのみだが、これもやがて完全に中止されるべき」だと述べている事から、アショーカ王の、動物屠殺・犠牲禁止への強い思いが感じられる。

この点は、前回までに紹介した動物供犠を中心とするバラモン祭式に対するブッダの激烈な批判精神を彷彿させるものがあり、恐らくその直接的な薫陶の結果だろう。 

そう考えると、ここにアショーカ王は、殺戮祭祀(あるいは一般的な殺生)に対するブッダの熱烈な批判とアヒンサー(不殺生)思想を、「国家政策として」宣布し施行した事になる。

P6, 第二章

A,天愛喜見王の領土内のあらゆる所に~(諸周辺国の)至る所、王によって二種の病院が建てられた。すなわち、人間に対する療院と、動物に対する療院である。 

その他、「薬草や食用植物などがない土地にはこれを植えさせた事、動物と人間のために井戸を掘り木を植えさせた事」などが語られ、全体に、医療を中心とした一切生類の福利厚生事業について、記録してある。 

その根底にあるのは、仏教に見られる『抜苦与楽』のすなわち『慈悲の功徳』の『政策的な実施』ではないかと思われる。 

P8, 第三章

D,父母、友人、知己、親族に従順であるのは善である。婆羅門、沙門に対する布施は善である。 

この章では、王国の各種監督官吏に対して法の教勅巡回が指示されているが、近親者に対する従順と並べて、婆羅門と沙門に対する布施が普及されるべき法として特記されている事に注目したい。 

ここでアショカ王が言う『善』とはイコール『法(ダルマ)』だと考えられるので、特に婆羅門と沙門に対する布施が、重要な法の徳目として普及されるべきだと考えられている事が分かる。

そしてもちろん、ここで言う『法』とは、ブッダによって説かれた『内なる正しい祭祀』の『法』を意味している(後述)。 

これは、現代テーラワーダ国において、比丘やサンガへの布施が称賛・推奨されている事に対応し、特に後で登場する『生天』の思想との関連を考えるべきだろう。 

P8, 第四章

A,過去何百年もの間、動物を殺し、生ある物を傷つけ、親族に非礼をなし、沙門、婆羅門に非礼をなすことが増長した。

B,しかし、今や天愛喜見王の法の実践の結果、鼓の音は、法の響きとなり、民衆に天の乗物、象、多くの花火、その他の天上の姿を示した。

C,また、天愛喜見王の法の教導によって、過去何百年もの間存在しなかった、動物を殺さず、生あるものを傷つけない事、親族に対する礼節、婆羅門、沙門に対する礼節、父母に対する従順、年長者に対する従順を守ることが増長した。 

過去何百年という時、どの地域の誰の施政下で起こった事であるかは不明だが、とにかく、アショーカ以前には乱れていた『ダルマ』が、彼の教導によって確実に回復していった事を誇らかに主張している。

ここで「動物を殺し、生ある物を傷つけ、親族に非礼をなし、沙門、婆羅門に非礼をなすことが増長した」という言葉は、前回詳述した

しかし、バラモン祭官たちが欲望に駆られ悪しき祭祀である殺戮の動物供犠を開始し推進した結果、悪神であるナムチ・マーラ・パーピマント達がその『悪しき力(Pāpmāの威力)』を増長させ、世界は不幸と混乱に陥る羽目となった。

悪魔 vs 梵天:「不死の門は開かれた!」 - 仏道修行のゼロポイント より

という流れと完全に重なり合っている、と私は見る。 

『~その他の天上の姿を示した』と言うのは、この文面を見る限りでは、ある種の国家的なイベントによって、様々な『天上の光景』が劇の様な形で大衆に示され、かつては進軍太鼓だったものがイベントにおける法鼓のBGMへと変わった、という事だろうか「インド史 2 」中村元選集 決定版 第六巻 参照)

だとすると、当時、彼らの社会では、天界がどのようになっているのかという、実際の風景が、かなり詳細にイメージされていたのだろう(ここでいう天界とは、あくまでも複数の神々が住まう『欲界』としての天界か)。 

ここでは、アショーカ王の治世下に如何に法の実践が進捗したか、そしてこれからも進められるかが誇らかに宣言されている。 

P10, 第四章

F,それだけでなく、天愛喜見王の諸皇子、諸皇孫、そして曾孫も、壊劫に至るまで、この法の実践を進め、自らも法と戒を守り、法を教勅するであろう。

J,この法勅は、次の目的のために、すなわち、わが子孫が、法の実践に専心し、怠慢にならないようにするために書かれた。 

ここで、ある意味驚くべきアショーカ王の本心が語られている。繰り返すが、これは実に驚くべき証言なのだ。 

これは後段でもたびたび出てくるのだが、この法勅が石と言う不朽な素材の上に深く刻まれたのは、まず第一に、彼の子孫たちが、この法の実践を怠けずに継続するよう命令するために、行われた、というのだ。 

『曾孫も、壊劫に至るまで~』と書かれている事から、これらの指示はアショカ王の死後にも、あるいは死後にこそ、かかっているのだと考えられ、それが『永遠に』続く事を念じている。 

ここで問題になってくるのが、いわゆる『回向』の思想だ。

前半部で私は、アショーカ王の『堕地獄の恐怖』を推定し、それを回避するために実子のマヒンダを出家させスリランカまで派遣するという善業が、父であるアショカ王に回向されその生天に寄与する事を指摘した。 

けれどこれは逆もまた真なりで、アショーカ王が如何に努力して法を普及し善を積んで天上界に生天しても、もしも彼の死後、その息子や子孫が悪業を積み重ねたなら、どうなるか、という事なのだ。 

それが『悪業の回向』となって、天にいるアショーカ王を地獄に引きずり下ろす可能性は考えられないだろうか。 

一般に、天界での寿命は人間の時間に換算すると十万百万単位から億年クラスまで、どちらにしても人間的な感覚ではほぼ『永遠』に近い。 

その永遠の極楽生活をせっかく積善によって獲得し享受しようと目論んでも、子孫の悪業によって速攻で引きずりおろされてはたまったものではない。 

仮にアショカ王の死後10年で、その子孫が悪徳に走ったとしよう。地上の10年は、おそらく天界の一日にも満たない『刹那』かも知れない。とにかくかの地の主観的な時間では文字通り『あっ』という間に、哀れ偉大なるアショーカ王は地上か、はたまた餓鬼畜生地獄界へ落とされてしまう事になる。 

おそらく、当時の輪廻思想には、そのようなメカニズムがすでに表明され広く社会に普及していた、あるいはどのような理由でか、アショーカ王の信仰として確立していた。 

だからこそ、彼はまず第一に、彼の子孫が悪業に流れないように命令したのだろう。いかなアショーカ大王と言えども、死後に現世の人間の行動まで管理する力はない。それゆえに、長くその姿をとどめる岩盤の上に、法勅を刻んだのだ。 

彼の「壊劫に至るまで」という言葉、つまり「世界の終わりに至るまで」この法が保たれるように、という誓願の背後には、子孫とその世界全体の幸福を願う、という点はもちろんなのだが、むしろアショーカ王自身の『天界生活の永遠』を願う本心、と言うものを視野に入れるべきだと個人的には思う。

このような仮説が正しいのなら、いわゆるアショーカ石柱についても、その建立動機について全く新しい視点が得られるかも知れない。 

しかし、自分の死後に、自身の堕地獄を阻止するために、その子孫の行動を律するべく法勅を刻む!このメンタリティは中々に理解しにくいものがある。

だが、アショーカ王の完全主義者としての性格、そして絶対王としての誇り、更に何よりも輪廻転生思想に基づいた堕地獄への恐怖、を想定すると、彼の心象のリアリティが深く理解できると私は判断している。 

アショーカ王の人生哲学、それは究極の『You happy, Me happy !』だったと言えるかも知れない。 

何を言っているか分かるだろうか? この言葉を聞いて思わず笑い出してしまった人はインド通だ。これは、現代に至る典型的なインド人の世界観と言っても良いだろう。

続く第五章には、法の実践など徳ある行為をなす事が、いかに難しいか、そして、その難しい行為を、自分がいかに多く為したかを誇り、その上で、

P10, 第五章

E,従って、朕の皇子、皇孫、そして壊劫に至る迄の子孫で、朕に倣って、この義務に従う者は善事をなす也。
F,この義務の一部でも怠る者は、悪事をなす者である。
G,実に、悪事は為し易し。 

と、ここでも自分の子孫』に対して、厳しく戒めている。 

その後は、法大官と呼ばれる官職の設置について触れ、一切衆生の為に法を確立し、法に専心する彼らの心得について説いている。 

そして最後に、 

P12,

O,この法勅は、かかる目的のために、すなわち、これによって久住せしめ、そして、朕の諸の子孫が、朕に倣ってかくの如く、行ぜんが為に刻せられた。 

と記し、ここでもやはり、この法勅文が何よりも彼の子孫』への命令である事が強調されている。

私の読み筋が正しければ、上の「久住せしめ」という文言は、地上の楽園に大衆が久住する、と同時に、やはり最高天の極楽生活にアショーカ王自身が久住したい、という願望を表しているのだろう。

もちろん彼の論理に従って善政を布き続けた彼の子孫もまた、彼の後を追って天界の極楽生活を享受するだろう事がここには含意されているのだが。 

第六章は、アショーカ王自身の政務について語り、いついかなる時でも、民衆に関する政務の必要があった時は、上奏官は直ちにこれを報告し、彼もまた政務の裁可を下すであろうことが述べられている。 

彼の態度は、世界に対して基本的に極めて『献身的』だ。

彼は自らの政務の至らなさ、不十分さを常に感じており、 

P14, 第六章

I,朕は、万人の福利の増進が義務であると考えるからである。
K,実に万人の福利の増進以上に重要な義務はないからである。 

と、万人=一切衆生の幸せの増進こそが、自分の義務である事を強調し、 

L,従って、朕がいかなる努力をなすとも、これは朕が、すべての生ある者に負う債務を返還し、生ある者に現世において安楽を得させ、来世において、天に達せしめようとするためである。

その義務とは、自分が生ある者に負う債務であり、それを返し、生ある者に現世の安楽と来世の生天を与える事が自分の願いである、と語っていく。 

ここで初めて、具体的に来世の生天について、まずは一切衆生にそれを与えたいという形で述べられている。もちろん、その核心にあるのは、私の分析では『自分』に他ならないのだが。 

最後に、 

M,この法勅は、以上の目的のため、即ちこれを恒久に保ち、朕の皇子、皇孫が、万人の福利のために、等しく努力せしめんが為に、刻された。 

と記し、その実現が如何に最上の努力なしには達成困難であるかを戒めている。ここでも、問題の焦点は自分の子孫、にある訳だ。 

第七章では、全ての宗教宗派の等しい繁栄を望み、その理由として、 

P14, 第七章

B,彼等はすべて、克己と心の清浄を願うからである。
E,たとえ、広大なる布施をなすとも、人若し、克己と心の清浄を保たなければ、全くの賎人である。

と戒めている。 

という事は、彼自身は克己と心の清浄を保っている、と自負していた、あるいは少なくともそれを理想としていた事がうかがわれる。 

心の清浄と言うと、ウパニシャッド的なブラフマン思想における『清浄』や、ブッダゴーサのヴィシュディ・マッガなどを私は連想するが、アショーカ王がここで言う所の『清浄』が、果たしてブッダの瞑想法によって達成されるような『清浄』なのか、あるいは一般論としての心の美しさなのかは、分からない。 

この「すべての宗教宗派が願っている克己と心の清浄」が仏道修行やその他の実践によって体現されるような解脱や涅槃を理想とするイメージである可能性もまた否定はできないが。

第八章では、自分以前の諸王が、狩猟(つまり殺生)を含むいわゆる遊興の旅行にうつつを抜かしていた事を指摘し、 

第八章

C,しかし、天愛喜見王、即位十年にして、三菩提に行った。
D,これより、法巡礼が起こった。
E,この際、沙門、婆羅門を訪問し、布施を行い、又、各地方の民衆を引見し、法の教勅をなして、これに適せる法の試問をなす事が行われる。
F,以来、これが天愛喜見王の治世の、後期における、享楽となる。

と記している。 

Bの三菩提とはSambodhiで、中村元博士によれば、これはブッダガヤの菩提樹を巡礼した事を意味するという。つまり、ここで明確に、仏教徒としてのアショーカ王アイデンティティが、彼自身の口から証言された訳だ。 

彼の仏教徒としての自覚とその思想とは、一体どのようなものだったのだろうか? 

ここまでを見ると、沙門、婆羅門などの聖者を崇め、その教えに従って、わがままな欲望に自堕落に耽溺するのではなく、そのような欲望を制し、特に不殺生を重んじて、他者のため、世界の為に身を粉にして働く事を、彼自身が理想の王と考えていた事が推測できる。

その背後にある詳細な心象は、第九章以降に次第に明らかになっていく。 

第九章では、人々は様々な折に様々な祈願の儀式を行うが、それらは多くが迷信であり益のないものである事が指摘される。 

P16, 第九章

B,人々は、病気の際、娶りと嫁入りの際、子女の誕生の際、又、旅行の出発に際して、様々な祈願を行う。男子もかかる際、又、他のこの種の場合にも多くの儀式を行う。
C,しかし、婦女子は、特にこのような際、多くの迷信と無意味な儀式を行う。
D,儀式は確かに、行うべきではあるが、
E,しかし、このような儀式には、ほとんど実り少ない
F,これに反して、すなわち法の実践は、多くの実りをもたらす。 

と、指摘している。ここで言う『儀式』とはブッダが批判して已まなかった動物供犠を伴うバラモン祭式や、あるいはアタルヴァ・ヴェーダ等の卑俗な占いや呪式を意味するのだろう。

この辺りは、初期パーリ経典におけるブッダの合理主義を彷彿とさせる。この章を見るとアショーカ王もまた、徹底した合理主義者であり、同時に徹底した功利主義者であった事がよく分かるだろう。

しかし女性の迷信深さと言うのは、現代女性の占い好きにも通じて、万古不変の普遍的ネイチャーなのだなー、と私はつくづく感じ入った(笑) 

現代インドでも、プージャに熱心なのは男性より遥かに女性の方が多いと言われる。儀式好き、祈願好きな女どもに舌打ちしているアショーカ王の姿が目に見えるようだ。

ここで注目すべきは、アショカ王『実り』の有る無し、もしくはその多寡、と言う基準において、『儀式』と法の実践を対置している事だろう。

この儀式をバラモン祭官によって執り行われる『祭式・祭祀・供犠祭』と読むと、その代替となる真に『実り(功徳)』のある『内なる祭祀(祭式)』としての『法の実践』という心象が浮かび上がって来る。

この事は、中村元選集における別訳を参照すると、実はひと際明瞭に把握される。

同文、第九章

人々は病気の際、娶りまた嫁ぐ際、子女の誕生の際、または旅行の門出において種々の祈願を行う。

こういう場合に男も種々の祈願をなし、こういう場合に女もまた多くの種々の些細で無意味な祈願を行う。

こういう祈願は実にこれを行わなければならないものであるが、しかしただ少しの果報をもたらすに過ぎない。

これに反してかの「法の祈願(Dhamma-mangala)」というものはすべて大きな果報をもたらす。

この中には次の事、すなわち奴僕および雇人に対する正しい取り扱い、師に対する尊崇、生類に対する節制、シャモン・バラモンに対する施与を含む。

これら並びにそのたのこのような種類のことを「法の祈願」と称するのである。

「インド史 2 」中村元選集 決定版 第六巻 P631より

宇井訳と中村訳を対照すると、前者で『法の実践』とされていたものが、後者では『法の祈願』なっており、『実り』と訳されたものが『果報』になっている。

再び宇井訳の続きに戻ろう。

G,~奴隷および従僕に対する正しい取り扱い。年長者に対する敬意、動物に対する慈悲、沙門、婆羅門に対する布施(を含む)善行を、法の実践(中村訳では『祈願』、以下同)と呼ぶ。
F,(故に全ての人が)言うべきである。「これは善である。この実践祈願は、その目的が達成されるまで、なされねばならない。」と。

(また布施は善であると言われてきたが、)

J,しかし、法の布施、又、法恩程の、布施も報恩も存在しない。
K,故に、朋友、親族、及び同僚は、互いにそれぞれの機会に、「これは為すべきである。これは善である。この実践祈願によって、天に達する事が可能となる。」と教戒し合うべきである。 

と語る。この『祈願』という実践が、生天という『果報』を目的としている以上、それは宗教的な『祈願』であり、すなわち『代替の祭祀』であるという事は見やすいだろう。

続けて最後に、アショーカ王は次の様な信仰告白に至る。 

L,なぜならば、このこと、すなわち、天に達する以上のものに、価するものはないからである。

私はこの文章を最初に読んだ時には、ある種の衝撃を禁じえなかった。ここには明確に、人間にとって最高の幸せとは、死後に天界に転生する事である」、と、アショーカ王の肉声として断言されているからだ。

これは、間違いなく、最初期の時代からやや遅れて成立したと言われるパーリ経典に多出する天界や地獄界などへの輪廻転生説に対応するものだろう。 

法の布施が最大の善業であり功徳であり、それが生天をもたらすからこそ、彼はこれほど熱心に法の実践という『祈願』を促していたと考えるとつじつまが合う。

最初にE、Fで言及していた『実り』とは、正に死後の天界への再生という『果報(中村訳)だったのだ。先の文脈に従えば、理想の法王を自ら体現・実践する事それ自体が、すなわち神々を喜ばせる為の供物であり『内なる祭祀』であった、と言う事であり、その祭祀の果報として期待されるものこそが、至上価値としての『生天』に他ならない。

自身がダルマ・ラージャ(法の王)に徹する事によって、その生天は揺るぎないものになる。何故なら、史上最高の王による史上最高の法施・法恩は、史上最大の功徳となって、史上最高の生天位を保証するだろうからだ。 

他者の幸せを語りつつ、その本心は『自己の生天』にある、というこの視点を失ってはならない。もちろん、その背後には、以下に見るように、かのカリンガ戦数十万人虐殺の悪行がある事は言うまでもない。

また上の断言を見る限り、彼にとって『輪廻からの解脱』は、その人生哲学の中では何ほどの価値も持ち得ていなかったことになる。 

P20, 第13章 シャーバーズガリー 

A:天愛喜見王、即位8年にして、カリンガ国を征服した。その地より、捕虜として移送されたもの15万、殺されたもの10万、又、その幾倍もの人々が死亡した。 

B:それより以来、今は、カリンガ国はすでに征服され、天愛は熱心に法の遵奉、法に対する愛慕、及び法の教導を行う。 

C:これすなわち、カリンガ国を征服したことに対する、天愛の呵責の念である。なぜならば、独立国が武力で征服された場合、殺戮、死亡、又、人々の強制移送があり、これを天愛はすべて苦痛と感じ、又、悲痛と思う故である。 

D:しかし、天愛はこれよりも、一層悲痛であると感じる事は、そこに住する婆羅門、沙門、又は他の宗派の者、或いは、在家者で、その中に年長者、父母に対する従順、朋友、同僚、親族、従僕、家来に対する正しい取り扱い、堅固な誠信で自己を確立した者もあるが、その際、彼らが、災害、殺戮を蒙り、或いは愛する者との離別の苦しみに会った事である。 

E:或いはまた、その人々自身は安全が保たれたとしても、彼らの愛情を抱く朋友、知己、同僚、親族が師別の不幸に陥ることにより、これらが又、彼らの苦悩となる。 

F:このようにこれらの不幸は、万人が蒙るものであるが、又、天愛の酷く悲痛と感じるところでもある。そこには、ヨーナ人(ギリシャ人)の間を除いて、婆羅門、沙門なる階層の存在せぬ国はなく、いずれの国に於いてもいずれかの宗派に対する信仰の存在せぬ所はない。 

G:それゆえ、カリンガ国で為された、負傷、殺害、移送された数の、百分の一、千分の一に対しても、今や天愛は、これを悲痛と感じる。 

H:それのみならず、たとえ余人が、朕に害意を抱くとも、許せ得るものならば、天愛はこれを許すべきと考える。 

I:そして又、天愛の支配下に入った、林住種族をも、朕の生活様式と、思想へと導こうと努める。 

J:又、彼らが、自らの罪を怖け、刑死されぬ様に、たとえ天愛の悔恨になろうとも、天愛の有する権力において、彼らに告知される。 

K:実に天愛は、一切の生ある物に危害のない様、克己あり、公平にして、柔和なるを願うものである。 

L:そして、ダルマーヴィジャヤ・法による勝利なるものを、天愛は考究する。朕の領土内のみならず、600由旬に至るまでの、全ての諸隣邦民族においてもである。(以下、西はギリシャ諸国から、南はチョーラ・パンディヤなど南インド諸国を挙げ) 

M:(その他、領土内の諸民族名を挙げ)いたる所、人々は、天愛の法の法勅に従順しつつある。 

O:この様に、至る所で得られた勝利は、至る所で慈愛の感情を生みだしている。慈愛は、法による勝利により得られる。その愛は、今は僅かなものであれ、天愛は、それが後世において、大果報を生むと思う。 

P:この法勅は、次の目的の為に書かれた。即ち、朕の諸皇子、諸皇孫が、新たな征服をなすべきと、考えぬ様に、また、もし勝利が自然に得られようとも、寛容と刑罰の軽微さを持つ様、そして、法による征服のみを、真の勝利也と考えるようにである。

この法による勝利は、現世と、来世に渡ってなされる。そして又、他の全ての目的を捨て、法に対する悦楽を、すべての人々の喜悦とせよ。それもまた、現世と来世に渡ってなされる。

以上、長々とほぼ全文を引用したが、この13章には非常に重要な証言がいくつも含まれている。 

第一には、カリンガ戦の惨禍についてのアショーカ王の深く激しい悔恨がまざまざと描写されている事だ。 

今までの流れを見ると、アショーカ王は死後の生天を何よりも重要な人間の幸福と位置付けていた。それはその対極として、死後の堕地獄を何よりも恐れる、と言う思想とセットとなっていると考える必要がある。 

パーリ語経典を見ると、すでにこの時代前後には、五道輪廻からやがては六道輪廻に至る輪廻転生の世界観が、明瞭に示されている。 

つまり、法勅に書かれた死後の生天思想の裏返しとして、たとえそこに書かれていなくとも、堕地獄の恐怖が彼の心の中にはリアルに存在していたと読み込むべきなのだ。 

この堕地獄への恐怖については、カリンガ戦役によって死者数十万を数えた事を彼が深く悔悟している事実の裏に当然想定されるが、それを更に鮮明に表しているのが、婆羅門・沙門に関する彼の言及だ。 

バラモン・ヒンドゥ教と仏教という本来は対立する二つの宗教には、二つの共通項が存在する。 

それはそれぞれの聖者、バラモン教ならばバラモン司祭、仏教であればサンガの比丘を信仰し供養する事によって、死後の善趣(良い再生の境涯)が約束されている、と言う点。

そしてその裏返しとして、これらの聖者に危害を加えたり、或いは最悪殺したりする事を最大の悪業と位置付け、究極の堕地獄を保証している点だ。 

D節を注意深く読み説けば、そこには、この聖者、すなわち、『ダルマ』を教導する者に危害を加えた事を、何よりも深く悔悟し、更にこれら聖者による教え(ダルマ)に従って生きる善き信仰者に危害を加えた点を、悔悟している。 

ここで、焦点になるのが、ダルマ、と言う言葉だ。これは本来『(何かを)支える』と言う意味から派生し、人倫の法律、正義(善)、義務、真理の法、などを指し示す、とても幅広い意味をもった言葉だという。 

アショーカ王の法勅を読んでいくと、これら幅広い意味合いを全て含んだ人間にとって至上価値としての『ダルマ』を推進する事こそが、来世の善趣を約束する功徳である事が分かる。 

このダルマ、極めて抽象度の高いものに見えるが、当事者にとっては決してそうではなかった。私の見た所、そのような人間にとって至上価値をもったダルマを実践し体現する事、それ自体が『祭祀の法』という概念と表裏一体の関係にあった。

そのような『祭祀の法』を司る聖職者に対して危害を加える事は最大の悪業であり、一般人民を殺戮する事よりも遥かに重大な堕地獄の定めをもたらしたはずだ。 何故なら、彼らは儀式(祭式)や瞑想と言う異なった方途によって、それぞれ天の神々と繋がっているからだ。

この聖者殺害(危害)による堕地獄の恐怖は、直接触れられてはいないが、このD節の『天愛はこれよりも、一層悲痛であると感じる事は~』という出だし部分に、鮮明に表れていると考えられる。 

もちろん、被害者にとって悲痛である、と同時に、何よりも加害者であるアショカ本人にとって悲痛(堕地獄をもたらす痛恨の失点)であった、と言う視点を失うべきではないだろう。

概観すると、アショーカ王の心象風景とは、五道六道の輪廻転生世界観を大前提として、その中で犯してしまった人民殺戮の大悪業、そして何よりも、ダルマを推進する沙門・婆羅門に対する危害・殺害という極悪業に対する懺悔・悔悟を一大動機として、自らの堕地獄を生天へと大逆転を図るために、徹底的に『ダルマの祈願』という『祭祀』に徹するという決意ではなかったかと推測できる。 

それは、挙国一致して『善』と『法』という『内なる祭祀』を推進する事に拠って神々を喜ばせ、(あくまでも自分を筆頭に)全国民挙げて天界へと転生しよう、という壮大なキャンペーンだった。

大地の主となってしまったアショーカ王にとって、その支配下・影響下にある全ての人民は、わが子も同然だった。インド世界における『最高責任者』はアショーカ王なのだから。

当然、彼ら人民が善業をなせば、それは責任者であり父であるアショーカ王に回向される。逆に彼らが悪業にふければ、それは悪徳の回向になりかねない。 

全ての人民が、一致団結して『ダルマ』を推進する事によって、自身を始め全ての人民が生天の果報に恵まれ幸せになれる。けれど自分の幸せを前面に出したら差しさわりがあるから、『お前たちの為に』を前面に出して語りかけたという訳だ。 

正にインド的な究極の『You Happy, Me Happy !』の世界ではないだろうか? 

こう書いたからと言って、私がアショーカ王を貶している、と捉えて欲しくはない。ある意味彼は、現代の諸政治家・権力者よりも遥かに高い理念を掲げた有能な支配者だったからだ。 

けれども、その背後にある彼の『利己』と言う動機を失念し、いたずらに彼を絶対視し理想化する事もまた避けなければならないだろう。 

マウリア朝の初代チャンドラ・グプタが、マガダ地方の周辺から兵を起こし、当時の支配者ナンダ朝を倒して一気にインド世界の覇者になり得たのは、その宰相であるカウティリアの力によるものが大きかったと言われている。 

このカウテイリアは著書『アルタ・シャストラ(実理論)』で知られ、インドのマキャベリと言う異名を得ている様に、徹底した功利主義者だったらしい。 

おそらくアショーカ王は、このマウリア朝の伝統である徹底した功利主義の忠実な徒であった。彼の諸事業の多くが、祖父チャンドラグプタの路線を継承・発展させたものである事がそれを証明している。 

その功利主義が、輪廻転生的な心象と価値観の中で仏教の薫陶を受け、十全に発揮されたのが、そのダルマ・ヴィジャヤ(法の勝利)の方針であったと考えれば、全ての辻褄が合う気がするのだが、いかがだろうか。

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仏教にはアショカ王が信奉していたような『輪廻転生・生天教』としての側面と、出家比丘が邁進するべき『輪廻からの解脱教』という二つの全く相容れない両極端な側面が存在する。

このどちらもが無理なく並立・共存していなければ、在家信者による供養で成り立つ出家比丘の修行生活と言う『システム』は成り立ちえなかっただろう。

その事とも関連して問題になるのが、何故、人々の請願を神々に届け成就させる為の祭祀を執り行うバラモン司祭たちと、瞑想修行に専念して解脱を目指している出家比丘(沙門)たちが、アショカ王によって同列に扱われているのか、という点だ。

両者はまったく違う文脈に属し、違う事柄を実践しているのではないのだろうか?

そもそも第一に、何故自らの心の安らぎ(涅槃・解脱)に到達し、あるいはそれを目指しているだけの、ある意味『利己的』な出家比丘が『他者から供養されるにふさわしい者(アラハン)』として、在家者たちに受け入れられたのだろうか?

在家者にとって、出家比丘に供養する『意味』とその『効果』とは、一体、何に根拠を置いていたと言うのだろうか?

この疑問点を解読する為にカギとなる概念、それがこれまでも繰り返し言及してきた『内なる祭祀(祭式)』だ。そしてこの『内なる祭祀』と言うイデアと、ブッダが自らの実践を『真のバラモンの道』と称揚した事実との間には深い相関がある。

輪廻転生世界観の中で神々とつながり、現世や来世の運命を支配する『システム』の中心にいてそのプロセスを仲介するのは、ブッダ以前にはバラモン祭官なる『外的儀式という祭祀実行者』だった。

分かり易く言うと、彼らバラモン祭官は、祭主の請願を成就する為にアウトソーシングされた祭祀代行者』であった、と言えるだろう。

しかし、ウパニシャッド的求道者達の中から、その様なバラモンの祭祀が持つ効力と言うものが、主として唯一至高の絶対者ブラフマン概念と重ねあわされた『輪廻からの解脱』という価値観において、批判的に検証され始めた。

そして絶対者ブラフマンと言う『至高の一者』につながり、その世界に迎え入れられ合一し、もって『苦なる世界』から『解脱』する為の『内なる代替祭祀』として、苦行やオウムの単一念誦など様々なオルタナティブな実践行が模索されていった。

そのような流れの中で、インダスの昔より存在したインド先住民伝統の『坐の瞑想(アーサナ)』がそのオルタナティブの有力な一角として台頭し、苦行やオームの念誦とも融合しつつ、『ウパーサナの坐法』として実践され始める。

このブラフマン神と言う唯一至高者を対象とした内なる祭祀としてのウパーサナ坐法=『坐の瞑想法』は、やがてアーラーラ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタなどに象徴される様な先達たちによって洗練され進化していったが、未だ決定打と呼べるものでは無かった。

そこに登場したのが、ゴータマ・ブッダだった。彼は当時世上に溢れていた様々な『ブラフマンの解脱境に至る為の行法』をことごとく実践した上で、その欠点や不足を明らめ補い、『真にブラフマンの解脱境に至る坐の瞑想という内なる祭祀』を完成させ自らそこに至った

彼に率いられた比丘サンガとは、バラモン祭官の執り行う外的な祭祀という『貪欲に囚われた旧態の悪法』にとって代わる『ブラフマンの解脱境に至る為の坐の瞑想という内なる祭祀実行者』であり、もちろんブッダの視点から見れば自身の実践こそが『真正・最上の祭祀』に他ならず、だからこそ彼は『真のバラモン』を自称し、既存バラモンの『悪法』を駆逐する為に、『開教』へと立ち上がったのだ。

彼は発心した求道者・出家者に対しては自らが実践・体現した 『ブラフマンの解脱境に至る為の坐の瞑想という内なる祭祀』を指導し、一方で在俗信者たちには出家者に供養しその行道をサポートする事の功徳を説くと同時に、彼らに『祭祀の内製化』を迫った。

つまり既存のバラモン祭官にこれまで『アウトソーシング』されていた祭祀実践を、自らの責任と『生き様』において『内製化』し、主体的に『善き人として生きる事』が在家にとって神々を喜ばせる真実の祭祀であり、生天と言う果報をもたらす事を説いたのだ。

このような『個々人の中に内製化された主体的な祭祀』こそが、アショカ王の邁進した『善と法の実践・祈願』に他ならない。彼が実践した『世界を幸福にする為の善なる行為』は、(見返りとしての生天を期待しつつ)、その全てが神々を喜ばせる『供物』として捧げられたのだ。

(これは遥か後世のヴィヴェーカーナンダが説いたカルマ・ヨーガの原像とも言える)

その背後には、「動物を残酷に殺戮し犠牲にしその肉を貪り食うような野蛮なバラモン祭式によって、神々が喜び、人々の願いを聞き入れるなどと言う事が、どのような理によってあり得るのだろうか?」というブッダの批判と、それに共鳴する時代の機運が確かにあった。

アショカ碑文の第九章には、ギルナールやカールシーで発見された異文がある。その中には次のようなとても印象深い一節が存在する。

ギルナール碑文(第九章異文)

「これは善である。この目的を達成するまで、この祈願の儀式が実行されなければならない」

「施与は善である。しかし、法の施与または法の恩恵のような優れた施与や恩恵は存在しない。ゆえに朋友、または親友、または親族、または同僚によってそれぞれの機会ごとに〔次のように〕教え諭されなければならない。

『これは実行されなければならない。これはである。これによって天に到達する事ができる』と。

実に天に到達することよりも以上に、為すべき事があるだろうか?

「インド史 2 」中村元選集 決定版 第六巻 P632より

上の『祈願の儀式の原語は確認できておらず、またそれが具体的にどこにかかっているかは明瞭ではないが、ここで『善』あるいは『法』と呼ばれている事の実践と普及それ自体こそが『生天という目的(実り・果報)を叶えるための祈願の儀式』であると捉えれば、それはまさしく『内製化された祭祀(祭式)』そのものではなかっただろうか。

 

善と法の実践・祈願=祈願の儀式=内製化された祭祀(祭式)

 

この生天を目的とした在俗信者による

『個々人の中に【内製化】された主体的な祭祀としての《善の実践・祈願》』

と、

解脱を目的とした出家比丘による

『真正・最上の【内なる】祭祀としての《瞑想実践行》』

という仏教の両輪がどのような構造の中に位置づけられているかは、長部経典第五経:クータダンタ・スッタにおいてつまびらかに明示されている。

次回はその主要部分を引用しながら、ブッダの真意について更に迫っていきたい。

 

本投稿は先行するYahooブログ「脳と心とブッダの覚り」のアショカ王の回心アショカ王の回心2アショカ王法勅を読むアショカ王法勅を読む2『輪廻転生教』としての仏教、という視点 を大幅に加筆修正の上統合したものです

 

(記事内容については、投稿後一週間くらいはその細部を地味に加筆・修正する可能性があります)

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善の要望があれば、真摯に受け止め適切に対応させていただきます

§ § §

 

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悪魔 vs 梵天:「不死の門は開かれた!」

前回の投稿では、その最後に「スッタニパータ :第二 小なる章・7バラモンにふさわしい事」の全文を引用し、また「長部・三明経」や「ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド」の当該部位をそれに重ね合わせ、その特徴的な心象世界について分け入っていった。

そこであぶり出されたのが、悪しきバラモン祭官が狂奔し耽溺する『享楽』と『欲望』、およびそれらに対する飽く事なき『執着』であり、それらに駆り立てられて彼らが執り行う、動物の犠牲を伴った『悪しき祭祀』であった。

面白いことにブッダは、これら貪欲なバラモン祭官によって行われる動物供犠を伴った悪しき祭祀の結果として人倫は乱れ、それまでにはなかった病が蔓延し、世界がより不幸になったと非難している。

彼はバラモンが行う祭祀行為が持つこの世界に対する『威力』を決して否定してはいない。むしろ善き祭祀が世界を善く整え、悪しき祭祀が世界を悪しく堕とす、として、善きにつけ悪しきにつけ積極的にその『効力』を是認しており、だからこそ、それら『悪しき祭祀』とその執行者を、社会の命運と絡めて弾劾しているのだ。

そこで私は、最後にこのように書いている。

祭祀とは超越的な威力を持つ神々をその式次第によって喜ばせて、その返礼(恩寵)として善き結果がもたらされる事を期待するものであり、もし悪しき祭祀の結果、世界に悪しき影響が降りるのならば、そこには悪しき祭祀を捧げられて喜び、返礼として悪しき果報をもたらす『悪しき威力』が想定されなければならない。

もしそんな者がいるとしたら、それは悪法である悪しき祭祀を喜び、悪徳を喜び、それによって威力を増し、ますます世界を悪に染め上げて破滅に導いていく、全き悪魔のような神格だろう(イメージとしては黒魔術)。

そしてもちろん、パーリ経典にはそのような『悪の権化』が登場している。それこそがパーピマントやナムチ、あるいはマーラやカンハ(黒魔)と呼ばれる『悪魔』たちに他ならない。

『四梵住』とブラフマ・チャリヤ【後編】 - 仏道修行のゼロポイントより

この辺りは若干の説明が必要かもしれない。例えばキリスト教などでは、全能の唯一神がおり、人間が善き行為を行えばよい果報、例えば「死後の天国」などを与え、悪いことをすれば罰を与える。一方で、悪魔と呼ばれる『堕天使』がおり、世界や人々を悪に染めようと企んでいる。

一方でインド教における神々と言うのは、基本的に善神悪神に分かれており、祭祀を含め人間が悪しき行為をなすと、それに対して善神が罰を与える、と言う考えは非常に希薄で、むしろ悪行為に対しては悪神が喜び、その力を増長させ、この世界に悪しき果報を与える、という形をとる。

そして、これは最も重要な点なのだが、プラーナや叙事詩などの神話を見ると、善なる神々と言うものは、基本的には主体的(能動的)影響力をこの現象世界に対しては持っておらず、ひとえに人間によって執り行われる祭祀や苦行などによってはじめて、『受動的に』その力を増し、この現象世界に威力を発揮できる、と言う事らしいのだ。

この点は悪神についてもまたしかり。つまり、天界には善神と悪神が常に拮抗・対立関係にあって張り合っているが、それらの勢力図の均衡は、多分に人間が執り行う祭祀などの効力にかかっている。

人間が善き祭祀をすれば、善神がその力を増長させ、善なる力を行使して、世界は幸せになる。しかし逆に間違った悪しき祭祀をすれば、悪神がそれを喜びその力を増長させ、世界に不幸をもたらすのだ。

このようなインド教世界における善神と悪神の対立・拮抗構造と、そこで占める『祭祀』行為が持つ必須的役割を理解して初めて、仏典の中の『様々な文脈』が持つその『真意』というものが明らかになる。

具体的には、それは仏典においてしばしば登場する、梵天を最上首とした神々と『悪魔』との関係性、及びそれぞれの『存在意義』だ。

それはブッダが悟りを開く前後における、悪魔と梵天神の登場の仕方とその『役割』の中に典型的に現れている、それぞれの『立ち位置』の対称性を以下に見て行こう。

まずはブッダブッダガヤの森(ネーランジャラー河の畔)で苦行に専念していた時に現われた悪魔(ナムチ)とブッダとの対話だ。

二、つとめはげむこと

425 ネーランジャラー河の畔にあって、安穏を得るために、つとめはげみ専心し、努力して瞑想していたわたくしに、

426 悪魔ナムチはいたわりの言葉を発しつつ近づいて来て、言った、「あなたは痩せてして、顔色も悪い。あなたの死が近づいた。

427 あなたが死なないで生きられる見込は、千に一つの割合だ。きみよ、生きよ。生きたほうがよい。命があってこそ諸々の善行をなす事もできるのだ。

428 あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。(苦行に)つとめはげんだところで、何になろう。

429 つとめはげむ道は、行きがたく、行いがたく、達しがたい」と。この詩を唱えて、悪魔は目覚めた人の側に立った。

430 かの悪魔がこのように語ったときに、ブッダは次のように告げた。
「怠け者の親族よ、悪しき者よ。汝は(世間の)善業を求めてここに来たのだが、

431 わたしにはその(世間の)善業を求める必要は微塵もない。悪魔は善業の功徳を求める人々にこそ語るがよい。

432 わたしには信念があり、努力があり、また知慧がある。このように専心しているわたしくしに、汝はどうして生命を保つことを尋ねるのか?

433 (はげみから起る)この風は、河水の流れも涸らすであろう。ひたすら専心しているわが身の血がどうして涸渇しないであろうか。

434 (身体の)血が涸れたならば、胆汁も痰も涸れるであろう。肉が落ちると、心はますます澄んでくる。わが念いと智慧と統一した心とはますます安立するに至る。

435 わたしはこのように安住し、最大の苦痛をうけているのであるから、わが心は諸々の欲望をかえりみる事がない。見よ、心身の清らかなことを。

436 汝の第一の軍隊は欲望であり、第二の軍隊は嫌悪であり、第三の軍隊は飢渇であり、第四の軍隊は妄執といわれる。

437 汝の第五の軍隊はものうさ、睡眠であり、第六の軍隊は恐怖といわれる。汝の第七の軍隊は疑惑であり、汝の第八の軍隊はみせかけと強情とである。

438 誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉と、また自己をほめたたえて他人を軽蔑することとはー

439 ナムチよ、これらは汝の軍勢である。黒き魔(Kanha)の攻撃軍である。勇者でなければ、かれにうち勝つことができない。(勇者は)うち勝って楽しみを得る。

440 このわたくしがムンジャ草を口にくわえるだろうか?(敵に降参してしまうだろうか?)この世における生は厭わしいかな。わたくしは、敗れて生きるよりは、戦って死ぬほうがましだ。

441 或る修行者たち・バラモンどもは、この(汝の軍隊)のうちに埋没してしまって、姿が見えない。そうして徳行ある人々の行く道をも知っていない。

442 軍勢が四方を包囲し、悪魔が象に乗ったのを見たからには、わたくしは立ち迎えてかれらと戦おう。わたくしをこの場所から退けることなかれ。

443 神々も世間の人々も汝の軍勢を破り得ないが、わたくしは智慧の力で汝の軍勢をうち破る。あたかも焼いてない生の土鉢を石で砕くように。

444 みずから思いを制し、よく念い(注意)を確立し、国から国へと遍歴しよう。──教えを聞く人々をひろく導きながら。

445 かれらは、無欲となったわたくしの教えを実行しつつ、怠ることなく、専心している。そこに行けば憂えることのない境地に、かれは赴くであろう」

446 (悪魔は言った)、
「われは七年間も尊師(ブッダ)に、一歩一歩ごとにつきまとうていた。しかもよく気をつけている正覚者には、には、つけこむ隙をみつけることができなかった。

447 烏が脂肪の色をした岩石の周囲をめぐって『ここに柔かいものが見つかるだろうか? 味のよいものがあるだろうか?』といって飛び廻ったようなものである。

448 そこに美味が見つからなかったので、烏はそこから飛び去った。岩石に近づいたその烏のように、われらは厭いてゴータマ(ブッダ)を捨て去る」

449 悲しみにうちしおれた悪魔の脇から、琵琶がパタッと落ちた。ついで、かの夜叉は意気消沈してそこに消え失せた。

(文中、苦行に邁進している沙門ゴータマがブッダと称されているが、これは悟りを開く以前、すなわちブッダになる以前の苦行時代の事を、後世の視点で表記した事からの混乱だと思われる。この時点で、彼はいち苦行者でありブッダにはなっていない。

しかし後半部では、ブッダになって以降の自らの布教と仏弟子たちの展望について語っており、時系列が混在している)

 ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 より

ここでは、断食などの激しい苦行に邁進するブッダ(苦行時代のゴータマ、以下同)に対して、悪魔が来てこう言っている。

 「(428) あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる」

 これは前回までに登場した三ヴェーダを修めた伝統的な祭官バラモンの営為について語っており、ここで『聖火に供物を捧げて』という時の供物とは、恐らくブッダが批判して已まない『動物犠牲』を意味するのだろう。

つまり悪魔は、その時代に広く行われていたバラモン祭官の供犠祭という実践こそが、唯一功徳を積む事が出来る正しい『祭祀』であり、苦行には(祭祀として)意味がない、と言っている。

ここに伝統的な供犠祭祀と苦行と言うものが、共に『功徳を積むために』という文脈で語られ、悪魔の立場から見て供犠祭祀には意味があるが、ブッダの行っている苦行には意味がない、と言っている。

この文脈が成り立つためには、苦行と言うものが、ある種の『代替祭祀法』であり、動物供犠祭に取って代わるオルタナティブな『内なる祭祀』としてまず登場した歴史があるのだが、ここでは深入りしない。

とにかく悪魔は、ブッダの実践する『苦行』は「功徳を積むためには意味がない」と言って、その中止を勧めている。

一方それに対してブッダが何と返答したかと言うと、

「(430)怠け者の親族よ、悪しき者よ。汝は(世間の)善業を求めてここに来たのだが、(431)わたしにはその(世間の)善業を求める必要は微塵もない。悪魔は善業の功徳を求める人々にこそ語るがよい」

となっている。ここで注意すべきは、『善業』という肯定的な表現ではあるが、(世間)という括弧がついている様にそれは、いわゆる妻帯する世俗人であるバラモン祭官が執り行う供犠祭とそれに従って期待される『欲望の充足』であって、苦行者ゴータマの求めているものは、その様な世俗的な欲望の充足やそれを得るための祭祀という意味での『善業の功徳』ではないのだ、という事だろう。

これを前回までの文脈に重ねれば、世間的な善業とは人間界と神々の世界という共に『輪廻する欲界の車輪』の内部において欲望の充足を希求し実現するための祭祀(通俗バラモンにとっての善業)と、そのような『欲界・輪廻からの解脱』を希求するサマナ求道者の道、という対称関係に他ならない。

これをブッダの進める解脱道の立場に立って分かり易く言えば、ブッダの求めているものこそが『真の善業』であり、バラモン祭官が執り行い悪魔が推奨している祭祀実践とは、すなわち『実は悪業』になる(だからこそ、悪魔は『悪しき者』なのだ)

このようなブッダから見た『悪業実践者』は、「(441)或る修行者たち・バラモンどもは、この(汝の軍隊)のうちに埋没してしまって、姿が見えない。そうして徳行ある人々の行く道をも知っていない」という言葉にある『或る修行者たち・バラモンども』に全く相当するだろうし、彼らが見る事のできない『徳行ある人々の行く道』とは、沙門ゴータマの実践する『解脱道』に他ならないだろう。

そして、その悪魔の軍隊として列記される『欲望』『嫌悪』『飢渇』『妄執』『ものうさ・睡眠』『恐怖』『疑惑』『見せかけと強情』『誤った利得と名声と栄誉』『自己賞賛と他者蔑視』という十の項目は、前回引用した三明経の、

「ヴァーセッタよ。聖者の戒律において五官の欲望は、鎖とも縛るものとも言われている。これらの五つの欲望の部門に対して、ヴェーダに詳しいバラモンたちは執着し、夢中になり、罪を犯し、また思うがままに操る智慧を持たずに享受し愛欲という縛るものに結び付けられていながら、身体が亡びた後、梵天と共生するであろうと言うが、この事に根拠はない」

「聖者の戒律において、妨げとなる五つのもの、すなわち愛欲、悪意、怠惰・眠気、狂騒・無作法、疑い深さ、という障害に妨げられているバラモンは、三ヴェーダに詳しいと言えどバラモンとなるべき特質に反しており、死後梵天と共住するという道理はない」

 原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊 P560~三明経より

の後段における「愛欲、悪意、怠惰・眠気、狂騒・無作法、疑い深さ」と多く重なるものであり、三明経においてバラモンとなるべき特質に反している」と非難されているバラモンと、スッタニパータ「つとめはげむこと」の中で『悪魔の軍隊の内に埋没してしまっている者』とが同じである事は明らかだろう。

同じように上の三明経、その前半において「五つの欲望の部門(色声香味触)に対して、執着し、夢中になり、罪を犯し、また思うがままに操る智慧を持たずに享受し、愛欲という縛るものに結び付けられている三ヴェーダに詳しいバラモンたち」が悪魔の虜囚である事は、以下の『悪魔との対話』を見れば良く分かる。

サンユッタ・ニカーヤ 第Ⅳ篇 第二章 第七節 「認識の領域」

7:そこで尊師は「これは悪魔・悪しき者である」と知って、悪魔・悪しき者に向かって詩をもって語りかけられた。

色かたちと、音声と、味と、香りと、触れられるものと、ひとえに思考の対称たるものと、…これは世人をおびき寄せる恐ろしい餌である。

世人はそれにうっとりとしてまともに受けている。

ブッダの弟子は、これを超越して、気を付けて、悪魔の領域超えて、太陽のように輝く」

8:そこで悪魔・悪しき者は、「尊師はわたしの事を知っておられるのだ」と気づいて、打ち萎れ、憂いに沈み、その場で消え失せた。

ブッダ悪魔との対話――サンユッタ・ニカーヤ2 中村元訳 P34~より 

上の引用では『思考の対称=意官の法』が第六のものとして加えられているが、基本的な構造は変わらない。三明経においてバラモンとなるべき特質に反しているバラモンたち」とは、「五官・六官の欲望という悪魔の領域に完全に取り込まれている者たち」なのだ。

反対に、ブッダ、もしくは悟りを開く以前の沙門シッダールタが目指すものとは、五官六官の欲望と言う『悪魔の領域』からの解放である、と位置付けられるだろう。その様に考えて初めて、パーリ経典で強調されてやまない『六官の防護』というものが実践的な『意義』として把握可能になる。

そのような『悪魔の領域』からの『超越』こそが『解脱』に他ならず、これまでの文脈を敷衍すればその『解脱』とは、『ブラフマン神の世界に到る』事に他ならない。

その原像はやはりウパニシャッドの中に見出す事ができるだろう。

ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド 第四章 第四節

 

7:したがってこのような詩頌があります。

彼の心に拠る欲望が、すべて除き去られる時、死すべき人間は不死となり、この世においてブラフマンに達す、と。

 

23:「従って、このことは讃誦によって述べられています。

『それは婆羅門の永遠の偉大さであり、によって増大することなく、また減少することもない。

その足跡を探ね知るべきである。それを知るとき、悪業(Pāpakena)に汚染されることはない』、と。

その故に、このように知る者は、心の惑うことなく、平静で落ち着いており忍耐強く、心の統一した者となり、自己の中心にアートマンを視、一切をアートマンと視るのであります。
彼を悪(Pāpmā)が征服することなく、彼は一切の悪(Pāpmānam)を征服します。彼を悪(Pāpmā)が焼き尽くすことなく、彼は一切の悪(Pāpmānam)を焼き尽くします。
彼は悪を去りVipāpo、穢れを落とし、疑惑の無くなった真の婆羅門となります。それはブラフマンの世界であります、大王よ。
あなたは今、その世界に到達させられました」
と、ヤージャニャヴァルキヤが語った。

 

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P273~279より

上の前段、『欲望』と訳されているものの原語はkāmaであり、その英訳はDesiresと複数形になっており、それら欲望を整理して定式化したものが三明経における五つの欲望(その原語は同じくkāma)である事は見やすいだろう。

そして、上の後段、「それを知るとき、悪業(Pāpakena)に汚染されることはない」「彼をが征服することなく、彼は一切のを征服します。彼をが焼き尽くすことなく、彼は一切のを焼き尽くします。彼はを去り~」と言う時の『悪』の原語はpaあるいはPāpmāであり、これが仏典における悪魔の一名Pāpimantの原像であると見る事もまた自然だ。

更に次の「疑惑の無くなった真の婆羅門」とはパーリ経典にもしばしば登場する概念であり、その『疑惑』は三明経の五蓋の内のひとつに全く重なり合う。

635:こだわりあることなく、さとりおわって、疑惑なく不死の底に達した人、──かれをわたくしは<バラモン>と呼ぶ。

前掲書:スッタニパータ 中村元訳より

このように見てくると、仏典における五官・六官の欲望をその領域として支配する悪魔と、その領域からの解脱という概念は、ウパニシャッド的な悪、すなわち『Pāpa(Pāpmā)』と『ブラフマンの世界』との対置構造をそのままに踏襲している事が理解できるはずだ。

チャーンドーギャ・ウパニシャッド 第八章 第4節

2:一切の邪悪(Sarve pāpmāno)は、そこから引き返す。何故ならば、かのブラフマンの世界はあらゆる悪(Pāpmā)を絶滅しているからである。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P173より

しかしもちろん、ブッダの説く世界観はウパニシャッドのそれからは一皮むけたバージョン・アップを見せている。そこで次に、『悪魔(マーラ、ナムチ、パーピマント等)』ブラフマン神』との関係性を彼らの心象世界に沿って考えてみよう。

前者が支配する『悪魔の領域』こそが『輪廻する現象世界(欲界)』そのものであり、後者はそこから超然とした『解脱界』であると同時に、理念的に理想化された『善悪の彼岸にある絶対善』の象徴として、悪の権化である悪魔たちとは対立関係にある『ブラフマンの世界』を成している。

ではしかし何故、本来はブラフマン神によって創造された世界において、彼と対立する絶対悪、としての悪魔たちが顕在化し幅を利かせるようになったのか。それこそが、バラモンたちが推進する『悪しき殺戮祭祀』の結果、に他ならないのだ。

何しろひとたび原初の一者であるブラフマンが世界を創造してしまえば、その後は世界は自律的発展能にしたがって自ずから因果的運動を成していくのみで、ブラフマン自身は世界から『解脱』した圏外にただ独り住まうだけで、彼が積極的に世界に関与し善き正しき方向に向かわせると言う権能は持っていないのだ。

(それでもなお、ブラフマンは絶対者として一切の現象世界の背後に厳然として存在する!この場合の『絶対者』とは『相対を超えた』という意味での『絶対』であって、キリスト教的な神のような『絶対的な権能』を持った『全能支配者』では全くない)

その代わりに世界の命運を支配するのが、いわゆる『祭祀の威力』であり、ブッダ、あるいはウパニシャッド以前のそれはバラモン祭官によって独占されていた。

バラモン祭官によって独占されてはいたのだが、彼らが善き祭祀を執り行っている間は、世界は善神の威力・功徳によって幸福に安定していたのである。世俗世界における『欲望』もまたバランスを保っており、世界の運行をかき乱すものでは無かった。

しかし、バラモン祭官たちが欲望に駆られ悪しき祭祀である殺戮の動物供犠を開始し推進した結果、悪神であるナムチ・マーラ・パーピマント達がその『悪しき力(Pāpmāの威力)』を増長させ、世界は不幸と混乱に陥る羽目となった。

そこに登場したのが、ブラフマンの解脱境をこの世において体現した(Brahma-sama)ゴータマ・ブッダであった。この『この世において』という点が極めて重要な意味を持っている。

先に説明した様に、絶対者ブラフマンはこの現象世界の創造者でありその背後に『内在』している者ではあるが、現在はこの現象世界の『圏外』に位置する『解脱界』を体現する者であって、ある種『実践的』には、彼は直接この世界に働きかける事は出来ない

つまり、悪しきバラモン祭官が執行する悪しき祭祀によって『悪魔』たちが力を増長させてこの世界を悪しく落としていったとしても、彼ブラフマン自身は創造主でありながら為す術がない(この辺りはサーンキャ思想の『プルシャ』に全く相同でありそれの原像に相当するか)

繰り返すが、彼は相対を離れた絶対者ではあるけれども、キリスト教の神の様な『全能なる支配者』として現象世界を統べている訳ではないからだ。

では、彼・創造者ブラフマン神は、悪しきバラモンの悪しき祭祀(悪法)によって悪魔たちが増長し、(彼の創造した)世界が生きながらの地獄を体現するかのように悪しく落されて行くのをみすみす指を加えて座視するのみなのだろうか(その『世界』とはある意味彼の分身であり、『彼自身』でもあるのに!)

この窮地に、正に『この現象世界の中』に『救世主』として登場した者こそが、覚者ゴータマ・ブッダだった。彼はブラフマンの解脱境に至った者であり、現象世界に生きながらブラフマンに成った(Brahma-bhuta)者であり、ブラフマンに等しい(Brahma-sama)者であった。

つまり彼は、正に現世において生きながら解脱したというその『両界性』おいて、ブラフマンの解脱界と輪廻する現象世界という本来は完全に隔絶した二つの世界の、その『隔絶』を乗り越えて『交通』する能力を獲得した事になる。

その様な生きながら解脱した『ブラフマンの覚知者・体現者』を通じてのみ、ブラフマン神はこの世界と交通する事が出来、その威力を行使する事ができ、その請願を満たす事ができる、という一点において、ゴータマ・ブッダブラフマン神にとって、希望の星となったのだ。

(このようなブラフマン神と覚者ゴータマとの関係性は、ヴェーダの神々とバラモン祭官との関係性に全く重なり合うのだが、これは後段で改めて)

この間の消息はブッダ成道直後の、いわゆる『梵天勧請』のエピソードに詳しい。

サンユッタ・ニカーヤ 第Ⅵ篇 梵天に関する集成

第一章:第一節 「懇請」

(これはネーランジャラー河の岸辺、ウルヴェーラー(ブッダガヤ)村で沙門ゴータマが菩提樹の下で結果禅定し悟りを開いたばかりの時の事。静かに瞑想に耽る彼の心の内にこのような考えが起こった)

3:「わたしの覚ったこの真理は深遠で、見がたく、難解であり、しずまり、絶妙であり、思考の域を超え、微妙であり、賢者のみよく知るところである。ところが世の人々執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている。

さて、執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている人々には、すなわち縁起という道理は見がたい。

またすべての形成作用のしずまる事、全ての執着を捨て去る事、妄執の消滅、貪欲を離れる事、止滅、やすらぎ(ニッバーナ)というこの道理もまた見がたい。

だからわたしが理法を説いたとしても、もしも他の人がわたしの言う事を理解してくれなければ、わたしには疲労が残るだけだ。わたしには憂慮が残るだけだ」と。

4:(そして次の素晴らしい詩句が尊師の心に浮かんだ)

「苦労してわたしが覚り得た事を、今説く必要があろうか。貪りと憎しみにとりつかれた人々が、この真理を覚る事は容易ではない。これは世の流れに逆らい、微妙であり、深遠で見がたく、微細であるから、欲を貪り闇黒に覆われた人々には見る事ができないのだ」と。 

ブッダがこのように省察し、開教しない方向に心が傾いた時、)

6:(世界の主・梵天ブッダ心を心によって知り、こう思った)

ああ、この世は滅びる。ああ、この世は消滅する。実に修行を完成した人・尊敬さるべき人・正しく覚った人の心が、何もしたくないという気持ちに傾いて、説法しようとは思われないのだ!」

(そして梵天界からブッダの前に姿を現して、)

8:ブッダに対して合掌・礼拝して言った)

「尊い方!尊師は教え(真理=ダンマ)をお説きください。幸ある人は教えをお説きください。この世には生まれつき汚れの少ない人々がおります。かれらは教えを聞かなければ退歩しますが、聞けば真理を覚る者となりましょう」と。

9:(そして続けて次のように説いた)

汚れある者どもの考えた不浄な教えがかつてマガダ国に出現しました。

願わくばこの不死の門を開け。無垢なる者の覚った法を聞け。

譬えば、山の頂にある岩の上に立っている人があまねく四方の人々を見下すように、あらゆる方向を見る眼のある方は、真理の高閣に登って、〔自らは〕憂いを超えていながら〈生まれと老いとに襲われ、憂いに悩まされている人々〉を見そなわせたまえ。

〔起て、健き人よ、戦勝者よ。隊商の主よ、負債なき人よ、世間を歩みたまえ。世尊よ、真理を説きたまえ。真理を悟る者もいるでしょう〕」

10:そのとき尊師は梵天の懇請を知り、生きとし生ける者への憐みによって、覚った人の眼によって世の中を観察された。

11:尊師は覚った人の眼によって世の中をみそなわして、世の中には、汚れの少ない者ども、汚れの多い者ども、精神的素質の鋭利な者ども、精神的素質の弱くて鈍い者ども、美しい姿の者ども、見にくい姿の者ども、教え易い者ども、教えにくい者どもがいて、ある人々は来世と罪過への恐れを知って暮らしている事を見られた。

13:見終わってから、世界の主・梵天に詩句をもって呼びかけられた。

「耳ある者どもに甘露(不死)の門は開かれたおのが信仰を捨てよ

梵天よ、人々を害するであろうかと思って、わたくしはいみじくも絶妙なる真理を人々には説かなかったのだ」

14:そこで《世界の主・梵天》は

「わたしは世尊が教えを説かれるための機会をつくることができた」

と考えて、尊師に敬礼して、右回りして、その場で姿を消した。

ブッダ悪魔との対話(岩波文庫) 中村元訳 P84~ 梵天に関する集成より

少々長い引用だが、重要なポイントをそれぞれ見て行くと、まず「3:執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている人々」というのは、明らかに『輪廻する欲界』の中で何の疑いもなく生きている世俗の人々を指している。

それが、聖職者を名乗りながら基本的にその様な生きざまに何の疑問も持たずに欲望・執着に耽溺しているバラモン祭官たちを特に意識しているだろう事は、前回取り上げた三明経の下りなどを思い起こせば容易に想定可能だろう。

これは4:「貪りと憎しみにとりつかれた人々」「欲を貪り闇黒に覆われた人々」にも全く同じことが言えるだろうし、梵天の言う「9:かつてマガダ国に出現した《汚れある者どもの考えた不浄な教え》」とは、正に欲にまみれたバラモン祭官が執り行う『殺戮祭祀』を直接的に示唆している。

この部分、先に引用した悪魔が、ヴェーダを学ぶバラモン祭官の祭祀(動物供犠を伴う殺戮祭祀)を苦行者ゴータマに推奨したのとは対照的な梵天の立場が明瞭に示されている。

そして、その様な悪しき祭祀によって悪しき者(ナムチ、パーピマント、マーラ)の力が増長し、世界が悪しき状況に落とされているのを目の当たりにして憂慮しているからこそ、梵天の言う「ああ、この世は滅びる。ああ、この世は消滅する」という嘆きの叫びがリアルに理解可能になる。

このままでは増長した悪しき力によって世界は破滅する。しかし、梵天自身は『解脱界』に超然としており、現象世界に有効な介入をする権能を有していない。

そこに生きながらブラフマンの解脱境に至ったゴータマ・ブッダが登場した。彼は現象界と解脱界の両界をまたぐ存在であり、解脱界の知識(Vidiya)を持って現象界に働きかける事の出来る稀有にして唯一の存在(その時点で)だった。

しかし、その世の救い主が、あろう事か世界に働きかける事を放棄しようとしている。せっかく悪しき者(ナムチ・パーピマント・マーラ)に勝つことの出来る(個人的なレベルではすでに勝っている)ブッダが現れたのに、世界における悪法(バラモンの悪しき祭祀)と悪魔(それによって増長する悪しき威力と結果)の跳梁を野放しのまま放置すれば、遠からず世界は滅びてしまう(繰り返すが、どんなにヤキモキしても梵天ひとりではどうしようもない)

だからこそ、梵天はそこで「この不死の門を開け」とブッダに懇請する。冒頭の「この」とは正に「わが住まうブラフマンの世界(解脱境)に入る不死の門」に他ならないだろう。

ただ門が開かれても意味はないだろう。その真意は、「多くの人々を教化して出家させ弟子とし、ブッダ自身と同じようにその門をくぐってブラフマンの世界=不死』に到れる様に、適切に導く」、という事を核心としている。

(悪魔の一名である『マーラ』の原義は殺す者、すなわち『死魔』であり、『不死の門』は『死魔からの解放』、としても対称を見せている)

ここで重要な意味を持ってくるのが、先に言及した「解脱界と現象世界の『両界』に同時存在する」という『生きながら解脱した者』の特性だ。

彼すなわちブッダは、この世界の創造者にして『全一者』でありながら実践的にはこの世界に対して為す術のないブラフマン神と、『瞑想を通じて』同化し(Brahma-sama)つながり、ブラフマンの『絶対善』を現象世界のただ中において『体現・実践』することの出来る『代行者(ある種の《化身》)』に他ならないからだ。

これは以前に言及した様に、ブッダの瞑想実践が、最高天にして解脱界を体現するブラフマン神と繋がる為の『内なる祭祀』であると考えると理解しやすい。

一方には、煩瑣かつ殺戮を伴う祭式によって(欲界の)神々と繋がり、その威力を地上に降ろし、その事に拠って社会的な特権性を確立していたバラモン祭官(実は悪魔の虜囚・手先)という存在がある。

それに対する批判的代替として、瞑想行法と言う全き非暴力(あらゆる『行為』の放擲であり、あらゆる『欲望』の放擲)の実践によって、その深み(サマーディ)においてブラフマン神(解脱)と繋がり、その絶対善の威力を地上に降ろしマーラ(悪しきバラモン祭官)たちと戦い世界を救うブッダ達という『対置構造』がそこにはある。

悪しき威力であるナムチ・パーピマント・マーラの僕である悪しきバラモン祭官たちは、この地上に蔓延りのさばっている。ならばそれと同じような数と勢力で絶対善たるブラフマン神(梵天)と繋がる戦士たちが養成されなければ、この戦いに勝ち目はない。

世界は悪(パープマー、マーラ)によって混乱し堕落し続け、ついには必然的に滅亡するだろう。

だからこそ、ブラフマン神=梵天ブッダに「世間を歩みたまえ。世尊よ、真理を説きたまえ。真理を悟る者もいるでしょう」と世間に立ち戻って内部から働きかける事を促して、その滅亡を回避させようと請い願う。

梵天ブラフマン神)が「9:願わくばこの不死の門を開け」と言う時、それは明らかにブラフマンの世界という解脱境に至る(その境界となる)門を意味し、これは直接的にウパニシャッド的な『不死=ブラフマン』観を引き継いだものであり、だからこそ彼梵天の口から、「わが解脱境(不死)に至る門を開き、そして善神であるわが同志を増やせ」としてこの言葉が発せられるのだ。

チャーンドーギャ・ウパニシャッド 第二章 第24節(抜粋)

世界の門扉を開きたまえ。われら汝を仰ぎ見て、支配を、さらに大なる支配を、自主独立の支配を、覇王の支配を、贏ち得ん。

それこそ、祭主の世界である。祭主のわれは、寿命を終えた後に、そこに行くであろう。スヴァーハー。をはずしたまえ」

(これはバラモン祭式においてアーディトヤ群神などに捧げられた賛歌だが、基本的な原像として提示した。つまり、それが神々の世界であれ、唯一者ブラフマンの解脱境であれ、境界にはがあり、そこで選別が行われる。※筆者)

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P59~より

 

同、第八章 第3節

4:「これは不死であり無畏である。それはブラフマンである」

同書、P173より

 

同、第八章 第6節

5:~彼は太陽に達する。それは実にブラフマンの〕世界の門であり、知者たちの入り口であると同時に、無知なる人々の入るのを拒む門扉である。

同書、P176より

 

ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド 第四章 第4節

14:われわれはこの世にありながら、それ(ブラフマン)を知る。

そうでなければ、無知と大破滅があろう。

その事を知る者は不死となり、

そして他の者たちはまさに苦悩に赴く。

同書、P275より

上の引用を見れば、『不死の門』とブラフマン神との関係性が、直接的にウパニシャッド的文脈に由来する事は明らかだろう。

ここに、ブッダに開教を懇請する役回りが梵天でなければならない論理的必然性がある。逆に言えば、死すべき輪廻の内にあり、解脱に関しては何の資格を持たないインドラなどの諸神(複数)では、ブッダにこのように語りかける権能も必然性もまたないのだ。

(実は輪廻転生思想の最初期においては、天界の神々の世界こそが『不死』『永遠の幸福』の世界であると考えられていたのだが、ここでも後発の神格であるブラフマンによる下剋上が行われ、神々は輪廻の内にある死すべき者に落とされた)

繰り返しになるが、ここでは悪しきバラモン祭官&悪しきナムチ・マーラ・パーピマント(輪廻の内にある)連合』VS『善き瞑想行者(内なる祭祀実行者)&絶対善なる梵天神(ブラフマン神=解脱界)連合』という対峙構造が暗示的に前提されている。

前者の共通言語は『欲望』や『我執』であり『真理に対する無知』であり、後者のそれは『無欲』と『無私』であり『真理に対する明知』であり同時にそれは前者『悪魔の領域(無知)』からの『解脱(明知)』である。

そして後者が世界に対して共有する心的スタンス、それこそが憐み、すなわち『慈悲喜捨であった。

この『慈悲喜捨』という性質は、先行するブラフマン概念によって導かれたものでは必ずしも無く、おそらくゴータマ・ブッダ自身がその瞑想の深みにおいて自ずから『体現』的に自得したものをブラフマン神に投影したものだったのだろう。

ここに魚川祐司氏が言う『覚者の風光』の不思議さがある。瞑想実践の深み、ニッバーナにおいて完全な『捨』を体現した覚者も、しかしそこから出て日常に戻れば、身体と心を持つひとりの人間として生きていく現実は変わらない。

その時『捨』から発する『清浄光』というある種強力なエナジー(無量力)は、心身というスクリーン・フィルターを通過した瞬間に『慈悲喜』という『温もり』を宿して世界に向かって放射されるのだ。

それは正に、世界の創造者、すなわち性別を超越した『母』であるブラフマン神が持つだろう『一切衆生(被造者=子)に対する無私の慈愛』へと重ね合わされた。

それが四無量心である慈悲喜捨が『四梵住』つまり『四つのBrahma-vihara』と呼ばれた主意だろう。

ブッダはその慈愛の眼差しをもって世界を俯瞰し、その実情を理解した上で言う。

「13:耳ある者どもに不死の門』は開かれたおのが信仰を捨てよ」と。

ここで開かれた『不死の門』は、もちろん先の梵天の言葉「この不死の門を開け」という懇請に対応する完全な了解・同意を意味し、それは第一義的には、すでに言及した様に「出家弟子を指導し解脱者を輩出し、彼らを『対《悪しきバラモン(&悪魔)》戦』における戦士となして世界を滅亡の淵から救う」という高らかな宣言であり決意に他ならない。

最後の「おのが信仰を捨てよ!」という言葉。それは直接、この戦いの敵方である『悪しきバラモンたちが奉じる殺戮祭祀という悪法、それを支える誤った信仰を捨てよ、と彼らに宣戦布告をしていると理解されるだろう。

このように読み解いていくと、ブッダが開教を決意した背後には、確固とした『目的意識』があり、そして強靭な『使命感』があった事が浮き彫りになる。

その証拠に、梵天勧請後のブッダサールナートにて五比丘の教化、いわゆる初転法輪を為した事を皮切りに、次々と、主としてバラモンたちを、教化・改宗せしめて彼らの奉ずる『悪法』を駆逐し、自らの『正法』の宣布に邁進していく。

(五比丘もその出自はバラモンと言われ、その後ブッダに帰依・改宗したカーシャパ三兄弟の出自もバラモンであり、このような大量のバラモンを正しく教導する事こそが、ブッダの『社会改革(宗教改革)』の根幹をなすものだった)

彼の決意とその行動意欲は、以下の詩句にもよく表れている。

444 みずから思いを制し、よく念い(注意)を確立し、国から国へと遍歴しよう。──教えを聞く人々をひろく導きながら。

前掲書、スッタニパータより

国から国へと遍歴し、数多くの人々を教化していくというブッダの布教人生は、80才で死に至る正に直前のその瞬間にまで継続された。その背後に、悪しきバラモンたちに支配されて苦しめられている世界を善きものに変えんとする、『社会改革者』としての気概を読み取る、というのは穿ち過ぎなのだろうか。

もちろんこれらはパーリ経典に記録された文言であり、それはブッダの死後その弟子たちが時系列的な流れの中で証言したひとつの価値観であり世界観であるのだが、それが直接的にブッダ本人に由来するであろう事に、私はなんら疑いを持ちえない。

最後になるが、「9:あらゆる方向を見る眼のある方は、真理の高閣に登って」という梵天ブッダに対する語りかけについてだが、最初の「あらゆる方向に眼のある」という形容は、古くはリグ・ヴェーダにおいてヴィシュヴァカルマン(造一切主)を讃える表現に由来する。

これは以前にヴィシュヴァカルマン賛歌・車軸と胎児 - 脳と心とブッダの悟り - Yahoo!ブログ の投稿でも触れているので、その該当部分を以下に引用しよう。

リグ・ヴェーダ:ヴィシヴァカルマン賛歌~その1(10・81)

3.あらゆる方向に眼があり、またあらゆる方向に口があり、あらゆる方向に腕があり、またあらゆる方向に足があり(天地を生じるにあたって)両腕とふいごとによってそれを鍛えてつくった唯一なる神(Deva ekah)である。

「この第3詩句は有名で広義のヴェーダ聖典の諸所に現れている。この第3詩句においては、宇宙全体をひとつの身体ある有機体ないし人間の様なものと考えているから、この点では原人プルシャ賛歌と軌を一にしている。この起源をさらに追及するという事になると、後代の神話においては〈ブラフマンの卵〉なるものを考えるようになった」

ヴェーダの思想 中村元選集 決定版 第8巻 P411~414より

この世界の創造者にして『唯一なる神(Deva ekah)』であるヴィシュヴァカルマンの属性が、やがてプラジャーパティなどを経て創造者にして絶対者なるブラフマンに収斂されていく訳で、ここでは「ヴィシュヴァカルマン≦プラジャーパティ≦サハ世界の主ブラフマン神」という歴史的に継承された『唯一至高性』が、解脱したブラフマ・サマ(ブラフマンに等しい者)であるブッダに対して直に投影されている。

中村元博士が指摘する様に、この第三詩節が極めて有名な句だとしたならば、恐らくブッダの時代にも「あらゆる方向に眼があり~」という慣用表現が広く普及し知られていたのであろう。

もちろん、その後に続く「真理の高閣に登って」という形容は、直接的に最高天ブラフマンの宮殿を暗喩し、あるいはこの時点ですでに、その様なブラフマンの解脱境を指し示すものとして『須弥山の山頂』をも含意していた可能性もある。

以上の様に、今回投稿も含めこれまで本ブログで紹介してきた仏典に書かれた様々な表現、そして『物語』は、全てブッダブラフマン神との『同一視』がなければ成立しえないもので、ブッダが到達したニッバーナがイコールそのまま『ブラフマンの解脱境』であった事は、歴史的あるいは『思想・文化史的事実』として、まず間違いないものだと私は判断している。

現在のテーラワーダ仏教の論学では、この梵天は色界の最高処に住まう輪廻の内にある最高神』としてその地位が下落しているが、しかし、それこそが正に上に見られたようなヴィシュヴァカルマンやプラジャーパティが没落してブラフマンがその地位を奪ったのと同じ歴史が繰り返された『古代インド人のお家芸に他ならない。

そもそもはブラフマンと同一視され、その解脱の地位を共有していたはずのブッダが、しかし先にも説明したその『両界性』の優位を前提にブラフマン神をやがて凌駕し、遂には彼をして『輪廻の内にある色界の最高処』へと追い落としていった、思想史的な帰結なのではないだろうか。

あるいは、その様な『両界性』がブッダの死、すなわち『パリ・ニッバーナ』によっていわば『解消』され、彼自身が純然たる『完全な解脱(涅槃)』を体現した瞬間に、逆に人格神である梵天は解脱界から滑り落ちて、輪廻の内なる者として定位されたのかも知れない。

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これは本来は第一回投稿で明示すべき事柄なのだが、本ブログの主旨とは、ブッダの瞑想実践法の由来と根拠を2500年前の心象に即して解明し、その瞑想法がそのような心象を共有しない21世紀の現代においても何故『実効力』を持ち得るのか、と言う点を、『脳神経生理学的』に解明する、という事を目的としている。

この探求の焦点とは、本質的には『瞑想実践』それ自体にのみ存しており、それ以外の形而上学的な思想・心象というものは単なる『外堀』に過ぎないだろう。

しかし経典に採録されたブッダの言葉と言うものが、基本的にそのような思想・心象を背景にして初めて語られ得たものである以上は、それを理解する事が、その真意をあぶり出す為の必須前提条件となる。

その真意の、ひとつの核心を占めるものこそが、先に若干言及した、『内なる善き祭祀』としての瞑想実践、という概念に他ならない。

そこには仏道修行の二面性がある。ひとつは出家修行者個人を救済する解脱、という側面であり、もうひとつはその様な解脱者、あるいはそこに向かう途上の修行者自身が、瞑想修行と言う『内なる祭祀』を執り行う事に拠って梵天を頂点とする善神たちを活性化させ、世界と人々に幸福をもたらす『福田』である、と言う側面だ。

この点は、「何故覚りを開いた(ニッバーナに至った)ブッダ、あるいは比丘サマナたちが『アラハン』つまり『供養されるにふさわしき者』と称されたのか、という点と深く関り合っており、それはブッダの成道に先立つ『苦行』というものの実践思想的な位置づけとも関連してくる。

つまり『外的な祭式』至上を称える(悪しき)既成バラモンに対して、その批判的な対案として登場した苦行や善行、オームの単一念想、更には様々な坐の瞑想が、多かれ少なかれブラフマン神をその対象とした『内なる祭祀』であった」という視点だ。

(本ブログのこれまでの論述に従えば、そのような『内なる祭祀』をいわば『完成形』として明示したのが、ゴータマ・ブッダその人であった)

その起源・原像は、歴史的にブラフマン像を形成して来たウパニシャッドからプラーナそしてリグ・ヴェーダにまで遡る『宇宙創造に関する詩節』の中に全てが収斂されていくのだが、特にブッダの瞑想法の歴史的な成立事情を考えた時に重要な意味を持つ『苦行』と『禅定』において、このブラフマンを対象とした内なる祭祀』こそがその基本的なパラダイムを支える根幹を成すと私は考えている。

以下にその典型的かつ象徴的な宇宙創造詩節を、リグ・ヴェーダに見てみよう。

宇宙開闢の歌(リグ・ヴェーダ10 -129)

1:その時(太初において)無もなかりき、有もなかりき。空界もなかりき、その上の天もなかりき。何ものか発動せし、いずこに、誰の庇護の下に。深くして測るべからざる水は存在せりや。

2:その時、死もなかりき、不死もなかりき。夜と昼との標識(日月・星辰)もなかりき。かの唯一物(中性の根本原理)は、自力により風なく呼吸せり(生存の兆候)。これより他に何ものも存在せざりき。

3:太初において、暗黒は暗黒に覆われたりき。この一切は標識なき水波なりき。空虚に覆われて発現しつつあるもの、かの唯一物は、熱の力(Tapas)により出生せり(生命の開始)。

4:最初に意欲(Kāma)はかの唯一物に現ぜり。こは意(思考力)の第一の種子なりき。詩人ら(霊感ある聖仙たち)は熟慮して心に求め、有の親縁(起源)を無に発見せり。

リグ・ヴェーダ讃歌 (岩波文庫) 辻直四郎訳より

ここには『呼吸』というブッダの瞑想法(あるいはヒンドゥ・ヨーガの瞑想行法)の根幹に位置するもの、『熱の力(Tapas)』という苦行(タパス)の根幹に位置するもの、そして『カーマ(欲、または愛欲)』という遠離すべきものの根幹に位置するものが、実に意味ありげに(笑)順次列挙されている。

ここで『唯一物』と呼ばれているものこそが、後の『創造者(絶対者)ブラフマンの原像であり、ゆえにその『原初の一者であるブラフマン』の原点に『至る』為に最重要な意味を持つキーワードとして、正に上の三つが把握された、というのが私の読み筋になる。

もちろん、上の詩節は膨大な思索・探求の蓄積としての『宇宙創造観・ブラフマン観』のほんの一端に過ぎないが、しかしひとつの象徴的な起源であり、極めて示唆に富んだものだ。

そろそろ2万字に近づいている。以上をもって次回への接続・導入部として、今回はこの辺りで切り上げたいと思う。

興味のある方は是非、上の詩節をじっくりと味わい、これから私が何を語ろうとしているのかを先読みしてみて欲しい。

ヒントはこれまでの投稿の中にも伏線として満遍なく散りばめられているので、注意深い読者なら、すでにこれからの展開を予想されているかとも思うのだが…。

もしもこの世界が『苦』に満ちているのならば、『苦』を不可避的に背負わされた『創造』の瞬間のそれ以前の段階、つまり原初の独一の一者であるブラフマンが、未だ『世界』を展開・創造せずに『唯独り』そこにある段階、にまで、疑似的にでも「時間を巻き戻す事が出来たならば」

『苦』は消滅する。

『世界』と共に

『四梵住』とブラフマ・チャリヤ【後編】 - 仏道修行のゼロポイントより

~次回に続く。

 

(記事内容については、投稿後一週間くらいはその細部を地味に加筆・修正する可能性があります)

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善の要望があれば、真摯に受け止め適切に対応させていただきます

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『四梵住』とブラフマ・チャリヤ【後編】

ここしばらくウパニシャッド的な絶対者ブラフマンとゴータマ・ブッダの関係性と言うものについて、色々と考えて来た。

ウパニシャッド文献とパーリ経典を同時並行的に対照しながら読み進めていると、もちろんこの両者には差異があるのだが、それよりもむしろ連続性の方がより鮮明に浮き彫りになる。

前回は中でもブッダの特性である『慈悲』について、その根拠の『核心』として『ブラフマン』概念が関わって来るのではないか、という視点を入口に問題提起した。

その際に例示したのが長部経典第13経の三明経 Tevijja-suttamであった。この経は大変興味深いもので、仏道修行の結果として直接的に『ブラフマンの世界に到る』事を明示している。

中でも本ブログの論旨上重要と思われる項目を箇条書きにピックアップしたので、それを以下に再掲し順次その詳細を見て行こう(引用文全体を確認したい方は前回投稿を参照頂きたい)

  1. いわゆるバラモン教的な正統のバラモンだと思われるヴァーセッタとバーラドヴァージャ青年が、自分たちの伝統を『梵天との共生に導くもの』だと主張している事。

  2.  次に、その『梵天との共生に導く道』について、道統の違いによる優劣・正邪について、バラモン同士では決着がつかないとして、出家比丘であるブッダの所にお伺いを立てに来る事。

  3.  当時世上には、「修行者ゴータマは、梵天との共生の道を知っている」という声が大いに上がっていたらしい事。

  4.  ブッダ自身が、自ら「私は梵天も、梵天の世界も、梵天の世界へ至る道も知っている。梵天の世界に到る実践方法も知っている」として、明示的に仏道修行と『梵天ブラフマンの世界』との相関を断言している事。

  5.  出家比丘の性質(属性)における妻帯の有無、心の中の恨む気持ち、悪意、汚れ、自制心、の有無が、梵天のそれとの相同性において重ね合わせて論じられている事。

  6.  梵天と比丘に共通する「恨みと悪意がない心」を四無量心である慈悲喜捨として抽出し、それを明確に梵天との共生に導くもの』(つまりは『四梵住』)として明示・称揚している事。

最初に触れておかなければならないが、この三明経に見られるような「伝統的な三ヴェーダを奉じるバラモンが、何故か剃髪の比丘サマナであるゴータマ・ブッダの元を訪ねて、彼らの希求する『真理』について教えを受ける」という構図は、パーリ経典において決して珍しいものでは無く、むしろ典型とも言える。

このような類型に対しては、「仏教バラモン教に対する優位を主張する為に」いわゆる「ためにする」ものとして創られた、とする見方もあるが、しかし私はそれだけではなく、実際に多くのバラモンが同じようなプロセスを経てブッダに帰依した歴史的な事実があった、と見ている。

上にあるように、ここでは明らかに伝統的な三ヴェーダを奉ずるバラモン階級者であるヴァーセッタたちが、【第1項:自分たちの実践道のゴールを梵天との共生に導くもの』と称し】た上で、ブッダに対してその真偽を問うている。

これはつまり、ここではすでにウパニシャッド的な絶対者ブラフマン、あるいはその人格神化であり創造者でもあるブラフマン神への信仰が確立しており、伝統的なバラモンの祭式やその付随する実践によっても、『ブラフマン神』と繋がる事が可能であり、祭式を執り行った祭官やあるいはその祭主が、死後にはブラフマン神の世界に赴き共住する事が出来る、という思想が、かなり広まっていた事が推定される。

(ここでは明示されていないが、『ブラフマン神との共生』とはイコール輪廻からの『解脱』を意味したとしたら、『解脱』という価値概念もかなり『一般化』していた事になる)

しかし、同時代一定地域のバラモンの中でも、主導的な師匠あるいはその道統というものは多数存在しており、その実践法や背景思想は文字通り千差万別、その優劣・正邪を巡って様々な(おそらくは形而上学的な)論争が繰り広げられていたが、混迷は増すばかり、と言う状況があったのだろう。

(この点は、仏教&瞑想ブームが言われて久しい現在の日本社会において、正に百花繚乱の如く様々な『先生』が様々な言説を唱えてキャラ選手権祭りの様相を呈している事とも通じるだろう)

その様な『ブラフマンの真実』における狂躁と迷乱を、明快な論理と実践によって裁断し、ひとつの『最も確からしい解答』を明示し得た者こそが、ゴータマ・ブッダであった、と言う訳だ。

その様に考えて初めて、上の【第2項「バラモンが出家比丘であるブッダの所に『真理』について教えを乞いに来る」】という状況が理解できる。

そしてこの事は、実はこれまで何回かに渡って紹介してきた『絶対者ブラフマンブッダの関係性』『真のバラモンと自称したブッダ』という問題とも全く重なり合うものなのだ。

一般にこのような物語は『バラモン仏教への改宗譚』と無頓着に称されているが、実はこの当時、現代人が考える様なバラモン教バラモン教という名称として存在していた訳ではない(このようなレッテル貼りは後世近代の産物)し、ブッダの教えがバラモン達の宗教と全くかけ離れた異次元の新宗教として提示された訳でもない。

そこにおけるブッダの立ち位置は、全く新しい宗教を唱えていた、のではなく、バラモンの宗教における『混迷』を一刀両断に裁定し、バラモンの文脈に乗った『本当の真理』を開陳し、帰依されている、と読み取れる。

(もしそうでなければ、三明経のようなストーリーが成り立つはずもない)

例えばそれは、現代ミャンマー仏教徒の女性が、たまたまイスラム教徒の男性と恋に落ちて結婚し、仏教徒からイスラム教徒に改宗する、と言うような意味での『改宗』とは、全く次元が異なる。

分かり易くブッダの立場に立って言えば、ブッダに出会う前のバラモンは『真義を見失った偽の(堕落した)バラモン』であり、ブッダと言う真義を知る『真のバラモン』と出会いその『真理』を聴聞し、彼に帰依する事に拠って自らも『真のバラモン』に連なる、という事なのだ。

バラモンの宗教における混迷と錯綜に、ブッダが『最も確からしい』説得力のある回答を明示したからこそ、そしてそのバラモンの宗教の核心に『ブラフマン(神)概念』があったからこそ、彼はバラモンから『ブラフマンに等しい(Brahmasama)』などと称賛され、彼自身自らを『真のバラモン(Brāhmana)』と称し、その実践道を『ブラフマンの乗り物(Brahmayāna)』と称する事が可能になる。

そしてブッダが主導した実践とはすなわちそれ『解脱』への道である以上、ここで『ブラフマン神との共生』と言われているものが同様に解脱であり、同時にそれはウパニシャッド的な『ブラフマンの世界』への『解脱』という心象へと収斂する事は、推測の域を超えて誰の目にも明らかだと私には思えるのだが。

どちらにしても、それが『絶対者』であれ『人格神』であれ、とにかく『ブラフマン』概念こそがゴータマ・ブッダという宗教実践者の核心に確固として存在していたものであり、本ブログでこれまで紹介してきた経典上の記述のほとんどは、それがなければその意味を全く失ってしまう、と私は判断している。

もちろんこのような『ブラフマン』概念を単に『清浄』や『至高』、『聖なる』を意味する通俗的な形容表現に過ぎず直接的にウパニシャッド的な絶対者ブラフマンやその人格神化である創造神ブラフマンとは関係ない、と考える向きもあるだろうし、文脈によってはそれが適当な場合もあるだろう。

しかし、この三明経では明らかに仏道において到達し得るそのゴールを「ブラフマン神の世界においてブラフマン神と共生(共住)する」、「ブラフマン神と出家比丘は共に同じ性質を持ち交友できる」として、ブラフマンが単なる形容詞以上の具体性と共に明示されている。

そしてそのような心象の基盤がウパニシャッド的な解脱観である『ブラフマンの世界に到る』事と重なり合うと考えるのは、極めて自然である。(逆に『そうではない』根拠があるのなら知りたいものだ)

だからこそ、【第3項: 当時世上には「修行者ゴータマは、梵天との共生の道を知っている」という声が大いに上がっていた】のであり、

だからこそ、【第4項:ブッダ自身が、自ら「私は梵天も、梵天の世界も、梵天の世界へ至る道も知っている。梵天の世界に到る実践方法も知っている」として、明示的に仏道修行と『梵天ブラフマンの世界』とのダイレクトな相関を断言している】、のだと。

この『梵天の世界に到る』、という事の原風景は、上に言及した様にもちろん疑問の余地なくウパニシャッドにある。それはこれまで本ブログ上で引用してきたカウシータキやブリハッドアーラニヤカの記述に典型的に現われている。

ブッダ在世の当時、『ウパニシャッド』という『呼称』すら存在していなかったかもしれないが…)

パーリ三明経とこれらのウパニシャッドを対照すると非常に興味深い事実が浮き彫りになるので、以下に再び引用しよう。

カウシータキ・ウパニシャッド 第一章

5:彼(死者の魂=アートマン)はアミタウジャス臥榻(寝椅子、寝台)に至る。~中略~、ブラフマンはそれに坐っている

このように知る者はまず寝椅子の足を伝うてその上に登る。
ブラフマンが「汝は誰か」と言う。
彼(死者)は次のように答えるべきである。

6:「私(死者の魂)は歳時であり、歳時の子である。母体である虚空より、私は生まれた。光明の〔中に生じた〕精液であり、歳月の活力であり、それぞれの存在のアートマンである。汝(ブラフマン)も存在のアートマンである。〔従って〕汝である者、すなわち私はそれである」

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P11~ より

ここで明示されているのは、死者の魂であるアートマンブラフマン等質性に基づいた同置に他ならない。

死者の魂が「私は歳時であり、歳時の子である。母胎である虚空より、私は生まれた。光明の〔中に生じた〕精液であり、歳月の活力であり」と言う時、その内容は全て、リグ・ヴェーダからウパニシャッドにかけてのいわゆる『哲学的な宇宙観』の中でその始原における『一者=Eka』を暗喩するものであり、同時に個体存在としての人間の始原(誕生)を表すものでもある(例えば宇宙始原の『ヒラニヤガルバ(黄金の胎児)』と人間の『胎児』)。

この辺りは非常に複雑なのだが、ここではいわゆる『大宇宙としての世界』と『小宇宙としての人間存在』の重ね合わせと同置が行われており、世界と言う大なる身体と、人間と言う小なる身体において、共に本質となるアートマン(私)とブラフマン(汝)がイコールである事をその同質性・相同性において語っている。

これに関しては、そもそも『ブラフマン』という理念・概念が歴史的経過の中でどのような『属性』をイデアとして担ってきたか、という観点から紐解かなければならず、今回は余り深入りできないが、端的に言って、人間存在の核心・本質である私(アートマン)と、世界存在の核心・本質であるブラフマンとが、様々な属性イメージにおいて完全にイコールで結ばれた時、だからこそ「私アートマンはすなわち汝ブラフマンである」、という断定的な明言が初めて可能になる。

アートマンブラフマンのひな型、あるいはミニチュアであるし、逆に言うと人間存在をひな型に『ブラフマン神概念』の原像は様々な異名と共に当初構想された)

理念的なその属性において、私アートマンと汝ブラフマンは完全に相似であり相同であり等質であり同等である。これはインド語の表現で言えば『Sama』という語が正に該当するかも知れない(Brahma-sama)。

繰り返しになるが、より正確に言うと、その様な完全なSamaを体現しあるいは『覚知』し得た時に初めて、人間はブラフマン合一(同一化)する。

一方、パーリ三明経においては【第5項:出家比丘の性質(属性)における妻帯の有無、心の中の恨む気持ち、悪意、汚れ、自制心、の有無が、梵天のそれとの相似性・同質性において重ね合わせて論じられている】という事実がある。

ここではブラフマンの持っているべき想定された性質・属性に反した、異質な相容れないバラモンたちは、ブラフマンとの共生という果実完全に否定され、逆にブラフマンの性質・属性と完全に等質・相同である事を『体現している』出家修行者(比丘サマナ)が、その相同性ゆえにブラフマンとの共生を約束されている。

これは単純に言えば、『類は友を呼ぶ』と言うべきかも知れないし、ブラフマンを可能な限り『理念的に模倣する』事に拠って、ブラフマンの世界に迎え入れられる、と言う事なのかも知れないブラフマンとSamaになる)

この点に関してはカウシータキ・ウパニシャッドの第一章、死者の魂が天界のブラフマンの世界に迎え入れられる際にブラフマンの装飾』アプサラスらに施される、というシーンが思い出される。

カウシータキ・ウパニシャッド 第一章

4:五百人のアプサラスたちが彼(死者の魂)を迎えに行く。

百人は華鬘を手にし、百人は香油膏を手にし、百人は白粉を手にし、百人は衣裳を携え、百人は果物を手にし、ブラフマン男神)の装飾品で彼を飾る

ブラフマンの装飾品で飾られた彼は、ブラフマン(宇宙の最高原理)を知る者となり、彼はブラフマンに進む。

(この後彼はアーラ湖を越えイェシュティハ瞬時に到り、ヴィジャラー河を越え、善悪の業を振り落とし、~ブラフマンの光明に至った後に、インドラとプラジャーパティが守る門をくぐってブラフマンと会う)

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P11~ より

ここに現われている内容は非常にプリミティブな神話的なイメージだが、どちらにしても、ブラフマンと同じ姿になる事に拠ってブラフマンの世界に入る(ブラフマンを知る)事が出来るようになる、という原風景は確認できる。

つまりブラフマンの世界(解脱界)とそれ以外の世界(輪廻する現象界)のボーダーである門をくぐる為には、ブラフマンの似姿になっていなければならない。超高級レストランに入る為には、それなりの格好をしなければならないのと、まぁ、基本的には変わらない。

要するに、ブラフマンの世界に入る為には、それなりの資格要件が求められ、それらはブラフマンとの相似・相同態(Sama)として考えられた。

(これは現代人向けには『指紋の照合』をイメージすれば理解し易いかも知れない。ゲストの指紋とホストのサーバー上の指紋データが、『完全に合致』しなければゲートは開かない)

ここで興味深いのは、三明経において、結婚しているバラモンに対して、妻帯していない(完全な性的禁欲、すなわちブラフマ・チャリヤ)比丘サマナが優位に立つ根拠が、ブラフマン神も妻帯していない』としている点だ。

つまり共に妻帯していない、という同質性・相似性によって、比丘サマナはブラフマン神との共生を勝ち得る、という事になる。

ここで『妻帯している』と訳されている原語はsapariggahoであり、これは原義としては『執着している』『所有している』などがあるようだ。

この点に関して、前回最後にリンクを紹介した「光明寺経蔵」さんサイトは以下の様に説明している。

訳文

「ヴァーセッタよ、これをどう考えますか。あなたは、年長、高齢の婆羅門たち、師や大師が語っているとき、どう聞きましたか。梵天執着ある(妻帯している)者でしょうか、あるいは執着なき(妻帯していない)者でしょうか」。
 
メモ

パーリ註解は「Sapariggahoとは、女性への執着による執着ある者かと問うたのである」itthipariggahena sapariggahoti pucchati とし、おそらくこれをうけて『パーリ』、『原始』も妻帯の意味で解している。ただpariggahaには妻だけでなく遍取、執持、執着、摂受、所有物、財産といった多義があり、以下の文脈からは、女性へのそれに限定されない、より包括的な執着の有無が問われているとも解せる(現に『南伝』は「愛着」とする)ため、ここではそのようにした。

http://komyojikyozo.web.fc2.com/ より引用

本稿では取りあえずこの部分を『妻帯』と取って論を進めていくが、それが広い意味での『執着』だったとしても、基本的な風景は変わらないだろう。そこで問われているのは、結局のところ「何らかの対象に欲望を持ち執着し所有しているか否か」という点になる。

このブラフマン神の『妻帯』を巡る問答の攻防、実に面白い心象世界だと思うのだが、ここでインド教世界について少しでも知っている人であれば、ひとつの疑問にぶち当たるかも知れない。

何故なら、いわゆる現代に至るヒンドゥ教の中では、ブラフマー神はヴィシュヌとシヴァと並ぶ最高三神(トリムルティ)の内の一神であり、他の二神と同様に神姫であるサラスヴァティ(弁財天)を妻としている、つまり妻帯している、筈だからだ。

これもまた、そもそも『ブラフマン』とは何者だったか、というその原風景に立ち返って見れば分かり易い。

彼は、様々な属性をもって語られているが、『言葉が持つ呪の威力の根源』と並ぶ最も重要なものとして「宇宙世界の創造がそこから立ち現われた、原初の一者」である、すなわち『原初の独一の創造者・常在主宰者』である事が挙げられる。

このようなブラフマンの性質に関しては先に引用した「母胎である虚空より、私は生まれた。光明の〔中に生じた〕精液であり、歳月の活力であり」という描写が正に該当する。

宇宙創造論的にこの『母胎である虚空』を捉えた場合、それは文字通りの『虚空』であって、『彼』が生まれる以前に母である『何者か』が居た訳ではない。

この天地宇宙の創造の始原に関しては様々な神話が語られており、その詳細についてはいずれ網羅的に纏めてみたいが、ここで端的に言えば、彼はこの世界の始原にまで遡って究明した時、その原初の究極の一点において収斂される一者であり、『一者』である以上はその究極状態においては必然的に『ただ独り』である、という事になる。

分かり易く譬えるならば、宇宙始原のビックバンは究極の『一点』に収斂されて、そこには『二点』があり得ないのと同じ事だ。そう、創造者ブラフマンは並び立つ者のいない究極的な『独一・孤独』の真っただ中にある。

ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド 第4章

三節 32

「彼は水波(太初の原水、おそらく『宇宙的羊水』)の中において二人とない唯一の見る者(根本原理を意味する)であります。かのブラフマンの世界は、大王よ」

とヤージャニャヴァルキヤがヴィデーハ王ジャナカに教えた。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P267~より

 

四節 18

気息の真髄、またの真髄、さらにはの真髄、そしての真髄を知る者たちは、太古の最初のブラフマンを知る人である。

同書、P276より

 

チャーンドーギャ・ウパニシャッド 第6章 第二節

2:「どうして無から有の生ずる事があろうか。そうではなくて、愛児よ、太初において、これはブラフマンのみであったのだ。それこそが唯一の存在で、第二のものは無かったのだ」

同書、P130より

恐らくヒンドゥー教ブラフマー神がサラスヴァティ女神を妻としているというのは、かなり後世になってからの俗化の結果であって、ブッダの時代あるいはその前後の古ウパニシャッドの時代においては、上記のような創造者ブラフマンの本源的な『独一性』が強固に保存されていて、彼がたとえ男性神格として表象されている時でも、決して妻などは持たない『孤独・独一・独り身』の者として把握されていたのだろう。

(そうでなければブッダの「梵天は妻帯しているか?」という問いに対して、ヴァーセッタは「当たり前ですがなゴータマはん。サラスヴァティっちゅうごっつい別嬪さんがおるやないですか」などと反論していなければおかしい)

その様に考えると、何故出家比丘サマナの修行道が『ブラフマ・チャリヤ』と呼ばれ、そのブラフマ・チャリヤの中核的な意味や価値が『性的禁欲』に置かれていたのかが極めてリアルに理解可能になる。

おそらく比丘サマナ達は、本来的にはこれまで散々に指摘してきたように、ウパニシャッドの求道者と同じく、正しく『ブラフマンの解脱境』に至るために出家したのであり、その為にこそ不可欠な属性を体現する為に性的禁欲を保ったのだ。

(ただし、ブッダはその解脱境を表すのに『ニッバーナ』などを多用し、ブラフマン概念については明言せずほとんどの場合暗喩するにとどめた。三明経は極めて稀な例外と言える)

何故なら、彼等が『到達』すべき『ブラフマン』は、理念的には『孤独・独一・独り身』を本性とする者であり、その様な性質(ネイチャー)を現世において正に体現し彼と同質化・等質化(Sama)する事に拠って、それを絶対必須要件として身に備える事に拠って初めて、彼は、ブラフマンの境地を目指し、その門をくぐる『資格』を得る事ができるからだ。

もちろん、このような観点は、性的禁欲にまつわる様々な要素の内の一側面に過ぎないかも知れない。けれど、それが本来的には『ブラフマン概念』と密接に関わっていたからこそ、性的禁欲をひとつの核心とした出家修行道がブラフマ・チャリヤと呼ばれた、という側面については、インド学・仏教学的に大いに検討されてしかるべきだと個人的には思う。

(くどいようだが、そうでなければブラフマ・チャリヤの意味がない!)

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ブッダに指摘されたように、当時宗教的な聖職者とされ崇められていたバラモンたちではあるが、しかし彼らは聖職者であると同時に、結婚しているか否か、と言う点では妻帯し子供を育て、家督・財産を代々相続していく『世俗人』であった。

そして実は、バラモン祭官たちが伝統的な祭祀において勧請し祀ってきたヴェーダの神々と言うものも、あまり周知されていないかも知れないが、その多くが基本的には配偶者を持つ『世俗神』(変な言い方だが)であったのだ。

ここにインド教的な心象世界の面白さが如実に現れている。

例えばリグ・ヴェーダにおいてはその4分の1の賛歌を捧げられている最高神待遇のインドラだが、彼は人間と同じように父と母から生まれ、インドラーニーという神姫を配偶者として持つ事が明記されている。

その起源の一端は、おそらく伝説的なアーリヤ族の英雄・戦士に求められるだろう。

彼は、辻直四郎著:リグ・ヴェーダ賛歌 「インドラの出生」によれば、産みの母に捨てられ、彼に敵意を持った父を殺し、困苦の内に放浪した後に、ヴィシュヌの助けを得て復活したという。

そもそもヴェーダに登場する神々とは、明確に男神と女神に分かれ、それぞれが親子関係や兄弟姉妹関係に、あるいは夫婦関係において定位される事多々なるもので、それはつまり、『人格神』という言葉に相応しく、地上における普通の(多分に俗的な)人間存在の在り様を天界の神々の世界に投影し『擬人化』したものに他ならない。

この点はギリシャ神話などと全く軌を同じくするだろう。

しかし、ウパニシャッド的な求道・探求の中で結晶化した『ブラフマン神』はそうではなかったのだ。彼は、その原点を客観すれば、上のような極めて人間臭いヴェーダ多神教世界観に対する疑義と批判精神によって生み出された、極めて『非人間的』な、象徴的に抽出された純度の高いひとつの抽象的『イデア』であった。 

もちろん、その最初期においては人間存在と重ねあわされてヒラニヤガルバ(黄金の胎児)や原初の一者としてのプルシャ(男の人)などのイメージが湧きたち、後のブラフマンはこれを少なからず継承しているのではあるが、しかし哲学的思惟が深まれば深まるほど、ブラフマン・イメージは非人間的理想化の純度を増していった。

彼は人間や神々が所詮は個別的な『個体』であるのに対して、総体としての一切世界であり、と同時にその世界が不可避的に担わされている『苦』から解脱している、あるいは『苦』が生じる以前の『未然態』であり、それ故の『理想態』として把握された。

もしもこの世界が『苦』で満ちているのならば、『苦』を不可避的に背負わされた『創造』の瞬間のそれ以前の段階、つまり原初の独一の一者であるブラフマンが、未だ『世界』を創造せずに『唯独り』そこにある段階、にまで、疑似的にでも「時間を巻き戻す事が出来たならば」、『苦』は消滅する。『世界』と共に。

(これも例によってフライング気味だが、彼らの探求するブラフマン像が『太初の始源の一者としてのブラフマン』である時、それが現象世界が彼から分かたれて(展開して)創造される『以前の』ブラフマンを明確にイメージするとしたら、そこには彼独りしかおらず、他には何もない、つまり『全一』なる彼は『他に所有すべき』何ものをも持たないので『無所有』『無欲』を体現する)

それは具体的には、死なねばならず壊れねば(老病)ならず、不浄で苦にまみれ常に不安から逃れられないという、人間的な生において不可避な様々な欠陥を、完全に克服した理想態としての不死者であり、不壊者であり、清浄の極みであり、歓喜の極みであり、平安の極みとして理念的に構想確立された一者でありその『解脱境』であった。

ここで輪廻と祭祀との関係において、この三者、つまり『地上の人間』とその人間の似姿である『天上の神々』、そして太初の『究極の独一者』である『絶対者(最高天)ブラフマン』を位置付けてみよう。

地上の人間はもちろん輪廻する。そして地上の人間の似姿である『天上の神々(複数)』もまた輪廻する。彼らはその寿命が長かろうが短かろうが所詮『被造者』であり『死すべき者』に過ぎない。

彼らは死すべき者だからこそ、繁殖し子孫を得て疑似的に生き永らえようと欲望する。欲望に駆られて輪廻する。その原イメージとしては、『回転する車輪』があったのではないかと私は考えている(輪廻する『欲界の車輪』)

そして、お互いにその様な輪廻する者同士である人間と神々との間では、バラモン祭官による祭祀を通じて交通(交渉)関係が成り立っていた。ここにおける祭祀とは、「人間の欲望と神々の欲望が交錯する取引」と考えると理解しやすい。

人間は祭祀の供犠によって神々の欲望を満たし、見返りとして神々は人間の請願・欲望を満たす、という様に。

しかし、宇宙の原初の独一の一者である『ブラフマン(当然数)』は、輪廻する現象(被造)世界の創造者であり、その世界の背後に『内在する』と同時に彼自身はそこから完全に切り離され決して輪廻しない解脱界(『無欲界』)を構成し、永遠の『不死者(不壊=アクシャラ)』としてそこに唯一人、もちろん伴侶など持たずに、住している。

その原イメージとしては、車輪の回転を支え生み出しつつ自らは決して転じない『不動の車軸』があったと私は考えている。

(この『世界に内在しつつ解脱している』というのはいわゆる一元論の持つ根本矛盾であり、いずれ本ブログでも突っ込んでみたいテーマだがここではこれ以上触れない)

では果たして、死すべき被造者として全く『彼』ブラフマン神と共通項を持たない生き様を呈しているバラモン祭官が、人間的で俗的な旧来の神々に対するのと同じような欲望を共通言語とした祭祀取引』を通じて、不死なる創造者であり無欲なる独一者である絶対者ブラフマンと連絡・交通する事が可能だろうか?

あまつさえ、『解脱』する事が可能だろうか?

答えは明確に『否』である。

以上が、三明経においてブッダが、

「ヴァーセッタよ。聖者の戒律において五官の欲望は、鎖とも縛るものとも言われている。これらの五つの欲望の部門に対して、ヴェーダに詳しいバラモンたちは執着し、夢中になり、罪を犯し、また思うがままに操る智慧を持たずに享受し愛欲という縛るものに結び付けられていながら、身体が亡びた後、梵天と共生するであろうと言うが、この事に根拠はない」
「聖者の戒律において、妨げとなる五つのもの、すなわち愛欲、悪意、怠惰・眠気、狂騒・無作法、疑い深さ、という障害に妨げられているバラモンは、三ヴェーダに詳しいと言えどバラモンとなるべき特質に反しており、死後梵天と共住するという道理はない」

 原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊 P560~より

という形で、既存のバラモンであるヴァーセッタたちに『NO』を突き付けた真意であり、反対に「(真の)バラモンになるべき特質に『合致している』比丘サマナ」は、死後梵天と共住するという道理がある、と断じた背景心象なのではないだろうか。

比丘サマナ達の進む道とは、全くウパニシャッド的な『無欲の道』の延長線上にあり、当時哲学的・思想的な観念だけが先走って混迷を極めていたブラフマンへの道を『完成』させた者こそが、ゴータマ・ブッダだった、そう考えると全ての筋が通る。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド 第四章 第四節

 

6:従って、このような詩頌があります。

「それ故にこそ、執着のある人は、業と共に、 彼の性向と意とがしがみつく処に赴く。この世において彼がいかなることを作しても、その業の極限に達した時、彼は再び、新たに業を積むため、かの世界よりこの世界に帰り来る」

以上は、欲望を持つ者に関する事であります。ところで、欲望を持たない者、欲望なく、欲望を離れ、また欲望を満足させ、アートマンのみを欲する者の場合には、彼の諸機能は出て行かないのであります。

彼はブラフマンそのものであり、ブラフマンと合一します。

7:従って、このような詩頌があります。

「彼の心に依る欲望が、全て除き去られる時、死すべき人間は不死となり、この世においてブラフマンに達す、と」

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P272~より

ここで面白いのは、三明経の中で妻帯についての言及に続いて、「心の中の恨む気持ち、悪意、汚れがあり、自制心がない」というバラモンが持つ(あるいは一般的な人間が持つ)心的な欠点や汚濁を、そのような性質を持たない比丘と梵天、と対照する形で批判している事だろう。

逆に言うと、先にも言ったように、人間的な欠陥(不満足)である老病死や不浄や苦や不安を完全に取り除いた「不死者であり、不壊者であり、清浄の極みであり、歓喜の極みであり、平安の極みとして理念的に構想されたブラフマンの性質の上に、ブッダはある種『倫理・道徳的に善なる資質』を書き加えたのだ。

ブラフマンが『究極の一者』であるならば、その様な極めて人間的な下世話な愚かさや醜さや穢れを持ち合わせている筈がないではないか、と。

ブラフマンにはこの世界に対する欲望や執着、そして悪意や怒りは存在しない。何故なら『彼』自身が『相対を超えた絶対者』としての『世界』であり『一切』そのものなのだから(完全なる自足)。

(「相対」の無い所に欲望や渇望や執着、悪意や怒りなど存在しえない。本質的な一元性と現象的な「見た目の」二元性)

彼は皮相的な『善と悪』を超えた『絶対善』として理想化され、そしてその『善』は同時に、世界の創造者として、世界という『我が子』に対する母(父)の慈愛を伴ったものとして想定された(考えてみれば奇妙な話だが)

そうしてブラフマン概念の上に書き加えられたその『(人間的な)倫理・道徳的に善なる資質』と『世界に対する無私の慈愛』を、出家比丘たちが見事に体現する事に拠って、逆にそれをブラフマンの世界へ至る為の資格要件として提示した。

このように考える事によって、【第6項:梵天と比丘に共通する「恨みと悪意がない心」四無量心である慈悲喜捨として抽出し、それを明確に梵天との共生に導くもの』(つまりは『四梵住』)として明示・称揚している事】の背景心象が自然な流れとして理解し易くなる。

これは恐らく、当時バラモンを筆頭とした支配階級たちの生態が、如何に我執に取りつかれ人倫において退廃・堕落・愚劣を極めていたかの、一種の反作用だったのではないかと私は捉えている。

ひとつの読み筋に過ぎないが、当時のインド社会全般において、ある種『ソドムとゴモラ』的な人倫の退廃・崩壊が蔓延しており、その中心に盤踞していたのが、特権階級として君臨するバラモン祭官であり、彼らの執り行う祭式であった、と考えると、色々な文脈に一貫した筋が通るのだ。

分かり易く言えば、それはある種の『祭式バブル!』だった。

バラモン祭官は自らの利己的な貪欲を満たす事のみに専心し扇情され、それに釣られて祭主となる王などもまた、ひたすらに利己的な欲望の成就のみを願い、他者を顧みる事がなかった。

それが祭祀の力であれ武力であれ財力であれ、とにかく『力』の有るもののみが勝ち誇り、独占し、享楽に耽る。世界は文字通り、我利我利亡者どもの蔓延る、弱肉強食に基づいた飽食と享楽の『なまぐさい巷』と化していたのだ(ある意味これは、『現代世界』にも重なると同時に、文明社会史上普遍の現象かも知れないが)

スッタニパータ 「第二 小なる章」2なまぐさ

 

242 「生物を殺すこと、打ち、切断し、縛ること、盗み、嘘をつくこと、詐欺、だますこと、邪曲を学習すること、他人の妻に親近すること、──これがなまぐさである。肉食することが<なまぐさい>のではない(以下同文省略)。

243 この世において欲望を制することなく美味を貪り、不浄の(邪悪な)生活を混じ、虚無論をいだき、不正の行いをなし、頑迷な人々、──

244 粗暴・残酷であって、陰口を言い、友を裏切り、無慈悲で、極めて傲慢であり、ものおしみする性で、なんびとにも与えない人々、──

245 怒り、驕り、強情、反抗心、偽り、嫉妬、ほら吹くこと、極端の傲慢、不良の徒と交わること、──

246 この世で、性質が悪く、借金を踏み倒し、密告をし、法廷で偽証し、正義を装い、邪悪を犯す最も劣等な人々、──

247 この世でほしいままに生きものを殺し、他人のものを奪って、かえってかれらを害しようと努め、たちが悪く貪り深く、粗暴で無礼な人々、──

248 これら(生けるものども)に対して貪り求め、敵対して殺し、常に(害を)なすことにつとめる人々は、死んでからは暗黒に入り、頭を逆さまにして地獄に落ちる、──

249 魚肉・獣肉(を食わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪も、結髪も、塵垢にまみえることも、粗い鹿の皮(を着ること)も、火神への献供の奉仕も、或いはまた世の中でなされるような、不死を得るための苦行も、(ヴェーダの)呪文も、供犠も、祭祀も、季節の荒行も、それらは、疑念を超えていなければ、その人を清めることができない。

250 通路(六つの機官)をまもり、機官にうち勝って行ぜよ。理法のうちに安立し、まっすぐで柔和なことを楽しみ、執著を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞きしたことに汚されない。」

251 以上のことがらを尊き師(ブッダ)はくりかえし説きたもうた。ヴェーダの呪文に通じた人(バラモン)はそれを知った。なまぐさを離れて、何ものにもこだわることのない、跡を追いがたい聖者ブッダ)は、種々の詩句を以てそれを説きたもうた。

252 目ざめた人(ブッダ)のみごとに説きたもうた ──なまぐさを離れ一切の苦しみを除き去る── 言葉を聞いて、(そのバラモンは)謙虚な心で、全き人(ブッダ)を礼拝し、即座に出家することを願った。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 P47~より

上の引用は畢竟すべて『邪悪を犯す最も劣等な(なまぐさな)人々』に関するもので、これは一般論としての『悪人』とも受け止められるが、対話者がバラモンである事から、聖職者を自称しながらそのような『なまぐさな邪悪』に耽溺する、世に蔓延る『悪しきバラモンたち』が、その批判の焦点であったと考える事もできる。

江戸時代にいわゆる旗本奴たちが徳川の権威をかさに着て町民たちを苦しめた(時代劇のイメージ)様に、階級をかさに着たある種『バラモン・ギャング(半ぐれバラモン)』のような不逞の輩がはびこっていた可能性もある。

242詩節では、一般的な肉食は否定せず、しかし「生物を殺すこと、打ち、切断し、縛ること」を批判している事から、これはバラモン祭式における犠牲獣の取り扱いについての事だろう。

(この『なまぐさ節』は注記によると過去世・過去仏の物語だそうだが、基本的な意味合いは変わらない)

そのような殺し、奪い、虐げ、貪る『非道』なバラモン祭官が、何を根拠に自らを聖職者と名乗り得るのか?あまつさえ「ブラフマンの世界に到達し得る」のか?という批判と懐疑が、社会の至る所でバラモン階級者自身からも含め)水面下では噴き出していた事が推測される。

バラモン祭官とその動物供犠を伴う祭式に対するそのような批判が、ブッダ自身の痛烈な言葉としてスッタニパータにまとまった形で採録されているので、続けて以下に引用して見てみよう。

スッタニパータ 「第二 小なる章」7バラモンにふさわしい事

 

284 昔の仙人たちは自己を制する苦行者であった。かれは五種の欲望の対象をすてて、自己の(真実の)義を行った。

285 バラモンたちには家畜もなかったし、黄金もなかったし、穀物もなかった。しかしかれらはヴェーダ読誦を財産ともなし、穀物ともなし、ブラフマンの倉として守っていた。

286 かれらのために調理せられ家の戸口に置かれた食物、すなわち信仰心をこめて調理せられた食物を求める(バラモンたち)に与えようと、かれら(信徒)は考えてた。

287 豊かに栄えていた地方や国々の人々は、種々に美しく染めた衣服や臥床や住居をささげて、バラモンたちに敬礼した。

288 バラモンたちは法によって守られていたので、かれらを殺してはならず、うち勝ってもならなかった。かれらが家々の戸口に立つのを、なんびとも決して妨げなかった。

289 かれら昔のバラモンたちは四十八年間、童貞の清浄行を行った。知と行とを求めていたのであった。

290 バラモンたちは他の(カーストの)女を娶らなかった。かれらはまたその妻を買うこともなかった。ただ相愛して同棲し、相和合して楽しんでいたのであった。

291 (同棲して楽しんだのではあるけども)、バラモンたちは、(妻に近づき得る)時を除いて月経のために遠ざかった時は、その間は決して性の交わりを行わなかった。

292 かれらは、不婬の行と戒律と正直と温順と苦行と柔和と不傷害と耐え忍びとをほめたたえた

293 かれらのうちで勇猛堅固であった最上のバラモンは、実に性の交わりを夢に見ることさえもなかった

294 この世における聡明な人々は、かれの行いにならいつつ、不婬と戒律と耐え忍びとをほめたたえた。

295 米と臥具と衣服とバターと油とを乞い、法に従って集め、それによって祭祀をととのえ行った。かれらは、祭祀を行う時にも、決して牛を殺さなかった

296 母や父や兄弟や、また他の親族のように、牛はわれらの最上の友である。牛からは薬が生ずる。

297 それら(牛から生じた薬)は食料となり、気力を与え、皮膚に光沢を与え、また楽しみを与える。(牛に)このような利益のあることを知って、かれらは決して牛を殺さなかった。

298 バラモンたちは、手足が優美で、身体が大きく、容色端麗で、名声あり、自分のつとめに従って、為すべきことを為し、為してはならぬことは為さないということに熱心に努力した。かれらが世の中にいた間は、この世の人々は栄えて幸福であった。

299 しかるにかれらに顚倒した見解が起こった。次第に王者の栄華と化粧盛装した女人を見るにしたがって、

300 また駿馬に牽かせた立派な車、美しく彩られた縫物、種々に区画され部分ごとにほど良くつくられた邸宅や住居を見て、

301 バラモンたちは、牛の群が栄え、美女の群を擁するすばらしい人間の享楽を得たいと熱望した。

302 そこでかれはヴェーダの呪文を編纂して、かの甘蔗王のもとに赴いていった、「あなたは財宝も穀物も豊かである。祭祀を行いなさい。あなたの富は多い。祭祀を行いなさい。あなたの財産は多い」

303 そこで戦車兵の主である王は、バラモンたちに勧められて、──馬の祀り、人間の祀り、擲棒の祀り、ソーマの祀り、誰にでも供養する祀り、──これらの祀りを行なって、バラモンたちに財を与えた。

304 牛、臥具、衣服、盛装化粧した女人、またよく造られた駿馬に牽かせる車、美しく彩られた縫物──、

305 部分ごとによく区画されている美事な邸宅に種々の穀物をみたして、(これらの)財をバラモンたちに与えた。

306 そこでかれらは財を得たのであるが、さらにそれを蓄積することを願った。かれらは欲に溺れて、さらに欲念が増長した。そこでかれらはヴェーダの呪文を編纂して、再び甘蔗王に近づいた。

307 「水と地と黄金と財と穀物とが生命ある人々の用具であるように、牛は人々の用具である。祭祀を行いなさい。あなたの富は多い。祭祀を行いなさい。あなたの財産は多い」

308 そこで戦車兵の主である王は、バラモンたちに勧められて、幾百千の多くの牛を犠牲のために屠らせた。

309 脚を以ても、何によっても決して(他のものを)害うことがない牛は、羊に等しく柔和で、瓶をみたすほど乳を搾らせる。しかるに王は、角をとらえて、刃を以てこれを屠らせた。

310 刃が牛におちるや、そのとき神々と祖霊と帝釈天と阿修羅と羅刹たちは、「不法なことだ!」と叫んだ。

311 昔は、欲と飢えと老いという三つの病いがあっただけであった。ところが諸々の家畜を祀りのために殺したので、九十八種の病いが起った。

312 このように(殺害の)武器を不法に下すということは、昔から行われて、今に伝わったという。何ら害のない(牛が)殺される。祭祀を行う人理法に背いているのである。

313 このように昔からのこのつまらぬ風俗は、識者の非難するものである。人はこのようなことを見るごとに、祭祀実行者を非難する。

314 このように法が廃れたときに、隷民(シュードラ)と庶民(ヴァイシヤ)との両者が分裂し、また諸々の王族がひろく分裂して仲たがいし、妻はその夫を蔑むようになった。

315 王族も、梵天の親族(バラモン)も、並びに種姓(の制度)によって守られている他の人々も、生れに関する言葉を捨てて、欲望に支配される至った、と。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 より

牛の殺戮を言葉の限りに批判するこの章節は、何度読み返しても現代ヒンドゥ教における『牛愛』を彷彿とさせて、とても興味深い。

ここでは、(284)「昔の仙人(バラモン)たちは自己を制する苦行者であった。かれは五種の欲望の対象を捨てて、自己の(真実の)義を行った」しかし、(301)「バラモンたちは、牛の群が栄え、美女の群を擁するすばらしい人間の享楽を得たいと熱望した」という流れで五種の欲望に夢中になり、堕落し、貪欲になり、(306)「そこでかれらは財を得たのであるが、さらにそれを蓄積することを願った。かれらは欲に溺れて、さらに欲念が増長した」という流れで増々貪欲を加速させ、その貪欲を満たすためにクシャトリヤの王に牛など動物の殺戮を伴う祭祀を強く勧め、脅迫し、世界を悪法で支配していった事に対する、ブッダの痛恨の思いが明瞭に見て取れる

(この文脈では、理想化された過去のバラモンは現在のサマナ修行者の写し絵になっており、現在のサマナの生きざまは過去の正しいバラモンの『正統の復古形』と位置付けられている)

この事は、先に引用した三明経の、

「ヴァーセッタよ。聖者の戒律において五官の欲望は、鎖とも縛るものとも言われている。これらの五つの欲望の部門に対して、三ヴェーダに詳しいバラモンたちは執着し、夢中になり、罪を犯し、また思うがままに操る智慧を持たずに享受し、愛欲という縛るものに結び付けられていながら、身体が亡びた後、梵天と共生するであろうと言うが、この事に根拠はない」

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊 P560~より

というバラモン批判と、表裏一体となるものだろうし、更にこの『鎖とも縛るものとも言われる』『愛欲という縛るもの』という文言は、

カタ・ウパニシャッド

第一章

25:ヤマ「~人間の世界において得難い愛欲のどれであれ、そなたはそれら愛欲の全てを思いのままに望め。

車駕に乗り、音楽を奏でる、この美女たちを見よ。このような美女は実に人間どもには得られないのだ。

わたしが与えるこれらの美女たちと遊び戯れよ。ナチケータスよ、死について訊ねてはならぬ」

 

第二章

1:ヤマ「一方に精神的な幸福があり、他方に肉体的な快楽がある。両者は目的を異にするが、人間を束縛する

それらの中で、精神的な幸福を取る者は善いことがあり、肉体的な快楽を選ぶものは人生の目的を失う。

2:精神的な幸福と肉体的な快楽とは、いずれも人間に近づく。賢者は両者を審らかに吟味して、両者の差別を判断する。

実に賢人は肉体的快楽よりも精神的な幸福を選び、愚者は心の平安よりも肉体的な快楽を選ぶ。

3:そなたは、ナチケータスよ、好ましい愛欲と好ましく見える愛欲とを熟慮して、それらを拒絶した

また多くの人々が耽溺する、かの財宝の鎖を受け取らなかった。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P293~より

という、カタ・ウパニシャッドにおける死の神ヤマと求道者ナチケータスとの対話を思い起こさせるだろう。両者の心象イメージは酷似している。ヤマの誘惑に耽溺してしまっているのが悪しきバラモン祭官であり、ナチケータスの選択を体現しているのが正に比丘サマナである、という様に。

仏典に戻ると、三明経で「五つの欲望に駆られて夢中になって罪を犯し」とブッダが批判するバラモンの『罪』として、具体的に「自らの欲望を満たすために動物を殺戮するという悪しき祭祀を執行する」事を第一に取り上げて、先のスッタニパータでは批判している事になる。

彼らバラモンは「人間の享楽(欲望)を希求した!」、その為に「幾百千の多くの牛を犠牲のために屠らせた!」

ここには本来のバラモンすなわち『真のブラーフマナ』は、最高神ブラフマンの高みの世界(解脱)のみを欲望・希求すべきであるのに(ナチケータスの様に!)、その反対に地上の低次の欲望に心を奪われて自らの本義を見失ってしまった、という非難があり、価値観がある。

そしてブラフマンの解脱境である四梵住『慈悲喜捨』からは真逆にあたる『虐殺』を推進しながら、『ブラーフマナ』、つまり『ブラフマンを知る者』を自称し、『ブラフマンとの共生に導く』などと称するバラモン祭官たちの、その自己矛盾を徹底的に暴いている。

(逆に言えば、ブッダは『虐殺祭祀』に狂奔するバラモン祭官たちへの痛烈なアンチテーゼとして、慈悲の心を梵住=ブラフマ・ヴィハーラとして掲げた。お前ら無慈悲なバラモンに、ブラフマンについて語る資格はない、と)

しかしここでむしろ重要なのは、スッタニパータにおけるバラモン批判が、間違った祭祀の結果として、世界の運命が転落の道をたどり混乱と災いに満ちた】、という時のその『文脈』かも知れない。

そこでは、(311)「昔は、欲と飢えと老いという三つの病いがあっただけであった。ところが諸々の家畜を祀りのために殺したので、九十八種の病いが起った」として悪しき祭祀の悪しき結果として、世界がより不幸になり災厄に見舞われた、とされ、(314)「このように法が廃れたときに、隷民(シュードラ)と庶民(ヴァイシヤ)との両者が分裂し、また諸々の王族がひろく分裂して仲たがいし、妻はその夫を蔑むようになった」として、正しい法(正しい祭祀)が廃れる事に拠って、人の世の人倫が崩壊した、と嘆いている(ここで廃れた『法』とは明確に『正しい祭祀』だろう)

つまり、バラモンたちが自らの貪欲を満たすために、殺戮を伴う悪しき祭祀という悪法に走ったが為に、その悪しき祭祀の悪しき『威力』の結果として、世が乱れ、人倫は堕ち、世界は不幸になった、という心象が顕著に示されている。

そしてその様な殺戮を伴う祭祀を、バラモンたちは「神々を喜ばせて願いを叶えるため」と称しながら行うが、実は(310)「刃が牛におちるや、そのとき神々と祖霊と帝釈天と阿修羅と羅刹たちは、『不法なことだ!』と叫んだ」として、本当はその様な『殺戮祭祀』を捧げられている神々もまた、それを「不法(アダルマ)なもの」として非難している、という真実を説き明かしている。

(実際に歴史的に見れば、人間の卑俗な生態を反映したインドラなどの神々は、リグ・ヴェーダなどを見る限り戦士として悪(敵)と戦い殺戮も辞さない。同様に動物供犠の祭祀を彼らは喜んで嘉納していた。つまりブッダは、ここで新たな『物語』を創出し、その文脈に聴衆を乗せようとしている。当時の聴衆には、その文脈に自ら乗ろうとする『感性』と『求め』が備わっていた)

ブッダの『本音』はともかく、ここに見られる文脈は、思考の枠組みとして明らかに、「祭祀の持つ善悪の呪の力が世界に影響を与え支配している」、という事を、全く何の疑問もなく前提し肯定している

この辺りは、いわゆる現代的な理性主義に乗っ取ってブッダ存在やその言葉を理解したがる人々にとってはある種の『地雷』となっているのだろうが、しかしこの様な祭祀についての『パラダイム』こそが、ブッダの実践道を考える上で極めて重要な意味を持つと私は考えている。

これもまたフライングなのだが、何故ならこのような既成のバラモンによる『動物を殺戮する悪しき祭祀』に対するアンチテーゼとして『動物を殺さない善き・正しい・真実の《内なる》祭祀』を提唱・実践したのが、ゴータマ・ブッダ社会機能的な『本懐』に他ならないからだ。

それは詰る所、2,500年前の古代インド世界においては、『祭祀』というものが世界を支配し統べるある種の『文法』になっており、ブッダ自身もその様な文法に従って言動する以外に道はなかったという事なのかも知れない。

ブッダバラモンが行う祭祀行為が持つこの世界に対する『威力』を決して否定してはいない。むしろ善き祭祀が世界を善く整え、悪しき祭祀が世界を悪しく堕とす、として、善きにつけ悪しきにつけ積極的にその『効力』を是認している(だからこそバラモンの悪しき祭祀に反対する。殺される動物に対する慈悲はその根幹にあるが、それだけではない)

しかし考えてみると、本来その祭祀を捧げられていたはずの「神々と祖霊と帝釈天」や「阿修羅と羅刹たち」という下等な神格でさえ「不法なものだ!」と犠牲祭を非難しているのに、ならば一体誰が、バラモンの悪しき祭祀に対して悪しき結果を報いとして与えているのだろうか?

祭祀とは超越的な威力を持つ神々をその式次第によって喜ばせて、その返礼(恩寵)として善き結果がもたらされる事を期待するものであり、もし悪しき祭祀の結果、世界に悪しき影響が降りるのならば、そこには悪しき祭祀を捧げられて喜び、返礼として悪しき果報をもたらす『悪しき威力』が想定されなければならない。

もしそんな者がいるとしたら、それは悪法である悪しき祭祀を喜び、悪徳を喜び、それによって威力を増し、ますます世界を悪に染め上げて破滅に導いていく、全き悪魔のような神格だろう(イメージとしては黒魔術)。

そしてもちろん、パーリ経典にはそのような『悪の権化』が登場している。それこそがパーピマントやナムチ、あるいはマーラやカンハ(黒魔)と呼ばれる『悪魔』たちに他ならない。

という事で、長々と書き連ねて既に20,000文字を超えたので… 次回に続く。

 

(本記事については、投稿後一週間くらいはその細部を地味に加筆・修正する可能性があります)

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善の要望があれば、真摯に受け止め適切に対応させていただきます

§ § §

 

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『四梵住』とブラフマ・チャリヤ【前編】

前四回にわたってウパニシャッド的な絶対者ブラフマンとゴータマ・ブッダとの関係性について、諸原典を引きつつ様々な角度から検討してきた。

zeropointbuddha.hatenablog.com

それについて新たに判明した事実関係について補足しておきたい。前回私はいくつかのテーマについて考察しているが、そのひとつに『作られざるもの』と『作られたもの』の対置があった。

383 : バラモンよ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られざるもの(=ニルバーナ)を知る者であれ。

383. Chinda sotaṃ parakkamma, kāme panuda brāhmaṇa;
Saṅkhārānaṃ khayaṃ ñatvā, akataññūsi brāhmaṇa.

日本語訳はブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫) 中村元訳 P64~より

パーリ原文は http://www.tipitaka.org/  Vipassana Research Instituteより。

上のダンマパダ「バラモン章」の記述における『作られざるもの=akata』と、

祭祀によりて獲たる種々の世界(果報)を観察し、無作(永遠)の世界は作為(祭祀)によりては獲られずとて深き失望に陥りなば、

parīksya lokān karmacitān brāhmano nirvedam āyān nāsty akrtahkrtena

日本語訳はウパニシャッド:佐保田鶴治著 平河出版社 P250~より

サンスクリット原語はThe Principal Upanishad:P678より

上のムンダカ・ウパニシャッド1-2-12の記述における『無作(永遠)=akrtah』が重なり合う概念ではないのか、という問題提起であり、そこにおいてどちらもaを付けてその否定形をなしているパーリ語のkataとサンスクリットのkrtaについて、果たして全くの同義であるか、という点がひとつの焦点であり、あの時点では未詳であった。

しかし、ネット上を悪戦苦闘しつつ検索するとどうやらこのkataとkrtaが同義である事が確認できたので下に引用したい。

Now, in the study of karma in the Pali canon, we find some references
to krta (kata) and akrta (akata). There are, as example, such statements
as these: "We are born in hell owing to non-doing (akata) of good
acts" or "We are born in heaven owing to non-doing of evil acts" (cf. A.
N. vol. I. P. 57 etc.).
And in the later treatise of the southern Theravadins,
such acts as non-killing in terms of the religious observance are classified
under the item of kata and akata (cf. ND, p. 54; ND2 p. 126). The idea
of this sort concerning akata-kamma in Pali canon is the same one as akrta-karma mentioned above.

On the idea of "avijnapti-karma" in Adhidharma Buddhism 山田恭道著より

上の論文では、どうやら説一切有部上座部における行為と業について論じているようであり、そこにおけるkrta (kata) と akrta (akata)の取り扱いは私の論旨とはまた違った文脈に属する(しかし微妙に重なりつつもある)のだが、とにかく、krtaとkataが同義である、と言う事の確認はできたので、ここに記しておく。

私の読みでは、『祭祀行為』という原風景を前提にこのkrta (kata)とkarma (kamma)が撚り合わされつつ、全インド教における因果応報と輪廻転生世界観の、いわば背骨ともなっている様なのだが、これはまた今後の展開に委ねたい。

いずれにしても、生きて法を説くブッダはその聴衆にとって、『ブラフマンの世界に至った者』であり、それこそがニッバーナであり到彼岸であり解脱ではなかったのか、という仮説については、私の中でますます強化されつつある。

この点に関しては、実は先行ブログである「脳と心とブッダの覚り」において、極めて近接した内容について私はすでに考察している。

今から3年以上前の2013年に投稿されたものだが、未だ熟してはいないがぶれる事ない私の問題意識が鮮明に記されているので、今回はそこからの引用を入口として、論を進めたい。

この投稿はそれまで敬遠していたチベット仏教についての本を読んだ際の驚きをベースにしており、何やら昔の日記を読み返している様で面映ゆいのだが…(笑)

私にとってもう一つの驚きは、チベット仏教の世界観の中に、リグ・ヴェーダからウパニシャッド、そしていわゆるヴェーダンタに至るインド思想の本流に当たる諸概念が、全て網羅されていた事実です。

ある意味、チベット仏教とは『もうひとつのヒンドゥ教』といってもいいくらいです。

前回、それはもうひと月以上前になりますが、私がこのブログに書いた、そしてその続きを未だ書いていない、リグ・ヴェーダにおける創造者ヴィシュヴァカルマンとそれを孕んだ『胎』の問題。それはそのままチベット仏教の中に、ストレートに継承発展されて伝わっています。

如来蔵の思想、シャクティ(女尊ダキニやターラ)の思想、クンダリーニの諸観念等々。私が今まで経験し探求してきた流れが、全て、より具体的な形で、チベット仏教の中に伝わっていた事を、私は再発見した訳です。これは、個人的には、かなりエキサイティングな『アハッ体験』でした。

しかし、彼らがその表門に掲げている観念の楼閣は、依然として私にとってはある意味、意味のない虚構にすぎません。それはある種の方便とも言えるだろうし、あるいはその方便を本質と見誤った人々も多くいた事でしょう。

問題は、その虚構をはぎ取った裸の本質の中から、いかにしてブッダの瞑想法とその『悟り』の実際について抽出し結晶化をするかでしょう。

問題の核心は、『慈悲』にあるのではないかと今は感じています。

ブッダの一切衆生に対する慈悲。それが生まれいずる根拠とは一体何だったのか。

この世界の一切がアニッチャー(無常)であり、アナッター(非我・無我)であり、ドゥッカー(苦)に過ぎないとしたら、苦しみあがく一切衆生の存在もまた無常なものです。

無常なものに関与して救い出そう(変えよう)とするのは筋が通りません。その苦しみもいずれは消えてなくなります。そのまま傍観し放置すればいい事です。

ブッダが現世否定の単なるニヒリストに過ぎなかったら、慈悲が生まれる理由は存在しません。

チベット仏教を概観すると、ひとつの事が明らかです。それは、彼らがウパニシャッド的な絶対者ブラフマンと言う存在を、様々な異名によってほぼそのまま踏襲しているという事実です。

もちろん、その絶対者・至高者の性格はウパニシャッドとタントラ・密教では異なります。けれど、それは明らかにブラフマンの発展形に他ありません。

リグ・ヴェーダに見られるヴィシュヴァカルマン。それを胎児として生みだした原初の大水あるいは『胎(ガルバ)』

このヴィシュヴァカルマンがやがてウパニシャッドにおいて創造者ブラフマンになり、その住処であるアーカーシャ(虚空・空処)の思想につながります。

その流れは、そのままチベット仏教における神的ブッダの『胎蔵』とその誕生神話へと繋がり、驚くべき事に、これらの神話が、具体的な瞑想実践の方法論と作用機序の中に、合理的に組み込まれてさえいる。

ここで私が思い出すのが、すでに原始仏教の時代においても、ブッダ梵天ブラフマンの擬人化)と同一視されていた、という事実です。私の以前の立論によれば、ブッダの瞑想法において彼岸に至る、と言う時、その彼岸の具体的な心象風景とは須弥山の岸でした。

その須弥山こそが、世界の車軸でありブラフマンの住処であった事を考慮した時に、全ての脈絡がひとつながりに結びつくと思うのは私だけでしょうか。

世界の車軸である創造者ヴィシュヴァカルマンが、胎児として誕生したという事を思い出して下さい。胎児として出生したプルシャがブラフマンとイコールであった事実、そしてブラフマンが世界の車軸たる神的スカンバであった事実も、またしかりです。

初期仏教、大乗、そして密教への流れ - 脳と心とブッダの悟り - Yahoo!ブログより

この投稿に至るまでには、その背後に様々な探求が横たわっており現在の私のテーマとも直結しているのだが、その点はまた回を改めて扱うとして、もし興味のある方は以下のリンクを見ていただきたい。

Yahooブログ「脳と心とブッダの覚り」過去記事

彼岸はどこにあるか?

彼岸はどこにあるか2

彼岸としての須弥山と瞑想階梯

この当時は須弥山の世界観の中でその山頂に住まうとされる梵天の世界が『彼岸』を意味していたのではないかと色々と検討していた。

それは、今回の古ウパニシャッド的な『ブラフマンの世界』描写とは微妙に異なっており、また重なり合う所もある。所詮これらは古代インド人が紡ぎ出した形而上学であり地域ごとにバリエーションがあり、時代とともに変遷してもいる。

その整合性については若干の齟齬はあるが、上の過去の考察においても、そして現在の考察においても、ブッダが指し示したゴールが同時代人にとって彼岸としての『ブラフマンの世界』であった可能性が高く、俗世界である此岸と解脱境である彼岸の間には越える事の困難な『水の障壁』が横たわっていた、と言う共通心象だけは確認できるだろう。

その点に関しては今後追々と詰めていくとして、取りあえず今回ここでは、以下のブッダ『慈悲』について取り上げよう。

問題の核心は、『慈悲』にあるのではないか?

ブッダ一切衆生に対する慈悲。それが生まれいずる根拠とは一体何だったのか。

この世界の一切がアニッチャー(無常)であり、アナッター(非我・無我)であり、ドゥッカー(苦)に過ぎないとしたら、苦しみあがく一切衆生の存在もまた無常なものです。

無常なものに関与して救い出そう(変えよう)とするのは筋が通りません。その苦しみもいずれは消えてなくなります。そのまま傍観し放置すればいい事です。

という問題提起を手掛かりにして、ゴータマ・ブッダの原心象について考えてみたい。私がここで取り上げていたのはブッダの『慈悲』の根拠についてであった。

この点に関しては、魚川祐司氏の「仏教思想のゼロポイント」が実に的確に表現しているので以下にその名調子を抜粋引用しよう。

魚川氏の同書に関しては、そもそも本ブログの題名仏道修行のゼロポイント」が、その批判的(しかし多分に好意的)オマージュとして掲げられた経緯があり、改めて機会があれば書評としてまとめたいと思っている。

(この間の流れに関しては、魚川祐司著「だから仏教は面白い!」を読んで 「仏教思想のゼロポイント」を読んで「仏道修行」のゼロポイント、各Yahooブログを参照)

彼の問題意識は多く私のそれと重なるのだが、その結論が微妙に、時に決定的に異なっている。これはそれぞれのタイトルが示すように、私の関心の焦点が仏道修行』にあり彼のそれが仏教思想』にある事の必然的な結果なのかもしれない。

(私がこれまでブラフマン思想にこだわっているのは、あくまでも『実践(瞑想行)』の詳細をあぶり出す為の手段に過ぎない)

しかしどちらにしても、慈悲の根拠という問題設定に関して両者のそれは重なり合う部分が多く、彼はそれを的確に言語化する能力に秀でている。それは以下の文言にもよく表れているだろう。

(~ここまで老子の思想を引き合いに出し仁愛などの概念を説明したのち~)

「捨」の態度が覚者の風光から出るものだとすれば、そこではあらゆる分別の相が滅尽している以上、それは仁愛もなければ人情もない、まさしく「不仁」の境地であるはずだ。

ならば、そこから慈・悲・喜という利他のはたらきかけが生じるのはどうしてなのか。

現象の世界における衆生の悲喜こもごもが、単に縁起の法則にしたがって起きる中立的な出来事に過ぎないのであれば、そこにいちいち関与して、「抜苦与楽」の実践を行う意義も必要性も、存在しないはずではないのか。

「戯論寂滅」の風光から、「物語の世界」に生きる衆生へのはたらきかけが生ずる動機は何であるのか。

「慈・悲・喜」と「捨」が同居する、覚者の心象とはいかなるものなのか。

その事を考察するために、次はゴータマ・ブッダが説法を決意するきっかけとなった「梵天勧請」の次第を確認してみる事にしよう。

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か P166~より

ここで問題にされているのは、ブッダガヤの菩提樹下で悟りを開いた直後のブッダは、しかし自らの悟りの内実が余りにも反世間的であり微妙を極めて余人には理解しがたいものなので、その法を世に説く事をためらっていた、というエピソードを背景に、それが何故説法・開教へと傾いたのか、というその理由だ。

そこで氏は、仏教において重要な意味を持つ『四無量心』の内の「慈・悲・喜」を世俗の法、最後の「捨」を覚者の風光と位置づけ、両者が何故同居し得るのか、という形で論を進める。

悟りの風光である「捨」が、あらゆる分別の相が滅尽した仁愛もなければ人情もない、まさしく「不仁」の境地、であるならば、何故そこから「物語の世界」である衆生の悲喜こもごもの世界に介入し「抜苦与楽」へと働きかける必要があるのか。

ただ自らの悟りの風光、その「戯論寂滅」の全き安らぎの中に独り自足していて、やがて死すのを待てばよいではないかと。

この点は、先に引用した2013年の私の問題意識と全く重なるものだと私は理解している。

そこで彼はその間の消息を説き明かすために『梵天勧請』のエピソードを引き合いに出す。ここで私は唸ってしまった。

最終的な彼の結論は、以下の様になる。

では意味の判断も無意味の判断も失効したところから、衆生への利他のはたらきかけを行おうとする人々の心象はいかなるものであるのか。

敢えて言語によって簡潔に表現するならば、それは「遊び」というのが適切であると思う。

無為の涅槃の覚知によって、渇愛から離れた眼で現象を眺めた時に、誰が教えるということもなく、ただ明瞭に自知されることが一つある。

それは、いま・ここに存在している、「私」と呼ばれるこのまとまりが、他の全ての現象と同様に、ひとつの「公共物」であるということだ。

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か P173~より

最終的に彼は、その様な無私の「公共物」である覚者が、「世界がただある、という『奇跡』を楽しみながら、それに気づく事なく『我執』という自縄自縛に陥っている人々を『遊戯三昧』的な『聖者の遊び』として『ただ、助ける』」と結論付ける。

この辺りは読んでいてムズムズする所で、当初の問題設定が相当に重なり合うのに、その後の論旨の展開が微妙にズレ、結論部に至っては、ある種隔靴掻痒の感に苛まれてしまう。

上の引用はあくまでもかいつまんだものに過ぎず、全体を論旨を俯瞰するためには是非著作の方を直接参照して欲しいのだが、ここで魚川氏は、意識的にか無意識的にかひとつ重要な事実を捨象・失念して論を進めている。

それはこの『四無量心』が、別名『四梵住』とも称され、梵天存在』との密接な関わりにおいて歴史的に称揚されてきた、と言う点に関してだ。

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正にこの核心となる『四梵住』から、この先の論考をスタートさせよう。その原語は「Cattu Brahma-vihāra」であり、Cattuは四、Brahma‐vihāraは直訳すれば『ブラフマンの住処(境地)』を意味するという。

これまでの本ブログの文脈にしたがい、魚川氏の論述に対して端的に私の感想を書けば、一言で言うとそれは

無私の「公共物」、の立場から発せられる慈悲喜捨って、それはつまり絶対者ブラフマンブラフマン神)じゃないの?

という事になる。

続けて、魚川氏が言及した『梵天勧請』シーンについて、これまでの本ブログの論旨を引き継いで説明すれば、以下になるだろう。

『作られざるもの=akata(ニッバーナ、ムンダカではブラフマン)』に至ったブッダが、当初『作られた世界』に向けた説法を躊躇っていたのを、梵天つまりブラフマン神が「世界が滅びてしまわないように」と説法(転法輪)を懇請し、ブッダは四梵住つまり『ブラフマンのビハーラ(境地・住まい)』である慈悲の心を抱いて説法を決意した、という流れになる。

少々強引な印象は否定しないが、ダンマパダでいう『作られざるものakata』をakrtaとしてムンダカ的なブラフマンと取れば、全てが見事にブラフマン』の一者によって一貫されてはいないだろうか。

もちろんここで前回の論旨を受けて『作られざるもの』と表現したニッバーナやそれに到達したブッダは、これまで繰り返し述べてきたようにパーリ経典においてしばしばBrahma****と表現されるものであり、そこへ至る仏道は『聖なるブラフマンへの乗り物』と呼ばれていた。

私は残念ながら魚川氏のような論旨明快な名文家ではなく、分かりにくい説明で大変恐縮なのだが、氏の言う所の「世俗の法である『慈・悲・喜』と、覚者の風光である『捨』との間に横たわる決定的な断絶・背反」を乗り越え、何故ブッダが後者の立場から前者の世界へと踏み出していったのか、というその心象を理解するために決定的な意味を持つ最重要タームこそが、『ブラフマン』である可能性が高い、と言う事なのだ。

そもそも何故ブラフマン神は「世界が滅びてしまう!」と『恐れ』たのか?

この点に関しては以前『ブラフマン』とゴータマ・ブッダ【後編】 でも軽く触れており、この梵天神の心象についてはいずれ突っ込んで考察したいが、しかし取りあえずここで指摘すべきは、

「何故、【『世界』の滅尽 】を志向しそれを成し遂げた筈のブッダが、「世界が滅びてしまう!」梵天に言われて心動かされ、『世界を救いに』出動する!のか」

と言う事に尽きる。

何とも痛烈な自己矛盾だが、最前の魚川氏の論旨もまたこの矛盾をついているのだろう。しかし彼は梵天の存在意義とその背景心象について全く触れずに、『遊び』なる概念を唐突にひねり出して辻褄を合わせている。

ここに梵天が登場し勧請した事については、単に当時世間に流布していた最高神格を登場させてブッダの『引き立て役にした』に過ぎない、という見方もあるだろう。しかしそんな軽薄な話で事は済むのだろうか?

ブッダが開教を決意する、つまりは『仏教』が仏教としてその開創を宣する最も重要なターニングポイント梵天が勧請しなければ『仏教』それ自体が存在しえない!)において、何故他でもない梵天、すなわちブラフマン神』が必要とされたのか?

正にブラフマン神(梵天神)がそう言ったからこそ、ブッダは心動かされたのだ、という事ではないのだろうか? 

その役割は、論理的心象的必然として、ブラフマン神でなければならなかった。

もちろんこの美しくも象徴的な挿話は、あくまでも寓話であり、イメージの発出に過ぎず、実際に梵天さんがブッダの目の前にその姿を現して直接語りかけたという歴史的事実があった訳ではないだろう(多分)。

しかし寓話は寓話としてその寓話を成り立たせるための背景心象をこそ、我々は究明すべきなのだ。その心象(魚川氏もよく使う言葉だが)を彼ら自身の立場に寄り添って理解しなければ、ゴータマ・ブッダが見ていただろう『覚者の風光』をリアルに復元する事など絶対に不可能だ。

これは暫定的試論だが、人間ブッダの立ち位置を、『絶対者ブラフマンの解脱境』である「捨」と、万象世界(一切衆生)の『創造者ブラフマン(究極には中性だが、象徴的には『母生』もしくは『父性』)の持つ「慈・悲・喜」の心が奇跡的なバランスにおいて両立体現されたものだった、と考えた時、初めて彼が世界への転法輪に向けて力強い一歩を踏み出した、その心象がリアルに理解できる気がする(この部分は『フライング』なので、今後より検討する機会を持ちたい)。

魚川氏が言う『遊び』の概念というのは、恐らく氏個人が中国の老荘思想あたりに影響されたものだと思われ、私は読んでいて全く唐突感を禁じえなかった。

先に触れたように、私が感じた違和感の根底には、何故古代インド人はブッダを翻意させる為にブラフマン神を登場させたのか、という心象について、彼が全くスルーしてしまっている事実がある。

本書における彼の論旨の展開はとても明快で、それを読んでシビレてしまっている読者の私も一人なのだが、彼の言う『無私の公共物』という覚者の風光を『絶対者(創造者)ブラフマンに重ね合わせるならば、『遊び』などという木に竹を接いだような唐突な概念の必要もなく、全ての筋がすんなりと通るのではないだろうか?

古代インドにおいて、正に氏の言う『無私の公共性』を究極的に体現するイデアこそが、すなわち『絶対者(創造者)ブラフマンではなかったのだろうか。

そこで問題になるのが、とりあえずパーリ経典の中で、梵天ブラフマン神)がどのような者として取り扱われているか、という事だろう。

パーリ経典において梵天ブラフマン神)は、しばしば『サハー世界の主』と呼ばれ、世界の最高神格として、もちろん承認されている。

承認されているからこそブッダが開教するや否やという最も重要な局面におけるキーパーソンとして彼が登場する訳だが、しかし彼が創造神である、という宗教史的な事実だけが、何故か捨象されてしまっているのが現状だ。

もし彼がいわゆるヒンドゥ教におけるのと同様な創造神でないのならば、仏教における彼の存在の根拠は一体何だろうか、また彼を称して『サハー世界の主』という時、その真意は一体何だろうか? という話になる。

ブッダが世界の創造者の存在を否定している、と主張する者たちの多くは、主に梵網経などにおいて、ブッダが『常住論』や『一部常住一部無常論』などを批判的に取り上げている、という事を根拠にしている。

しかし、そこでブッダが言っている事の真意は、経典をよく読めば「それがどのような『哲学的な』論であれ、それに固執して振りかざし、その『思想』をもって自らを尊しとなし、他者を否定する様々な『論者達』」とは、「私は決定的に違う」と言っているに過ぎない。

そしてそのような事をブッダが主張させられなければならない、という事実が、おそらくはブッダの死後、彼の真意を巡って後継比丘サンガが混乱に陥った事のひとつの証左ではないかとも私は考えている。

(もちろんこの該当部位は、ブッダ在世中の他思想家に対する批評ととる事もまた可能ではある)

参考までに梵網経の当該部分を引用して見よう。そこではブッダが『創造者にして常住(永遠不滅)である梵天ブラフマン)』について、その存在を明示的に否定しているという事実は一切なく、只その様なものが存在するとかしないとか、こうであるとかああであるとかいう『見解』に対する執着・固執こそが輪廻の『原因』であるとして、それを戒めている。

比丘たちよ、これら沙門・婆羅門たちは、常住論を持ち、(あるいは一部常住一部無常論を持ち)、我と世界とは常住である(あるいは一部は常住であり一部は無常である)と主張する。

比丘たちよ、沙門、あるいは婆羅門で、常住論を持ち(あるいは一部常住一部無常論を持ち)、我と世界は常住である(あるいは一部は常住であり一部は無常である)と主張する人達は、全てこの四つの根拠によるか、あるいはそれらの内のどれかにより、これより他にはない。

比丘たちよ、これについて如来は次のように知る。『このように執着され固執された見解は、このような赴く先をもたらし、このような未来をもたらすであろう」と。

如来はこれを知り、またこれよりも優れた事を知る

比丘たちよ、しかしそれを知って如来は固執する事がなく、また固執がないから、心の内に寂静があり、感受の〔生起する〕原因と消滅と過患と出離とを正しく知って、執着を離れている。

比丘たちよ、これらが、如来がみずから悟り、体現して教示している、深遠で、見がたく、了知しがたく、寂静で、勝れており、思考と思惟とを越えており、微妙で、賢者だけが理解できる諸法であり、またそれら〔を称賛する事〕によって、如来をあるがままに称賛して正しく語る事になる諸法である。

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 梵網経 P20~より要約・抜粋 

ここでは明らかに、『見解』に固執し執着するという心的『行為』こそが、輪廻の原動力になっている、という心象が鮮明に現れている(これはKrtaとKarmaにつながる)。

前後の文脈を踏まえると、ブッダは決して創造神としてのブラフマン梵天)を否定している訳ではない。

ただ、「私はその様な論者たちの帰趨を知り、それ(見解に基づく帰趨)よりも優れたものを知る」と言い、「(そのような見解に)固執する事がなく、また固執がないから、心の内に寂静があり、感受の〔生起する〕原因と消滅と過患と出離とを正しく知って、執着を離れている」と言い、そのような『聖なる無執着と寂静』こそが「如来がみずから悟り、体現して教示している」ものである、と説いている。

これまで本ブログで見てきたように、ブッダは明らかに自らの悟りあるいは解脱、ニッバーナの境地を『ブラフマンの世界』と重ね合わせる形容で聴衆に語り、聴衆もまたそれを自明のこととして受け止めていた可能性が高い。

しかし、ブッダ自身がついぞそれをブラフマン思想』つまり「ブラフマンとは常住であり永遠不滅であり、その世界はこのようになっていて云々」という様な形でその形而上学的詳細』を語る事はなかった。

つまり、いわゆる『ウパニシャッドの哲人』たちが弄んだような「ブラフマンと言う『尾ひれのついた煩瑣な物語』」については一切口を閉ざしたのだ(代わりに『それ』を暗喩する表現を多用した)。これは以前にも指摘したが、いわゆる「neti, neti」を忠実に実践したとも言えるだろう。

何故なら、『それ』は『不立言語(論説)』であり、自ら体験し体現する以外にはそれを真に知る事は不可能だからだ。

「言葉で表現できないものを、(無理くり)言葉で表現すべきではない」

「それについては真の聖者(ムニ)は沈黙を守るべきである」

何故なら、心がしがみついて離さないその様なイメージあるいは概念とは、文字通り『形而上学的な妄想(もうぞう)・妄念(意官の法)』に過ぎず、それを宣布する事によっては結局『心の執着』以外の何ものをももたらさず、実践上何のメリットもなく、却って百害あるばかりだと、経験的にブッダは知っていたからだ。

そのような『妄想・妄念(脳内観念世界)』から脱却する事こそが彼が体現した『ブラフマンの解脱境』に他ならない(想いからの解脱)。

このあたりは非常に入り組んでおり、仏滅後の混乱もさもありなん、と言う感じだが、論理的に考えるとそうとしか言いようがない。

そのような沈黙とは対象的に、彼が熱心に説いたのは『そこ』に至るために修行者が実践すべき具体的な事柄であり道であり、体現すべき具体的な性質、であった。そして、それを語るに当たって、伝統的に『ブラフマン』を指し示す様々な『形容詞』をただ『暗喩』として多用した。

ウパニシャッド的な絶対者ブラフマンの境地をブッダが完全否定していたならば、それを暗喩する表現を多用して自らの道について語る、と言う事は、単なる『騙り』に過ぎない)

その様な『実践道』について、ブッダ梵天との共生(brahma-sahabyatāya)』というテーマで象徴的に語っている非常に興味深いスッタがあるので、以下に引用して見て行きたい。

そこでは先の引用で魚川氏が命題とした慈・悲・喜と捨の四梵住が、梵天ブラフマン神との『共生』という形で、明示的に記されている。

長部経典 第13経 三明経 Tevijja-suttaṃ(一部要約・抜粋)

ヴァーセッタという青年バラモンはポッカラサーティ・バラモンを、バーラドヴァージャという青年バラモンはタールッカバラモンをそれぞれ師として、それぞれが独自に説く、

「これが正しい道である。これが世俗からの離脱に至る真っ直ぐな道である。これを行うものはブラフマンとの共生に導かれる」

という教えを信奉し、どちらが本当に正しい『ブラフマンとの共生に導く道』なのかと論争になったが、どちらも譲らず決着がつかなかった。

そこで二人は、いわゆる『仏の十号』によって称賛され世上に名高いブッダの元を訪れて、二人の内のどちらの道が正しいのか教えてもらう事にした。

彼ら二人とそれぞれの師は、いわゆる三ヴェーダに修めた正統バラモンである事から、ブッダは彼らにこう問いかける。

「あなたたちはそれぞれが『私の道はブラフマンとの共生に導く』と言うが、あなた方もあなた方の師やその祖師に至るまで、実際に一人でも梵天を直接見た者はいるのですか?」

「・・・いません」

「あなた方三ヴェーダに詳しいバラモンたちは伝承によって得た聖句を繰り返し唱えているが、それら伝承を作ってきた往古の先師たちは、実際に梵天がどこにいるのか、どこから来たのか、どこに行くのか、見たことがあるのですか?」

「・・・いいえ」

「三ヴェーダに詳しいバラモンたちも、その祖師たちも、歴史的に伝承された聖句を繰り返し説かれたように唱えているが、梵天について実際には何一つ知らないし見たことはない。にも拘らず、あなたたちは、

『我らは梵天を知らないし、見てもいないが、梵天との共生の道を教えよう。これが正しい道である。これが世俗からの離脱に至る真っ直ぐな道である。これを行うものはブラフマンとの共生に導かれる』

と言っているのならば、それは筋の通らない話ではないですか?」

「・・・その通りです」

(様々な譬えを用いて彼らの非を理解させた後にブッダ仏道修行こそが、梵天との共生に導く道だと説く)

「ヴァーセッタよ。聖者の戒律において五官の欲望は、とも縛るものとも言われている。これらの五つの欲望の部門に対して、三ヴェーダに詳しいバラモンたちは執着し、夢中になり、罪を犯し、また思うがままに操る智慧を持たずに享受し、愛欲という縛るものに結び付けられていながら、身体が亡びた後、梵天と共生するであろうと言うが、この事に根拠はない」

「聖者の戒律において、妨げとなる五つのもの、すなわち愛欲、悪意、怠惰・眠気、狂騒・無作法、疑い深さ、という障害に妨げられているバラモンは、三ヴェーダに詳しいと言えどバラモンとなるべき特質反しており、死後梵天と共住するという道理はない」

「ヴァーセッタよ、年長の師の師であるバラモンから聞いてはいないか。梵天は妻帯しているか、していないか

「・・・していません

「心に恨む気持ちがあるか」

「ありません」

「心に悪意があり汚れているか」

「いません」

「自制心があるか」

「あります」

「それに対して三ヴェーダに詳しいバラモンはどうか」

妻帯しており、心に恨む気持ちがあり、悪意があり、汚れており、自制心はありません」

「その様な梵天と真逆な性質をもったバラモンが、いかに三ヴェーダに詳しいとしても梵天と交際し親しくなるという事があるだろうか」

「・・・ありません

「そのようなバラモンが死後梵天と共生するなどと言う道理はない」

(このように言われて、ヴァーセッタはブッダに)

「ゴータマよ。私は『修行者ゴータマは、梵天との共生の道を知っている』と聞いている」

(として、その道を教えて欲しいと乞う。対してブッダは、マナサーカタ村生まれの人がマナサーカタ村への道を尋ねられても困惑しない事を引き合いに出し)

「ヴァーセッタよ、完全な人(ブッダ)は、梵天の世界や、梵天の世界へ至る道を尋ねられても、呆然としたり、困惑したりしない。ヴァーセッタよ。私は梵天も、梵天の世界も、梵天の世界へ至る道も知っている。梵天の世界に到る実践方法も知っている

(その実践法を説いて欲しいと乞われて)

「このように出家した修行者は、戒律箇条の体系・自己規制を守って暮らし、正しい振る舞いを身につけ、微細な罪にも恐怖を認め、学則にしたがって学ぶ。素晴らしい身体による行い、言葉による行いを具えた者は、清らかな生活を営み、戒律を備え、感覚器官の門を護り、正しい思い、正しい知識を備え、幸せである」

(と説き、その後基本的な戒律から煩瑣な戒律の詳細を説き)

「このようにして、バラモンたちが陥っている感覚的な欲望(五欲)の罠から脱し、五つの障害を克服した出家修行者には、その心に喜びが生じ、喜悦が生じ、身体が安らかになり、安楽を感じ、その様な人は心が安定し、集中する。

彼は第一段階の禅定に到達して、愛欲を離れ、良くない事を離れ、思慮のある、遠ざかり離れる事から生じた、喜び・快楽で身体を満たし、潤し充満し、浸透し、彼の身体には、完全に、遠ざかり離れる事から生じた喜び・快楽によって、浸透されないところはない

(その様な瞑想の深みにおける境地に続いて)

「彼は四方を、上下左右全ての方位を、一切の世界、広大な計り知れない、恨みの無い悪意のない慈悲喜捨の心で満たして生活する」

「あたかも吹く力の強い法螺貝吹きが、容易に音を四方に知らせる事が出来るように、慈悲喜捨の心を修養すると、心が解脱し、基準となる行為の結果は、そこには残っていない、そこに存在していない。

ヴァーセッタよ、これが、梵天との共生に至る道である」

「このように生活している比丘は、ヴァーセッタよ、妻帯しているだろうか」

「妻帯していません」

「心に恨む気持ちや悪意があり汚れているだろうか」

「そうではありません」

「心に自制心があるだろうか」

「あります」

梵天と比丘は共に妻帯していない、心に恨みや悪意や汚れがない、自制心がある、という同じ性質を持っているが、そのような両者が交際し親しくなることはあるか」

あります

「その様な比丘は、身体が亡びた後、死んだ後、梵天と共生するであろう、という事には根拠がある」

(このように言われてヴァーセッタとバーラドヴァージャの両青年バラモンは、歓喜してブッダとサンガに在俗信者として帰依した)

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊 P548~より 

何しろ長部経典、というくらいとても長い経なので、相当部分を省略しているが、その原典の主意は充分伝わるかと思う。

この経は、様々な点でとても興味深い内容を持っている。

(以下は全て、「その様に記述されている」という意味)

まず第一に、いわゆるバラモン教的な正統のバラモンだと思われるヴァーセッタとバーラドヴァージャ青年が、自分たちの伝統を梵天との共生に導くもの」だと主張している事。

次に、その「梵天との共生に導く道」について、道統の違いによる優劣・正邪について、バラモン同士では決着がつかないとして、出家比丘であるブッダの所にお伺いを立てに来る事。

当時世上には、『修行者ゴータマは、梵天との共生の道を知っている』という声が大いに上がっていたらしい事。

ブッダ自身が、自ら「私は梵天も、梵天の世界も、梵天の世界へ至る道も知っている。梵天の世界に到る実践方法も知っている」として、明示的に仏道修行と『梵天ブラフマンの世界』との相関を断言している事。

出家比丘の性質(属性)における妻帯の有無、心の中の恨む気持ち、悪意、汚れ、自制心、の有無が、梵天のそれとの相同性において重ね合わせて論じられている事。

梵天と比丘に共通する「恨みと悪意がない心」を四無量心である慈悲喜捨として抽出し、それを明確に梵天との共生に導くもの」(つまりは『四梵住』)として明示・称揚している事。

大まかに言うと以上の様になるかと思う。

若干微妙な要素はあるのだが、この梵天との共生に導くもの」という概念を『輪廻からの解脱へ導くもの』として捉える事には充分な根拠がある。

だとすると、これまでの本ブログの論考に照らしてみれば、ヴァーセッタとバーラドヴァージャは『2ウパニシャッド的な真のブラーフマナブラフマンを知る者)』に傾斜しつつしかし伝統的な祭式・伝承に引きずられた『1祭式官僚ブラーフマナ』であり、しかし自らの論争においては『真の道』に関して白黒が決せず、ブッダ的な『3真のブラーフマナ』の教えを聞いて、共に帰依した、という流れになろうか(バラモンブラーフマナ)。

実に興味深い、と、私などは瞠目せずにはいられないのだが、この経は伝統的なテーラワーダの中ではどのように受け止められているのだろうか。

これは梵天神を信仰するバラモンたちを正しい道(仏道)に導くという、単なる『方便』としての『お話』(いわゆる仏教の優位を誇示するための典型的な『バラモン改宗譚』)に過ぎないのだろうか?

方便の為なら、たとえ仏道のゴールが梵天ブラフマン神と何の関わりもないのに、あたかも関係しているかの様に『騙る』事も辞さない、そんな話が通用したのだろうか?

本ブログの前五回の考察を前提にしてこの経を読むと、ぶれる事の無い一貫して筋の通る『風光』が、見えて来はしないだろうか。

上に羅列した各項目について詳細を論ずるには、この先相当以上の文章量が必要になる。切りの良いところで今回は終わりとし、次回【後編】につなげていきたい。

本記事を読んで興味を持たれた方は是非、上記引用だけではなく、原典の全訳を参照し熟読して見て欲しい。何分春秋社の原始仏典シリーズは高価なので、以下にネット上で見つけた素晴らしい日本語訳のリンクを貼っておこう(ただし逐語訳なので読み通すのは結構しんどい)

光明寺経蔵より:長部01 梵網経 目次

光明寺経蔵より:長部13 三明経 目次

 

(本記事については、投稿後一週間くらいはその細部を地味に加筆・修正する可能性があります)

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善の要望があれば、真摯に受け止め適切に対応させていただきます

§ § §

 

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『真のバラモン』とゴータマ・ブッダ【後編】

前回の投稿では、絶対者Brahman梵天神Brahmāとの関係性に一応の決着をつけた後に、『真のバラモンブラーフマナ)』という表現あるいは概念について、ウパニシャッドとパーリ仏典の両面から迫ってみた。

そこでは『輪廻からの解脱』を巡って対照的な、大別すると三つのブラーフマナバラモンブラフマンを知る者)概念が存在する事を指摘した。

ヴェーダの言葉の知識(その威力=ブラフマン)を具えて、硬直化し肥大化した祭式のみにもっぱら専念する『祭式官僚ブラーフマナ』(含むバラモン階級者全般)」

「その様な哀れなバラモンに対する批判的な思弁と探求の中で想定された『不滅の(絶対者)ブラフマン』を知る(あるいはそれに到達する為の修行の道にある)ウパニシャッド的な『真のブラーフマナ』」

「パーリ経典に表された様な、ゴータマ・ブッダによって提示され体現された『真のブラーフマナ』」

上の1については現世的、つまり輪廻の内における様々な請願については叶える力を持っているかも知れないが、こと『輪廻からの解脱』についてはまったく無力であり、その無力性の根拠として「彼らが、彼らよりも上位に位置する『絶対者ブラフマン』に対して、原理的に『命じる権能』を持ち合わせていない事を指摘した。

それに対して、ウパニシャッドとパーリ仏典における2と3の『真のブラーフマナ』は明確に『輪廻からの解脱』に焦点を当て、それを可能にする方途であり、修行道である、と位置付け、この両者の心的ベクトルはほとんどイコールではないのかと問題提起した。

もちろん特に前二者の違いについては完全に二分できる訳でもなく、それぞれ個々のバラモン(祭官&求道者)においてそれぞれに異なっており、グラデーションがある。

例えば伝統的なバラモン祭官の中には、絶対者ブラフマンの境地へ、伝統的な祭式のみで到達できる、と主張する者もいたであろうし、あるいはまた、祭式と苦行とオームの念誦など適当に配分した行法に依ってそれに到達できると主張した者もあっただろう。

しかし、全体の概観として、1のブラーフマナと2のブラーフマナが決定的に対立していて、ブッダの主張した3のブラーフマナが2のそれに極めて近似的だったと言う事は間違いない。

この1と2の対立に関して、全く重なりあう記述をムンダカ・ウパニシャッドの中に見出したので以下に引用しよう。

ムンダカ・ウパニシャッド1-1 勝劣二種の学道

4:彼は説きぬ。「梵学者の教うるが如くんば、すべからず二種の学道のあるを知るべし。二種の学道とは勝学道劣学道となり。

5:このうち劣学道とはリグ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダ、発音学、儀礼学、文法学、語源学、韻律学、占星術なり。

次に勝学道とはこの不滅なるものが会得せらるる所以の道なり。

 

1-2 祭祀道の果報の限界

:かの十八の祭資は祭祀道の形なせる不安定なる小舟に過ぎず。これらに基づく祭儀は低劣なるものと言われる。かくの如きのものを勝道と思い喜ぶ痴愚の輩は再び老死の世界に堕つ

愚昧の輩無知(Avidya)なるままにあれやこれやと行事をなしつつ「我こそ道を得たり」と驕る。彼等祭祀主義者は欲念に迷わされて真理を悟らざるが故に、果報尽きたる天界より惨めな姿もて退堕す。

10:迷乱せる輩は祭祀と善行を最勝事と想い、これに勝れるものあるを知らず。かれらは殊妙なる天界の背(頂)にて福祉を享受したる後、この世界あるいは更に劣れる世界に入る。

ウパニシャッド:佐保田鶴治著 平河出版社 P250より  

ここでは冒頭、明らかに伝統的なバラモン祭官の祭式とそれのよって立つヴェーダの諸学問が劣学道とされ、『不滅なるものブラフマン)に至る道』が勝学道と称されている。

次の『祭祀道の形なせる十八の祭資』とは上を受け、伝統的なリグ、ヤジュル、サーマ、アタルヴァの四ヴェーダとそれに付随する諸文献に依拠した伝統的ないわゆるバラモン教の祭式を意味しており、このような劣学道は、先に私が列挙した三つのブラーフマナの内の『1祭式官僚ブラーフマナに全く対応するだろう。

これらバラモン祭官によって執り行われる祭儀(祭式)は低劣なもので、『勝学道』にあらず、それに気づく事のない者は無知(Avidya)『痴愚の輩』であり、輪廻生死を繰り返す、つまり輪廻からの解脱を得られない、と断言的に批判している。

その他にも祭祀主義者欲念に迷わされ真理を悟らざるが故に」「迷乱せる輩は祭祀と善行を最勝事と想い、これに勝れるものあるを知らず」など、このような『1のバラモン祭官』が彼らの祭式よりも優れた『別の道』を知らずに、迷乱に陥り輪廻を繰り返す事が徹底的に指摘されている。

これは前回引用した

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第三章第八節10

この不滅のものブラフマンを知ることなく、ガールギーよ、この世において供物を捧げ、祭祀を行い、苦行して数千年に及ぶとしても、その功徳は正に滅びるであろう。

この不滅のものを知ることなく、ガールギーよ、この世を去る者は、憐れむべき人である。しかし、この不滅のものを知って、ガールギーよ、この世を去る者は、真のバラモン(Sa Brāhmana)である。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P231~より

という文脈に全く重なるものであり、この結論部はムンダカにおいては以下のように言及されている。

ムンダカ・ウパニシャッド1-2 勝道学への転向

11:およそ森林において苦行と信仰とを修め、心を寂静にして、乞食行を行ずる賢者は罪垢を去り、太陽の門を過ぎて、かの自性不滅なる不死の神人(プルシャ)の在ます処に入る。

12:真道人ありて、祭祀によりて獲たる種々の世界(果報)を観察し、無作(永遠)の世界は作為(祭祀)によりては獲られずとて深き失望に陥りなば、その事を明らかにせんが為に薪を手にして、博識にして梵学道に通じたる師を訪ぬべし。

13:さすれば、その賢者は己を訪える求道者がその心寂静にして、五官を制せるを見て、己がよりて以て真有なる不滅の真我を知れるに至れる梵学道を実の如くに説き明かさん。

ウパニシャッド:佐保田鶴治著 平河出版社 P250~より

ここでは先に出てきた『痴愚の輩』である『1のバラモン祭官』が知らない『勝学道』『梵学道』として明確にブラフマンを知る道』である事が示されており、それはイコール、『真のブラーフマナ』の道である事がこれまでの脈絡から明らかだろう。

また『梵学道』の原語はBrahma-vidyaであり、伝統的な祭官バラモンが振りかざす知識は実はAvidya(無知)そのものであり、ブラフマンを知ると知らぬのVidyaとAvidyaが、仏教の明知と無知に完全に対応する事はとても興味深い。

ここで「祭祀によりて獲たる種々の世界(果報)を観察し、無作(永遠)の世界は作為(祭祀)によりては獲られずとて深き失望に陥りなば、その事を明らかにせんが為に薪を手にして、博識にして梵学道に通じたる師を訪ぬ」という流れは、

『博識にして梵学道に通じたる師』をアーラーマ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタなどに比定すれば、そのまま沙門ゴータマ・シッダルターの姿に重なると見る事もできる。

このムンダカ・ウパニシャッドは、カタ・ウパニシャッドやシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドに続いて、ブッダの時代の後、に主に成立したとされており、ムンダカという語もまた、そもそも『剃髪者』を意味している。

一般に言われる様に、「ブッダの教えはブラフマンとの合一を説く教えではない」という立場に立てば、その点においてムンダカ説のアートマンブラフマン説への傾斜は仏教と著しく反する様に見えるが、私のこれまでの論述を前提に、ブッダと絶対者ブラフマンが等値されていた可能性を視野に入れると、このムンダカ説の内容は「心寂静にして、五官を制せる」など、極めて仏教と近似しており、その直接的な影響下に編纂された可能性さえ考えるべきだろう。

この五官・六官(感官)の制御についてはカタ・ウパニシャッドなどにも顕著に表れており、これが後のアシュタンガ(八支)・ヨーガにおける『プラティヤハーラ(制感)』へと続くのだが、これについては仏教における『六官の防護』と深く関っていると私は考えている(この点は回を改めて詳述検討)。

以上の様に見てくると、先に私が提示した三種の『ブラーフマナ』について、『1祭式官僚ブラーフマナ』と、ウパニシャッド的なブラフマンを探求する『2真のブラフマーナ』の対立構造が歴史的に存在していた事は、もはや明らかだろう。

両者の根本的な相違とは、絶対者ブラフマン(もしくはそれに等値されるブラフマン神)を知っているか否か、そして、それ故に、輪廻から解脱できるか否か、という点にある事になる。

そこで問題になるのがブッダの立ち位置だ。何故ならすでに見てきたように、ブッダもまた、『輪廻からの解脱』を説き『不死の境地』を説き、自らのその到達とそこへの道を、ウパニシャッドの求道者と同じように『真のブラーフマナ』の名において称揚し、彼の事を周囲のバラモンたちは『ブラフマンに等しい(Brahmasama)』と称えていたからだ。

彼は一体、『絶対者ブラフマンの解脱境』を前提に、その教えを説いたのだろうか? この問題に関しては様々なアプローチの方法があるが、ここまでの記述でひとつ気が付いた事があるので、まずその点について考えてみよう。

上のムンダカの一節「無作(永遠)の世界は作為(祭祀)によりては獲られず」において、無作(永遠)とはブラフマン(=アートマン)を意味し、それは作為であるところの『祭祀(祭式)』によっては得られないとしている。

私はこの、ブラフマンを暗喩する『無作』という言葉に引っかかったのだ。

同じような表現は、パーリ経典の一節としても存在しており、その存在の確認は、つい最近にも行われている、と。

そこで色々と思い当たる原典ソースを参照すると、前回引用紹介したダンマパダの『バラモン』章の冒頭にその記述を確認する事が出来た。

前回私はこの章からの引用を第二節(384)以降から始めているので、恐らくあの時点ではあまり重要性に気付かなかったのかも知れない。

第26章 バラモン

383 : バラモンよ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知る者であれ。

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫) 中村元訳 P64~より

この「バラモン章」は全体が『真のバラモン』たる事を説いているので、繰り返しになるが、作られざるものを知ることが『真のブラーフマナ』である、と言っている。

これの原語を当てて対照すると以下のようになる。

383 : バラモンよ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知る者であれ。

383. Chinda sotaṃ parakkamma, kāme panuda brāhmaṇa;
Saṅkhārānaṃ khayaṃ ñatvā, akataññūsi brāhmaṇa.

パーリ原文は、http://www.tipitaka.org/  Vipassana Research Instituteより。以下同

「作られざるもの=akata」はkataにaが付いた否定形なので、その意味を調べると

Kata (& sometimes kaṭa) [pp. of karoti] done, worked, made.

its original meaning of "built, prepared, worked out"

The Pali Text Society's Pali-English dictionary より

であり、全て過去形(過去分詞?)になっており、『作られざるもの』という訳文を見ると、これは受動態なのだろうか。

次に先のムンダカの一節を原文と対照すると以下のようになる。

祭祀によりて獲たる種々の世界(果報)を観察し、無作(永遠)の世界は作為(祭祀)によりては獲られずとて深き失望に陥りなば、

parīksya lokān karmacitān brāhmano nirvedam āyān nāsty akrtah krtena

サンスクリット原語はThe Principal Upanishad:P678より

上の全文を対照するだけの語学力は私にはないのだが、当該のキーワードである無作(akrtah)作為(krtena)はそれぞれ当てはめる事ができた。

ここで中心となる語はkrtaでありパーリ語kataに相当し、akrtahはその否定形になる。しかもkrtaというのはkataと同様に過去形(過去分詞?)のようであった。

ここでひとつ重要になるのが、果たしてパーリ語のkataサンスクリットのkrtaが同義であるか、という点だろう。

それについては、これもまた私の能力では即断はできないのだが、色々とネット上の辞書を調べていくと(あくまでも感触に過ぎないのだが)どうやら、これらの単語は同義の関連した語集団に属し、それはkarmaやkammaともつながり、その背後には祭祀行為、という心象が存在する様にも見える。

サンスクリットのkrtenaが作為と訳され括弧して『祭祀』とされていたのは、その様な背景心象を忠実に訳した結果なのだろう。

ここで本稿の主旨に合わせて、私なりに分かり易くこの一節を訳せば、

「決して作られ得ないもの(絶対者ブラフマン、は作られたもの(祭祀)によっては得られない」(後者は敢えて過去形にした)。

と言う事になる。そして次に先のパーリ・スッタの一節を拙訳アレンジすれば、

バラモン(真のブラーフマナブラフマンの探求者)よ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られ得ないもの(=ニルヴァーナブラフマン?)を知る者であれ」

と言う事になる。

ここで注意すべきは、上のパーリ・スッタにおいてニッバーナが『作られざるもの』、として提示された裏には、その前段の『流れ』『諸の欲望』『諸の現象』というものが『作られたもの』である、と言う含意があり、その様な作られたものとは対照的な反語として、ニッバーナ(作られざるもの)が置かれている、と言う事だろう。

この作られたもの、作られざるもの、という概念の背後には、一体どのような心象が横たわっているのだろうか?

特にサンスクリットのkrtaの場合、「कृत kṛtaとअकृत akṛta」として「 done(made) and not done(made)」という形のひとつの成語になっているようで、何やら芳しい匂いがしてくるのだが、ここではこれ以上立ち入らない。

ただひとつ、重要な観点があって、それは、作られたもの(作られるもの)が存在する場合は、必ずそこには『作者』が存在するだろう、という想定だ。どうだろう、よく考えて欲しい。

仮に作者が想定されていないとしたら、その様な事物に対して『作られたもの』という定義は適当だろうか、あるいは可能だろうか? 私はここで原語の詳細なニュアンスにまで立ち入って論ずるだけの能力はないが、単純に日常の日本語として考えてみてほしい。

そこで私が思い至ったのが、そもそも絶対者ブラフマンとはその性格のひとつとして『創造者』という役割を当てられていた、という事実だ。

そして彼は、同時に祭祀における言葉の呪の力の本源的な『作者』であり統括主権者でもあった、という点は、前回指摘した通りだ。

ここでこれまで『作る』という漢字を当てていたものを『創る』に替えてみれば、分かり易く全ての筋が通るかも知れない。

何故ブラフマンを称して『作られないもの』と言い得るのか。それは彼こそが世界・宇宙の原初の一者であり、全ては彼から始まる唯一絶対の創造主であるからに他ならない。

つまり、創造者であるブラフマンは、被造物である『祭祀(祭式)』によっては得られない、と。これは前回指摘した様に、単純なヒエラルキーの問題として理解すれば分かり易い。

祭祀はその上位存在である絶対者ブラフマン、すなわち言葉の呪の力を統括する最高主権者であり同時に全宇宙の創造主に対して、(その門戸を開くよう)命じる権能を持ち合わせていない。

そしてこの創造者としてのブラフマン原始仏教の原心象においても暗黙の裡に想定されていた、と仮定した場合、先のダンマパダ・バラモン章:383節における『流れ』『諸の欲望』『諸の現象』はすべて『被造世界(いわゆる一切世界)』であり、その中に惑乱し夢中になっている限り、その本源たる『創られざる者(訳出ではニッバーナだが)』を知ることはできない。

もう一度念を押しておくが、ウパニシャッド(あるいは仏教をも含む)で言う所の『一切世界』とは作られた(創造された)『被造世界』であり、ブラフマンとはそれを創造した原初の独一の主宰者であり、だからこそ彼は『作られざるもの』と称される。

この『作られざるもの』は別の言い方をすれば『自ら生じたもの』であり、インド語ではスワヤンブー(Svayambhu=Self-manifested)としてブラフマンに対する神秘的な呼称として定型化されている。

何故なら彼は原初の独一の主宰者であり、彼以前には誰もおらず、それでも彼が存在していたのならば、それは誰にも作られる事なく自ら生じる以外にあり得ないからだ。

(シャタパタ・ブラーフマナ曰く:Prajapati sprang from Brahman who is selfexistent 《Prajapatir brahmanah, brahma svayambhu》 )

言い方を変えれば、そのような自生者にして創造者たるブラフマンは完全なる独一の『能動者』であり、『作られる』という受動態で表現される事はあり得ない

ここでもう一度、くどいようだが先のパーリ・スッタ全文を見てみよう。

383 : バラモンよ、流れを断て、勇敢であれ。諸の欲望を去れ。諸の現象の消滅を知って、作られざるもの(=ニルヴァーナ)を知る者であれ。

383. Chinda sotaṃ parakkamma, kāme panuda brāhmaṇa;
Saṅkhārānaṃ khayaṃ ñatvā, akataññūsi brāhmaṇa.

パーリ原文は、http://www.tipitaka.org/  Vipassana Research Instituteより。以下同

ここでは『流れ』『諸の欲望』『諸の現象』は全て『被造世界』であり、そこから去って、その消滅を知った時、すなわち『被造世界』から遠離しその消滅に至った時、『非被造世界(原訳ではニッバーナだが実は自生者ブラフマン)』を知る、と読めば、詰まる所、

「作られた世界から去りその消滅を知って、(その背後、あるいは ‟彼岸” にある)『作られざるもの(自生者ブラフマン)』を知る者であれ」

と言っている事になる。

再三繰り返しになるが、この「バラモン章」は真のバラモンがどのようなものであるかを集中的に纏めて説いた章であり、この冒頭383番の短い一節にも、ご丁寧にブラーフマナという言葉が二度も重ねてある。

そしてこのブラーフマナと言う語の原義は、『ブラフマンを知る者』であり、これまでの本稿の論旨に従えば、このブラフマンとは祭式の言葉の呪の力ではなく、その背後にあって全てを統括する主宰者であるブラフマンである可能性が高い。

ここまで読み解けば、もはやこのバラモン章つまり『ブラーフマナ章』の開頭383節で言っている事は、先のムンダカ・ウパニシャッドで言っている主旨と、全く同じ文脈に乗っている、と受け取ることが可能ではないだろうか。

akataññūsi(作られざるものを知る)= brāhmaṇa(ブラフマン知る・者)

ゴータマ・ブッダはご存知の様にその言葉の巧みさ、正しさ、真実さ、を繰り返し称賛された説法の達人であった。その彼が、「akataññūsi(作られざるものを知る)brāhmaṇa」 とこの二つの語を連続して語った(と記録された)事にどのような意味があるのか。読者の皆さんには、とくとご賢察いただきたいと願っている。

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さて、次に取り上げるのは、同じようにウパニシャッドとパーリ経典に共通する、先に言及したkrtaとも関わるある文言についてだ。

前回私は、カウシータキ・ウパニシャッドの冒頭にある、最高天ブラフマンの世界(解脱の世界)に関する一連の内容を引用した。

その中にまた、パーリ経典にも随所に見られる概念が象徴的にかいま見られる気がしたのだ。そこで該当箇所をその前後と共に全文引用して見よう。

カウシータキ・ウパニシャッド 第一章

3:~このように知る者はこの世界に赴く。ブラフマンは彼を(迎えるために)言う。

「汝らはわが栄誉をもって馳せ迎えよ。彼はヴィジャラー河に到達した。彼はもはや老いる事はない

4:五百人のアプサラスたちが彼を迎えにゆく。百人は華鬘を手にし、百人は香油膏を手にし、百人は白粉を手にし、百人は衣裳を携え、百人は果物を手にし、ブラフマン(男性神)の装飾品で彼を飾る。

ブラフマンの装飾品で飾られた彼は、ブラフマン(宇宙の最高原理)を知る者となり、彼はブラフマンに向かって進む。

彼はアーラ湖に達し、それを意(思考力)によって越える。そこに到達しても確信の無いものは湖中に沈む

彼はイェシュティハ瞬時に至る。それは彼から走り逃げる。

彼はヴィジャラー河に至る。彼はただ意によってそれを越える。その時、彼は善悪二つの業を振るい落とす

彼の愛する親族がその善業を受け、彼の愛しない親族がその悪業を受ける。

あたかも車に乗って走らせる者が車の両輪を眼下に見るように、彼はその様に昼夜を眼下に見、そのように善悪二つの業と一切の相対を見下ろす。

彼は善業を離れ、悪業を離れブラフマンを知る者となり、ブラフマンに向かって進む。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P10~ より

上の重要部分を、サンスクリット原語で対照すると以下のようになる。

彼はヴィジャラー河に至る。彼はただ意によってそれを越える。その時、彼は善悪二つの業を振るい落とす。

vijarām nadīm tām manasaivātyeti, tat-sukrta-duskrte dhunute vā, 

 

彼の愛する親族がその善業を受け、彼の愛しない親族がその悪業を受ける。

tasya priyā jñātayah sukrtam upayanty apriyā duskrtam

 

あたかも車に乗って走らせる者が車の両輪を眼下に見るように、彼はその様に昼夜を眼下に見、そのように善悪二つの業と一切の相対を見下ろす

tad yathā rathena dhāvayan ratha-cakre paryavek-setaivam aho-rātre paryaveksetaivam sukrta-duskrte sarvāni ca dvandvāni,

 

彼は善業を離れ、悪業を離れブラフマンを知る者となり、ブラフマンに向かって進む。

sa esa visukrto viduskrto brahma-vidvān brahmaivā-bhipraiti.

 

サンスクリット原語はThe Principal Upanishad:P757より

よく見ると、先ほど『作られた』(あるいは祭祀)、『作られなかった』という文脈で登場したkrtaがここでは『業』という意味で登場している。これは『行為』で英語で言えば Done(Made)=為された・作られた、になるだろう。

興味のある方は上の内容を是非、熟読して頂きたい。ここには大変重要かつ象徴的なイメージが溢れている。第一にそれは湖や川を『渡る』という心象だ。

彼(死者の魂)は神道と呼ばれる死後の道行きを進み、最初に月と言う天界への門を通過し、アグニの世界、ヴァーユの世界、ヴァルナの世界、アーディトヤの世界、インドラの世界、プラジャー・パティの世界を順次(おそらく下から上へと)通過し、最終的にブラフマンの世界に到る。

そこから上の引用部は始まっている。

そこで迎えるアプサラスによってブラフマンの装飾を施された彼は、まずアーラ湖に到り、‟それを越える”。つまり、アーラ湖という越えがたき『水の遮断帯』を越える。これは確信の無いものは渡る事が出来ずに沈む、と言われる難関だが、彼は意の力によってこれを越える。

更に再びヴィジャラー河という水の流れる遮断帯に至る。彼はただ意によってそれを越える。その時、彼は善悪二つの業を振るい落とす

それが湖であれ川であれ、それを越えて渡る、と言う事は、つまりこちらの岸から向こうの岸に渡る事を意味する。つまりこの時、彼は彼岸に渡った。そして彼岸に渡る事に拠って、善悪の業が振るい落とされた

彼岸に渡るという表現は、ここでいちいち文例を上げる必要はないだろう。それが仏教において覚りや解脱を意味するもっとも重要なメタファーである事は、およそ仏教徒を自称する者ならば誰でもが知っている。

そこでここでは次に、善悪の業を振るい落とす、というイメージと酷似したものが、パーリ経典においても共有されている事を文例と共に見て行きたい。

スッタニパータ

520 平安に帰して、善悪を捨て去り、塵を離れ、この世とかの世とを知り、生と死とを超越した人、──このような人がまさにその故に<道の人>と呼ばれる。

526 内的と外的と二つながらの白いものを弁別して、清らかな知慧あり、黒と白(善悪業)を超越せる人、──このような人はまさにその故に<賢者>と呼ばれる。

547 麗しい百蓮華が泥水に染まらないように、あなたは善悪の両者に汚されません、雄々しき人よ、両足をお伸ばしなさい。サビヤは師を礼拝します。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 より(私の手元にある1982年第30刷)

これのパーリ原文を引くと以下のようになる。

525(520). ‘‘Samitāvi pahāya puññapāpa, virajo ñatvā imaṃ parañca lokaṃ;
Jātimaraṇaṃ upātivatto, samaṇo tādi pavuccate tathattā.

531(526). ‘‘Dubhayāni viceyya paṇḍarāni, ajjhattaṃ bahiddhā ca suddhipañño;
Kaṇhaṃ sukkaṃ upātivatto, paṇḍito tādi pavuccate tathattā.

552(547). ‘‘Puṇḍarīkaṃ yathā vaggu, toye na upalimpati
Evaṃ puññe ca pāpe ca, ubhaye tvaṃ na limpasi;
Pāde vīra pasārehi, sabhiyo vandati satthuno’’ti.

http://www.tipitaka.org/  Vipassana Research Instituteより

念のため、「困った時はダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く」サイトさんから対訳を引用すると以下のようになる。

525(520).

Samitāvi      pahāya     puññapāpa,
静まった者となり  捨て    善と悪を

virajo    ñatvā   imaṃ  parañca  lokaṃ;
塵を離れ  知って  この  あの・と 世を

Jātimaraṇaṃ     upātivatto,
生と死を      越えて行く

samaṇo   tādi        pavuccate   tathattā.
沙門と    そのような人が  言われる     それ故に

<520>困ったときはダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く より

 

531(526)
Dubhayāni   viceyya    paṇḍarāni,
両者の    考察して  白いものを

ajjhattaṃ   bahiddhā  ca     suddhipañño;
内の      外の    と  清らかな智慧あり

Kaṇhaṃ   sukkaṃ   upātivatto,
黒を     白を    越えて行く人

paṇḍito  tādi       pavuccate   tathattā.
賢者と  そのような人を  言う    それ故に

<526> 困った時はダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く より

 

552(547)

Puṇḍarīkaṃ   yathā   vaggu,
白蓮華が   ように   美しい

toye    na   upalimpati;
水中で  ない   汚され 

Evaṃ    puññe  ca   pāpe  ca,
そのように 善   と    悪    と

ubhaye    tvaṃ     na   limpasi;
両方で  あなたは ない   汚され

Pāde   vīra    pasārehi,
両足を   勇者よ  お伸ばし下さい

sabhiyo   vandati    satthuno’’ti.
サビヤは   礼拝します   先生に・と

<547> 困った時はダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く より

パーリ経典において『善悪』に相当する単語は、主にpuññapāpaṃである事が分かる。これはpuññaとpāpaに分ける事が出来、前者が善であり、後者が悪になる。

実はこのpuññapāpaサンスクリットpuṇyapāpaに相当し、これら二つの言葉は非常に宗教色が強いもので、特にその原心象として、「善い祭祀によって得られる良い効力(幸福という善き結果)」「悪い祭祀によって得られる悪い効力(不幸という悪しき結果)」というニュアンスを濃厚に保っている。

そしてこのpāpaこそが、仏典に多出しているパーピマント(悪魔=マーラ)の原意でもある。

以上を前提にカウシータキのブラフマン世界に戻ろう。

カウシータキにおけるブラフマンの世界描写において、sukrta(善業)とduskrte(悪業)を振り落とし離れる、という表現は、先に引用したムンダカ的な意味でkrtaを『祭祀』と読めば「善き祭祀行為(とその結果)と悪しき祭祀行為(とその結果)を振り落とし離れる」と読む事が出来る。

それが何を意味するのか。何故、ブラフマンの世界に入ってヴィジャラー河を越えると善悪の祭祀行為とその結果としての善悪業が無効化されるのかと言えば、ヴィジャラー河が『作られた世界(行為の世界)』と『作られなかった世界(無為の世界)』の境界線であり、以前にも書いたように、後者であるブラフマンの世界』が、バラモン祭官の祭式行為の威力の及ばない上位世界だからに他ならない。

バラモン祭官も、また彼らの執り行う祭式も、それらの効果が及ぶ世界も、共に絶対者(創造者)ブラフマンの被造物に過ぎず、ブラフマンの世界はそれらを超越している『圏外』である)

そして更に、パーリ経典において善悪を表すpuññapāpaṃもまた、本来は祭祀行為の結果として得られる善悪の果報、あるいはそれをもたらす『善悪の神的な威力』を含意するので、ここにウパニシャッド的な文脈と仏教的な文脈が見事に重なり合う事になる。

言っているニュアンスが、分かるだろうか?

この辺りは、そもそも何故、善業を行うと善き果報があり、悪業を行うと悪しき果報があるのかという、いわゆる『因果応報』の世界観の根底には『祭祀行為』が横たわっていた、という『歴史的事実』を理解しなければならないのだが、この点は煩雑になるので次回以降に委ねたい。

ここでは次に、このヴィジャラー河に至った者が「もはや老いる事はない」と言われたその心象世界を、パーリ経典との重なり合いにおいて見て行きたい。

スッタニパータ

727 かれらは、心の解脱を具現し、また智慧の解脱を具現する。かれらは(輪廻を)終滅させることができる。かれらは生と老いとを受けることがない

950 名称と形態について、<わがものという思い>の全く存在しない人、また(何ものかが)ないからといって悲しむことのない人、──かれは実に世の中にあっても老いることがない

1047 プンナカさんがいった、
「もしも供犠に専念している彼らが祭祀によって生と老衰とを乗り越えていないのでしたら、わが親愛なる友よ、では神々と人間の世界のうちで生と老衰とを乗り越えた人は誰なのですか? 先生!あなたにお尋ねします。それをわたしに説いてください」

1048 師は答えた、
「プンナカよ。世の中でかれこれ(の状態)を究め明らめ、世の中で何ものにも動揺することなく、安らぎに帰し、煙なく、苦悩なく、望むことのない人、──かれは生と老衰とを乗り越えた、──と、わたしは説く。」

1056 このようにして、よく気をつけ、怠ることなく行う修行者は、わかものとみなして固執したものを捨て、生や老衰や憂いや悲しみをも捨てて、この世で智者(vidvā)となって、苦しみを捨てるであろう。

1060 またかの人はこの世では悟った人であり、ヴェーダの達人であり、種々の生存に対するこの執著を捨てて、妄執を離れ、苦悩なく、望むことがない。『かれは生と老衰とを乗り越えた』とわたくしは説く

1079 ナンダさんがいった、
「おおよそこれらの<道の人>・バラモンたちは、(哲学的)見解によって、また伝承の学問によっても、清浄になれるとも言います。先生! かれらはそれにもとづいてみずから制して修行しているのですが、はたして生と老衰とを乗り越えたのでしょうか?・・・・」

1080 師(ブッダ)は答えた、
「ナンダよ。これらの<道の人>・バラモンたちはすべて。(哲学的)見解によって清浄になり、また伝承の学問によっても清浄になると説く。戒律や誓いを守 ることによっても清浄になると説く。(そのほか)種々のしかたで清浄になるとも説く。たといかれらがそれらにもとづいてみずから制して行っていても、生と老衰とを乗り越えたのではない、とわたしは言う」

1082 師(ブッダ)は答えた、
「ナンダよ。わたしは『すべての道の人・バラモンたちが生と老衰とに覆われている』と説くのではない。この世において見解や伝承の学問や戒律や誓いをすっ かり捨て、また種々のしかたをもすっかり捨てて、妄執をよく究め明かして、心に汚れのない人々──かれらは実に『煩悩の激流を乗り越えた人々である』と、 わたしは説くのである。

1094 いかなる所有もなく、執著して取ることがないこと、──これが洲(避難所)にほかならない。それをニルヴァーナと呼ぶ。それは老衰と死との消滅である。

 

彼岸に至る道の章:16学生の質問の結語

もしもこれらの質問の一つ一つの意義を知り理法を知り理法にしたがって実践したならば、老衰と死との彼岸に達するであろう。これらの教えは彼岸に達せしめるものであるから、それ故にこの法門は「彼岸にいたる道」と名づけられている。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 より

これは一部の抜粋に過ぎず、これだけでも老衰を乗り越える、捨てる、それを越える、越えた彼岸に達する、という事が、仏道修行における成就を象徴するものだと言う事が良く分かるだろう。

大分端折ってしまったが、上のスッタニパータにおいて対話形式を採るものはすべてバラモン学生との対話であって、バラモン、すなわちブラーフマナ階級の学生がブッダに対して、真理を問い、ブッダがそれに答える、という形式をもっている。

まずは学生プンナカの問いを見ると、

「もしも供犠に専念している彼らが祭祀によっても生と老衰とを乗り越えていないのでしたら、わが親愛なる友よ、では神々と人間の世界のうちで生と老衰とを乗り越えた人は誰なのですか?」

というのは、明らかにこれまで私が繰り返ししてきた、『1祭式官僚バラモン』の行う祭祀によっては『生と老衰』は乗り越えられず(解脱に関して祭式は無効)、それらに代替するブッダの道について、問いかけている事になる。

当然、彼らの中ではそのような『生と老衰を越える道』について事前に概念化がされており、それについてわざわざ剃髪僧であるブッダにお伺いを立てている事になる。

次のナンダとの対話も同様に、

バラモンたちは、(哲学的)見解によって、また伝承の学問によっても、清浄になれるとも言います。かれらははたして生と老衰とを乗り越えたのでしょうか?」

として、明らかにバラモン学生であるナンダは既成のバラモンたちが奉ずるヴィディヤについて、生と老衰を越える(つまり解脱)に関しての有効性に疑問を呈している。

前段の『哲学的見解』というのは『2ウパニシャッド的なバラモン』であり、後段の『伝承の学問』は『1祭式官僚バラモン』、と見る事もできるだろう。

それに対するブッダの答えは、その様な見解や伝統を固持(誇示)しているバラモンたちの道ではなく、

「妄執をよく究め明かして、心に汚れのない人々──かれらは実に『煩悩の激流を乗り越えた人々である』」

というものであり、それこそが『ニッバーナ』だと言う。

その様なニッバーナに到達したブッダに対して、別の学生マーガは下の様に称賛しつつ質問する。

スッタニパータ

508:(マーガが言った)、「誰が清らかとなり、解脱するのですか? 誰が縛せられるのですか? 何によって人はみずから梵天界に至るのですか? 聖者よ、お尋ねしますが、わたくしは知らないのですから、説いてください。尊き師は、わたくしの<あかし>です。わたくしは今梵天をまのあたり見たのです。真にあなたはわれわれにとっては梵天に等しい(Brahmasama)方だからです。光輝ある方よ。どうしたならば、梵天界に生まれるのでしょうか?」

同上より引用

 それに対してブッダは答える。

509:尊き師は答えた、マーガよ。三種の条件を具えた完全な祀りを実行するそのような人は、施与を受けるにふさわしい人々を喜ばせる。施しの求めに応ずる人が、このように正しく祀りを行うならば、梵天界に生まれる、と、わたくしは説く。」 

同上より引用

ここでは明らかにマーガは『解脱』という概念に続けて『みずから梵天界に至る』と言っていて、ブッダの事を梵天に等しい(Brahmasama)と称賛している。

つまり、彼はブッダの事を、「自ら梵天界に至って解脱した、ブラフマンに等しい者」、と認識している事になる。

その様にブラフマンに等しいと称賛される事を嘉納し、自らそれを体現すると自認し、その上で自らを『真のバラモンブラーフマナ=真にブラフマンを知る者)』と自称していたゴータマ・ブッダ

ちなみにカウシータキにおいて『ブラフマンを知る者』を意味するのはbrahma-vidvānであり、それはスッタニパータ1056における「この世で苦しみを捨てた智者(vidvā)」と言葉の上でも一致している。

このように見てくると、どうなのだろう。率直に言って、パーリ経典における『Brahman(Brahma)』及びブッダが自称する『真のバラモン(Brāhmana)』表記と言うものは、ウパニシャッドにおいて追求された絶対者(独一主宰者=創造者)ブラフマンの解脱境そのものであり、それを知りそれに至る事こそブッダの説いた『真のバラモン』の道であり、ニッバーナであり解脱ではなかったのだろうか?

私はどのような宗派にも属さず、またどのような学閥にも属さない一介のアマチュア・ブッダ・フォローワーに過ぎないのだが、これまでウパニシャッドとパーリ経典の相当量を読破してきた私の目から見て、ブッダヴェーダバラモン教ウパニシャッドといういわば今日ヒンドゥ正統派と称される流れの、ど真ん中における真実の改革者として、当時世間一般には評価されていたとしか、思えないのだが…。

(その後、ブッダに対する様々なアンチテーゼが沸き起こり、部派仏教ブッダの真意を失認した事もあって、仏教はヒンドゥの主流から謂わば『爪はじき』にされるが、水面下でブッダの叡智は脈々と生き続けた)

そしてその『真意』を理解する為に必須のカギとなるのが、今回チラリと登場してきた『祭祀』と『業(カルマ)』との関わりであり、これまでしばしば言及しながらも詳述できていない『内なる祭祀』という概念である、と私は考えている。

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善の要望があれば、真摯に受け止め適切に対応させていただきます

§ § §

 

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『真のバラモン』とゴータマ・ブッダ【前編】

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前二回にわたって『ブラフマンとゴータマ・ブッダ』というテーマで記事を書いてきた。がその中でひとつの焦点になっていたのが、

「『Brahman』と『Brahmā』と『Brahma』が表記上明分化されていない、という事に関しての疑問」

であり、

ウパニシャッド的な『絶対者ブラフマン』と原始仏典的な『ブラフマー梵天)』との関係性」

というものであった。

この点に関して、非常に分かり易い解説があったので、下に引用したい。ただ、文章は分かり易いのだが、だからと言って依然としてその実態がはっきりした訳ではない。

ブラフマン(梵)とは中性名詞で、 

(~のちには男性名詞のブラフマンが成立し、ヒンドゥ教の主神となった。一般に記されるブラフマーは男性名詞ブラフマンの単数主格の語形が固定したものである~)

元来はヴェーダ賛歌・祭詞・呪詞内在する神秘力ヴェーダの知識に由来する神秘的威力を意味した。

祭式(祭祀)万能の信仰の展開に伴い、「神を動かして願望を達成する原動力」とされ、ついには「宇宙の根本的創造力」と見られた。

バラモンサンスクリット語ブラーフマナ)とはこの神秘的な威力を具えた者の意であり、祭式の神秘性を解き明かす文献をブラーフマナというのも前述の解釈に基づく。

従って、そのような神秘的威力こそ万有を創造する者であり、創造者として被造物を支配する者とされ、被造物に遍満する本体とされ、その結果、万有そのものと同一視される根本原理とされるに至ったのである。

 【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P363~ より

これは順番がややこしいので、少し整理してみよう。

このブラフマンという概念のそもそもの原像は、『祭祀(祭式)』と密接な関わりのあるものであった。

元々インド・アーリア人の生活の中心には、人知を超えた超越的な天界の神々に対して祭祀を行い、現世における様々な利益(ご利益)や死後の安穏を願うと言う習俗がインド亜大陸侵入以前の時代から存在した。

その様な祭祀において、神々を讃え勧請する為の賛歌の集成こそがリグ・ヴェーダに他ならない。この祭祀は基本的に火の中に供犠を捧げ、賛歌と共に神に祈る、という形態をとっていた。

ここに三つの特徴が鮮明になる。ヴェーダの祭祀(祭式)とは、第一には火の祭祀であり、第二にはその火に犠牲を捧げる祭祀(供犠祭)であり、第三にはそれらのプロセスにおいて神々に捧げられる賛歌詠唱の祭祀である。

ここで私が『祭祀(祭式)』と書いている事の原語は『Yajña』であり、これ自体『供犠』というニュアンスを強く持っている。神々を喜ばせて人間の欲望(請願)に答えてくれるように、人間にとって大切な、そして神が喜びそうなものを犠牲にし、供養する。

यज्ञः yajñḥ ヤジュニャ
यज्ञः [यज्-भावे न] 1 A sacrifice, sacrificial rite; any offering or oblation;

犠牲、供犠の祭式、奉納、供養、寄進。

यज्ञेन यज्ञमयजन्त देवाः; तस्माद्यज्ञात् सर्वहुतः &c.; यज्ञाद् भवति पर्जन्यो यज्ञः कर्मसमुद्भवः

Prin. V. S. Apte's The practical Sanskrit-English Dictionary より

この段階で供犠として火の中に捧げられるのは、ソーマ酒や精製バター(ギー)などが中心であり、大きな祀り(それだけ大きな願望)の時は大切な財産である家畜動物も犠牲に供せられたが、後世の(ブッダが批判している様な)大規模かつ大量の動物を犠牲にするスタイルは未だ顕在化していなかったと考えられる。

インドに侵入したアーリア・ヴェーダの民は、やがて現地に定着し先住民との様々な相互作用の中で経済的・社会的に安定すると、祭式のみを専門に担う祭官がひとつの階級として分離独立を果たす。これがいわゆるバラモン祭官の階級である。

彼らは祭式の儀軌についての煩瑣な知識を独占し、その『知識の力』によって神々を動かし得る根拠となした。

一般的な形式としてのヴェーダの祭式の方法は、時に応じて恩恵を乞うべき神に向かって聖なる火に捧げものをし、煙となって天にのぼる供物をその神格が嘉納して、その祭式を行った人々に恩恵を垂れてくれる事を祈願する、というものであったと考えられる。

ヴェーダは《知識》の意味である、と述べた。知識は言葉で表され、言葉を知る者はその言葉の対象を支配できる、というのが古代人の言葉に対する基本的な考え方である。

言葉を知る司祭階級であるバラモンは、言葉によって神々をも動かす事ができる絶大な力を持つに至るのである。

その様な言葉は呪力を持つものであり、ひとつのアクセントの誤りも許されず厳密かつ正確に伝えられなければならなかった。 

ヴェーダからウパニシャッドへ:針貝邦生著 (Century Books―人と思想) P24~より 

そして社会の発展と経済成長に伴って祭式も大規模化していき、その祭式を司る祭官たちの権能もますます増長していった。

これはある意味、戦後の日本が経済発展と共にその官僚機構を肥大化させ続け、本来は公の僕たる官僚が今や国家を支配し動かしているのと同じ原理かも知れない。

バラモン祭官とは、天上の神と地上の人そして社会を『つなぐ』事(Devaプロバイダー)に特化した祭式専門官僚であり、想定される天の神々の威力を背景に、いわば人間社会の『経綸』を左右する力を持つものとして君臨しはじめる。

それまでは人間の祭祀はあくまでも上なる神に下から乞い願う、という形であったが、やがて祭式の肥大化と祭官の権能の増大に伴ってその立場は逆転し、祭官の執り行う祭式の力こそが神々を支配し世界の運行さえをも司る、と豪語されるようになった。

祭式万能を標榜するバラモン教の誕生だ。戦士階級クシャトリヤの台頭と彼らの覇権の結果として生まれた都市の経済発展を背景に、祭式に対して莫大な財貨の提供・供養が求められ、その規模は増大の一途をたどった。

そこでは社会の安定の有無から人々の健康、経済的繁栄と衰退、月日の巡りや降雨や日照りなどの天候に至るまで、この世界の命運は全てバラモン祭官による祭式の力によって支配されている、と考えられた。

彼らは祭式の万能を強調し、繁雑にして煩瑣きわまりない祭式哲学を展開したからである。バラモンは自分たちが独占する祭式を最高最勝の神秘とし、宇宙の展開も祭式の力により、また神も祭式の力によってその威力と不死性を得るとした。

バラモンは本来宗教者として神に仕える身でありながら、その本分を忘れ、神を操縦し、願望の成就を強要する態度をさえ示した事が知られる。

 ~中略~

こうして祭式は神を動かして初期の目的を達成させる原動力であり、人間の幸福と利益の源泉とされたが、それだけに祭式の執行に際しての微細な瑕瑾でも、破滅の原因になるとされた。

従って、自分の願望を達成しようとして、バラモンに委託して祭式を自分の為に執行させる祭主は、もしバラモンが悪意をもって祭式を故意に間違えたり、あるいは密かに呪ったりする事を極度に恐れたのであって、祭主の一身はバラモンの掌中に完全に握られているという結果となった。

神さえ自由にすると言う祭式に対して、祭式の神秘について全く無知な祭主が抵抗しえなかったのも、当然と言わなければならない。

祭主は自ら神であると嘯くバラモンに、数多くの牛や夥しい財宝を贈って、そのご機嫌を取り結ばざるを得なかったのである。 

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P357~ より

これら神々を動かし、天地の運行さえをも支配する『祭式が持つ言葉(賛歌・祭詞の知識)の呪の威力』、それが『ブラフマン』の原義であり、祭式と賛歌に関する『知識』によってそれらブラフマンの威力を行使する事から、これら祭官は『ブラーフマナ』、すなわち『ブラフマンの力を具える(知る)者』と呼ばれた。

この『ブラーフマナ』こそがバラモン(婆羅門)の原語であり、本来『バラモン』とは『ブラフマン』を行使・運用する職掌であり、それ故の命名であった。

この事実が漢訳・音写の『婆羅門』やその現代化である『バラモン』という語からはほとんど見失われてしまっており、それが第一の問題点ではないかと私は感じている。

このような祭式と祭官の在り方については、歴史的に様々な疑義が呈されてきたのもまた事実だ。すでにリグ・ヴェーダには神の実在やその威力についての疑問の声さえ収録されている。

当然、上のような増長した祭式万能のバラモン教に対しては、その威勢の陰で様々なアンチテーゼが表明されるようになった。

恐らくそれら祭式万能を標榜しバブリーなセレブ生活に耽溺する、貪欲で自己中心的なバラモン祭官に対する批判的な世論があったのだろう。

その様な批判は、第一にバラモン階級自身の中からも生まれた可能性が高い。

すでにリグ・ヴェーダの後期において、哲学的な思索へと向かい始めた古代インド人は、乱立する多神教世界観に飽き足らず、世界の『唯一の』最高原理を『人格神』として求め始めていた。

インド亜大陸への侵略の前後には最高神格として崇められていた軍神インドラは、社会の安定と共にその勢威を失い、帰一思想、すなわち唯一最高神『Eka(一者)』にその地位を譲り渡していく。

初期においてその『Eka』は、それまでの多神の中より選ばれた特定の一神をそのつど便宜的に当てはめるものだったが、やがてその中から、ヴィシュヴァカルマン、ブリハスパティ、プラジャーパティなどいくつかの『一者/一神』が顕在化していき、そのひとつに『ブラフマナス・パティ』があった。

これは一般に『祈祷の主』と訳されているようだが、おそらく前述の『祭式における賛歌・祭詞の言葉が持つ呪の力』の根源でありその『主宰者』を意味していたのだろう。

ここに祭式万能教において増長するバラモン祭官に対して、ひとつの決定的な『反証』が突き付けられる事の端緒がある。

つまり、彼らバラモン祭官が世界の運行すら支配すると豪語した『ブラフマン』すなわち『祭詞と賛歌における言葉の呪の力』。しかし、この呪の力を力として威力たらしめる為には、その背後に何らかの超越的な『何者か』がいなければならないのではないか?という疑問だ。

何故なら、どのように祭式の威力を豪語するバラモン祭官も、所詮は『死すべき人間』に過ぎないからだ。その様な有限で死すべき人間であるバラモン祭官が、本然的な『自力能』として世界の運行までをも司るような力を持っている筈がないではないか、と。

そもそもリグ・ヴェーダの時代から、神々への賛歌は代々リシすなわち聖者(詩聖)たちが『天啓(神意)』によって獲得してきた、と言われていた。

つまり神々への賛歌とは、人間をして神々を賛仰させ祀らせるために神々から下賜され贈与されたものだったはずなのだ。

当然、神々から下賜された賛歌が持つ言葉の呪の威力もまた、神々から与えられた、と考えるべきではないのか?

祭式万能を誇るバラモン祭官たちは、ひとつの矛盾に直面する事になった。彼らが行使する天地の運行すら支配するはずの『言葉の呪の力であるブラフマン』とは、一体どこから来たのか、それは彼ら祭官よりも上なのか下なのか、という命題だ。

このような矛盾を解決するひとつの合理的な仮説として、言葉の呪の力であるブラフマンを一種の超越神格として抽出し、それをバラモン祭官の上に置く思想が生まれたのではないか、と私は考えている。

その起源はリグ・ヴェーダの後期には顕在化していた、先のブラフマナス・パティに求められるかもしれない(この点に関しては後段でより詳述したい)。

つまり、往古の多神教的神々の上に、祭祀によってそれを支配するバラモン祭官を置いたバラモン教に対して、そのバラモン祭官の上に、彼らの言葉の呪の威力を『統括し付与する一者』として絶対者ブラフマンを置く、という上下秩序だ。

祭式万能のバラモン教が、かつては人間を意のままに支配していた神々に対する『下剋上』であるとしたら、この絶対者ブラフマンの登場とは、増長するバラモン祭官に対する『再下剋上』であり、一者に収斂された神威の『復権』に他ならない。

そのような再下剋上は、おそらく台頭する戦士階級クシャトリヤや、インド亜大陸先住民の基層文化などとの相互作用の中で徐々に形成されていったと思われるが、バラモン階級自身の内部からも、率先してそれを推進する機運が生まれたというのは歴史の皮肉だろう。

これはある意味、徳川独裁幕府の末期において、その権力中枢の一翼を担う水戸徳川家の中から、徳川の私的覇権に対する疑義とそれに対する『正当化』の必要が、尊王思想として澎湃と生まれてきた流れと軌を一にするものなのかも知れない。

つまり、祭式を支配するが故に社会の最高位である事を担保されたバラモン階級者たちは、自らの権威、その正統性の根源・根拠を徹底的に追求していった果てに、自らの上に立つ絶対原理としての至高者ブラフマンを想定せずにはいられなかったのだ。

先にも言及したが、何故なら彼らは所詮、『死すべき人間』に過ぎないからだ。貪欲にまみれ、儚くも不浄な、一生類に過ぎないからだ(これはどのような時代・地域においても、何人も否定できない!)。

もちろん、このような自己省察自己批判と絶対者ブラフマンへの傾斜は、北インド全域におけるバラモン階級のマジョリティをいきなり席巻していった訳ではなかっただろう。

それは恐らく、正統を誇示するバラモン教の牙城であったガンジス川上流部からは遠く離れた、彼らから見たら辺境に位置するガンジス川中下流域において、やがて支配的なムーブメントとして台頭し始めた。

それがいわゆるウパニシャッド的な求道と思索の流れであり、それと軌を同じくした『沙門(サマナ)』達の求道であった。このウパニシャッド的な探求とサマナ的な求道実践が密接に関係する事は、両者の舞台となった主な土地が、マガダやコーサラ(カーシー)など多く重なっている事からも容易に想定される。

そしてこのようなガンジス川の中下流域の地方とは、同時にクシャトリヤの王権が台頭する都市文明圏でもあった。そこでは、伝統、すなわち増長する祭祀万能主義のバラモン教に対して、公然と批判できる自由で広闊な『エートス』が満ち溢れていたのだろう。

その様な社会背景の中、シッダールタ王子は出家していち沙門となった。

ここまでの流れを踏まえた上で、冒頭の問題に戻ろう。

ブラフマン(梵)とは中性名詞で、のちには男性名詞のブラフマンが成立し、ヒンドゥ教の主神となった。一般に記されるブラフマーは男性名詞ブラフマンの単数主格の語形が固定したものである」

これは依然としてアマチュアである私には取っつきにくい説明だが、中性名詞であるブラフマンとその後の男性名詞であるブラフマンとは共に表記上は本来違いの無いBrahmanであり、後者の男性名詞が単数主格に語形変化したものがBrahmāであり梵天神としての固定された固有名詞になった、という事でいいのだろうか。

更にややこしい事に、上記はサンスクリットについてであって、これをパーリ語に当てはめてみた場合どうなるのか私には断定できないが・・・

結局、前回までの流れを見ると、

brahmanになった=brahmabhūta」
brahmanに達した人=brahmapatti:brahmalokūpapatti」
brahmanと同じ者= brahmasama」

brahmanの乗り物=brahmayānam」

brahmanへの修行=brahmacariya」

brahmanの車輪=brahmacakka」

というパーリ経典に多出する表現における『brahma****』は、そもそも中性名詞と男性名詞を共に表すbrahmanから語尾のnが脱落した形の複合語であって、絶対者ブラフマンを表すのか、あるいは男性神格のブラフマー梵天神)を表すのか、基本的には『不明瞭である』と言うのが、正解なのかも知れない。

しかし、これまでの考察を踏まえてインド思想・宗教史を概観してみれば、梵天神ブラフマーへの信仰というものが、言葉の呪の力を意味する所から発展し絶対者へと収斂されたブラフマン(中性)と全く無縁に存在していたとはやはり考えにくい。

また、絶対者ブラフマンをメインテーマとしていると言われるウパニシャッド文献の中にも、明らかに天界に住まう神格としてのブラフマーを指すと思われる記述がまま見受けられる。

例えば輪廻転生とそこからの解脱の原像を活写する最古層のウパニシャッドであるカウシータキ・ウパニシャッドの第一章などでは、輪廻を避け得られる(つまり輪廻からの解脱)隠処として、死者が赴く最高天を『ブラフマンの世界』とし、そこでのブラフマンは死者と問答をするという形で、明らかに『人格神』の形態を採っている。

彼(死者)はこの神道と名付けられる道を通り、まずアグニ(火神)の世界に到る。ついでヴァーユ(風神)の世界、ヴァルナ(水神)の世界、アーディトヤ(太陽)の世界、インドラの世界、プラジャー・パティ(創造主)の世界、ブラフマンの世界に到る。

実に、このブラフマンの世界には、アーラ湖があり、イェシュティハ瞬間があり、ヴィジャラー(不老)河があり、イルヤ樹があり、サーラジヤ広場があり、アバラージタ(不落)大邸宅があり、インドラとプラジャー・パティとはその門衛である。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P10~ より(以下同)

最初のアグニから始まってブラフマンに至る神々の序列は、そのまま歴史的に見た時の中心神格の移り変わりを表している様で興味深い。最終的にこの時点ではインドラの上にプラジャー・パティ、更にこの二者を門衛として従えて、その上の最高処にブラフマンが君臨している。

このブラフマンの世界に到達した死者(の魂)は、華美な天界の様々な様相を通過して、ついにヴィジャラー河に到達すると「もはや老いる事はない」者となる。

そして、華鬘と香油膏と白粉と衣裳と果物を手にした500人のアプサラスによって、彼はブラフマン(男性神)の装飾品で飾られ、ブラフマン(宇宙の最高原理)を知る者となるという。

彼は善業を離れ、悪業を離れ、ブラフマン(宇宙の最高原理)を知る者となり、ブラフマンに向かって進む

最終的にブラフマンと出会った死者はとの対話の中で、

「私はそれぞれの存在のアートマンである。汝も存在のアートマンである。〔従って〕汝である者、すなわちわたしはそれである」

ブラフマンに向かって語る。そして、

ブラフマンが彼(死者)に「余は一体何者か?」と問うと、彼(死者)は「サトヤム(真実)である」と答える。

ここに出てくる諸概念、すなわち「私はそれである」や「サトヤム(サティヤ=真実)などはその後の絶対者ブラフマン思想においても中核的に位置づけられるキーワードであり、ここでの人格神的なブラフマンと哲学的な絶対者ブラフマンが完全に接続している事は明らかだろう。

また、同様にこの流れを受けたチャーンドーギャでは、以下の様に天界に住まう人格神としてのブラフマンという概念を明確に保っている。

チャーンドーギャ・ウパニシャッド第8章5-3

森への隠棲(Aranyayana)と呼ばれるものは、梵行に他ならない。実にAraとNyaとは、この世界から第三の天にあるブラフマン(人格神としてのブラフマン)の世界にある二つの大海である。

アイランマディーヤ池、ソーマ=サヴァナというアシュバッタ樹、アパラージターというブラフマン都城、黄金造りの主君(主宰者としてのブラフマン)の宮殿も、そこにある。

それ故にこそ、ブラフマンの世界にあるアラとヌヤの二つの大海を、梵行によって見出す人々にのみ、このブラフマンの世界があり、これらの人々は一切の世界において行動の自由を得る。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P175~ より

前後の流れを見ると、ここでも最高の天上界(第三天)が想定され、その中でいわゆる(哲学的な)絶対者ブラフマン梵天神が特段の区別もなく連続的に言及されている。

(繰り返しになるが、この最高天ブラフマンはインドラをその門衛に配して明らかに過去のインドラの栄光に対する下剋上の上に成り立っているし、第三天という位置づけも過去の神々が住む天界の更に上にあるという意味だろう。つまり、最高天ブラフマン神とその他の神々は、截然として次元を異にしている)

こうなって来ると、前回までに指摘したように、唯一至高なるブラフマンという概念のそもそもの起点とは、このような天界に住まう人格神ではないのか、という可能性も否定できない。

この唯一至高神であるブラフマン梵天神)の、ある種エッセンスのような概念が『絶対者ブラフマン』である、という様に(逆に絶対者ブラフマンの『現象化』が梵天神? あるいは、絶対者ブラフマンの真実を開示する『媒体』が梵天神?)。

このあたりは専門家の方の明晰な説明を期待したい所だが、とりあえず本ブログでは、パーリ経典に登場する梵天並びにBrahma表記は、絶対者ブラフマンやその亜形態である人格的な『ブラフマン神』を前提とした上で成り立つものだとして先に進めたいと思う。

ここまでは前二回投稿の補遺的な前振りであって、漸くここから本題に入る。今回のメインテーマ、それは同じくパーリ経典に頻出する『真のバラモン』という概念についてだ。

これは他の経典にもあるのだが、ダンマパダの第26章にその名もずばり『バラモン』というタイトルでまとめられているので、以下にその主だった所を参照してみよう。

384 バラモンが二つの事柄(止と観)について彼岸に達した完全になった)ならば、彼はよく知る人であるので、彼の束縛は全て消え失せるであろう。

386 静かに思い、塵垢なく、落ち着いて、為すべき事を成し遂げ、煩悩を去り、最高の目的を達した人、 ― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

391 身にも、言葉にも、心にも、悪い事を為さず、三つの所について慎んでいる人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

393 螺髪を結っているからバラモンなのではない。氏姓によってバラモンなのでもない。生まれによってバラモンなのでもない。真実と理法をまもる人は、安楽である。彼こそ(真の)バラモンなのである。

394 愚者よ。螺髪を結うて何になるのだ。かもしかの皮をまとって何になるのだ。汝は内に密林(汚れ)を蔵して、外側だけを飾る。

395 糞掃衣をまとい、痩せて、血管があらわれ、ひとり林の中にあって瞑想する人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

397 すべての束縛を断ち切り、恐れる事なく、執着を超越して、とらわれる事のない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

398 紐と革帯と綱とを、手綱ともども断ち切り、門を閉ざす閂を滅ぼして、目覚めた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

400 怒ることなく、慎みあり、戒律を奉じ、欲を増すことなく、身をととのえ、最後の身体に達した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

401 蓮葉の上の露のように、錐の先の芥子のように、諸の欲情に汚されない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

402 すでにこの世において自分の苦しみの滅びた事を知り、重荷をおろし、とらわれの無い人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

403 明かな智慧が深くて、聡明で、種々の道に通達し、最高の目的を達した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

404 在家者・出家者のいずれとも交わらず、住家なくて遍歴し欲の少ない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

405 強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さずまた殺させることのない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

406 敵意ある者どもの間にあって敵意なく、暴力を用いる者どもの間にあって心穏やかに、執着する者どもの間にあって執着しない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

407 芥子粒が錐の先端から落ちたように、愛著と憎悪と高ぶりと隠し立てとが脱落した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

408 粗野ならず、事柄をはっきりと伝える真実の言葉を発し、言葉によって何人の感情をも害する事のない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

409 この世において、長かろうと短かろうと、微細であろうとも粗大であろうとも、浄かろうとも不浄であろうとも、全て与えられていない物を取らない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

410 現世を望まず、来世をも望まず、欲求がなくて、とらわれのない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

411 こだわりある事なく、覚り終わって、疑惑なく、不死の底に達した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

412 この世の禍福のいずれにも執着する事なく、憂いなく、汚れなく、清らかな人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

413 曇りのない月のように、清く、澄み、濁りがなく、歓楽の生活の尽きた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

414 この障害・険道・輪廻・迷妄を渡り終わって彼岸に達し、瞑想し、興奮することなく、疑惑なく、執着する事がなくて、心安らかな人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

415 この世の愛執を断ち切り、出家して遍歴し、愛執の生存の尽きた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

417 人間の絆を捨て、天界の絆を越え、全ての絆を離れた人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

418 〈快楽〉と〈不快〉とを捨て、清らかに涼しく、とらわれる事なく、全世界に打ち勝った英雄、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

419 生きとし生ける者の死生を全て知り、執着なく、よく行きし人、覚った人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

420 神々も天の伎楽天ガンダルヴァ〉たちも、人間もその行方を知り得ない人、煩悩の汚れを滅ぼし尽くした真人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

421 前にも、後にも、中間にも、一物をも所有せず、無一物で、何ものをも執着して取り押さえる事のない人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

422 牡牛のように雄々しく、気高く、英雄・大仙人・勝利者・欲望の無い人・沐浴者・覚った人〈ブッダ〉、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

423 前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を滅ぼし尽くすに至って、直観智を完成した聖者、完成すべきことを全て完成した人、― 彼を我は〈バラモン〉と呼ぶ。

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫) 中村元訳 P64~より

その他の部分も踏まえた上でその真意を読み取れば、世の中には生まれや氏姓や外見の装い、さらには『祭官である事』によってバラモンと称している者共がいるが、それらは本当のバラモンではなく、仏道修行に励む出家比丘こそが真のバラモンであり、そこにおいて覚りに至る事こそが真のバラモンのゴールである、という事になろうかと思う。

この『真のバラモン』というのは恐らく意訳であって、直接これを意味する単語がある訳ではなさそうだが、文脈を読み取れば明らかに似非バラモンと真のバラモンとの対置の上で、出家比丘・サマナやその『道の達成者』であるブッダ自身を『真のバラモン』だと称揚しているのは間違いない。

ブッダ=(真の)バラモン

出家比丘およびそれに類するサマナ=(真の)バラモン

ここで問題になるのは、これら『(真の)バラモン』という言葉をもって、一体彼らが何を言わんとしていたのか、という事だろう。

これについて中村元博士などは、

バラモン:brāhmana,   ヴェーダの宗教における司祭者の事で、バラモンはインドにおいては最高のカーストであると考えられていた。

原始仏教は表面的にはインド伝統のこの観念を継承したが、その意義内容を改めて、〈真のバラモン〉は祭祀を行う人ではなくて、徳を身に具現した人の事であると主張した。この章に説かれる「バラモン」とは煩悩を去り罪悪をなさぬ人である。

最初期のジャイナ教聖典でもこの理想の修行者をバラモンと呼んでいる。

(同上、解説より引用)

として、バラモン教優勢な中で(しかたなく)、人口に膾炙した『バラモン』という社会的最上者を意味する語をもって、ブッダや比丘たちの優越性を『自称』した、と考えているようだ。

しかし、私の読み筋はいささか異なっている。第一に、そもそもカーストという差別システムに対して反対していたブッダが、何故にその頂点に君臨しているバラモン階級を自らの超越性あるいは正統性の『代名詞』として借用しなければならないのか、という疑問だ。

では何故、ブッダは自らを『真のバラモン』と自称したのか? そこで先に言及した、ブラフマン概念との関わりが焦点として浮かび上がって来る。

バラモンという音写語を使い慣れていると忘れがちだが、その原語がブラーフマナbrāhmanaであり、その原意は『ブラフマンを具える者』『ブラフマンを知る者』であった事を忘れてはならない。

そして、このブラフマンという語、その本来の意は『1祭式と賛歌における言葉の呪の力』であり、その後、そのような超常的な『威力』の根源的統括主宰者として『2絶対者ブラフマン』概念が台頭した。

ここには二つの意味のブラフマンがあり、よって二つの意味のブラーフマナブラフマンを知る者)が想定される。

つまり、ブッダの時代前後は、未だ『1祭式と賛歌における言葉の呪の力』のみを知りもっぱら祭式に専念して生業を立てている保守的なブラーフマナバラモン祭官)と、1の背後にその根源的統括主宰者としての『2絶対者ブラフマン』を想定し、もっぱらこの2を追い求め、あるいはそれを知ったと称していた求道的(ウパニシャッド的)ブラーフマナ(真のバラモン)の二種類が対立的に存在したのだ。

その証拠に、この『真のバラモン』という概念は、すでにブッダ以前のウパニシャッドにおいて先行する形で現れている。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第三章第五節

「ヤージュニャヴァルキャよ、万物に内在するものとは如何なるものか」

「飢渇、憂い、愚痴、老齢、死を超越するものである。実にこのようなアートマンを知るとき、婆羅門たちは息子を得たいと言う願望と財産を得たいという願望、そして世間に対する願望を捨てて、食物を乞うて歩き修行するのである。

何故ならば、息子を得たいと言う願望は財産を得たいと言う願望に他ならず、これら二つの願望は実に同じであるからである。

従って婆羅門は学識を捨てて、愚かさに満足すべきである。彼はさらに学識と愚かさとを捨てて、かくて聖者となり、聖者の立場と非聖者の立場を捨てて、かくて婆羅門となるのである」

「この婆羅門は何によって婆羅門であるのか

「婆羅門を婆羅門たらしめているもの(ブラフマン)によって、そうなのである。それ以外のものは苦悩に委ねられているのだ」

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P218~より

ここでは、飢渇、憂い、愚痴、老齢、死を超越する、万物に内在するアートマンブラフマン(の存在)を知って、バラモンは学識などを捨てて乞食の遊行者になり聖者となり、最終的に聖者や非聖者などという二項対立すら捨てて、「かくて婆羅門になる」という文脈が明らかである。

そしてダメを押すような形で、婆羅門を婆羅門たらしめるものはブラフマン(を知る事)であり、それを知って初めて、(真の)婆羅門たりえる、という流れをくみ取る事ができる。

この辺りは仏典におけるの最前の『真のバラモン』概念と、非常に近接している気がしてならない。つまり、ブッダが提示した涅槃なり覚りなり解脱なりをそのまま『絶対者ブラフマンの世界』に当て込んでいけば、両者の依って立つパラダイムはほとんど変わらなくなる。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第三章第八節10

この不滅のもの(ブラフマン)を知ることなく、ガールギーよ、この世において供物を捧げ、祭祀を行い、苦行して数千年に及ぶとしても、その功徳は正に滅びるであろう。

この不滅のものを知ることなく、ガールギーよ、この世を去る者は、憐れむべき人である。しかし、この不滅のものを知って、ガールギーよ、この世を去る者は、真のバラモン(Sa Brāhmana)である。

同書P231より

前後の文脈も踏まえると、ここではこれまでの既存の祭式万能を主張するバラモン祭官がいくら祭式をしたり苦行をしたりしても、不滅の(絶対者)ブラフマンを知らなければ意味はなく、それを知らずして死すものは(永遠に苦の輪廻を繰り返す)哀れな存在であり(そのような者は真のバラモンの名に値せず)、しかし、もし人が不滅の(絶対者)ブラフマンを知ってから死ねば、彼は(輪廻から解脱し)真のバラモンの名に値する者となる、という流れが確認できる。

つまり、ここでは先に登場した『1祭式と賛歌における言葉の呪の力』のみを知り、不滅の『2絶対者ブラフマン』を知らずに形式的な祭式に専念する既成バラモンの価値を、『輪廻からの解脱という文脈』の中で完全に否定し、不滅の『2絶対者ブラフマン』を知る求道者こそ、『真のバラモン』であり、輪廻からの解脱者である、と断言している事になる。

ここに三つのブラーフマナバラモンブラフマンを知る者)概念が存在する。

ひとつは、ヴェーダの言葉の知識(その威力=ブラフマン)を具えて、硬直化し肥大化した祭式のみにもっぱら専念する『1祭式官僚ビジネス・ブラーフマナ(含むバラモン階級者全般)。

ひとつは、その様な哀れなバラモンに対する批判的な思弁と探求の中で想定された『不滅の(絶対者)ブラフマン』を知る(あるいはそれに到達する為の修行の道にある)ウパニシャッド的な『2真のブラーフマナ

そして最後のひとつが、パーリ経典に表された様な、ゴータマ・ブッダによって提示され体現された『3真のブラーフマナ

1のブラーフマナ祭官は、共に『解脱』を目的とする2と3の立場から見れば『偽物』という事になる。

ここまでそれぞれの経典を読み比べて来た私としては、この2と3の『真のブラーフマナ』が、極めて近接しあるいは接続している気がしてならないのだが、いかがだろうか?

更にウパニシャッドとパーリ経典の類似性を見て行こう。

ブリハドアーラニヤカ・ウパニシャッド第四章第四節

従って、このような詩頌があります。

「それ故にこそ、執着のある人は、業と共に、 彼の性向と意とがしがみつく処に赴く。この世において彼がいかなることを作しても、その業の極限に達した時、彼は再び、新たに業を積むため、かの世界よりこの世界に帰り来る」

以上は、欲望を持つ者に関する事であります。ところで、欲望を持たない者、欲望なく、欲望を離れ、また欲望を満足させ、アートマンのみを欲する者の場合には、彼の諸機能は出て行かないのであります。

彼はブラフマンそのものであり、ブラフマンと合一します。

同書、P273より

ここではまず、欲望を持ち執着のある者は(それに基づいて行為する事が業となり)その業に従い心に従った世界に死後転生するが、しかし、業が尽きればまたこの世界に帰って来る(つまり輪廻を繰り返す)とある。

そして対照的に、欲望を持たず、そこから離れてアートマンのみを欲する者は、ブラフマンと合一し、ブラフマンそのものになる(輪廻から解脱する)、という流れがうかがえるだろう。

上に続いて

従って、このような詩頌があります。

「彼の心に依る欲望が、全て除き去られる時、死すべき人間は不死となり、この世においてブラフマンに達す、と」

あたかも蛇の脱殻が生命なく脱ぎ捨てられて、蟻塚の上に横たわっているように、まさしくこの肉身は横たわっています。

そして、この肉身のない不死の生気はまさしくブラフマンであり、まさしく光輝であります。大王よ。

同上

ここでは流れが若干変わって、欲望がすべて除き去られた時、死すべき人は不死になり、「この世においてブラフマンに達する」、つまり、ここまで引用してきた文脈が全て『死後』のブラフマンとの合一だったのに比べ、明確にこの世つまり『現世』におけるブラフマンとの合一に言及している。

そしてその様子を、「あたかも蛇の脱殻が脱ぎ捨てられた様に」という非常に印象的な譬えによって表されているのだが、ここで思い出す事はないだろうか。

第一 蛇の章

10 走っても速すぎる事なく、また遅れる事もなく、「一切のものは虚妄である」と知って貪りを(11愛欲を、12憎悪を、13迷妄を)離れた修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

15 この世に帰り来る縁となる煩悩から生ずるものをいささかも持たない修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

16 人を生存に縛り付ける原因となる愛執から生ずるものをいささかも持たない修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

17 五つの蓋いを捨て、悩みなく、疑惑を超え、苦しみの無い修行者は、この世とかの世を共に捨てる。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てる様なものである。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳 P12~より 

上のウパニシャッドでは、蛇の脱殻である身体とそこから抜け出る生気=ブラフマンという対置があるが、仏典ではこのブラフマンとの言及はないものの、それ以外の構成は、驚くほど良く似ている。

(ならば、蛇の章において「古い皮を捨てて脱皮する」というその『主体』とは一体何か、という事が問題になる。何故なら『古い皮』はそれを脱皮して新生する『無垢(清浄)な身体』を対にして初めて存在し得るからだ。この点は改めて後述)

続けて、「この世とかの世を共に捨てる」という表現は現世と来世を共に捨てる、つまり輪廻からの解脱を意味し、その為の要件として「この世に帰り来る縁となる煩悩」「生存に縛り付ける原因となる愛執から生ずるもの」を全て捨てる、という流れは、

「執着のある人は、業と共に、 彼の性向と意とがしがみつく処に赴く。この世において彼がいかなることを作しても、その業の極限に達した時、彼は再び、新たに業を積むため、かの世界よりこの世界に帰り来る」

というウパニシャッドの言葉の、全くの反語になっており、更に、

「彼の心に依る欲望が、全て除き去られる時、死すべき人間は不死となり、この世においてブラフマンに達す

というウパニシャッドの言葉は、そのまま先に引用したダンマパダの、

「411 こだわりある事なく、覚り終わって、疑惑なく、不死の底達した人、― 彼を我は〈(真の)ブラーフマナ〉と呼ぶ

と明らかに重なり合う。ブラーフマナを漢訳に由来する『バラモン』と訳しては見失いがちだが、『ブラフマンに達した者』と『真のブラーフマナ』とはウパニシャッド仏教という垣根を忘れて俯瞰すれば、これまで見てきたように『ブラフマン』に関して全く同じことを言っており、両者がそれぞれの言葉でイメージする性質も相当以上に類似している。

私は先に、『ブラーフマナブラフマンを知る者』については異なった三種があるとし、以下の対照を示した。

1.ヴェーダの言葉の知識(その威力=ブラフマン)を具えて、硬直化し肥大化した祭式のみにもっぱら専念する『祭式官僚ビジネス・ブラーフマナ

2.その様な哀れなバラモンに対する批判的な思弁と探求の中で求められた『不滅の(絶対者)ブラフマン』を知る(あるいは知る為の修行の道にある)ウパニシャッド的な『真のブラーフマナ

3.パーリ経典に表された様な、ゴータマ・ブッダによって提示され体現された『真のブラーフマナ

ここまでの流れを概観すると、この1のブラーフマナと、2、3のブラーフマナの決定的な違いとは、やはり「その方法論あるいは『実践』によって、輪廻からの解脱を得られるかどうか?」という点にあるように思える。

つまり、『祭式官僚ビジネス・ブラーフマナ』による実践、つまり形骸化し肥大化した祭式によって得られるものはあくまでも『輪廻世界内部の利益・幸福』であって、ひとたび輪廻からの解脱、という価値観と意欲が生じた時、彼らは全く『無能』と断じられた、という事だ。

ここで注意すべきは、本来の原初的な解脱観においては、ブラフマンの世界=解脱、だったという事だ。これはカウシータキ・ウパニシャッドやそれに続くチャーンドーギャからの引用を思い出せば分かるだろう。

つまり、何らかの方法で「ブラフマンの心を動かし、その世界への扉を開いてもらえた」者のみが、ブラフマンの解脱境へと至る事が出来る。

そして、ここはややこしい所だが、私が本投稿の前半で少々強引に説明した様に、ブラフマンという絶対者は、そもそもの起源に遡れば、バラモン祭官の言葉が持つ呪の威力を『統括し付与する一者』であり、当然ながら、力関係においてはバラモン祭官よりも上位だったということだ

これはある意味、単純なヒエラルキーの問題として見れば分かり易い。

つまり、ブラーフマナ祭官の祭式が効力を発揮するのは、力関係においてすでに下剋上を成し遂げ見下ろしている下位の神々(インドラ・アグニなど伝統的な)であるのに対して、それらブラーフマナ祭官の言葉が持つ呪の力の発生源である絶対者ブラフマンは当然ながら祭官どもよりも上位に当たるので、祭官の呪の力(命じる威力)が及ばない(部長は課長に命じる事が出来るけれど、社長に命じる事は出来ない!)

当然ながら、彼らがいくら従前の形骸化した祭式にどんなに努めても、ブラフマンはその不死の扉を開かない。彼らには、不死なるブラフマンにアクセスする権能や方途がない。

実はこのヒエラルキーを象徴的に表している描写が、先に引用したカウシータキ・ウパニシャッド第一章の続きに鮮明に述べられている。

ブラフマンの世界に入った死者はヴィジャラー河を越えて不老になり、善悪の業を振り落とし、更にさらにブラフマンに向かって進んでいく。

彼はその様に昼夜を眼下に見、その様に善悪二つの業と一切の相対を見下ろす。彼は善業を離れ悪業を離れ、ブラフマンを知る者となって、ブラフマンに向かって進む。

カウシータキ・ウパニシャッド第一章の5

彼はイルヤ樹に至る。ブラフマンの芳香が彼に入る。彼はサーラジヤ広場に至る。ブラフマンの滋味が彼に入る。彼はアパラージタ大邸宅に至る。彼にブラフマンの光明が入る。

彼は門衛のインドラとプラジャー・パティの所に至ると、両者は彼から逃げ去る。彼はヴィブ宮殿に至る。ブラフマンの栄誉が彼に入る。

彼はヴィチャクシャナー王座に至る。

ブリハットとラタンタラの両サーマン(旋律)がその前脚であり、シャイタとナウダサの両サーマンがその後脚である。ヴァイルーパとヴァイラージャの両サーマンが縦の枠木であり、シャークヴァラとライヴァタの両サーマンが横の枠木である。

この王座は理知であり、人は理知によってそれを識別するからである。

彼はアミタウジャス臥榻(寝椅子、寝台)に至る。それは生気である。過去と未来とがその前脚であり、吉祥と栄養とがその後脚である。

ブリハットとラタンタラの両サーマンが肘のあたる部分であり、バドラとヤジュニャーヤジュニーヤの両サーマンが寝椅子の頭の部分である。歌詞旋律とが前に突き出した部分であり、祭詞は横に突き出した部分である。ソーマ草の茎がその褥である。ウドギータ(サーマヴェーダの吟唱)が掛け布団である。吉祥がその枕である。

それにブラフマンは坐っている

このように知る者はまず寝椅子の足を伝うてその上に登る。

ブラフマンが「汝は誰か」と言う。

(死者)は次のように答えるべきである。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P11~ より

ブラフマンの世界を進む死者は、イルヤ樹を過ぎサーラジヤ広場を通り、ついにブラフマンが住むアパラージタ大邸宅に入る。門衛のインドラとプラジャー・パティは彼を恐れ逃散する。

これはブラフマンの探求者である死者は、インドラやプラジャーパティよりもすでに『格上』である事を意味する。

更に進んで彼はヴィプ宮殿に入る。そこにあるヴィチャクシャナー王座は、

「ブリハットとラタンタラの両サーマン(旋律)がその前脚であり、シャイタとナウダサの両サーマンがその後脚である。ヴァイルーパとヴァイラージャの両サーマンが縦の枠木であり、シャークヴァラとライヴァタの両サーマンが横の枠木である」

という様に、バラモン祭官が祭式において行使する種々の賛歌(サーマン)を材料とする椅子として、その上にブラフマン(もしくは死者自身)が坐る。それはつまり、祭式の上にブラフマン神が君臨しそれを主宰する事を明示している(祈祷・祭式の主)。

更にアミタウジャス(無量力)寝椅子に死者が至ると、それは

「ブリハットとラタンタラの両サーマンが肘のあたる部分であり、バドラとヤジュニャーヤジュニーヤの両サーマンが寝椅子の頭の部分である。歌詞旋律とが前に突き出した部分であり、祭詞は横に突き出した部分である。ソーマ草の茎がその褥である。ウドギータ(サーマヴェーダの吟唱)が掛け布団である。吉祥がその枕である」

という祭式の重要な各要素、中でも歌詞や祭詞とその旋律、ウドギータなど『祭式の言葉が持つ呪の力』としての『ブラフマンにおいて、最も重要なものたちが列挙され、その様な『バラモン祭官の祭式そのもの』と言える寝椅子の上にブラフマン神は正に坐っている

この様子は、分かり易く言えば、バラモン祭官の祭式に対して最高天のブラフマン神が『マウンティング』しているものであり、それらは皆ブラフマン神の『下働き』に過ぎず、ブラフマン神こそが、祭官どもの掲げる威力である言葉の呪の力の起源であり、その全てを統括する最高主権者である事を、高らかに宣するものと言って良いだろう。

そして、その様なブラフマン神(=絶対者ブラフマン)を知る者こそが、『真のブラーフマナ』であり、輪廻からの解脱を果たし、不死を獲得するのだ。

以上の解読をもって、現時点の読み筋において私は、ゴータマ・ブッダもまた、このような『真のブラーフマナ』に至る道を説いたのであり、『それ=ブラフマン』を知り、それに到達し、それを体現している者だった(少なくとも彼の言葉を聞く者たちにはそう受け止められていた)、と判断している。

(と言うか、この線で読み進めて行ったら、一体どのような景色が見えて来るだろう、という気持ちでいる、というのが正確で、これが絶対に正しい、という信念があるという訳でもない。ただこれは面白い読み筋だ、という事なのだ)

だからこそ、前二回で検討した様に、ブッダ自身が『Brahma****』という常套句によって称賛され、彼の説いた修行道が『ブラフマンへの乗り物(brahmayānam)』と呼ばれ得たのでは、ないのだろうか?

長くなったので続きは次回、後編にて。

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善の要望があれば、真摯に受け止め適切に対応させていただきます

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『ブラフマン』とゴータマ・ブッダ【後編】

原始仏典のスッタにおいて、覚りに至ったブッダの事を『ブラフマン Brahman』という語を伴う呼称によって称賛し、ブッダの説いた修行道をブラフマンへ至る、ブラフマンになる道、と称するケースが随所に見られる。

このような、ブラフマン』概念とブッダとの関係性、とは一体どのようなものだったのか、という視点で考えていく、今回はその後編となる。

上の前回投稿では、西昭嘉氏の論文『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』からおもにパーリ経典からの引用部分を参照し、私の原始仏教観を踏まえた上でその内容を吟味してきた。

そこにおいて明らかにされた原始仏典におけるブラフマンブラフマー)概念の重要性については、私は全く西氏に同意するものであったが、ブラフマン概念が意味する所とその背景については、納得できかねる、という印象だった。

この部分、言葉の表現は非常に難しいが、

原始仏教では人々に対してattanやbrahmanについての形而上学的考察に基づいた説明を全く行わなかったが、それは第一にそのような形而上学の氾濫と混迷に対するアンチテーゼこそが、ブッダの本意だったからであろう。

それでもなお、至高者ブラフマンの名声は世上に高く、時にbrahmanとbrahmāを使い分け(あるいは両者の区別なく) ただ『一者なる最高の存在』として崇めた上でブッダをそれと同一視しており、ブッダ本人も、あえてその様な『見なし』を否定はせず、その慣用に従って自称する事も多々あった」

とでも考えるのが、現状一番妥当なのではないかと私は思う。

これは前回も書いたように、ウパニシャッド的な絶対者ブラフマン梵天ブラフマーとがいかような関係性にあり、それに対してブッダの説法を聞いた人々がどのような信仰を持っていたのか、という事が第一に分からなければ、確定した事は誰にも言えないのかも知れない。

それでは以下に続けて、本論文の後半部を参照しつつ、再び私個人の検証や見解と対照しながら、子細に見ていきたいと思う。

3 . 散文におけるbrahmabhūtaとattan


このように原始仏教聖典韻文におけるbrahmanは,最高の存在として見なされ, 悟った者と同一視されていた。しかし散文においてはbrahmā梵天界より降臨し,釈尊の面前に現れ, 教えを乞うている。

それによりbrahmāの地位は下がり 釈尊の権威が強まったが, brahman が最高の存在を意味する言葉として用いられなくなったわけではない。

 

「実に聖なる八支道の同義語をbrahmanの乗物 (brahmayāna)とも,法の乗物(dhammayāna)とも無上の戦場の勝利者〔とも言われる〕。(SN . V , P5)


如来はこの力を具えて, 牛王たることを自称し,集団において、 獅子吼し, brahmanの輪(brahmacakka) を回す。(AN .III,P9)」

 

また, 散文になるとattanとbrahmanとを同一の存在として説かれるようになった。

 

「このように知り, このように見る彼には, 欲望の煩悩からも心は解脱し, 生存の煩悩からも心は解脱し, 無知の煩悩からも心は解脱し, 解脱した時には, 解脱したという知恵が生じる。生まれることは尽きた。梵行は完成された。なすべきことはなし終えた。もはや, このような〔迷いの〕生存状態に戻ることはない, と知る。

修行僧たちよ。これが自分(attan)を苦しめず, 自分(attan)を苦しめる実践に耽らず, 他人を苦しめず, 他人を苦しめる実践に耽らない人であり, 彼は自分(attan) を苦しめず, 他人を苦しめず, 現世において無欲で, 涅槃に達し, 清涼で,安楽を経験し, brahmanとなったattanによって住する(brahmabhūtena attāna viharati ),と〔言われる〕。(MN .1,pp348 − 349)」(筆者注:ネット上の他の情報ではattanā

 

このbrahmanとなったattanによって住する」については,散文の中に繰り返し説かれている定型句(16)であり,悟った者を意味しており, 悟りに達するとattanがbrahmanになることを明確に説いている。

韻文においてはattanとbrahmabhūtaが共に説かれる語旬は存在しなかったが, 散文になると,atmanとbrahmanとが同一の存在であると説くウパニシャッド的表現をもって, 仏教の悟りの境地が語られるようになったのである。

 

『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』西昭嘉 著より

最初に断っておきたい事がある。前回も含めて、西氏が本論文内で論じている『専門的』な個々の訳語選択ついては、これまでの私が蓄積した記憶から違和感がない限り、氏がそれぞれ割り当てている訳語は、よほど引っかかった語以外は、ほぼそのまま『信頼』して、読み進んでいる。

また氏が提示している原典ソースは、ここで取り扱う範囲について可能な限りチェックしているがすべてではない。特にアングッタラ・ニカーヤは私の手元に日本語訳がないので、これも氏の言及を『信頼』した上で話を進めていきたい。

まずここで最初に西氏が指摘しているのは、ブラフマンブラフマー、以下同)という最高存在のステータスが、時代が下がるに連れて低下していく、という傾向だ。

これは実はインド教全般に見られる現象で、先行する最高神格が常に後発の新しい神格によってその地位を脅かされ、奪われ、没落していく、という流れは、例えばリグ・ヴェーダで中心神格だったインドラが、プラーナや叙事詩の時代には後発のシヴァ・ルドラやヴィシュヌによって下剋上を食らい没落していく歴史などによく表れている。

ブラフマー神についても、仏典だけではなくヒンドゥ教の古典にもその没落はかなり露骨な形で描かれており、仏典においてブッダの威光が梵天のそれを著しく凌駕していくプロセスとは、正にインド教、あるいは『古代インド人』のお家芸的なメンタリティだと判断できるだろう。

(その流れは、現代に至ってヴィシュヌ(化身としてのラーマ&クリシュナ)とシヴァ・ルドラの二神並立と、「名誉」創造神のブラフマーを加えた『トリムルティ』として漸く安定したかにも見えるが、この先何が起こるかは誰にも分からない)

しかし総体としてブラフマンの地位は低下していくにも拘らず、一方でその権威性を引き継ぐ表現も仏典の中に生き続けていると西氏は言う。

私がおや、と思ったのは、ここで引用された二つの言葉だった。

「実に聖なる八支道の同義語をbrahmanの乗物 (brahmayāna)とも,法の乗物(dhammayāna)とも無上の戦場の勝利者〔とも言われる〕」

これはサンユッタ・ニカーヤからの引用で、ソースの記載法が私の持っているそれとは異なっており、原典を確認するのにてこずったが、それらしきものを中村元選集に発見できたので以下に参照しよう。

アーナンダ尊者が托鉢の為にサーヴァッティ市に入って行くと、ジャーヌソーニ・バラモン白一色の馬車に乗って町を出ていくのを見かけます。その姿は、

 

実につないだ馬も白く、飾りも白く、車も白く、従者も白く、手綱も白く、鞭も白く、傘蓋も白く、王冠も白く、衣装も白く、履物も白く、実に、白い払子で扇がれていました。

人々はこれを見て、言いました。「ああ、神様のようだ。神様の乗り物のようだ」と。

 

そして托鉢から帰るとアーナンダはブッダの元を訪れてこの話をし、

 

「尊いお方様。この教説(ダルマ)と規律(律)において『神様の乗り物』を指摘する事ができるでしょうか」

 

と問いかけます。それに対してブッダは、

 

「正しい見方(正見)、正しい考え(正思)、正しい言葉(正語)、正しい行動(正業)、正しい生活(正命)、正しい努力(正精進)、正しい気づかい(正念)、正しい精神統一(正定)が順次繰り返し修行されると、欲望の抑制が完成し、悪意の抑制が完成し、迷妄の抑制が完成する。

アーナンダよ、この説明によって、次の事が知られるべきである。この八つの正しい道は、神様の乗り物、真理の乗り物、無上の勝利と同義である」

 

と答えました。

 

原始仏典Ⅱ 第5巻 相応部経典  第1篇 道に関する集成. 1 - 4. P07~ 繰り返し部分を含め相当部分を省略、抜粋)

続けて、この中で重要な部分を、パーリ原文で見てみよう。

‘‘brahmaṃ vata, bho, yānaṃ! Brahmayānapaṃ vata, bho’’ti!!

「ああ、神様のようだ。神様の乗り物のようだ」

 

Sakkā nu kho, bhante, imasmiṃ dhammavinaye brahmayānaṃ paññāpetu’’nti?

「尊いお方様。この教説規律(仏法と律)において神様の乗り物を指摘する事ができるでしょうか」

 

‘‘Iminā kho etaṃ, ānanda, pariyāyena veditabbaṃ yathā imassevetaṃ ariyassa aṭṭhaṅgikassa maggassa adhivacanaṃ – ‘brahmayānaṃ’ itipi, ‘dhammayānaṃ’ itipi, ‘anuttaro saṅgāmavijayo’ itipī’’ti.

「アーナンダよ、この説明によって、次の事が知られるべきである。この八つの正しい道は、神様の乗り物真理の乗り物、無上の勝利と同義である」と。

 

パーリ原文は、http://www.tipitaka.org/  Vipassana Research Instituteより。以下同

大体合っていると思うのだが、気になる方は各自チェックして欲しい。

まず、ジャーヌソーニ・バラモンという、恐らくかなり社会的(経済的)なステータスの高いバラモンが純白のいで立ちで純白の馬車に乗っている姿を見、それに対して、Brahma(日本語訳は通俗的に『神様』!)と讃嘆し、Brahmayānaṃ(神様の乗り物)と称賛する。

これは判断が難しいのだが、ジャーヌソーニが単に経済的にハイクラスというだけではなく宗教的な意味で聖者に列する様な人物だったのかは、この文面だけからは判断がつかない。

とにかくその見目麗しさ素晴らしさ(特にくどいほどに繰り返される白さ)をBrahmaのようだ、Brahmayānaṃのようだ、と称えているのは間違いないので、そういう言い回しが世間一般にあったという事なのだろうか。

しかしそこに宗教的な意味合いがなく、単に俗的な慣用表現でしかないのならば、続く「この八つの正しい道は、brahmaの乗り物、dhammaの乗り物、無上の勝利と同義である」というブッダの答えは出ては来なかったようにも思える。

パーリ経典を読み解いていくというのは本当に難しいもので、例えばこのサンユッタ・ニカーヤはその文章の体裁からも、古層の韻文スッタと比べて、ブッダの死後一定の時間が経ってから創られた比較的新しいものである事が推測できる(私はそう推測する)。

それでもなお、当然ブッダがまだ生きている時代のエピソードの記憶がここでも反映されている筈だと考えたいのだが、その確証はない。

また、この部分が、インドで成立したのかあるいはスリランカ以降で成立したのかも私には判断はつかない。実際に、ヴィナヤの中には明らかにスリランカに固有の風俗を絡めたエピソードが、ブッダの時代の事、として記載されていたりするからだ。

それでも、たとえスリランカで新造された文言だったとしても、それが何がしかインド由来の伝統的な『根拠』に拠っていない、とは断言できない。

まぁ、このブログを書いていてつくづく思うのは「これは素人が独学で手出しできるような代物ではないな」と言うのが正直な所なのだが・・・

しかし無謀を承知でやっているので、愚痴をこぼしても仕様がない。ここで個人的に引っかかった点を上げれば、まず前述したように、ジャーヌソーニがBrahmaのようだと称えられる時に、その繰り返し強調されているのが『真っ白さ』である、という事の理由だ。

これには特別な『意味』が含まれている、と私は直観的に判断した。

何故なら、ブッダの瞑想修行について、その三昧(あるいはジャーナ)の深みにおいて経験される主観的な状況が、パーリ経典の主に散文部分ではしばしば『純白・清浄』のイメージを伴って語られているからだ。

そこで手持ちのデータを検索していくと、沙門果経に丁度適当な該当する内容を確認できたので以下に引用しよう。

この経はラージャガハでのマガダ王アジャータサットゥとブッダの対話問答を収めたもので、当時メジャーだった六師外道の教説についての説明を前半に、ブッダの修行道に関しては、戒、定、慧の段階的道行きとその果報についての詳細を後半においている。

以下は『定』すなわち瞑想行についての詳細、その第三禅定から第四禅定へと説明が移る場面から始める。

さらにまた、大王よ、修行僧は、〔第三の禅定の〕安楽をも断ち、苦をも断つことにより、また以前に〔第一禅・第二禅において〕喜悦と憂悩とが消滅している事から、苦も無く楽もなく、超越より生じた注意力がもっとも清浄になっている第四の禅定に達してそこにおります。

彼は、この身体をば清浄で純白な心をもって満たして坐り、彼の体全身、どこも清浄で純白な心に触れないところはありません。

 

それはたとえば、大王よ、人が白い布で頭まで〔全身を〕包んで坐るならば、彼の体全身はどこも、白い布に触れないところがないでしょう。

それとまったく同じように、大王よ、修行僧は、この身体をば、清浄で純白な心をもって満たして坐るのであり、彼の体全身はどこも、清浄で純白な心に触れないところはありません。

これもまた、大王よ、前に述べた目に見える修行僧の諸果報よりもさらに優れ、さらに素晴らしい、目に見える修行僧の果報であります。 

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊、沙門果経 P94~より引用 

これ以前の段階で第一禅定から第三禅定までの内容詳細が語られているのだが、第四禅定という『最も清浄な』境地に達してから初めて『純白な心』という形用が登場し、 

「この身体をば清浄な心をもって満たして坐り

  so imameva kāyaṃ parisuddhena cetasā pariyodātena pharitvā nisinno hoti, 

「人が白い布で頭まで〔全身を〕包んで坐るならば」

  puriso odātena vatthena sasīsaṃ pārupitvā nisinno assa 

としてその白い心で満たされて坐った瞑想状態が、白い布で全身を包まれて坐った状態に譬えて記されている。

(このあたりは瞑想階梯の詳細として、実践的にもとても面白い部分なのだが、今回の本題からは外れていくので、また後日)

この第四禅定の真っ白な布に全身覆われた神秘的で純白かつ清浄なイメージは、先に出てきたジャーヌソーニ・バラモンの神々しいまでに白一色で覆われたイメージと重なり合わないだろうか?

さらに沙門果経の続きを見てみよう。そこではこの『清浄で純白な心』こそが解脱への必須要件である事がまざまざと表されている。

このように、心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると、彼(修行僧)は、〔次のような〕理解洞察に対して心を傾け、〔心を〕向けます。

(・・・その結果、)

無我の理解洞察(Vipassanāñāṇaṃ)

彼は「実に、私のこの身体は、形を有し、四大元素からなり、母と父から生まれ、飯と粥の集積であり、無上であって、たえず衰え、消耗し、分解し、破壊する性質のものである。しかも私のこの意識はここ(身体)に依存し、ここに付属している」と、このように洞察します。

(・・・さらに進んで、)

~心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると~

意から成なる智(Manomayiddhiñāṇaṃ):意成身の覚知

様々な超能力(Iddhividhañāṇaṃ)

天耳の智(Dibbasotañāṇaṃ)

他心を知る智(Cetopariyañāṇaṃ)

過去の生存を想起する智(Pubbenivāsānussatiñāṇaṃ)

天眼の智(Dibbacakkhuñāṇaṃ)

(などの超越的な智と力を獲得・経験し、最終的に、)

煩悩を滅する智(Āsavakkhayañāṇaṃ)

~心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると~

彼は、

「これが苦しみである」

「これが苦しみの原因である」

「これが苦しみの滅人である」

「これが苦しみの滅尽にいたる道である」

とあるがままに洞察します。

このように知り、このように観察する彼にとって、欲望の煩悩からも、生存の煩悩からも、無知の煩悩からも、心は解放されます。

解放された時には、解放されたという認識が生まれます。

そして、輪廻の再生はなくなった。梵行は完成された。なすべきことはなされた。もはや再び、この迷いの世界に生まれてくる事は無い」と洞察します。

これもまた、大王よ、前に述べた目に見える修行僧の諸果報よりもさらに優れ、さらに素晴らしい、目に見える修行僧の果報であります。

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊、沙門果経 P96~より抜粋引用

ここで注意して欲しいのは、

 「~心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると~」

という説明は、引用では煩雑なので省略したが、無我の理解洞察から煩悩を滅する智に至る八段階の智や超常的な能力についての説明の前振りとして繰り返し繰り返し語られているという事実だ。

つまり瞑想行が深まって第四禅定に至り、そこで初めて「心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なもの」となって初めて、煩悩を滅する智をゴールとする上の八段階の『領域』に入れる事を意味している。

これも改めて後日詳述したいのだが、私がここで着目したのが、清浄で純白な心となって、最初に経験されるものが無我の理解洞察であり、その原題がVipassanā-ñāṇaṃである事だった。

もちろんこの言葉の前半はヴィパッサナーであり、後半はニャーナ、つまり智慧だ。

という事は、少なくともここでの文脈では、瞑想が第四禅定に入り、この『清浄で純白』な安定した心になって初めて、ヴィパッサナーすなわち『観』が成立し、智慧が体得され得るという事を意味している。

実はこの『白い布を全身に被ったような純白な心』と同様な表現は、沙門果経以外にも数多くの散文経典によって共有されている定型表現であって、若干の順序や構成に違いがあっても、ブッダの瞑想法が一定のレベルに達した事を意味する、ある種の『徴表(しるし)』として位置付けられている。

そしてそのような『しるし』を体得して初めて(そのようなState of Mindに入って初めて)、最終ゴールに至る様々な非日常的な『智慧』が獲得できるという流れだ。

そこで再び件のジャーヌソーニの話に戻ってみよう。

「ジャーヌソーニ・バラモン白一色の馬車に乗って~ 実につないだ馬も白く、飾りも白く、車も白く、従者も白く、手綱も白く、鞭も白く、傘蓋も白く、王冠も白く、衣装も白く、履物も白く、実に、白い払子で扇がれていました」

これまでの流れを前提にこの文章を読んでみるとどうだろう。そこには実に12回も連続して『白』が連呼されている。そして頭の天辺からつま先まで白一色バラモンと馬車が、ブラフマンのようだブラフマンの乗り物』のようだ、と讃嘆され、それを受ける形の後段で八正道もまたブラフマンの乗り物と称揚される。
しかも上の最後に出てくる「払子で扇がれていた」という情景は、『清涼』さをもたらすものであり、やはり瞑想行が深まった特定の境地における『清涼』のイメージとそのまま重なり合うものだ。

467 諸々の欲望を捨て、欲にうち勝って歩み、生死のはてを知り、平安に帰し、清涼なること湖水のような完き人(如来)は、献菓を受けるに値する。

542 あなたの懊悩は、すべて破られ断たれています。あなたは清涼で、身を制し、堅固で、誠実に処する方です。

1073 「あまねく見る人よ。もしも彼がそこから退き去らないで多年そこにとどまるならば、彼はそこで解脱して、清涼となるのでしょうか? またそのような人の識別作用は(後まで)存在するのでしょうか?」 

ブッダのことば-スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳より 

『清涼』という言葉は、これも一定の境地に入った瞑想行者の心象を表す典型的なイメージで、韻文、散文を問わず多くのスッタで共有されており、『清涼なること湖水のような』というのもまた定型表現になっている。

この様に見てくると、これはもはや、単にたまたまアーナンダがその様な光景を実際に目撃して、たまたま思いついてブッダに質問した、というよりも、瞑想修行の分岐点である『全き白に覆いつくされた清浄(清涼)な境地』を前提に、全てがあらかじめ意図的に設計されたシナリオ(物語)として、このスッタを読むべきではないのか?

その上、全てのプロセスが成就し、最終的に四聖諦を悟った修行者は、あらゆる煩悩から解き放たれ、輪廻から解脱し、梵行が完成した事を自覚するという。

つまり、仏道修行の成就完成が、ブラフマチャリヤの完成と位置付けられている。この表現もまた、多くのスッタに共通する定型表現だ。

さらに、無我の理解洞察から煩悩を滅する智に至る八段階の間には、ある意味現代人にとっては荒唐無稽な実に様々な内容の超常体験が設定されているのだが、

様々な超能力(Iddhividhañāṇaṃ)の内容には「梵天に肉体を持ったまま到達」があり、天耳の智(Dibbasotañāṇaṃ)と天眼の智(Dibbacakkhuñāṇaṃ)のDibbaDeva,つまり梵天を最上首とする天界の神の能力を意味する事からも、

これら八段階の超常能と天界・ブラフマンとの重なりは決して見過ごせない。

煩雑になるのでこれ以上細部の追求はここでは控えるが、その他にも様々な点から考慮して、少なくともこれら経典を編纂した者が、ブラフマン(あるいはブラフマーというものを最終ゴールとして強烈に意識した上で仏道瞑想修行というものを捉えていたのは間違いないのではないか、と私は感じている。

Brahmayānaの例示の次に西氏が引用したのが、Brahma-cakkaだった。これは正確にはブラフマンの車輪』と訳すべきだと思うが、そうなると、当然連想されるものがあって、それはDhamma-cakka、つまり法の車輪である。

興味深いのは、このブラフマンの車輪について、

如来はこの力を具えて, 牛王たることを自称し,集団において、 獅子吼し, brahmanの輪回す。(AN .III,P9)
tathāgato āsabhaṃ ṭhānaṃ paṭijānāti, parisāsu sīhanādaṃ nadati, brahmacakkaṃ pavattetī’’ti.

(パーリ文は何とかそれらしいものを見つけたが自信なし) 

として、明確に如来、すなわちブッダ自身が回転した、という流れになっている。

となると、同じ様にブッダが転じ回したところの『法の車輪』と『ブラフマンの車輪』との関係性が問題になって来るだろう。この両者は果たしてイコールなのだろうか?

そこで思い出されるのは、先に詳細に検討した『ブラフマンの乗り物』が『法(ダンマ)の乗り物』と並置され同一視されていた事実だ。

「この八つの正しい道は、ブラフマンの乗り物ダンマの乗り物、無上の勝利と同義である」

だとすれば、上の『法(ダンマ)の車輪』と『ブラフマンの車輪』の関係性もまた、完全にイコールで結ばれると考えるのが自然ではないだろうか。

つまり、ブッダサールナートで初めて転じたと言われる『法の車輪』は、同時にブラフマンの車輪』でもあったという事だ(短絡が過ぎるだろうか?)。

では一体、この『ブラフマンの車輪』が意味する事は何なのか?

実はブラフマンの車輪はサンスクリットのBrahma-Chakraとしてシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドなどにも出てくるもので、決して仏教の独占物ではない。

そこでは、この現象世界全体(サーンキャ的なプラクリティとほぼ同義だがブラフマンとの二元ではない一元)を意味し、特に『時間』という側面を焦点に、絶対者ブラフマンの威力よって世界が『展開・転回する』、と位置付けられているようだ。

しかし、パーリ経典における用法は、前回の内容、すなわち、

『悟りを開いた者をbrahmanになった」 「brahman に達した人」「brahman と同じ者」と呼び、仏の教えをbrahmanの輪」 「attanに関する,真実無上のbrahmanの乗物」と称している』

という西氏の指摘を含め、これまでの本稿の流れを考慮すると、ここでのブラフマンの車輪とは『ブラフマンの ‟境地”』へと修行者を乗せて行く(馬車の)車輪、であると考えるのが、妥当かと私は考えている。

それを裏付けるように、実は先のサンユッタ・ニカーヤにおけるジャーヌソーニの馬車の話は、最後に以下のような大変興味深いブッダの譬え話で完結している。

信仰と智慧のある人には、物事は、常に積み荷と結びついている。
恥は轅であり、意は結びつける縄であり、気を付ける事(サティ)は護衛を兼ねる御者である。
車両は慣行的規範(戒)を装備品とし、瞑想(禅定)を車軸とし、努力を車輪とする。

平静な心構え(捨)が積み荷の安定具であり、無欲が幌である。
悪意を持たない事、生き物を殺さない事、離れて住む事(遠離)は武器である。忍耐は鎧であり、楯である。車は〔積み荷としての〕財宝を目指して進む。
これは自身の内に生じる。神様の乗り物、無上のものである。
賢者たちは〔それによって〕世間から運び出され、必ず勝利を勝ち取る。

原始仏典Ⅱ 第5巻 相応部経典  第1篇 道に関する集成. 1 - 4. P09 より引用)

そのパーリ原文と対照の上、訳語を適当に変更すると以下のようになる。

‘‘Yassa saddhā ca paññā ca, dhammā yuttā sadā dhuraṃ;

信仰智慧のある人には、物事は、常に積み荷結びついている。


Hirī īsā mano yottaṃ, sati ārakkhasārathi.

は轅であり、は結びつける縄であり、サティは護衛を兼ねる御者である。


Ratho sīlaparikkhāro, jhānakkho cakkavīriyo;

馬車を装備品とし、禅定を車軸とし、努力車輪とする。


Upekkhā dhurasamādhi, anicchā parivāraṇaṃ.

平静な心構えが積み荷の安定具であり、無欲が幌である。

Abyāpādo avihiṃsā, viveko yassa āvudhaṃ;

悪意を持たない事、不殺生厭離して住む事は武器である。


Titikkhā cammasannāho [vammasannāho (sī.)], yogakkhemāya vattati.

忍耐は鎧であり、楯である。車は〔積み荷としての〕財宝を目指して進む。


Etadattani sambhūtaṃ, brahmayānaṃ anuttaraṃ;

これは自身の内に生じる。ブラフマンの乗り物無上のものである。


Niyyanti dhīrā lokamhā, aññadatthu jayaṃ jaya’’nti. 

賢者たちは〔それによって〕世間から運び出され、必ず勝利を勝ち取る。

ここでは、明らかに(と私には思える)同スッタにおいて先行する真っ白なジャーヌソーニの馬車を踏まえた上で、仏道瞑想修行における必須諸要素を馬車(原語はRatha)の各種パーツやその操縦に重ね合わせて、それを無上なるブラフマンの乗り物と称している。

煩雑を避ける為に、ここでは余り突っ込んで追求しないが、ラタ馬車に関する専門用語と瞑想修行の専門用語の対称具合がすこぶる興味深い。

サティと御者、禅定と車軸。努力を車輪としているのが実にセンスが良い(笑)。このvīriyoは『努力』というよりも英語のエナジーのニュアンスが適当とも思われるが、ここでは立ち入らない。

積み荷の安定具samādhiという語である事も気になるし、yogakkhemā財宝とされているのは、確かリグ・ヴェーダに見られるかなり古い用法で、これも非常に興味をそそられる。

どちらにしても、『真っ白いジャーヌソーニのラタ馬車』を導入部としたサンユッタ・ニカーヤ所蔵の本経は、その伏線が最後のこの『ラタ馬車と仏道瞑想行の譬え』によって見事に回収されている訳で、これは明らかに人工的に設計されたひとつの『寓話』であると判断できるだろう。

その意味で、冒頭に出てくるジャーヌソーニの白一色のラタ馬車がBrahmanのようだ!Brahmanの乗り物の様だ!」と讃嘆される部分を『神様のようだ、神様の乗り物のようだ』と通俗的に訳した中村元選集はスッタ編纂者の意図を見失っている。

何故なら、「世間から運び出された賢者たちが勝利を勝ち取る」という仏道修行のゴールとは、先に沙門果経に見たようにイコールでBrahmacariya(梵行)の完成であって、当然このBrahmaとジャーヌソーニに対する称賛のBrahmaは『かけてある』と見るべきだからだ。

このブラフマンの解脱境を目指す修行道をラタ馬車の乗車・運行に譬える表現は、パーリ経典に他にもいくつかのバリエーションがあるのだが、実は仏教だけではなくカタ・ウパニシャッドなど特にヨーガと関わりの深いヒンドゥ教主流派の古典にも登場する。

カタ・ウパニシャッド 第三章 2~13

2祭祀をなす人々の橋であり、永遠で最高のブラフマンであり、恐怖の無い世界に渡ろうとする人々の岸であるナチケータ祭火を、われわれは知りたい。
アートマンは車に乗る者であり、肉身は実に車であると知れ。理性(ブッディ)は御者であり、そして意思(マナス)はまさに手綱であると知れ。

4諸々の感官を人々は馬と呼び、感官の対境を馬に関して馬場と呼ぶ。アートマンと感官と意思の結合を「享受者(経験的自我)」と、賢者は呼ぶ。

5分別なく、常に意志の手綱を締めない者にとって、彼の諸々の感官の制御しがたい事は、あたかも御者の悪馬を御しがたいのに似ている。

6しかし、分別を持ち、常に意思の手綱を締めている人にとって、彼の諸々の感官の制御される事は、あたかも御者が良馬を御するに似ている。

7分別なく、無思慮で、常に不浄である者は、かの場処(解脱境)に達することなく、しかも輪廻に赴く。

8しかし、分別を持ち、思慮あって、常に清浄である者は、かの場処に達し、そこから再び生まれることはない。

9分別のある御者を持ち、心を手綱とする人は、行路の目的地に達する。それはヴィシュヌの最高の住居である。

10 諸々の感官の上に感官の対象があり、これらの対象の上に意思は位する。石の上に理性があり、理性の上に偉大なるアートマンがある。

11 偉大なるものの上に未開展のものがあり、プルシャは未開展のものよりさらに上にある。プルシャの上には何もなく、それは頂点であり、最高の拠り所である。

12  かのアートマンはこの世に存在する一切のものの中に隠れひそみ、姿を現すことはない。しかし明敏な観察者たちによって、鋭く明敏な理性により、観察される。
13 理智ある人は語と意思とを制御せよ。それを智識として自我の中に保て。智識を偉大なる自我の中において制御せよ。それを平静なる心情として自我の中に保持せよ。
14 立ち上がれ、目覚めよ、恩典を得て、覚れ。剃刀の鋭い刃は渡ることが困難である。詩人たちはそれを行路の難所という。
15なく、触感もなく、姿もなく、変化する事もなく、また永遠になく、それはまた匂いもない。始めも終わりもなく、偉大なるものより上にあって、動かないもの、それを観想して、死の神の口より解放される。

16 死の神の宣旨した、永遠に変わる事のない、ナチケータスの故事を、語り且つ聴いて、賢明な人はブラフマンの世界において栄光を享受する。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P298~ より

 このパーリ経典の於けるラタ馬車の譬えと、カタ・ウパニシャッドにおけるそれとの類似性と差異性というものは非常に興味深く、また回を改めて詳述したいが、基本的な『修行道をラタ馬車の運行』に譬えそのゴールをブラフマンに設定する、というコンセプトが合致している事は、一見して了解され得るだろう。

両者におけるプルシャ、アートマン、そしてブラフマンというそれぞれの語の用法はさておき、このカタ・ウパニシャッド全体が、『感官とその防御』というものをひとつの焦点として『不死』なるブラフマンを目指している事実から見て、仏教との相関は間違いない(と私は判断する)。 

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スワヤンブーナートの降魔仏像。カトマンドゥ、ネパール

 

ところで、そもそもブッダの転法輪は、

わたしの覚ったこの真理は深遠で、見がたく、難解であり、しずまり、絶妙であり、思考の域を超え、微妙であり、賢者のみよく知るところである。ところが世の人々は執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている。

さて、執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている人々には、すなわち縁起という道理は見がたい。

またすべての形成作用のしずまる事、全ての執着を捨て去る事、妄執の消滅、貪欲を離れる事、止滅、やすらぎ(ニッバーナ)というこの道理もまた見がたい。

だからわたしが理法を説いたとしても、もしも他の人がわたしの言う事を理解してくれなければ、わたしには疲労が残るだけだ。わたしには憂慮が残るだけだ。

苦労してわたしが覚り得た事を、今説く必要があろうか。貪りと憎しみにとりつかれた人々が、この真理を覚る事は容易ではない。これは世の流れに逆らい、微妙であり、深遠で見がたく、微細であるから、欲を貪り闇黒に覆われた人々には見る事ができないのだ。 

ブッダ悪魔との対話―サンユッタ・ニカーヤ2 (岩波文庫) 中村元訳 P83 梵天に関する集成より

というように、ブッダガヤの成道直後、自分の覚った真理が余りに世人には理解しがたいと考えて説法する意欲を失くしかけていた時に、

ああ、この世は滅びる。ああ、この世は消滅する。実に修行を完成した人・尊敬さるべき人・正しく覚った人の心が、何もしたくないという気持ちに傾いて、説法しようとは思われないのだ!

尊い方!尊師は教え(真理=ダンマ)をお説きください。幸ある人は教えをお説きください。この世には生まれつき汚れの少ない人々がおります。かれらは教えを聞かなければ退歩しますが、聞けば真理を覚る者となりましょう。

ブッダ悪魔との対話-サンユッタ・ニカーヤ2 (岩波文庫) 中村元訳 P84 梵天に関する集成より

梵天が現れて上の様に翻意を促し、ブッダはそれに同意し衆生を憐れんで説法する決意を固め、サールナートでの初転法輪へとつながっていった、という経緯が知られている。

つまり伝承上、ブッダがそもそも法の車輪を転じる、というスタート地点において、ブラフマン(この場合は梵天)は密に関係(干渉)していた事になる。

何故、ブッダが法を説かないと『世界が破滅する!』、と梵天は恐れたのか、このあたりは考察のしがいのあるテーマであり、私の中でも現在進行形で読み進めつつある。

どちらにしても『法の車輪』ブラフマンの車輪』そして『法の乗り物』ブラフマンの乗り物』が、共に『ラタ馬車』のイメージを踏まえた上で、仏教サンガの内部である時期それぞれ『同一視』されていた事は、十分な蓋然性と共に想定可能である。という事で、今は先に進もう。

最後に西氏が引用したのは、

  現世において無欲で, 涅槃に達し 清涼で,安楽を経験し, brahmanとなったattanによって住する(brahmabhūtena attāna viharati )」

という表現だった。これは先ほどチラっと出た、

仏の教えを『attanに関する,真実無上のbrahmanの乗物』と称している」

という前回引用部分とも重なって来るだろう。

ブッダの瞑想行道を実践する事に拠って、アッタン(アートマン)がブラフマンになる? これは読みようによってはトンデモない言質ではあるが、本記事のここまでの論述を振り返ってみれば、さほど不自然な言い回しではない気もする。

問題は言葉の定義であり、当時、仏教サンガの『中の人』たちが、いったいこれらブラフマーブラフマン)、アッタン(アートマン)という言葉によって、何をイメージしていたのか、という事に尽きるだろう。

私の中では今、様々な読み筋が交錯しているが、今回は取りあえずこのテーマの初回導入部として、結論は先送りのまま、西氏の最後の結語を見てみよう。 

4 . 結 語


以上のように, 原始仏教聖典には数多くのウパニシャッド的表現をもって説かれる語句が存在する。韻文においてbrahmanは最高の存在として説かれている。また世問一般においてbrahmanとbrahmāの両者を区別なく同一視していたと思われる。
「brahma に達した人」「brahma になった者」は明らかに「悟った者」を意味しており,brahman(車)輪」「brahmanの道」「brahmanの乗物」などの語句は悟りに導く仏の教えを意味している。故に原始仏教聖典に説かれるbrahmanに関する語句を軽視すべきではない

多くの学者は原始仏教の独自性を見い出したいがために, 聖典の教えをバラモン教ウパニシャッドから切り離して考察しようという傾向が強く, たとえ, 聖典の中にウパニシャッド的な表現を以て説かれる語句が存在したとしても, すぐに比喩的表現を用いた教えであると考え, それを釈尊が説いた真理であるとは認めなかった。

しかし, 釈尊バラモンたることを自称し, 真のバラモンたる行為を説いていたのであり, そのような教えを聞いていた出家者在家者においても, 仏教バラモン教ウパニシャッドが求める境地に区別がなく・brahmanという語句を最高の存在としてみなしていたはずである。

また散文においては,「bramanとなったattanによって住する」という定型句が説いているように,悟りに達するとattanという存在がbrahmanとなることを明確に認めている。

このような原始仏教聖典に説かれるウパニシャッド的表現について, 中村氏は

「最初期の仏教バラモン教の優勢な雰囲気のなかではこのような説きかたをしなければならなかった。しかし仏教がひろがりさかんになるにつれてこのような配慮は無用になった。だから聖典の散文においては〈ブラフマンへの乗物〉というような語は現れなくなった」(17 )

と主張しているが,むしろ散文になるとattan とbrahman の関係が定型句になるほど繰り返し説かれるようになったと考えるべきであり, 我々は原始仏教の悟りの境地がウパニシャッドの悟りの境地と類似していることを認めざるを得ない。

けれども原始仏教が説く悟りへの道は実践道であり, Brhadāranyaka Upanishad において,Yājnavalkya がUshasta−cākrāyanaたちに対するatmanの説明(18)のように,形而上学的考察に基づいて悟りを求めるものではないのであるから,たとえ原始仏教の悟りの境地とウパニシャッドの悟りの境地が同一であったとしても, 悟りに到る道を区別して理解すべきであろう。

『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』西昭嘉 著より

本投稿の冒頭にも書いたように、ここで西氏の言う、

brahmanとbrahmāの両者を区別なく同一視していた」

という判断は、「ウパニシャッド的な絶対者ブラフマン」との接続を前提として初めて成り立つのではないか、と私は考えている。

原始仏教聖典に説かれるbrahmanに関する語句を軽視すべきではない

という結論。これは本ブログのここまでの論旨を理解された方にも、全く同意できるのではないだろうか。

釈尊バラモンたることを自称し, 真のバラモンたる行為を説いていた」

これまでこの点は余り突っ込んで来なかったが、私自身もパーリ経典における『真のバラモンという概念は、釈尊ブッダの原像において極めて重要な意味を持っていると考える者だ。

この概念もまた、古ウパニシャッドに先行する表現が存在する事から、両者の親近性について考察しつつ、次回以降どこかでメイン・テーマとして取り上げたいと考えている。

「我々は原始仏教の悟りの境地がウパニシャッドの悟りの境地と類似していることを認めざるを得ない」

 私は、この西氏の結論を支持するに全くやぶさかではない。もちろんそれは現時点で『学』として考えた場合、『語句の表現上』という事実から拙速に飛躍せずに、十分な検証を通じて真実へと肉薄すべき事柄であるのは言うまでもないが。

そうした意味で、西氏が最後に提示した、

原始仏教が説く悟りへの道は実践道であり、ウパニシャッドの哲人たちが説明したような形而上学的考察』を通じて悟りを求めるものではないのだから、たとえ原始仏教の悟りの境地とウパニシャッドの悟りの境地が同一であったとしても、 悟りに到る道を区別して理解すべきであろう」

という結語には、今後の進むべき方向性を指し示すものとして、大きな説得力がある、と私は感じている。

この両者の差異性については、先に引用したカタ・ウパニシャッドのラタ馬車の譬えの第16節を見れば、明らかに読み取ることができる。

「16 死の神の宣旨した、永遠に変わる事のない、ナチケータスの故事を(つまりブラフマンの真理へ至る道についての知識を)語り且つ聴いて、賢明な人はブラフマンの世界において栄光を享受する

ここでは真理の言葉を『語り且つ聴く』だけで、ブラフマンの世界に至れる、というニュアンスがはっきりと印象付けられている。

それに対して、西氏が言うようにブッダは徹底的に実践に徹して、虚妄な形而上学を語る事を拒否している。この鮮やかな対比にこそ、我々は注目すべきだろう。

恐らく、カタ・ウパニシャッドのこのような表現は、それ以前のチャーンドーギャやブリハドアーラニヤカなどの流れを未だ引きずりつつ、仏教インスパイヤされた結果のただ中にあり、それはつまり、ウパニシャッド『哲学』がヒンドゥ・ヨーガという原始仏教とは全くパラレルな実践行道へと進化していく『過程』に他ならない。

もちろんその進化の過程で、常に仏教というものが意識され、そこからインスパイヤされ、あるいは反発し合い、という相互作用があったのだと、私はこれまでの研究の結果として推測している。

(一方で、パーリ経典にはブッダの説法を聴いただけで、サーリプッタなど賢明な者だけではなくバラモン苦行者や在家信者までも悟りを開いたかのような表現が頻出する、という事実がある。

話を聴いただけで覚ってしまえるのなら、誰も苦労して坐禅瞑想などしない訳で、これは「真理の説法を聴いただけで覚れる」事を標榜するウパニシャッド・ヒンドゥの勢力に対する対抗意識から生まれた表現であり、あるいは、在家の『軽いムード』の信者たちに向けた『お話』、もしくは ‟何を実践すべきか?” を覚った、と考えるべきだろう)

この酷似している様な全く違うような、ゴータマ・ブッダの道とウパニシャッド・ヒンドゥ・ヨーガの道。両者の関係性を解明するための『最初の鍵』となるのが、すでに以前から言及している『内なる祭祀(Yajna)』というコンセプトだ。

 

§ § §

本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善などの要望があれば、当該文章の削除も含め対応させていただきます

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