仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

『ブラフマン』とゴータマ・ブッダ【後編】

原始仏典のスッタにおいて、覚りに至ったブッダの事を『ブラフマン Brahman』という語を伴う呼称によって称賛し、ブッダの説いた修行道をブラフマンへ至る、ブラフマンになる道、と称するケースが随所に見られる。

このような、ブラフマン』概念とブッダとの関係性、とは一体どのようなものだったのか、という視点で考えていく、今回はその後編となる。

上の前回投稿では、西昭嘉氏の論文『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』からおもにパーリ経典からの引用部分を参照し、私の原始仏教観を踏まえた上でその内容を吟味してきた。

そこにおいて明らかにされた原始仏典におけるブラフマンブラフマー)概念の重要性については、私は全く西氏に同意するものであったが、ブラフマン概念が意味する所とその背景については、納得できかねる、という印象だった。

この部分、言葉の表現は非常に難しいが、

原始仏教では人々に対してattanやbrahmanについての形而上学的考察に基づいた説明を全く行わなかったが、それは第一にそのような形而上学の氾濫と混迷に対するアンチテーゼこそが、ブッダの本意だったからであろう。

それでもなお、至高者ブラフマンの名声は世上に高く、時にbrahmanとbrahmāを使い分け(あるいは両者の区別なく) ただ『一者なる最高の存在』として崇めた上でブッダをそれと同一視しており、ブッダ本人も、あえてその様な『見なし』を否定はせず、その慣用に従って自称する事も多々あった」

とでも考えるのが、現状一番妥当なのではないかと私は思う。

これは前回も書いたように、ウパニシャッド的な絶対者ブラフマン梵天ブラフマーとがいかような関係性にあり、それに対してブッダの説法を聞いた人々がどのような信仰を持っていたのか、という事が第一に分からなければ、確定した事は誰にも言えないのかも知れない。

それでは以下に続けて、本論文の後半部を参照しつつ、再び私個人の検証や見解と対照しながら、子細に見ていきたいと思う。

3 . 散文におけるbrahmabhūtaとattan


このように原始仏教聖典韻文におけるbrahmanは,最高の存在として見なされ, 悟った者と同一視されていた。しかし散文においてはbrahmā梵天界より降臨し,釈尊の面前に現れ, 教えを乞うている。

それによりbrahmāの地位は下がり 釈尊の権威が強まったが, brahman が最高の存在を意味する言葉として用いられなくなったわけではない。

 

「実に聖なる八支道の同義語をbrahmanの乗物 (brahmayāna)とも,法の乗物(dhammayāna)とも無上の戦場の勝利者〔とも言われる〕。(SN . V , P5)


如来はこの力を具えて, 牛王たることを自称し,集団において、 獅子吼し, brahmanの輪(brahmacakka) を回す。(AN .III,P9)」

 

また, 散文になるとattanとbrahmanとを同一の存在として説かれるようになった。

 

「このように知り, このように見る彼には, 欲望の煩悩からも心は解脱し, 生存の煩悩からも心は解脱し, 無知の煩悩からも心は解脱し, 解脱した時には, 解脱したという知恵が生じる。生まれることは尽きた。梵行は完成された。なすべきことはなし終えた。もはや, このような〔迷いの〕生存状態に戻ることはない, と知る。

修行僧たちよ。これが自分(attan)を苦しめず, 自分(attan)を苦しめる実践に耽らず, 他人を苦しめず, 他人を苦しめる実践に耽らない人であり, 彼は自分(attan) を苦しめず, 他人を苦しめず, 現世において無欲で, 涅槃に達し, 清涼で,安楽を経験し, brahmanとなったattanによって住する(brahmabhūtena attāna viharati ),と〔言われる〕。(MN .1,pp348 − 349)」(筆者注:ネット上の他の情報ではattanā

 

このbrahmanとなったattanによって住する」については,散文の中に繰り返し説かれている定型句(16)であり,悟った者を意味しており, 悟りに達するとattanがbrahmanになることを明確に説いている。

韻文においてはattanとbrahmabhūtaが共に説かれる語旬は存在しなかったが, 散文になると,atmanとbrahmanとが同一の存在であると説くウパニシャッド的表現をもって, 仏教の悟りの境地が語られるようになったのである。

 

『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』西昭嘉 著より

最初に断っておきたい事がある。前回も含めて、西氏が本論文内で論じている『専門的』な個々の訳語選択ついては、これまでの私が蓄積した記憶から違和感がない限り、氏がそれぞれ割り当てている訳語は、よほど引っかかった語以外は、ほぼそのまま『信頼』して、読み進んでいる。

また氏が提示している原典ソースは、ここで取り扱う範囲について可能な限りチェックしているがすべてではない。特にアングッタラ・ニカーヤは私の手元に日本語訳がないので、これも氏の言及を『信頼』した上で話を進めていきたい。

まずここで最初に西氏が指摘しているのは、ブラフマンブラフマー、以下同)という最高存在のステータスが、時代が下がるに連れて低下していく、という傾向だ。

これは実はインド教全般に見られる現象で、先行する最高神格が常に後発の新しい神格によってその地位を脅かされ、奪われ、没落していく、という流れは、例えばリグ・ヴェーダで中心神格だったインドラが、プラーナや叙事詩の時代には後発のシヴァ・ルドラやヴィシュヌによって下剋上を食らい没落していく歴史などによく表れている。

ブラフマー神についても、仏典だけではなくヒンドゥ教の古典にもその没落はかなり露骨な形で描かれており、仏典においてブッダの威光が梵天のそれを著しく凌駕していくプロセスとは、正にインド教、あるいは『古代インド人』のお家芸的なメンタリティだと判断できるだろう。

(その流れは、現代に至ってヴィシュヌ(化身としてのラーマ&クリシュナ)とシヴァ・ルドラの二神並立と、「名誉」創造神のブラフマーを加えた『トリムルティ』として漸く安定したかにも見えるが、この先何が起こるかは誰にも分からない)

しかし総体としてブラフマンの地位は低下していくにも拘らず、一方でその権威性を引き継ぐ表現も仏典の中に生き続けていると西氏は言う。

私がおや、と思ったのは、ここで引用された二つの言葉だった。

「実に聖なる八支道の同義語をbrahmanの乗物 (brahmayāna)とも,法の乗物(dhammayāna)とも無上の戦場の勝利者〔とも言われる〕」

これはサンユッタ・ニカーヤからの引用で、ソースの記載法が私の持っているそれとは異なっており、原典を確認するのにてこずったが、それらしきものを中村元選集に発見できたので以下に参照しよう。

アーナンダ尊者が托鉢の為にサーヴァッティ市に入って行くと、ジャーヌソーニ・バラモン白一色の馬車に乗って町を出ていくのを見かけます。その姿は、

 

実につないだ馬も白く、飾りも白く、車も白く、従者も白く、手綱も白く、鞭も白く、傘蓋も白く、王冠も白く、衣装も白く、履物も白く、実に、白い払子で扇がれていました。

人々はこれを見て、言いました。「ああ、神様のようだ。神様の乗り物のようだ」と。

 

そして托鉢から帰るとアーナンダはブッダの元を訪れてこの話をし、

 

「尊いお方様。この教説(ダルマ)と規律(律)において『神様の乗り物』を指摘する事ができるでしょうか」

 

と問いかけます。それに対してブッダは、

 

「正しい見方(正見)、正しい考え(正思)、正しい言葉(正語)、正しい行動(正業)、正しい生活(正命)、正しい努力(正精進)、正しい気づかい(正念)、正しい精神統一(正定)が順次繰り返し修行されると、欲望の抑制が完成し、悪意の抑制が完成し、迷妄の抑制が完成する。

アーナンダよ、この説明によって、次の事が知られるべきである。この八つの正しい道は、神様の乗り物、真理の乗り物、無上の勝利と同義である」

 

と答えました。

 

原始仏典Ⅱ 第5巻 相応部経典  第1篇 道に関する集成. 1 - 4. P07~ 繰り返し部分を含め相当部分を省略、抜粋)

続けて、この中で重要な部分を、パーリ原文で見てみよう。

‘‘brahmaṃ vata, bho, yānaṃ! Brahmayānapaṃ vata, bho’’ti!!

「ああ、神様のようだ。神様の乗り物のようだ」

 

Sakkā nu kho, bhante, imasmiṃ dhammavinaye brahmayānaṃ paññāpetu’’nti?

「尊いお方様。この教説規律(仏法と律)において神様の乗り物を指摘する事ができるでしょうか」

 

‘‘Iminā kho etaṃ, ānanda, pariyāyena veditabbaṃ yathā imassevetaṃ ariyassa aṭṭhaṅgikassa maggassa adhivacanaṃ – ‘brahmayānaṃ’ itipi, ‘dhammayānaṃ’ itipi, ‘anuttaro saṅgāmavijayo’ itipī’’ti.

「アーナンダよ、この説明によって、次の事が知られるべきである。この八つの正しい道は、神様の乗り物真理の乗り物、無上の勝利と同義である」と。

 

パーリ原文は、http://www.tipitaka.org/  Vipassana Research Instituteより。以下同

大体合っていると思うのだが、気になる方は各自チェックして欲しい。

まず、ジャーヌソーニ・バラモンという、恐らくかなり社会的(経済的)なステータスの高いバラモンが純白のいで立ちで純白の馬車に乗っている姿を見、それに対して、Brahma(日本語訳は通俗的に『神様』!)と讃嘆し、Brahmayānaṃ(神様の乗り物)と称賛する。

これは判断が難しいのだが、ジャーヌソーニが単に経済的にハイクラスというだけではなく宗教的な意味で聖者に列する様な人物だったのかは、この文面だけからは判断がつかない。

とにかくその見目麗しさ素晴らしさ(特にくどいほどに繰り返される白さ)をBrahmaのようだ、Brahmayānaṃのようだ、と称えているのは間違いないので、そういう言い回しが世間一般にあったという事なのだろうか。

しかしそこに宗教的な意味合いがなく、単に俗的な慣用表現でしかないのならば、続く「この八つの正しい道は、brahmaの乗り物、dhammaの乗り物、無上の勝利と同義である」というブッダの答えは出ては来なかったようにも思える。

パーリ経典を読み解いていくというのは本当に難しいもので、例えばこのサンユッタ・ニカーヤはその文章の体裁からも、古層の韻文スッタと比べて、ブッダの死後一定の時間が経ってから創られた比較的新しいものである事が推測できる(私はそう推測する)。

それでもなお、当然ブッダがまだ生きている時代のエピソードの記憶がここでも反映されている筈だと考えたいのだが、その確証はない。

また、この部分が、インドで成立したのかあるいはスリランカ以降で成立したのかも私には判断はつかない。実際に、ヴィナヤの中には明らかにスリランカに固有の風俗を絡めたエピソードが、ブッダの時代の事、として記載されていたりするからだ。

それでも、たとえスリランカで新造された文言だったとしても、それが何がしかインド由来の伝統的な『根拠』に拠っていない、とは断言できない。

まぁ、このブログを書いていてつくづく思うのは「これは素人が独学で手出しできるような代物ではないな」と言うのが正直な所なのだが・・・

しかし無謀を承知でやっているので、愚痴をこぼしても仕様がない。ここで個人的に引っかかった点を上げれば、まず前述したように、ジャーヌソーニがBrahmaのようだと称えられる時に、その繰り返し強調されているのが『真っ白さ』である、という事の理由だ。

これには特別な『意味』が含まれている、と私は直観的に判断した。

何故なら、ブッダの瞑想修行について、その三昧(あるいはジャーナ)の深みにおいて経験される主観的な状況が、パーリ経典の主に散文部分ではしばしば『純白・清浄』のイメージを伴って語られているからだ。

そこで手持ちのデータを検索していくと、沙門果経に丁度適当な該当する内容を確認できたので以下に引用しよう。

この経はラージャガハでのマガダ王アジャータサットゥとブッダの対話問答を収めたもので、当時メジャーだった六師外道の教説についての説明を前半に、ブッダの修行道に関しては、戒、定、慧の段階的道行きとその果報についての詳細を後半においている。

以下は『定』すなわち瞑想行についての詳細、その第三禅定から第四禅定へと説明が移る場面から始める。

さらにまた、大王よ、修行僧は、〔第三の禅定の〕安楽をも断ち、苦をも断つことにより、また以前に〔第一禅・第二禅において〕喜悦と憂悩とが消滅している事から、苦も無く楽もなく、超越より生じた注意力がもっとも清浄になっている第四の禅定に達してそこにおります。

彼は、この身体をば清浄で純白な心をもって満たして坐り、彼の体全身、どこも清浄で純白な心に触れないところはありません。

 

それはたとえば、大王よ、人が白い布で頭まで〔全身を〕包んで坐るならば、彼の体全身はどこも、白い布に触れないところがないでしょう。

それとまったく同じように、大王よ、修行僧は、この身体をば、清浄で純白な心をもって満たして坐るのであり、彼の体全身はどこも、清浄で純白な心に触れないところはありません。

これもまた、大王よ、前に述べた目に見える修行僧の諸果報よりもさらに優れ、さらに素晴らしい、目に見える修行僧の果報であります。 

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊、沙門果経 P94~より引用 

これ以前の段階で第一禅定から第三禅定までの内容詳細が語られているのだが、第四禅定という『最も清浄な』境地に達してから初めて『純白な心』という形用が登場し、 

「この身体をば清浄な心をもって満たして坐り

  so imameva kāyaṃ parisuddhena cetasā pariyodātena pharitvā nisinno hoti, 

「人が白い布で頭まで〔全身を〕包んで坐るならば」

  puriso odātena vatthena sasīsaṃ pārupitvā nisinno assa 

としてその白い心で満たされて坐った瞑想状態が、白い布で全身を包まれて坐った状態に譬えて記されている。

(このあたりは瞑想階梯の詳細として、実践的にもとても面白い部分なのだが、今回の本題からは外れていくので、また後日)

この第四禅定の真っ白な布に全身覆われた神秘的で純白かつ清浄なイメージは、先に出てきたジャーヌソーニ・バラモンの神々しいまでに白一色で覆われたイメージと重なり合わないだろうか?

さらに沙門果経の続きを見てみよう。そこではこの『清浄で純白な心』こそが解脱への必須要件である事がまざまざと表されている。

このように、心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると、彼(修行僧)は、〔次のような〕理解洞察に対して心を傾け、〔心を〕向けます。

(・・・その結果、)

無我の理解洞察(Vipassanāñāṇaṃ)

彼は「実に、私のこの身体は、形を有し、四大元素からなり、母と父から生まれ、飯と粥の集積であり、無上であって、たえず衰え、消耗し、分解し、破壊する性質のものである。しかも私のこの意識はここ(身体)に依存し、ここに付属している」と、このように洞察します。

(・・・さらに進んで、)

~心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると~

意から成なる智(Manomayiddhiñāṇaṃ):意成身の覚知

様々な超能力(Iddhividhañāṇaṃ)

天耳の智(Dibbasotañāṇaṃ)

他心を知る智(Cetopariyañāṇaṃ)

過去の生存を想起する智(Pubbenivāsānussatiñāṇaṃ)

天眼の智(Dibbacakkhuñāṇaṃ)

(などの超越的な智と力を獲得・経験し、最終的に、)

煩悩を滅する智(Āsavakkhayañāṇaṃ)

~心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると~

彼は、

「これが苦しみである」

「これが苦しみの原因である」

「これが苦しみの滅人である」

「これが苦しみの滅尽にいたる道である」

とあるがままに洞察します。

このように知り、このように観察する彼にとって、欲望の煩悩からも、生存の煩悩からも、無知の煩悩からも、心は解放されます。

解放された時には、解放されたという認識が生まれます。

そして、輪廻の再生はなくなった。梵行は完成された。なすべきことはなされた。もはや再び、この迷いの世界に生まれてくる事は無い」と洞察します。

これもまた、大王よ、前に述べた目に見える修行僧の諸果報よりもさらに優れ、さらに素晴らしい、目に見える修行僧の果報であります。

原始仏典〈第1巻〉長部経典1 春秋社刊、沙門果経 P96~より抜粋引用

ここで注意して欲しいのは、

 「~心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なものとなると~」

という説明は、引用では煩雑なので省略したが、無我の理解洞察から煩悩を滅する智に至る八段階の智や超常的な能力についての説明の前振りとして繰り返し繰り返し語られているという事実だ。

つまり瞑想行が深まって第四禅定に至り、そこで初めて「心が安定し、清浄で純白となり、汚れなく、〔心に〕付随する煩悩をも離れ、柔軟になり、行動に適応し、不動なもの」となって初めて、煩悩を滅する智をゴールとする上の八段階の『領域』に入れる事を意味している。

これも改めて後日詳述したいのだが、私がここで着目したのが、清浄で純白な心となって、最初に経験されるものが無我の理解洞察であり、その原題がVipassanā-ñāṇaṃである事だった。

もちろんこの言葉の前半はヴィパッサナーであり、後半はニャーナ、つまり智慧だ。

という事は、少なくともここでの文脈では、瞑想が第四禅定に入り、この『清浄で純白』な安定した心になって初めて、ヴィパッサナーすなわち『観』が成立し、智慧が体得され得るという事を意味している。

実はこの『白い布を全身に被ったような純白な心』と同様な表現は、沙門果経以外にも数多くの散文経典によって共有されている定型表現であって、若干の順序や構成に違いがあっても、ブッダの瞑想法が一定のレベルに達した事を意味する、ある種の『徴表(しるし)』として位置付けられている。

そしてそのような『しるし』を体得して初めて(そのようなState of Mindに入って初めて)、最終ゴールに至る様々な非日常的な『智慧』が獲得できるという流れだ。

そこで再び件のジャーヌソーニの話に戻ってみよう。

「ジャーヌソーニ・バラモン白一色の馬車に乗って~ 実につないだ馬も白く、飾りも白く、車も白く、従者も白く、手綱も白く、鞭も白く、傘蓋も白く、王冠も白く、衣装も白く、履物も白く、実に、白い払子で扇がれていました」

これまでの流れを前提にこの文章を読んでみるとどうだろう。そこには実に12回も連続して『白』が連呼されている。そして頭の天辺からつま先まで白一色バラモンと馬車が、ブラフマンのようだブラフマンの乗り物』のようだ、と讃嘆され、それを受ける形の後段で八正道もまたブラフマンの乗り物と称揚される。
しかも上の最後に出てくる「払子で扇がれていた」という情景は、『清涼』さをもたらすものであり、やはり瞑想行が深まった特定の境地における『清涼』のイメージとそのまま重なり合うものだ。

467 諸々の欲望を捨て、欲にうち勝って歩み、生死のはてを知り、平安に帰し、清涼なること湖水のような完き人(如来)は、献菓を受けるに値する。

542 あなたの懊悩は、すべて破られ断たれています。あなたは清涼で、身を制し、堅固で、誠実に処する方です。

1073 「あまねく見る人よ。もしも彼がそこから退き去らないで多年そこにとどまるならば、彼はそこで解脱して、清涼となるのでしょうか? またそのような人の識別作用は(後まで)存在するのでしょうか?」 

ブッダのことば-スッタニパータ (岩波文庫) 中村元訳より 

『清涼』という言葉は、これも一定の境地に入った瞑想行者の心象を表す典型的なイメージで、韻文、散文を問わず多くのスッタで共有されており、『清涼なること湖水のような』というのもまた定型表現になっている。

この様に見てくると、これはもはや、単にたまたまアーナンダがその様な光景を実際に目撃して、たまたま思いついてブッダに質問した、というよりも、瞑想修行の分岐点である『全き白に覆いつくされた清浄(清涼)な境地』を前提に、全てがあらかじめ意図的に設計されたシナリオ(物語)として、このスッタを読むべきではないのか?

その上、全てのプロセスが成就し、最終的に四聖諦を悟った修行者は、あらゆる煩悩から解き放たれ、輪廻から解脱し、梵行が完成した事を自覚するという。

つまり、仏道修行の成就完成が、ブラフマチャリヤの完成と位置付けられている。この表現もまた、多くのスッタに共通する定型表現だ。

さらに、無我の理解洞察から煩悩を滅する智に至る八段階の間には、ある意味現代人にとっては荒唐無稽な実に様々な内容の超常体験が設定されているのだが、

様々な超能力(Iddhividhañāṇaṃ)の内容には「梵天に肉体を持ったまま到達」があり、天耳の智(Dibbasotañāṇaṃ)と天眼の智(Dibbacakkhuñāṇaṃ)のDibbaDeva,つまり梵天を最上首とする天界の神の能力を意味する事からも、

これら八段階の超常能と天界・ブラフマンとの重なりは決して見過ごせない。

煩雑になるのでこれ以上細部の追求はここでは控えるが、その他にも様々な点から考慮して、少なくともこれら経典を編纂した者が、ブラフマン(あるいはブラフマーというものを最終ゴールとして強烈に意識した上で仏道瞑想修行というものを捉えていたのは間違いないのではないか、と私は感じている。

Brahmayānaの例示の次に西氏が引用したのが、Brahma-cakkaだった。これは正確にはブラフマンの車輪』と訳すべきだと思うが、そうなると、当然連想されるものがあって、それはDhamma-cakka、つまり法の車輪である。

興味深いのは、このブラフマンの車輪について、

如来はこの力を具えて, 牛王たることを自称し,集団において、 獅子吼し, brahmanの輪回す。(AN .III,P9)
tathāgato āsabhaṃ ṭhānaṃ paṭijānāti, parisāsu sīhanādaṃ nadati, brahmacakkaṃ pavattetī’’ti.

(パーリ文は何とかそれらしいものを見つけたが自信なし) 

として、明確に如来、すなわちブッダ自身が回転した、という流れになっている。

となると、同じ様にブッダが転じ回したところの『法の車輪』と『ブラフマンの車輪』との関係性が問題になって来るだろう。この両者は果たしてイコールなのだろうか?

そこで思い出されるのは、先に詳細に検討した『ブラフマンの乗り物』が『法(ダンマ)の乗り物』と並置され同一視されていた事実だ。

「この八つの正しい道は、ブラフマンの乗り物ダンマの乗り物、無上の勝利と同義である」

だとすれば、上の『法(ダンマ)の車輪』と『ブラフマンの車輪』の関係性もまた、完全にイコールで結ばれると考えるのが自然ではないだろうか。

つまり、ブッダサールナートで初めて転じたと言われる『法の車輪』は、同時にブラフマンの車輪』でもあったという事だ(短絡が過ぎるだろうか?)。

では一体、この『ブラフマンの車輪』が意味する事は何なのか?

実はブラフマンの車輪はサンスクリットのBrahma-Chakraとしてシュヴェタシュヴァタラ・ウパニシャッドなどにも出てくるもので、決して仏教の独占物ではない。

そこでは、この現象世界全体(サーンキャ的なプラクリティとほぼ同義だがブラフマンとの二元ではない一元)を意味し、特に『時間』という側面を焦点に、絶対者ブラフマンの威力よって世界が『展開・転回する』、と位置付けられているようだ。

しかし、パーリ経典における用法は、前回の内容、すなわち、

『悟りを開いた者をbrahmanになった」 「brahman に達した人」「brahman と同じ者」と呼び、仏の教えをbrahmanの輪」 「attanに関する,真実無上のbrahmanの乗物」と称している』

という西氏の指摘を含め、これまでの本稿の流れを考慮すると、ここでのブラフマンの車輪とは『ブラフマンの ‟境地”』へと修行者を乗せて行く(馬車の)車輪、であると考えるのが、妥当かと私は考えている。

それを裏付けるように、実は先のサンユッタ・ニカーヤにおけるジャーヌソーニの馬車の話は、最後に以下のような大変興味深いブッダの譬え話で完結している。

信仰と智慧のある人には、物事は、常に積み荷と結びついている。
恥は轅であり、意は結びつける縄であり、気を付ける事(サティ)は護衛を兼ねる御者である。
車両は慣行的規範(戒)を装備品とし、瞑想(禅定)を車軸とし、努力を車輪とする。

平静な心構え(捨)が積み荷の安定具であり、無欲が幌である。
悪意を持たない事、生き物を殺さない事、離れて住む事(遠離)は武器である。忍耐は鎧であり、楯である。車は〔積み荷としての〕財宝を目指して進む。
これは自身の内に生じる。神様の乗り物、無上のものである。
賢者たちは〔それによって〕世間から運び出され、必ず勝利を勝ち取る。

原始仏典Ⅱ 第5巻 相応部経典  第1篇 道に関する集成. 1 - 4. P09 より引用)

そのパーリ原文と対照の上、訳語を適当に変更すると以下のようになる。

‘‘Yassa saddhā ca paññā ca, dhammā yuttā sadā dhuraṃ;

信仰智慧のある人には、物事は、常に積み荷結びついている。


Hirī īsā mano yottaṃ, sati ārakkhasārathi.

は轅であり、は結びつける縄であり、サティは護衛を兼ねる御者である。


Ratho sīlaparikkhāro, jhānakkho cakkavīriyo;

馬車を装備品とし、禅定を車軸とし、努力車輪とする。


Upekkhā dhurasamādhi, anicchā parivāraṇaṃ.

平静な心構えが積み荷の安定具であり、無欲が幌である。

Abyāpādo avihiṃsā, viveko yassa āvudhaṃ;

悪意を持たない事、不殺生厭離して住む事は武器である。


Titikkhā cammasannāho [vammasannāho (sī.)], yogakkhemāya vattati.

忍耐は鎧であり、楯である。車は〔積み荷としての〕財宝を目指して進む。


Etadattani sambhūtaṃ, brahmayānaṃ anuttaraṃ;

これは自身の内に生じる。ブラフマンの乗り物無上のものである。


Niyyanti dhīrā lokamhā, aññadatthu jayaṃ jaya’’nti. 

賢者たちは〔それによって〕世間から運び出され、必ず勝利を勝ち取る。

ここでは、明らかに(と私には思える)同スッタにおいて先行する真っ白なジャーヌソーニの馬車を踏まえた上で、仏道瞑想修行における必須諸要素を馬車(原語はRatha)の各種パーツやその操縦に重ね合わせて、それを無上なるブラフマンの乗り物と称している。

煩雑を避ける為に、ここでは余り突っ込んで追求しないが、ラタ馬車に関する専門用語と瞑想修行の専門用語の対称具合がすこぶる興味深い。

サティと御者、禅定と車軸。努力を車輪としているのが実にセンスが良い(笑)。このvīriyoは『努力』というよりも英語のエナジーのニュアンスが適当とも思われるが、ここでは立ち入らない。

積み荷の安定具samādhiという語である事も気になるし、yogakkhemā財宝とされているのは、確かリグ・ヴェーダに見られるかなり古い用法で、これも非常に興味をそそられる。

どちらにしても、『真っ白いジャーヌソーニのラタ馬車』を導入部としたサンユッタ・ニカーヤ所蔵の本経は、その伏線が最後のこの『ラタ馬車と仏道瞑想行の譬え』によって見事に回収されている訳で、これは明らかに人工的に設計されたひとつの『寓話』であると判断できるだろう。

その意味で、冒頭に出てくるジャーヌソーニの白一色のラタ馬車がBrahmanのようだ!Brahmanの乗り物の様だ!」と讃嘆される部分を『神様のようだ、神様の乗り物のようだ』と通俗的に訳した中村元選集はスッタ編纂者の意図を見失っている。

何故なら、「世間から運び出された賢者たちが勝利を勝ち取る」という仏道修行のゴールとは、先に沙門果経に見たようにイコールでBrahmacariya(梵行)の完成であって、当然このBrahmaとジャーヌソーニに対する称賛のBrahmaは『かけてある』と見るべきだからだ。

このブラフマンの解脱境を目指す修行道をラタ馬車の乗車・運行に譬える表現は、パーリ経典に他にもいくつかのバリエーションがあるのだが、実は仏教だけではなくカタ・ウパニシャッドなど特にヨーガと関わりの深いヒンドゥ教主流派の古典にも登場する。

カタ・ウパニシャッド 第三章 2~13

2祭祀をなす人々の橋であり、永遠で最高のブラフマンであり、恐怖の無い世界に渡ろうとする人々の岸であるナチケータ祭火を、われわれは知りたい。
アートマンは車に乗る者であり、肉身は実に車であると知れ。理性(ブッディ)は御者であり、そして意思(マナス)はまさに手綱であると知れ。

4諸々の感官を人々は馬と呼び、感官の対境を馬に関して馬場と呼ぶ。アートマンと感官と意思の結合を「享受者(経験的自我)」と、賢者は呼ぶ。

5分別なく、常に意志の手綱を締めない者にとって、彼の諸々の感官の制御しがたい事は、あたかも御者の悪馬を御しがたいのに似ている。

6しかし、分別を持ち、常に意思の手綱を締めている人にとって、彼の諸々の感官の制御される事は、あたかも御者が良馬を御するに似ている。

7分別なく、無思慮で、常に不浄である者は、かの場処(解脱境)に達することなく、しかも輪廻に赴く。

8しかし、分別を持ち、思慮あって、常に清浄である者は、かの場処に達し、そこから再び生まれることはない。

9分別のある御者を持ち、心を手綱とする人は、行路の目的地に達する。それはヴィシュヌの最高の住居である。

10 諸々の感官の上に感官の対象があり、これらの対象の上に意思は位する。石の上に理性があり、理性の上に偉大なるアートマンがある。

11 偉大なるものの上に未開展のものがあり、プルシャは未開展のものよりさらに上にある。プルシャの上には何もなく、それは頂点であり、最高の拠り所である。

12  かのアートマンはこの世に存在する一切のものの中に隠れひそみ、姿を現すことはない。しかし明敏な観察者たちによって、鋭く明敏な理性により、観察される。
13 理智ある人は語と意思とを制御せよ。それを智識として自我の中に保て。智識を偉大なる自我の中において制御せよ。それを平静なる心情として自我の中に保持せよ。
14 立ち上がれ、目覚めよ、恩典を得て、覚れ。剃刀の鋭い刃は渡ることが困難である。詩人たちはそれを行路の難所という。
15なく、触感もなく、姿もなく、変化する事もなく、また永遠になく、それはまた匂いもない。始めも終わりもなく、偉大なるものより上にあって、動かないもの、それを観想して、死の神の口より解放される。

16 死の神の宣旨した、永遠に変わる事のない、ナチケータスの故事を、語り且つ聴いて、賢明な人はブラフマンの世界において栄光を享受する。

【原典訳】ウパニシャッド、岩本裕 編訳、ちくま学芸文庫 P298~ より

 このパーリ経典の於けるラタ馬車の譬えと、カタ・ウパニシャッドにおけるそれとの類似性と差異性というものは非常に興味深く、また回を改めて詳述したいが、基本的な『修行道をラタ馬車の運行』に譬えそのゴールをブラフマンに設定する、というコンセプトが合致している事は、一見して了解され得るだろう。

両者におけるプルシャ、アートマン、そしてブラフマンというそれぞれの語の用法はさておき、このカタ・ウパニシャッド全体が、『感官とその防御』というものをひとつの焦点として『不死』なるブラフマンを目指している事実から見て、仏教との相関は間違いない(と私は判断する)。 

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スワヤンブーナートの降魔仏像。カトマンドゥ、ネパール

 

ところで、そもそもブッダの転法輪は、

わたしの覚ったこの真理は深遠で、見がたく、難解であり、しずまり、絶妙であり、思考の域を超え、微妙であり、賢者のみよく知るところである。ところが世の人々は執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている。

さて、執着のこだわりを楽しみ、執着のこだわりに耽り、執着のこだわりを嬉しがっている人々には、すなわち縁起という道理は見がたい。

またすべての形成作用のしずまる事、全ての執着を捨て去る事、妄執の消滅、貪欲を離れる事、止滅、やすらぎ(ニッバーナ)というこの道理もまた見がたい。

だからわたしが理法を説いたとしても、もしも他の人がわたしの言う事を理解してくれなければ、わたしには疲労が残るだけだ。わたしには憂慮が残るだけだ。

苦労してわたしが覚り得た事を、今説く必要があろうか。貪りと憎しみにとりつかれた人々が、この真理を覚る事は容易ではない。これは世の流れに逆らい、微妙であり、深遠で見がたく、微細であるから、欲を貪り闇黒に覆われた人々には見る事ができないのだ。 

ブッダ悪魔との対話―サンユッタ・ニカーヤ2 (岩波文庫) 中村元訳 P83 梵天に関する集成より

というように、ブッダガヤの成道直後、自分の覚った真理が余りに世人には理解しがたいと考えて説法する意欲を失くしかけていた時に、

ああ、この世は滅びる。ああ、この世は消滅する。実に修行を完成した人・尊敬さるべき人・正しく覚った人の心が、何もしたくないという気持ちに傾いて、説法しようとは思われないのだ!

尊い方!尊師は教え(真理=ダンマ)をお説きください。幸ある人は教えをお説きください。この世には生まれつき汚れの少ない人々がおります。かれらは教えを聞かなければ退歩しますが、聞けば真理を覚る者となりましょう。

ブッダ悪魔との対話-サンユッタ・ニカーヤ2 (岩波文庫) 中村元訳 P84 梵天に関する集成より

梵天が現れて上の様に翻意を促し、ブッダはそれに同意し衆生を憐れんで説法する決意を固め、サールナートでの初転法輪へとつながっていった、という経緯が知られている。

つまり伝承上、ブッダがそもそも法の車輪を転じる、というスタート地点において、ブラフマン(この場合は梵天)は密に関係(干渉)していた事になる。

何故、ブッダが法を説かないと『世界が破滅する!』、と梵天は恐れたのか、このあたりは考察のしがいのあるテーマであり、私の中でも現在進行形で読み進めつつある。

どちらにしても『法の車輪』ブラフマンの車輪』そして『法の乗り物』ブラフマンの乗り物』が、共に『ラタ馬車』のイメージを踏まえた上で、仏教サンガの内部である時期それぞれ『同一視』されていた事は、十分な蓋然性と共に想定可能である。という事で、今は先に進もう。

最後に西氏が引用したのは、

  現世において無欲で, 涅槃に達し 清涼で,安楽を経験し, brahmanとなったattanによって住する(brahmabhūtena attāna viharati )」

という表現だった。これは先ほどチラっと出た、

仏の教えを『attanに関する,真実無上のbrahmanの乗物』と称している」

という前回引用部分とも重なって来るだろう。

ブッダの瞑想行道を実践する事に拠って、アッタン(アートマン)がブラフマンになる? これは読みようによってはトンデモない言質ではあるが、本記事のここまでの論述を振り返ってみれば、さほど不自然な言い回しではない気もする。

問題は言葉の定義であり、当時、仏教サンガの『中の人』たちが、いったいこれらブラフマーブラフマン)、アッタン(アートマン)という言葉によって、何をイメージしていたのか、という事に尽きるだろう。

私の中では今、様々な読み筋が交錯しているが、今回は取りあえずこのテーマの初回導入部として、結論は先送りのまま、西氏の最後の結語を見てみよう。 

4 . 結 語


以上のように, 原始仏教聖典には数多くのウパニシャッド的表現をもって説かれる語句が存在する。韻文においてbrahmanは最高の存在として説かれている。また世問一般においてbrahmanとbrahmāの両者を区別なく同一視していたと思われる。
「brahma に達した人」「brahma になった者」は明らかに「悟った者」を意味しており,brahman(車)輪」「brahmanの道」「brahmanの乗物」などの語句は悟りに導く仏の教えを意味している。故に原始仏教聖典に説かれるbrahmanに関する語句を軽視すべきではない

多くの学者は原始仏教の独自性を見い出したいがために, 聖典の教えをバラモン教ウパニシャッドから切り離して考察しようという傾向が強く, たとえ, 聖典の中にウパニシャッド的な表現を以て説かれる語句が存在したとしても, すぐに比喩的表現を用いた教えであると考え, それを釈尊が説いた真理であるとは認めなかった。

しかし, 釈尊バラモンたることを自称し, 真のバラモンたる行為を説いていたのであり, そのような教えを聞いていた出家者在家者においても, 仏教バラモン教ウパニシャッドが求める境地に区別がなく・brahmanという語句を最高の存在としてみなしていたはずである。

また散文においては,「bramanとなったattanによって住する」という定型句が説いているように,悟りに達するとattanという存在がbrahmanとなることを明確に認めている。

このような原始仏教聖典に説かれるウパニシャッド的表現について, 中村氏は

「最初期の仏教バラモン教の優勢な雰囲気のなかではこのような説きかたをしなければならなかった。しかし仏教がひろがりさかんになるにつれてこのような配慮は無用になった。だから聖典の散文においては〈ブラフマンへの乗物〉というような語は現れなくなった」(17 )

と主張しているが,むしろ散文になるとattan とbrahman の関係が定型句になるほど繰り返し説かれるようになったと考えるべきであり, 我々は原始仏教の悟りの境地がウパニシャッドの悟りの境地と類似していることを認めざるを得ない。

けれども原始仏教が説く悟りへの道は実践道であり, Brhadāranyaka Upanishad において,Yājnavalkya がUshasta−cākrāyanaたちに対するatmanの説明(18)のように,形而上学的考察に基づいて悟りを求めるものではないのであるから,たとえ原始仏教の悟りの境地とウパニシャッドの悟りの境地が同一であったとしても, 悟りに到る道を区別して理解すべきであろう。

『原始仏教聖典におけるattanとbrahman』西昭嘉 著より

本投稿の冒頭にも書いたように、ここで西氏の言う、

brahmanとbrahmāの両者を区別なく同一視していた」

という判断は、「ウパニシャッド的な絶対者ブラフマン」との接続を前提として初めて成り立つのではないか、と私は考えている。

原始仏教聖典に説かれるbrahmanに関する語句を軽視すべきではない

という結論。これは本ブログのここまでの論旨を理解された方にも、全く同意できるのではないだろうか。

釈尊バラモンたることを自称し, 真のバラモンたる行為を説いていた」

これまでこの点は余り突っ込んで来なかったが、私自身もパーリ経典における『真のバラモンという概念は、釈尊ブッダの原像において極めて重要な意味を持っていると考える者だ。

この概念もまた、古ウパニシャッドに先行する表現が存在する事から、両者の親近性について考察しつつ、次回以降どこかでメイン・テーマとして取り上げたいと考えている。

「我々は原始仏教の悟りの境地がウパニシャッドの悟りの境地と類似していることを認めざるを得ない」

 私は、この西氏の結論を支持するに全くやぶさかではない。もちろんそれは現時点で『学』として考えた場合、『語句の表現上』という事実から拙速に飛躍せずに、十分な検証を通じて真実へと肉薄すべき事柄であるのは言うまでもないが。

そうした意味で、西氏が最後に提示した、

原始仏教が説く悟りへの道は実践道であり、ウパニシャッドの哲人たちが説明したような形而上学的考察』を通じて悟りを求めるものではないのだから、たとえ原始仏教の悟りの境地とウパニシャッドの悟りの境地が同一であったとしても、 悟りに到る道を区別して理解すべきであろう」

という結語には、今後の進むべき方向性を指し示すものとして、大きな説得力がある、と私は感じている。

この両者の差異性については、先に引用したカタ・ウパニシャッドのラタ馬車の譬えの第16節を見れば、明らかに読み取ることができる。

「16 死の神の宣旨した、永遠に変わる事のない、ナチケータスの故事を(つまりブラフマンの真理へ至る道についての知識を)語り且つ聴いて、賢明な人はブラフマンの世界において栄光を享受する

ここでは真理の言葉を『語り且つ聴く』だけで、ブラフマンの世界に至れる、というニュアンスがはっきりと印象付けられている。

それに対して、西氏が言うようにブッダは徹底的に実践に徹して、虚妄な形而上学を語る事を拒否している。この鮮やかな対比にこそ、我々は注目すべきだろう。

恐らく、カタ・ウパニシャッドのこのような表現は、それ以前のチャーンドーギャやブリハドアーラニヤカなどの流れを未だ引きずりつつ、仏教インスパイヤされた結果のただ中にあり、それはつまり、ウパニシャッド『哲学』がヒンドゥ・ヨーガという原始仏教とは全くパラレルな実践行道へと進化していく『過程』に他ならない。

もちろんその進化の過程で、常に仏教というものが意識され、そこからインスパイヤされ、あるいは反発し合い、という相互作用があったのだと、私はこれまでの研究の結果として推測している。

(一方で、パーリ経典にはブッダの説法を聴いただけで、サーリプッタなど賢明な者だけではなくバラモン苦行者や在家信者までも悟りを開いたかのような表現が頻出する、という事実がある。

話を聴いただけで覚ってしまえるのなら、誰も苦労して坐禅瞑想などしない訳で、これは「真理の説法を聴いただけで覚れる」事を標榜するウパニシャッド・ヒンドゥの勢力に対する対抗意識から生まれた表現であり、あるいは、在家の『軽いムード』の信者たちに向けた『お話』、もしくは ‟何を実践すべきか?” を覚った、と考えるべきだろう)

この酷似している様な全く違うような、ゴータマ・ブッダの道とウパニシャッド・ヒンドゥ・ヨーガの道。両者の関係性を解明するための『最初の鍵』となるのが、すでに以前から言及している『内なる祭祀(Yajna)』というコンセプトだ。

 

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本論考は、インド学・仏教学の専門教育は受けていない、いちブッダ・フォロワーの知的探求であり、すべてが現在進行形の過程であり暫定的な仮説に過ぎません。もし明らかな事実関係の誤認などがあれば、ご指摘いただけると嬉しいですし、またそれ以外でも真摯で建設的なコメントは賛否を問わず歓迎します

また、各著作物の引用については法的に許される常識的な範囲内で行っているつもりですが、もし著作権者並びに関係者の方より苦情や改善などの要望があれば、当該文章の削除も含め対応させていただきます

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