仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

核心としての『呼吸』: 瞑想実践の科学4

私たちの心の背中には、眼耳鼻舌身意の六官(六処)を出先機関とした大脳辺縁系というオンブお化けがしがみついていて、私たちの身口意のすべての行いを操っている。

以前の投稿で、私はその様に書いた。

そしてこの辺縁系によって惹起される激しい情動は、大量のエネルギーと酸素を燃焼させて初めて生起しうる。

この点は、日本語で「激しい嫉妬の炎に身を焦がす」とか、「怒りの炎をメラメラと燃やす」といった表現によく表れている。これら極めて明瞭かつ体感的な真理は、おそらく古代インド人にとっても普遍的に理解されていた事だろう。

「修行僧らよ。全ては燃えているは燃えている。色形は燃えている。眼の識別作用は燃えている。眼の接触は燃えている。眼の接触による感受は、快であろうと不快であろうと、いずれでもないものであろうと、それも燃えている。

何によって燃えているのであるか? 貪欲の火によって、迷いの火によって燃えている。誕生・老衰・死・憂い・悲しみ・苦痛・悩み・悶えによって燃えているのだ。

は、声(音)は燃えている。は、香りは燃えている。は、は燃えている。身体は、触れられるものは燃えている。は、その識別作用は燃えている。

何によって燃えているのか。貪欲、迷い、誕生・老衰・死・憂い・悲しみ・苦痛・悩み・悶えによって燃えているのだ。」

中村元選集 第11巻ゴータマブッダⅠ、P604~ 一部省略)

上の経典はこの後、眼耳鼻舌身意の諸プロセスを厭い、その結果として生起する貪欲などから離れる事によって、清らかな修行は成し遂げられた、と続く。

既に何回も指摘している様に、その「燃えている」の『焦点』とは、眼耳鼻舌身意の六官・六処に他ならない。

そのような燃えている炎から厭離する事によって清らかになる。この点は煩悩の炎が吹き消される=ニッバーナの安楽、と同じ文脈で理解できる、という事も既に指摘した。

何かが燃えるためにはエネルギー(燃料)は欠かせない。そこで『食』というものの重要性が浮上する。さらに何かを燃やすためには空気(酸素)が欠かせないという視点から、『呼吸』というものの重要性が浮上するだろう。

火を燃やすためには空気が欠かせないという知識は、すでに金属加工時の高熱を得るためにふいごが使われていた社会において、そしてそれ以前に、煮炊きにおいてかまどの火を熾すために風を送るという日常経験からも、常識として知られていたはずだ。

古代インドのバラモンの祭祀においては、様々な儀軌のプロセスに相即して、火を適切にコントロールする事が必須だったことを考えると、ここでも火と空気の相関は十分に知悉されていただろう。

そしてこの外なる火の祭祀は、内なる身体のシステムに重ね合わされた。激しい情動に駆られている時には呼吸が激しく荒くなる、という身体的な事実は経験的に明らかな事だ。

(これはフライング気味だが、悪しき心によって燃やされる貪瞋痴の煩悩の炎は、それ自体が「悪しき内なる祭祀」として把握され、それによって悪しき果報がもたらされる、と想定された)

シッダールタの苦行時代、重点的に行われたのが断食と止息の行だった。渇愛、煩悩、苦悩、懊悩という『燃え盛り』を制御するためには、食と呼吸を制する事が必須である。この認識が前提になって、断食や止息の苦行が発達したとも考えられる。

それはもちろん特殊シッダールタ的な認識ではなく、当時の多くの求道的修行者に共有された認識基盤のひとつに従ったものだったのだろう。

(苦行の背景思想としては、「世界が展開する以前の無憂(ブラフマン)に時間を巻き戻す」という方法論も重要なのだが、これは後日)

すでに古ウパニシャッドの様々な思索の中に、呼吸や食を意識存在の第一原理とする思想は、未だ明白な因果や縁起という形ではないにせよ、明確に表れている。

しかしどんなに食を制限し、呼吸を制限し、死の直前にまで至っても、結局シッダールタの苦悩は滅尽されなかった。肉体が死ねば、苦悩の炎もまた完全に消え去る事は十分に予想できたけれど、それは彼の本意ではなかった。

何よりも生きたまま、解脱の安楽に達する。これが彼の想定したゴールだったからだ。(その背後にははもちろん、輪廻転生による再生と再死の観念が横たわっている)

ではどうすればそれが可能になるのか?

ここで重要になるのが『観』あるいはヴィパッサナーという言葉だ。おそらくシッダールタという人は、物事のありさまや道理を『観る』という能力に長けていたのだと考えられる。

断食行の様々な局面において、そして止息行の様々な局面において、その他日常生活の様々な情報入力の諸状況において、彼は自分の心と身体がどのような反応を見せるのかをつぶさに観ていた。

それはおそらく、幼少時にまで遡る天与の資質だったのだろうが、それが長い苦行の期間によってより研ぎ澄まされた。

沙門シッダールタは、このブログでは辺縁系と総称している『マーラ』の働きが、エネルギーや呼吸とどのように相関しているのかという事実を、理屈ではなく体感していたのだ。

(この点に関しては、苦行時の状況を詳述している経典があるので後日取り上げたい)

一方、古ウパニシャッド的探求の中で呼吸というものが第一原理として顕在化する過程で、彼らが『睡眠』というものに注目していた事実がある。

日本語でも「生きる事とは息する事」だなどと言うが、あらゆる動物にとって、呼吸とは誕生の瞬間から死の瞬間まで、コンスタントに途切れる事がない。

生きているという事はイコール息する事であり、その呼吸は個人の日常意識が熟睡時に消失している最中にも働き続けている。

常に目覚めている意識呼吸する意識だった

つまり日常的な私たちの意識を超えた根源的な純粋意識=アートマンの本質は呼吸である、と考えられたのだ。これはアートマンの原義が気息、つまり呼吸であるから『それ』がアートマンと名付けられた、とも言えるだろう。

そしてどんなに苦悩・懊悩する人も、熟睡時にはその苦しみから解放されている。これも体験的・観察的な事実として明らかだ。苦悩する自分が眠っている時にも目覚めている呼吸=アートマンは、本質的に苦から解き放たれている

つまり、熟睡時の無憂(無悩)を起きている時に再現し体験できれば、それこそが苦からの解放である、という発想が生まれる訳だ。

さらにもうひとつ、その背後には、いわゆるバラモン教におけるヴェーダの詠唱という営為があった。日本の仏教でもお経を唱える経験をすれば明らかなのだが、ヴェーダの聖句を詠唱するという行為は、何よりもコントロールされた呼吸である、という事実だ。

バラモン祭官の口から流れ出るヴェーダの音声、それは彼らをして神々を動かし世界そのものの運行をも支配すると自賛された力なのだが、その力の根源にあるものもまた呼吸だったのだ。

詠唱も佳境に入ると、しばしばこれらの祭官はプラーナヤーマ効果によって非日常的なトランスの状態に入った。その変性意識状態こそが、神に命じる力の源であり、その威力の実感をもたらしたのだろう。

そして、ウパニシャッド的な思想において大宇宙の根本原理であり絶対者と比定されたブラフマンとは、そもそもリグ・ヴェーダにおいてヴェーダ聖典の言葉が祭官の口から詠唱という形で世界に放たれる、その音声に内在し世界を支配する神秘力、を意味した。

このブラフマンがやがて世界の中心原理として確立し、個体の本質であるアートマンとの関係性において対峙した時、アートマンとはブラフマンである、という結論が導き出されたのは、ある意味理の当然だっただろう。

何故なら、原義としてのブラフマン、つまりヴェーダの言葉の詠唱力を支えていたのもまた、祭官の呼吸(アートマン)だったからだ。

前に私は創造者(絶対者)ブラフマンの原像とも言える以下の詩節を引用した。

かの唯一物(中性の根本原理)は、自力により風なく呼吸せり (生存の徴候)。これよりほかに何ものも存在せざりき。

リグ・ヴェーダ讃歌』宇宙開閥の歌(RV.10.129)辻直四郎訳より

宇宙始原の呼吸である一者ブラフマンと、個体の呼吸であるアートマンは、共に普遍的な第一原理として重ね合された。と言うよりもむしろ、個的身体の第一原理である呼吸が、原初の一者にも投影された

すでにシッダールタの時代には、このウパニシャッド的な文脈において、苦悩から解脱するためにアートマンに目覚め絶対者ブラフマンに帰一するという思想は普及していた。

これまでにもたびたび指摘して来た様に、古層のパーリ仏典において、ゴータマ・ブッダが自らを『真のバラモン』『ヴェーダの達人』『ブラフマンを知る』などと表現している事、そしてくどいほどに「これはアートマンではない」、という探究を繰り返している事から、シッダールタが本来はヴェーダウパニシャッド的文脈の中で修行し、解脱した、という事実は容易に推測可能だ。

(ただし、解脱したゴータマ・ブッダにとっては、ブラフマンアートマンも大した関心対象ではなくなった様だが)

仏教について考察する時に、悟りを開く前の苦悩するシッダールタはヴェーダウパニシャッド的な文脈の中に住み、悟りを開くことによってその文脈を超越した、という視点が必須だ。

これも以前、「月着陸の喩え」で説明している。

一方で、呼吸とは聖なるアートマンブラフマンであると同時に、苦悩の燃焼を支える根本原理でもある。聖と俗、苦と安楽に通底する呼吸原理。そこには苦悩から脱してブラフマンの安楽に至るために、呼吸というひとつの焦点が明瞭に立ち現われる。

呼吸という普遍原理を「突き詰める」事によって、苦悩から解脱できるかもしれない

古代インドの求道者はそう考えた。ではこの呼吸という道筋において、我らは何をすべきなのか呼吸という現象にどのように向き合えばブラフマンへと導かれるのか。

シッダールタは出家直後にマガダ国のラジャガハに向かい、アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタという瞑想の先達に師事した。けれどそこにおける最高の境地を得たにも拘らず、それを解脱ではないと理解して彼らから離れ、その後苦行へと身を投じたと言われている。 

私は、現時点での個人的な感触だが、アーラーラとウッダカの二師は、何らかの形で呼吸操作に関わるプラーナヤーマを用いた瞑想法を実践していたのではないかと考えている。

(その背後には、バラモンの火の祭祀において、ふいご等を使って空気を調整し火のコントロールをする、と言う営為が存在する。つまりプラーナヤーマもまた、その原像においては「身体の内なる祭祀」なのだ)

例によって暫定的な作業仮説だが、それは過息のプラーナヤーマを起点とした瞑想だったのではないかと。しかし、それによってシッダールタはかなり高い境地には達したものの、究極の解脱体験は得られなかった。

そこで、もう一つの可能性として、止息、分かりやすく言うと空気の断食という苦行にシッダールタは走った。しかし、そこでも解脱は得られなかった。

止息という行はクンバカとして、過息という行はバストリカなどとして、現代に至るヨーガ修行の中に伝えられている。けれどもこの二つの両極端によっては、彼はブラフマンに至る事はできなかったのだ。

そこで最終的に思い至ったのが、快と不快、楽と苦の両極を離れた、過息でもなく止息でもない、ニュートラルな自然呼吸への気づき、すなわちアナパナ・サティだったのではなかったか、という流れだ。

苦悩や懊悩、あるいは激しい歓喜という精神活動が、大量の空気を必要とすることは経験的に明らかだった。そこで空気を断って燃焼を止める、という方法論が生まれるが、それは失敗した。

ならば、無理強いの死に瀕する様な止息によってではなく、自ずからのダルマの流れとして、呼吸が弱滅し炎も寂滅していく道はないのか。

そうやって求められたのが、アナパナ・サティ、つまり自然な呼吸が自ずから生起する様子に淡々と気付いている、という瞑想法だ。

そこにおいては食物の断食は中止されていて、つまり燃料の供給は続いているにもかかわらず、苦悩という燃焼は、呼吸の自然な減衰と共に何故か寂滅していく。

このダルマにシッダールタが気づけたのは、正に止息の苦行の賜物だった。そう私は考えているのだが、それは経験的な実感に基づいている。

私は沖縄で学生時代の四年間を過ごし、その時にダイビングに夢中になった。最初はスノーケリングから始まり、すぐにスキューバの免許を取ってしばらく楽しんだが、最終的には素潜りのスキン・ダイビングに戻って、沖縄中の海、特に水深10m以浅の礁湖(イノー)を泳ぎまわり潜りまくった。

(そもそも私が沖縄の大学を目指したのは、これがやりたかったからだ)

空気タンクを背負わずにスノーケルとマスクとフィンだけで潜るスキン・ダイビングでは、当然の事ながら海中に一定時間滞在する為には「息ごらえ」が必須となる。

そしてこの『息ごらえ』とは、偶然ながらシッダールタが経験した『止息の行』そのものだったのだ。

私は最盛期には素潜りで15m以上潜水し、およそ3分程は息を止めて海中に滞在できたが、それを実現する為に血中溶存酸素濃度を高めるべく「ハイパーベンチレーション」という特殊な呼吸法を用いていた。

これは意識的に強く深く息を吸い切り吐き切る事を繰り返し、徐々に溶存酸素量を高めながら後半にその呼吸のリズムを加速させ、最後に肺も裂けんばかりに息を吸い切り、その瞬間、水中にダイブする、という方法だった。

これは今になって考えると、正にプラーナヤーマそのものだった。

同じ頃、やはりスキューバを使わない素潜りのフリーダイビング(大深度潜水)界のトップスターだったジャック・マイヨールを主役とした『グレート・ブルー』と言う映画が公開された。

私もアマチュアながら同時進行的にダイバーだった事もあり、夢中になってその映画を観賞したものだが、その映画撮影のメイキングを紹介するテレビ番組の中に面白いエピソードがあった。

彼は私などお話にならない100m以上の大深度に至る素潜りの達人なのだが、その潜水能力を極める過程で重要な役割を担っていたのがヨーガの修行だった。

そして、そのヨーガの師匠であるインド人を海に招いて一緒にダイビングをしたら、師匠はいたくハイになってしまって、「これはディープ・メディテーションだ」と二人で盛り上がった、という事だ。

彼らの実感は、その後インドでヨーガと瞑想を経験した私には大いに頷けるものだった。つまり私は、インド体験(瞑想体験)以前の学生時代、既に素潜りダイビングにおいてプラーナヤーマとディープ・メディテーションを実践していた、のだ。

その過程で私は、いくつかのある種非日常的な意識状態を経験している。

第一のそれは、過呼吸が完了して一気に潜り、水底の岩などに手をかけてそこに静止しゆったりと海中に滞在し続ける、その最初の一分ほどの不思議な時空間だ。

キューバの場合は地上と同じようにコンスタントに呼吸している。そしてその吸気と排気の音が結構うるさく脳裏に響き続ける。レギュで増幅される呼吸音が水中の独特なエコー環境によって更に響き、意識のかなりの部分がそれで占領されてしまうのだ。

けれどスキン・ダイビングの場合は水中では基本的に呼吸をしない、と言うかもちろんできない。つまりスキューバ或いは地上の日常においても常に通奏低音として響いている呼吸音が全く存在しない。

キューバのうるさい呼吸音に慣れている身にとっては、わずか数分でもそれが存在しない全き静寂の海に沈むという事は、とてつもなく新鮮な体験だった。

その上、身体全体が水圧に包まれる、と言う状況が拍車をかける。空気に比べて粘度の高い水によって常に体表を洗われ刺激されるその触覚が、日常的な様々な雑念を自ずから洗い流していく。

その内外の静寂は、先に指摘した血中溶存酸素量の過飽和がもたらすある種の『酸素酔い』による軽微なトランス状態も相まって、言葉では表現しえない静謐へと深化していく。

第二のそれは瞑想的な側面を一層強める。

上に描写した様な息ごらえと素潜りを何度も繰り返していると、意識あるいは脳の生理活性はある種プラトー状態に達する。そこでは様々な思考や情動が滅却され、幼児(胎児)の無心状態に近づく。

そんな時私は、肉体的な心地よい疲労も相まって、水深の浅い礁池の水面にプカプカ浮かんだ状態でよく休憩に入った。

沖縄の海は暖かく、特に太陽の直射を受ける水面から50㎝くらいは体温に近い様な水温になる。ほとんど体温と変わらない水に包まれて浮かんでいると、だんだん自分と海との境界線が曖昧になっていく。

穏やかな波のリズムがあたかも自分の身体の生理的なリズムであるかのように、自らの呼吸が世界のリズムであるかのように。 

スノーケルを咥えているおかげで、水面に顔を伏せた状態で浮かんでいても呼吸に支障はない。完全に全身を脱力した状態で、ただ呼吸をしながら私は海面に浮かび続けた。

そこでは、意識は自ずから自分自身の内部に向かって行った。

素潜りと言う営為は海中で常に細心の注意力をもって身体状態に気づき続けなければならないものだ。

できるだけ長く海中に滞在して楽しみたいのは山々なのだが、水深の深いところで血中残存酸素量を使い切ってしまうと、海面に戻って呼吸を回復する前に酸欠でブラックアウトしてしまう。

だから身体的な生理活性の変動、そこに現れる酸欠の兆しに常に注意深くなければならないのだ。

その身体に対する気づきへの傾斜は、呼吸が安定確保された海面で休憩状態に入っても習慣的に継続されたのだろう。私はただプカプカと浮かびながら、自分の身体に現象する様々な変化に気づき続けた。

それは第一には、もちろん呼吸そのものだった。

沖縄のサンゴ礁の海は美しいものだ。特に生きたサンゴが一面に息づく浅い礁池は、豊富な太陽光によって様々な色合いがせめぎ合う万華鏡世界だ。

素潜りとは、うるさい呼吸音に煩わされる事もなくそんな極楽に一定時間滞在できる最高の娯楽なのだが、一方で、常に息ごらえの苦しさや酸欠の恐怖と戦い続けなければならない。

それが水面で死体の様に(シャヴァ・アーサナ!)揺蕩いながら、呼吸に関して一切の心配をしなくてよい状態に置かれると、その身に染みる有難さによって自ずから呼吸を味わい始める。

味わうと言ってもそこには執着はない。安寧に包まれながらただひたすら、その静かでリズミカルな呼吸に気付き続けるのだ。

それは多分、私が最初に経験した原初的なアナパナ・サティだった。

そしておそらく、全く同じことが、止息の行に苦闘していた沙門シッダールタにも起こった。止息の行そのものと言うよりは、むしろその前後の無心と安寧の中にこそ、アナパナ・サティの萌芽は潜在していたのだ。

シッダールタがブッダガヤの菩提樹下で悟りを開き、最初にその体験を分かち合うべき相手としてアーラーラとウッダカの二師を想起した事から、彼が悟りに至った瞑想法とこの二師が実践していた瞑想法には、原理的に深い連関があったと考えられる。

最初の二師の瞑想法が過息のプラーナヤーマであり、その否定態として対極の止息行を修した上でそれにも挫折し、最後の最後にアナパナ・サティという自然呼吸にニュートラルに気づき続ける、という中道の方法論に想到した。

そう考えると、悟りを開いたブッダがまず第一に二師に思いを馳せた、という事実に、非常に筋が通ってくる。 

彼が二師の元を離れ苦行の森で止息の行に励んだ時も、できるだけ息を長く止めていられるように、私と同じような過呼吸(ハイパー・ベンチレーション)的な技術を用いた事は十分に想定可能だ。

(何しろ彼はエクストリームな方なので)

それがもし、二師の瞑想技術の核心にも位置付けられるものだったならば、そしてその流れの果てにシッダールタが悟りに至るアナパナ・サティに想到し得たのだとしたら…

彼が、その覚りと言う成果とそこに至る方法を、最初にこの二師に伝えたいと思ったのも、彼らならそれが分かる、と考えたのも、むべなるかな、ではないか。

f:id:Parashraama:20191207193505j:plain

再掲:あらゆる我的行為を放擲した坐の呼吸瞑想

世界の根本原理である絶対者ブラフマン。このブラフマンの語源は、バラモン祭官が詠唱するヴェーダの聖句、つまり言葉が持つ神秘力だった。その言葉の力が世界に向かって実効力を発揮するためには、それが祭官の口から音声として発せられなければならない。

言葉を音声という形で発する力。前にも言った様にそれは呼吸だ。これはヴェーダの詠唱に限らず、私たちが言葉を話す、という営為それ自体が、全て呼吸に依拠している。

(もちろん生命現象そのものに関しても!)

瞑想という視点から観ると、ヴェーダの詠唱とは明らかなプラーナヤーマに他ならない。つまりアーリア・ヴェーダバラモン祭官は、伝統的にプラーナヤーマの瞑想実践者だった。

プラーナヤーマによって生み出される変性意識、その主観的に体験されるリアリティこそが、詠唱が持つ神秘力のひとつの重要な裏付けだったのだろう。

一方で、インダスの瞑想するヨーギの刻印に見られるように、先住民には坐の瞑想の伝統があった。それは具体的にどのようなものだったかは明らかではないが、おそらくあらゆる人間的な活動を止めてじっと静かに坐り心を鎮め、『神的な何か』を直観するタイプの瞑想だったのだろう。

f:id:Parashraama:20191128150513j:plain

再掲:瞑想するインダスのヨーギ(何故かリンガが立っている様にも見える…)

アーリア・ヴェーダの詠唱という行為の瞑想。これは有為の瞑想法だ。そして先住民の坐の瞑想。これは無為の瞑想法だ。この二つが合流した所に生まれたのが、今日まで伝わる、極めてインド的な瞑想文化の伝統であった、そう考えられる。

先に私は、アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタという二人の先達は、過呼吸のプラーナヤーマを行っていたのではないか、と書いた。それが過呼吸であるかはともかく、何かしら呼吸に関わる調息を伴う瞑想だった可能性は高いだろう。

プラーナヤーマとは、呼吸を意識的にコントロールし、酸素供給に意図的に波風を立てる事によって脳神経の生理的活性に非日常的な刺激を与え、そのリアクションの広がりの中で生まれる超越体験に神的な何ものかを求めていく実践法だ。

沖縄で素潜りダイビングに熱中していた私に起こった事が、正にそこに重なり合う。

ここで重要なのは、呼吸を意識的にコントロールする、という事だ。これは明らかな、大脳に宿る日常意識の営為だ。つまりプラーナヤーマの主体は、日常的な『私』になる。

一方で、ブッダによって発見(再発見?)されたアナパナ・サティとは、あらゆる思いを手放して、自然な呼吸をただ見つめ、その働きに気づいている、というものだ。

そこにおける主体は、プラーナヤーマとは違い、『私』ではない。その私が眠っている時にも常に目覚めて呼吸を司っている無意識。それはウパニシャッド的な『アートマン』に他ならないとも言えるだろう。

脳科学的に言いかえれば、大脳(思考中枢)主体の瞑想と延髄(呼吸中枢)主体の瞑想の違いとして理解される得るかも知れない。それは情動性の瞑想と非情動性の瞑想と言いかえる事も出来る。

非情動性の呼吸中枢が淡々と行っている呼吸を、『私』はただ傍観している。あたかも誰かが運転する車の助手席に座って、ただ『彼』の運転に身を任せて、移ろいゆく景色を見つめている同乗者の様に。

非情動的な呼吸にシンクロする事で、私の中の情動性(辺縁系=マーラ)が自ずから寂滅していく。私は、その寂滅を非情動的に見つめ続ける。

行き先を知っているのは運転手であり、行き先を決めるのもまた運転手だ。その目的地は、決して『私』が行きたいと『欲望』する所ではないだろう。

私が運転すれば、その車は私の欲望する世界に向かってハンドルを切り、欲望する世界に到着する。けれど私ならざる『彼』が運転するならば、自ずから彼の住まう世界に車は向かっていく筈なのだ。

何故『私』が運転してはいけないのか。

それは、『私』という日常意識が、常に辺縁系という名のマーラの支配下にあるからだ。あらゆる苦がマーラの支配下に、その無明力のゆえに生まれる産物ならば、そのマーラの支配下にある『私』が運転する車もまた、苦の世界に向かって進むであろう事は理の当然だ。

(この点こそがオウム教団が魔境に陥ってしまった根本原因である、という事は以前書いた)

大脳に宿る『私』には、決して主導権与えてはいけない

(この辺りの私の考え方は、スマナサーラ長老とは真逆に当たるかも知れない。彼は余りにも頭が良すぎる為か、大脳的な理性や思念に対して過信が著しい)

この事は、単にプラーナヤーマだけに該当する訳ではなく、シッダールタが試行したすべての苦行についても当てはまるだろう。

そもそも、何故彼が六年間の苦行によっても悟りを得られなかったのか、と言えば、「彼が、それを欲望したからだ」という事に尽きる。

元々苦行=タパスとは熱力を意味すると言う。不浄や不吉あるいは罪業を、熱の力によって燃やし尽くすことによって清浄と吉祥を得る。

それはどのように汚れた塵芥も、腐りかけた人の死体でさえも、力強い炎によって燃やし尽くされたならば真っ白な灰となって浄化される、という連想に基づくものかも知れない。

同時にそこには、あらゆる苦悩の燃焼を、苦行によって生まれる熱によって払拭しようという、火をもって火を制す、という考えもあったのだろう。あたかも山火事をダイナマイトの爆風で吹き消すように。

けれどこのような苦行もまた、『私』の意欲が力技で行う行為だという意味では、プラーナヤーマと同じなのだ。私の思い計らいによって行為が運転される以上、その目的地もまた『私』が欲望する世界以外になりようがない。

文明とは、辺縁系支配下にある『私』の欲望によって構築された世界だ、と私は以前書いた。王族という上流社会において、シッダールタはあらゆる栄華と奢侈に耽溺した生活を経験してきた。それは快の極端とも言える世界だった。

けれどそのような世界の中では、彼の苦を解消する事はできなかった。逆にその快にまみれた生活の中からこそ、苦悩は肥大化し心を圧倒していくという厳然たる事実があった。

その苦悩から解放される事を求めて、シッダールタは出家し、瞑想行の先達であるアーラーラとウッダカの二師に師事し、修行に励んだ。

そこにおいて驚くべき速さで最高と言われる境地に到達したのにも関わらず、彼は「これは解脱ではない」と理解してそこを離れたという。

何故「これは解脱ではない」と理解できたのか。考えてみると不思議ではないだろうか?

最高の師と自他ともに認めるアーラーラやウッダカが、口をそろえて「君は私と同じ境地に到達した。もうこれ以上に高い世界はない」と保証しているにも関わらず、シッダールはそれを否定し何の未練もなく去って行った。

もちろん主観的にも、その瞑想の深みにおいて日常ならざる世界をシッダールタが経験したのは間違いないだろう。けれども、二師にとっての最高の境地は、彼にとっては全く不完全なものに過ぎなかった。

彼は何故それが不完全だと分かったのか。それは、彼の中に『完全』の定義がすでに確立していたからだ。それは、「あらゆる苦悩の滅尽」に他ならない。

つまり、二師によって称揚された最高の境地によっても、シッダールタの個人的主観的な『苦悩』は滅尽されなかった

尾籠な例えで恐縮なのだが、これは水虫の治療と全く同じだと考えれば分かり易い。

白癬菌を原因として発症する水虫に、強力な「かゆみ止め」を塗布すれば、一時的に「かゆい」という症状は消失する。けれど時をおかずにその「かゆさ」は必ずぶり返してくる事だろう。

二師の瞑想とその最高の境地は、シッダールタにとってはこの「かゆみ止め」に等しいものだったのではないだろうか。

水虫患者にとっては、いくら一時的にかゆみが消失してもそれがすぐにぶり返し、ジュクジュクも一向に消失しないとしたら、「これは完治ではない」と判断するのはたやすい。

二師の行法によって、シッダールタの苦悩は完治払拭されなかった。だから「これは解脱ではない」と容易に判断がついた。単純明快な話だ。

そこで彼は根治を目指して苦行の森に我が身を投じていった。けれどそこでどんなにあがいても、苦悩は完治できなかった。

『これは根本的に考え方が間違っている』

彼は苦行の末期にはそのように考え始めていた事だろう。

意訳すればそれは、「水虫を火で焼いて治療しようとしても、いずれ全身やけどで死んでしまう」という事だ。

「山火事をダイナマイトで吹き消そうとしたら、その爆発で救うべき森それ自体が崩壊してしまう」という事だ。

人間の苦悩において、水虫における白癬菌に当たる根本原因は何なのか。それはどのように死滅させることができるのか。自らの生命を決して損なうことなく。

その身悶えるような模索探究の果てに、シッダールタはついに、アナパナ・サティの可能性に想到した。それは、あらゆる我的な行為の足掻きを完全に放擲した無為に徹するものだった。

その背後には、彼が艱難辛苦した苦行による様々な体験知と、体内の輪軸世界構造を前提にした解剖学的知見の重ね合わせがあった。そのように私は考えている。

 

 (本投稿はYahooブログ2012/9/22「核心としての呼吸」2012/9/24「プラーナヤーマとアナパナ・サティ」記事を統合し加筆修正後に移転したものです) 

 

 


にほんブログ村