仏道修行のゼロポイント

ゴータマ・ブッダの原像とヒンドゥ・ヨーガ

ヨーニ・ガルバの原心象と蓮華輪そしてストゥーパ

【2022,8,31と10,1に追記訂正あり】

ここしばらくHatena Blogでの更新が途絶えてしまっていたが、実はこの5月からNoteの方で「チャクラの国のエクササイズ」の投稿(移転再投稿)を開始しており、最近インド思想・仏教関連について、自分の中で再び情熱の火が熾り始めている。

どうも私の場合、その情熱が燃え上がるサイクルというものがあって、特定のテーマへのベクトルあるいはモメンタムとでも言うものが、おおよそ2~3年周期で盛り上がっては燃え尽き、を繰り返している様だ。

そもそもこの「チャクラの国のエクササイズ」は、本ブログ(遡ると2012年から始まったYahoo Blogの「脳と心とブッダの覚り」)を開始する以前、2005年から2011年にかけて行われたインド武術&チャクラ思想に関する探究の記録であり、そこで得られた知見や直感は、この仏道修行のゼロポイント」において行われている様々な考察、その前提となる世界観・瞑想観の原点ともなったもので、本ブログの初期の投稿でも様々な文脈において複数回引用している。

今回の投稿はこの「チャクラの国のエクササイズ」関連で再び注目した仏教ストゥーパとその周りを荘厳する蓮華輪について、ガルバ・ヨーニとの重ね合わせ、という視点から、「チャクラの国」で書ききれなかった内容を綴って行きたい。

例によって文体はしばしば断定口調に傾きがちだが、あくまでもこれはひとつの『読み筋』であり、最終結論に至る途上におけるその要所的な覚書である、という点は注記しておく。

その内容は本来であればNote版記事の中に書き加えても良い部分ではあるのだが、余りにもディープ過ぎかつ本ブログのテーマである瞑想実践により深く関わっている、との判断でこちらに投稿する次第だ。その判断の正しさは、本稿の結末において明らかになるかと思う。

そもそも仏道修行のゼロポイント』を名乗りブッダの瞑想法その原像に迫る」事をテーマとしている本ブログが、何故一見関係の無さそうなガルバ・ヨーニの思想を深堀りする必要があるのか。

それはリグ・ヴェーダ賛歌における『黄金の胎児』から始まって、汎インド教的な世界認識のある種極めて重要な起点にこのガルバ・ヨーニが据えられており、沙門時代のシッダールタから悟りを開いたブッダに至る彼の人生遍歴もまた、その思想的影響の下にあった、と考えられるからだ。

(※注:以下の内容には生殖器官の解剖学的な画像やその説明が含まれます)

今回投稿のきっかけになったのはネット上で見つけたひとつの論考だった。それは伝統的なアーユルヴェーダの観点から女性の生殖器ヨーニ・ガルバについて、その背景となる心象世界を論じたもので、色々な意味で眼を開かされる思いがした。はじめにそれを引用していきたい。

A CONCEPTUAL STUDY OF TRAYA-AVARTH YONI(リンクはPDF)

「三重同心円(あるいは渦巻)のヨーニについての概念的研究

 

Sushruta stated that this Purusha is formed by union of Sukra and Shonita.(SushrutaSharir 1/16). The part of female body where this union is takes place is collectively called as “Yoni”.

 

スシュルタは、このプルシャ(人間、胎児)はスクラ(精子)とショニータ(経血?)の結合によって形成されると述べている(SushrutaSharir 1/16)。この結合が行われる女性の身体の部分(生殖器官)は、総称して「ヨーニと呼ばれている。

(Deepl翻訳を手直し、以下同)

スシュルタは「外科手術の父」と称される古代インドの医師だ。生没年不詳のため、彼が生きていた年代は諸説あり、紀元前1000年から800年ごろにかけて活躍したとする説、紀元前6世紀ごろに活躍したという説、紀元後2世紀から3世紀にかけて生きたという説など、正確な時期は判明していない(Wikipadia)、との事だが、私はおよそブッダ在世前後に重なるだろう、というアバウトな認識でいた。

私はこれまで、一般教養的なインド思想書やその他ネット上などの情報によって、ブッダ在世前後の古代インド人には精子=種の認識はあったが卵子の認識はなく、性行為時の射精によって母胎という畑に種が蒔かれ胎児が育つ、という認識を持っていたと考えていたのだが、ここではSukraとShonitaの結合によって胎児ができるとされている。これが精子卵子の結合という正確な認識をスシュルタが持っていた事を意味するのか否かは、判断が分かれるだろう。

この点は色々と深堀りしていくと面白そうな所だが、今回はスルーして先に進めたい。

Considering anatomy it looks like that Sushruta has described Yoni in the form of Avarth. Out of which in the third Avarth there is GarbhaShaya. The shape of which is like RohitMatsyaMukha. This article emphasizes on Conceptual Aspects of Traya-avarth Yoni as described in contemporary medical science.


スシュルタはヨーニを、解剖学的に観てアーヴァルタ(आवर्तः āvartaḥ、同心円)の形で記述しているように見える。そのうちの第3のアーヴァルタには、ガルバシャヤ(Garbha Shaya、胎児の居場所)がある。その形状はRohit Matsya Mukha(ロヒット魚の顔か口)のようなものだ。この記事は、現代医学で説明される科学的事実からTraya-avarth Yoni(三重同心円or渦巻のヨーニ概念を説明していく。

 

In the modern anatomy, Female reproductive system is divided into following parts-

1. Uterus 2. Cervix 3. Vagina

 

現代の解剖学では、(卵巣卵管を除いた)女性の生殖器系は次の3つの部分に分けられる。1. 子宮 2. 子宮頸部 3. 膣・産道

 

Yoni is that part of female body which is mainly for Conception; Maintenance and Expulsion of the Fetus While describing various body organs Sushruta has clearly defined the morphology of Yoni in the form of Avartha.
Avartha literally means Concentric Circle. This Avartha-swapora Yoni has divided into Three Parts. called as Traya-Avartha Yoni, and structure of this is compared with Shankha Nabhi.
In its third avartha there is the site of Garbhashaya, and structure to which is compared with RohitMatsya Mukha.

 

ヨーニは女性の身体の中で、主に胎児の受胎、維持、出産のためのものである。スシュルタは身体の様々な器官を説明しながら、ヨーニの形態をアーヴァルタという形で明確に定義している。
アーヴァルタとは文字通り、同心円を意味する。この同心円の形をしたヨーニAvartha-swapora Yoni)は三重の同心円のヨーニTraya-Avartha Yoni)と呼ばれる3つの部分に分かれており、その構造はほら貝の臍(Shankha Nabhi)とも比較されている。

その第3のアーヴァルタには胎児の居場所(Garbha Shaya)の部位があり、その構造はRohit Matsya Mukha(ロヒット魚の顔か口)に喩えられる。

その他、色々と煩瑣な説明をしているのだが、ザックリと言えば、現代医学解剖学的な見地とスシュルタの認識を重ねると、女性生殖器であるヨーニは最上部に位置しそこに胎児が宿る一番大きな子宮本体、そこから下にややすぼまった子宮頸部、そして更に細いという三つに分けられる。そして、

From review of all above explained concepts, it has cleared that Sushruta, has compared the structure of Yoni with Shankha-Nabhi. That’s means it should be Narrow below and Broad above and Yoni is placed in such a manner i.e. it is seen like Concentric Circle that Sushruta stated as Avartha.

 

以上の説明から、スシュルタはヨーニの構造をほら貝の臍(Shankha Nabhi)に例えていることが明らかになった。つまり、下は狭く上は広いという事であり、ヨーニ(の三つの器官)はそのように配置されている、つまり(正面から見ると)スシュルタがアーヴァルタとして述べた同心円のように見えるということである。

ここでカギとなる「ほら貝の臍の様な同心円構造」というものは、以下の画像を見ればリアルにイメージできるだろう。

ほら貝を上から見た渦巻構造:Pinterestより

おそらく、このほら貝の凝縮する渦巻の中心をと見たのだろう。同心円と渦巻では微妙に違いがあるが、しかし大から小へ小から大へという円輪の重なり、と考えると納得がいく。

上の画像を見つめていると、中央部の臍が一番手前にあるのか一番奥にあるのか、曖昧になってこないだろうか。説明は難しいが、おそらくスシュルタは、この臍を最奥部の子宮内室(つまり胎児あるいは受精卵)と観ており、ほら貝の縦長の開口部をヨーニの外性器に見立てていた。

ほら貝の縦長の開口部はヨーニ外性器に重なる:Wikipediaより

ここでこの論文の著者が行った、スシュルタの知見と現代解剖学との「当てはめ」がどこまで正しいかは即断できないが、重要なのはスシュルタが膣から子宮までのヨーニ全体をほら貝の様に立体的な同心円として把握し、その円の重なりを『三重』と見ていた事だ。

上の引用では省いたが、このヨーニの三つの構造それぞれが生体器官である以上、スシュルタもそれが文字通り肉の厚みを持つ事を大前提として認識していたと考えられる。なので三重の円輪というのは三本の線ではなく、厚みのあるリング(円筒)が三重に重なっているイメージになるだろう。

これを分かり易く表したものが下の概念図だ。上のほら貝の渦巻が本来は奥行きを持っている様に、この三重のリング構造も奥行きを持っており、実際は円筒の大中小三段重なりを正面から見て平面図化したものになる。

スシュルタのヨーニ概念図、三重のリングと中心の胎児

これは母体が立っている場合、構造的には一番細い膣が下部手前にあり、そのやや上方奥が子宮頚部で、更にその奥の上部が一番太い子宮本体になる。これら三つの器官はひとつながりのチューブ(空処=Kha)であり、その中央の空処にリンガ(男根)が挿入されて射精が為され、一番奥の空処である子宮の内部で受胎し、そこで胎児が成長する。繰り返すが、平面図として描かれてはいるがこれらは全て奥行きを持った立体構造だ。

言葉で説明するのは難しいのだが、例えばよく海賊が使っている三段に伸縮する単眼の望遠鏡をイメージしてみよう。接眼する手前の一番細い筒が膣で、中ほどの筒が子宮頚部で、一番遠く一番太い筒が子宮本体になる。

海賊の単眼鏡を例に、左上から子宮本体、次に子宮頸部、右下に膣、の順で並ぶ:Amazonより

単眼鏡の三段の全ての筒が奥行きと厚みを持っている様に、ヨーニの3つの器官部位その全てが生体としての奥行きと肉厚を持っている。実際の女性の器官は膣と子宮頚部の接合部で屈曲しているのだが、それをイメージとしては真っすぐと見なしている。

この単眼望遠鏡を縮めて、接眼部のレンズを真正面から見れば、前掲のアーヴァルタ概念図になる。真ん中のレンズ部分がそこでは胎児に重なる。もちろん胎児がいるのは一番奥の子宮で、やがてその中で成長し子宮壁を押し広げて行くのだが、上の概念図は受精直後の状態を表し胎児=受精卵と思ってもらえばいい。

何故、この様な煩瑣なイメージをここで説明しなければならないのか、一般の方にはなかなかに理解し難いとは思うが、先に言った様に、このヨーニブッダにつながる古代インド人の心象世界を理解する上で、非常に重要な意味を持っている。この点は、インド思想について造詣の深い方ほどより深く刺さるのではないだろうか。

スシュルタがイメージしていたヨーニ(女性生殖器官全体)の三重リング(円筒)構造を踏まえた上で、まずは分かり易く、以前本ブログでも何回か取り上げた古代インドの蓮華輪デザインを見てもらおう。これは紀元前後のサンチーからバルフート、アマラヴァティなどでブレイクした代表的な仏教美術装飾だ。

アマラヴァティで発掘された蓮華輪:アンドラ・プラデシュ州

この蓮華輪とのそもそもの『出会い』は、件の「チャクラの国のエクササイズ」だったのだが、私はここ最近これについてNoteに再投稿したばかりなのですぐにピンときた。先ほどのスシュルタ先生御用達のヨーニ観その概念図と、上の蓮華輪デザインはピッタリと重なり合うのだ。

そこでは中央に種実を孕む花托がありそれを取り囲む形で雄しべの薄いフリンジを配し、更にその周りを、三重の円輪花弁が取り囲んでいる。これに関しては最新のNote投稿に詳しいので興味がある方は参照して欲しい。

もちろん、インド各地各時代に数多ある全ての蓮華輪がこの三重の蓮華輪である、という訳ではない。リアルな蓮華そのままに一重の花弁を配したものから、二重、四重、あるいは五重にまで花弁の円輪を重ねたものも存在する。

バルフートの多重蓮華輪:インド博物館、コルカタ

このバルフートの画像を見ても上のものは三重に見えるが下のものは四重かそれ以上にも見える。蓮華輪の構造は多種多様なのだ。

しかし、三重以外の全ての蓮華輪がヨーニ・ガルバを象徴していた可能性をも私は否定しない。何故なら、仏教における『蓮華蔵世界』の原語は『padma garbha loka dhatu』であり、蓮華とヨーニ・ガルバとの同一視は明らかだからだ。

この三重蓮華輪が三重同心円のヨーニと重なると気付いた時、直ぐに私は、以前本ブログにも投稿した2つの仏教ストゥーパの基壇を思い出していた。

ナガルジュナコンダのマハストゥーパ基壇:インド考古局、アンドラ・プラデシュ州

私はその投稿で、このマハストゥーパの基壇設計に見られる三重の円輪構造を、同じ三重の蓮華輪構造と重ね合わせていたのだ。その理由は、上と全く同じ三重同心円状の蓮華輪を、エローラ石窟のカイラーサ寺院の屋根に見た記憶があったからだ。

カイラーサ寺院の屋根に刻まれた三重の蓮華輪:エローラ

ヒンドゥ教においては、伝統的に寺院でご本尊を奉安する神室を『ガルバ・グリハ(胎の家=子宮)』と称していた。上の三重蓮華輪はこの神室の直前にあるマンダパの屋根に刻まれており、この蓮華輪がもしヨーニ・ガルバを象徴するものだとしたら、ある意味非常に筋が通っている

インド教諸派寺院のマンダパでは、普通はその内部天井に蓮華輪が刻まれる事が多いのだが、カイラーサ寺院の場合は構造的に上から眺めた場合の装飾的効果が考慮されて、屋根上に刻まれたのかも知れない。(2022,10,1追記)

この三重円輪を内部化した基壇構造は、もうひとつサンゴールの仏教ストゥーパでも確認できる。

サンゴール、クシャーナ朝時代のストゥーパ基壇:Pinterestより

上の画像はパンジャブ州サンゴールで発掘されたクシャーナ朝時代とされるストゥーパの基壇で、それぞれがスポーク様隔壁を持つ三重の車輪(現地ではダルマ・チャクラと呼ぶ)構造をしており、これも三重の蓮華輪構造と重なるものだ。

ナガルジュナコンダでは確認できていないが、このサンゴールの場合は基壇の中心、それが車輪であれば車軸の、蓮華であれば花托の位置に仏舎利が埋められ、その真上に軸柱が立っていた、と証言されている。

実際のストゥーパ基壇構造:サンゴール、パンジャブ

これは、ストゥーパのドームの上にあるパラソルを支えるための柱が上に伸びていたであろうストゥーパの中心に立っている私です。 私の足元には、ブッダの遺物を収めた聖遺物箱が見つかった部屋があり、これらの遺物は空間を聖浄化するのに役立ちました。(Seeing the Kushans in Indiaより)

この車輪様ストゥーパ基壇において仏舎利が埋蔵されていた中心車軸部分は、蓮華においては種を孕む花托部分であり、同心円のヨーニにおいては胎児を孕む子宮内室部分に他ならない。

飽くまでもひとつの可能性として、だが、ここで提示したいのは、スシュルタに代表される古代インド人の民族医学的な三重同心円のヨーニがベースになって三重の蓮華輪を生み出し、更にはストゥーパ基壇における三重円輪構造を形作ったのではないか、という仮説なのだ。

私はこれまで色々な機会において「蓮華輪はインド先住民の女性原理を象徴するものだ」と書いてきたが、その根源には文字通りヨーニに関する解剖学的な知見が存在していたのだ、と。

 

【この囲み内は8月31日追記訂正部分になる】

当初ここには、スシュルタが言うところの『アーヴァルタ』が同心円と同時にほら貝の渦巻構造をイメージとして含意していた事を前提に、それをサンチーのストゥーパを取り囲むトラナの横げたに刻まれている大きな渦巻紋様に重ね合わせ、この紋様がヨーニ・ガルバを象徴するのではないか、と仮説を提示していたが、その後の調べでこれはほぼ否定された形になっている。

トラナ門塔その横げた両端には大きな渦巻が刻まれている:サンチー

その情報によれば、トラナ横げた両端にデカデカと刻まれた渦巻紋様はナーガ(大蛇)神のトグロを表しているとの事で、渦巻紋様=ヨーニは取り合えず却下となった。備忘録を兼ねてこの追記を残しておく。

ただし、この渦巻がナーガである事を明示しているのは第3ストゥーパ前のトラナに刻まれた2例のみであり、この意図が果たして第1ストゥーパのトラナにまで及ぶのかは定かではない。

 

因みにこのアーヴァルタという言葉は、ブッダ初転法輪を意味するプラヴァルタナと語根を共有しており、回転する車輪のイメージとも深く重なっている。と同時に、リグ・ヴェーダがプルシャ賛歌において「プルシャの頭から天界が転現した」と言う時のavartata(転現)とも重なり合い、それは人の胎児が旋回しつつ産道を通過し誕生する原風景につながるものかも知れない。

先に挙げた「蓮華の中心にあって、それを展開せしめる花托」投稿の中でも論じたが、私はひとつの有力な読み筋として、このストゥーパという建造物全体が女性性の核心であるヨーニ・ガルバを象徴し、男性であるブッダを唯一人孕む、という心象があったのではないか、と考えていた。

今回発見されたスシュルタによる三重の同心円のヨーニ説が、三重蓮華輪からストゥーパの三重円輪基壇へとつながるという視点は、この仮説にとって少なからず補強材料になったのではないかと思う。

次に、これも余りにもディープ過ぎてNoteの投稿では書かなかったが、もうひとつヨーニに関連する面白い読み筋として蓮華と胎盤との重なり合いが考えられるので以下に説明しよう。

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看護rooより

上の画像は胎児と臍の緒でつながった胎盤を描いたものだが、これは臍の緒柄茎と観れば、胎盤は円輪形をした蓮の葉とも蓮華とも見る事ができる。

胎盤と臍の緒のこの姿を初めて見た時には大いに驚いたのだが、そこから真っ先に思い出したのは、ヴィシュヌ思想において世界創造がヴィシュヌの臍から生えた蓮華から生まれたブラフマンに始まるという下のヴィジュアルだった。その構図は明らかに、実際に目の当りにした胎児と臍の緒と胎盤のリアルなイメージから生み出されていると見ていいだろう。

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世界蓮:Quoraより

そこでは一見するとヴィシュヌやブラフマーという男神が世界創造の主役であるかのように思われるが、実は横でひっそりと侍っているだけに見える女神こそが真の創造の主役であると、ヴィシュヌの臍から生える胎盤構造に酷似した蓮華によって暗喩している、と深読みする事も可能かも知れない。

胎盤という、人間の出生をその根源において支える特殊なヨーニ・ガルバ器官蓮華の形をしているという事実は、前述した蓮華輪とヨーニを重ね合わせるという観点を、より補強するものにもなるだろう。

同時にこの胎盤と蓮華との相関は、本稿でもこれまで繰り返し取り上げて来た聖シンボルたち、すなわち聖チャトラ菩提樹、そしてもちろん車輪の輪軸構造が、胎盤と重なり合う事をも意味する。それは下二枚の絵柄を見ればより分かり易い。

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上の画像はまさしくチャトラや大樹そのものだ:Understanding the Placentaより

胎盤をより分かり易くリアルに描いた図:Youtubeより

この胎盤システムにおいては、円輪形をベースに血管が放射状に展開しその全てを中心で臍の緒が支えており、基本的なイメージは蓮華(蓮葉)に加え輪軸でありチャトラであり菩提樹の構造とまったく重なり合う。

ここまでの説明で明らかになったスシュルタ的なヨーニ観や胎盤のヴィジュアルなど、女性の『胎』全般についての様々な事実関係を、そのままストゥーパ存在にフィードバックした時に、一体何が見えて来るだろうか。

多重車輪あるいは多重蓮華輪(どちらも女性性を象徴)の基盤構造を内包し(あるいは含意し)、その頂に聖チャトラを掲げ周囲を花開く蓮華輪で荘厳され、ヤクシニやラクシュミ女神という女性性のモチーフに囲まれたストゥーパ躯体。

その鉢伏型ドームはそれらモチーフが暗喩するヨーニ・ガルバの諸機能に育まれた結果として迎える臨月期の丸い豊満ドーム状と化した妊婦の腹部を表し、そこに唯一男性原理である軸柱(その直下に仏舎利が埋蔵)としてブッダ胎蔵されていた事を、強力に示唆している様に、私の眼には映る。

臨月の腹部はストゥーパの鉢伏型に重なる:By Marco Verch(オリジナルを90度回転)

さて、仮にこの読み筋が正しかった場合、とても興味深い問題に我々は直面する。それは、自身の生き様としてはあれほどに女性の胎あるいは生殖能というものを忌避していたブッダが、何故その死後には胎なるスト―パに胎蔵されるような破目に陥ったのか、という疑問だ。

835 (師ブッダは語った)、「われは(昔さとりを開こうとした時に)、愛執と嫌悪と貪欲(という悪魔の三人の娘)を見ても、かれらと婬欲の交わりをしたいという欲望さえも起らなかった。大小便に満ちたこの(女が)そもそも何ものなのだろう。わたくしはそれに足で触れることさえ欲しない

スッタニパータ 中村元訳より

この絶対的な矛盾は大いなるアイロニーなのか果たしてそうではないのか?

ここで漸くにして、冒頭で紹介したリグ・ヴェーダ賛歌のあの世界創造観が意味を持ってくる。すなわち原初において唯一者である黄金の胎児を孕み産みなしたとされる宇宙的な『胎(ガルバ)』がそれだ。

ラニヤガルバ賛歌(10・121)

1.はじめに黄金の胎児(ヒラニヤガルバ)が現れ出た。生まれると、万有の唯一なる主となった。かれはこの天と地を安立した。(略)

3.呼吸し、まばたきする世界の唯一なる王。かれは、威力によって、その王となった。(略)

5.偉大なる天も地も、かれによって堅固になされた。天も大空も、かれによって支えられる。かれは虚空のうちにあって暗黒の空界を測量する。(略)

7.万有を胎児としてはらみ、火を生みなす広漠たる水が動く時、その時、彼は現れ出た。神々の唯一の生気であるかれは。(略)

以上、中村元選集決定版・第8集 ヴェーダの思想P404~405より引用

ここで胎児が孕まれた、と言う以上、明言されていなくともそこには胎(ガルバ)が存在していなければならず、動いた水とは出産時の破水を意味すると考えるのが妥当だ。

その詳細については以前の投稿「『世界の起源』『輪廻の現場』としての大水(胎)」などで既に論じているので興味のある方は読んでみて欲しい。

ストゥーパとの関りにおいてここで最終的に問題になるのは、

「悟りを開いたブッダはその肉体的な死、すなわち、般涅槃に至った後、一体どうなってしまったのか?

という大命題だ。

この問題には、例によってブッダブラフマンと同一視されていた、という歴史的な事実が深く関わって来る。

結論を先に言ってしまえば、それは

輪廻転生という生身のヨーニ・ガルバの呪縛から完全に解き放たれて、宇宙世界が無明(Avidyā)として展開する以前の原初の胎へと回帰しそこに留まり続けた。

という事なのだ。

黄金の胎児が宇宙原初の胎から生まれる以前において全ては未然態にあり、十二縁起になぞらえて言えば、それは未だではなくそこにははなく当然も存在しない(=不死)。故に生老死にまつわるに煩わされる事も一切ない。

これは正に、般若心経に言う「不生不滅不垢不浄不増不減~無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽」そのものだろう。

つまりストゥーパが表していたであろうとは、輪廻の内にある地上世界において人を産みなす母胎ではなく、理念的には

「人間を含む『一切世界』が、その無明ゆえに苦なるものとして展開する以前の宇宙原初の胎」

であった、という事だ。

ただし、この宇宙原初の胎の称揚、という事の背景には、インド先住民伝統の女性原理中心思想が確かにあり、その大波が女性性をあれほどに忌避したブッダでさえも飲み込んでしまった、という側面は否定できない。

出家の視点から観ればストゥーパは悟りの世界そのものだったが、在家から観ればそこに「女性の胎なくしては世界も人間ゴータマ・ブッダもまた生まれ得ない」、という女性性への称揚が加味されていた可能性は高い(仏教とは常にこの出家と在家の相反する両義性によって糾われている)

もちろんこの『無明にして苦なる現象世界の全てが未然態(生成展開する以前)である宇宙原初の胎こそがイコール、不死なるブラフマンの解脱界に他ならない。

世界の始めに現れた黄金の胎児が「万有の唯一なる主」「世界の唯一なる王」「神々の唯一の生気」と称えられていた事を考えれば、それが「宇宙始原の一者ブラフマンへと直接つながるのは見易いだろう。

一方で、つくづくインド思想は一筋縄ではいかないと思うのだが、世界が創造展開された後の『車輪世界』においては、女性性は輪廻する現象世界そのものであり正にブッダが厭離した苦界(苦海)そのものを象徴する。

つまり(ややこしい話だが)不死なるブラフマンの世界である宇宙原初の胎とは理念上、女性性とは切り離された全きニュートラルな胎なのだ。それは、女性性とか男性性とかの『名称と形態』が展開する以前の『未然』に他ならない訳で、あくまでも便宜上『胎』と名付けているに過ぎない(やっぱりややこしい)。

にも拘らず、サンチーをはじめとしたストゥーパの表象においては女性性を前面に押し出し称揚するような表現が採られているという大なる矛盾は、そもそもストゥーパ文化とはブッダを埋葬した土饅頭から始まりアショカ王によって全インド的にブレイクしたもので、その発端から一貫して在家主導によってとり行われており、その寄進者の大部分が在家であった事に由来するのだろう。

何故、宇宙原初の胎=ブラフマン解脱界、なのか。この辺りの消息に関しては、「『世界の起源』『輪廻の現場』としての大水(胎)」でも指摘した、

現象世界がもし、本然的に『苦』としてそもそもの発端からデザインされているとしたら、その様な『世界苦』から解放されるためには、世界が生成展開する以前に立ち還るしかない。

という論法・思考法が前提となる。それは未だ世界万有が創造されずに、原初の一者たるブラフマン(ヒラニヤガルバ、プラジャーパティ、etc.)が、ただ一人独存している状態だ(それはイコール、般涅槃後のブッダそのものでもある)

それは、いわゆる十二縁起における無明から始まって老死で終わる全ての連鎖プロセスが、未だ発動される以前の状態状態と言う言葉さえ適当ではない未然

この辺りの消息に関しては以前、予告的に下の投稿でも触れている。

無明とはそもそもブラフマンの解脱智についての無知を表していたと考えれば、解脱者ブラフマン唯一人しか存在しないそこに、彼について無知な誰かなど存在するはずも無い。ブラフマンの独存とは、言い換えれば解脱の明智のみの独存なのだから。

そしてこのブラフマンの独存状態の追究という心象風景の中にこそ、ブッダに至る瞑想法が何故、未だ悟りを得ていない沙門シッダールタによって想到され得たのか?」というもうひとつの命題の答えが、隠されている。

 

 

 


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「エナジーの平衡点:Vīriya-samataṃ」を観取せよ《瞑想実践の科学 32》

以前に私は、「ヴィーナと比丘、それぞれの『仕事』」記事の中で、箜篌(ヴィーナ)の喩え』の最終節の中に、ブッダの瞑想行法を理解する上で極めて重要な、様々なキー概念が凝縮して提示されている、と書いた。

今回はその一節を最初に再掲引用しよう。

Therefore do you, Sona, determine upon evenness in energy and pierce the evenness of the faculties and reflect upon it."

Tasmātiha tvaṃ, soṇa, riyasamataṃ adhiṭṭhaha, indriyānanca
samataṃ paṭivijjha, tattha ca nimittaṃ gaṇhāhī’’ti.

それ故に汝は平等な(釣り合いのとれた)努力をせよ。
もろもろの器官平等なありさまに達せよ。

日本語訳は中村元選集決定版 第17巻「原始仏教の生活倫理」P96~98より

この時「ヴィーナの譬え」の結語となるパーリ文を私は以下のように訳している。

「(瞑想実践行において)エナジー調弦(最適化)をピシッと決めて、その時生れる六官の平らかさ(静謐=equanimity=サマタ)の中に深く入り込み、そこにおいて観じなさい」

これが正しければ、まさに瞑想実践上の具体的なアドバイス以外の何物でもない。

その時私が特に注目したのが Viriya だったが、今回は再びこのViriyaに焦点を当てて、上の訳文の『根拠』を深掘りしていく。

まずは中村元訳の日本語を見ると、

汝は平等な(釣り合いのとれた)努力(Viriya)をせよ。

その事によって、

もろもろの器官(Indriya)平等なありさまに達せよ。

と読む事が出来る。

つまり、平等な(釣り合いのとれた)Viriyaを “手段”として体現する事によって、もろもろの器官(Indriya)の平等という “目的” を実現しなさい(できる)、という流れだ。

しかし、一読して分かる様に、この日本語訳には様々な問題がある。

第一に、努力と訳されたViriyaが本当は一体何を意味していたのか(英語では端的に“Energy”)、という事。「平等な努力」とは一体、何を意味すると言うのだろう。中村元博士は(釣り合いのとれた)と注記しているが、その『真意』とは一体何だろうか。

第二に、Viriyaと器官(Indriya)というものが、どのように関連しているのかという点。『努力』と『諸々の器官』というものの「相関」がこの訳では全く見えてこない。

もうひとつはViriyaとIndriyaにおいて共有されている平等(Samatam)という概念が、何を意味していたのか、という点だ。

「平等な努力」もそうだが、「もろもろの器官(Indriya)の平等なありさま」とは、一体日本語として、どのような意味を担い得るのだろう。

中村元博士がこの日本語訳を自ら読んで、その意味を “本当の意味で” 理解できていたとは、私には到底思えない。

その様な疑問を起点に、「ヴィーナと比丘、それぞれの『仕事』」の中で私は英訳とパーリ原語を対象しつつ様々に考察した果てに、上記の訳をひねり出した。

この『ヴィーナの譬え』についての「修行と言うのはテンパり過ぎてもいけないし、だらけ過ぎてもいけない。中ほどが丁度良いのだ」という伝統的な解釈に異を唱え、これは『瞑想実践そのもの』に関する具体的な「要諦」を示唆するガイダンスに他ならない、と結論付けたのだ。

以上の流れを前提として、今回はまずは最初のViriyaについて、サンスクリットの語義の中に、その原像を探っていきたいと思う。

この点は前回投稿内容とも深く関って来る。

これまでパーリ語辞典(Pali text society)に参照してきた様に、このViriyaの原義は "state of a strong man," であり、英語で vigour, energy, effort, exertion、などを意味していた。

日本語の努力や精進に該当する意味も含んでいるけれど、どちらかというと男性的なエナジー、活力、勢力、など単純に『力(ちから)』あるいは『出力』を意味する度合いが強い印象だった。

そこでサンスクリット語のViriyaである“Vīryam”を引いてみると面白い事が分かる。

1 Heroism, prowess, valour; 2 Vigour, strength. 3 Virility、4 Energy, firmness, courage. -5 Power, potency、9 The seed of plants. -1 Dignity, consequence、-प्रपातः seminal effusion, discharge of semen

赤字以外の部分はパーリ語とほぼ重なり合うが、3 Virility、と複合語の-प्रपातः seminal effusion, discharge of semen.において、明確にある心象が顕在化する。

このVirilityは英語辞書で引くと、

1(成年)男子であること,成年.
2男らしさ,男盛り.
3活気,力強さ.
4(男性の)性的能力.

1男性的な特徴
(the trait of being manly)
2性交し生殖する能力のある男性的な特性
(the masculine property of being capable of copulation and procreation)

となっていて、男性の生殖力、あるいは精力に焦点を合わせた能力やパワーという心象が理解されるだろう(この英語のVirilityは語源的にViriyaと重なるか?)

更に、seminal、semen、を英語辞書で引くと、そのものズバリ『精液』を意味し、-प्रपातः seminal effusion, discharge of semen.とは、端的に言って『射精』する事、あるいはその力、を意味する事が分かる。

何やら、単なる『努力・精進』などという心象からは、どんどん遠ざかっていく様に見える。そこで再び登場するのが、前回もチラッと紹介した、パーリ語のViriya(Skt:Vīryam)の原像となる “Vīra” の存在だ。

サンスクリット辞書を引くと、

वीर vīra

 1 Heroic, brave. -2 Mighty, powerful. -3 Excellent, eminent. -रः 1 A hero, warrior, champion; 4 Fire. -5 The sacrificial fire.

-ईशः, -ईश्वरः 1 epithets of Śiva. -2 a great hero.
-गतिः Indra's heaven. -जयन्तिका 1 a war-dance. -2 war, battle.
-भद्रः 1 N. of a powerful hero created by Śiva from his matted hair

これは男の戦士・英雄、その特性である勇気・剛力、戦場における勇者、最勝者などに特化した語意である事が明らかだろう。

このようにサンスクリットの vīra や vīrya の意味をひも解くと、パーリ語の Viriya という単語が持つその基本的な原心象が浮き彫りになる。

それは明確に男性的な、戦士、あるいは英雄・勇者の戦場における力であり威力であり、勢力であり、同時に、その様な優れた雄(オス)が寝室で女性を相手に発揮するであろう所の、精力であり性力であり、射精力であり、その結果としての生殖力に他ならないのだ。

(男という漢字も『力」を持っている)

ここで私はふと唐突に、あの貴乃花が対武蔵丸の決勝戦で見せたという伝説的な『鬼の形相』を思い出していた。

ネット上には動画もあるようなので興味のある方は是非見てみて欲しいのだが、正にこの武蔵丸との世紀の決戦において、負傷した足の痛みをも乗り越えて武蔵丸を投げ飛ばし鬼の形相とともに咆哮した、この時の貴乃花の全心身にみなぎっていた凄まじいばかりのエナジー、これこそが、vīravīrya の原像なのだ。

(私がかつて弟子入りした合気道の師匠は、本当に素晴らしいvīraの持ち主だったし、その師匠である開祖植芝盛平が目ん玉ひんむいて弟子たちを睥睨するその気迫あるいは“オーラ”もまた、典型的なMaha-vīraだ)

そしてもちろん、哺乳動物である人間において、戦闘力や戦闘意欲というものは本来的には縄張り争いやメス資源を獲得する競争原理の中で勝ち残る、という生態・本能に根ざしているから、戦場における英雄の威力と、寝室における閨房の精力(生殖力)というものは表裏一体となっている “男性力” であり、それら二つながらの男性的な “生命エナジー”、それこそが、vīra vīrya の原義だと考えられる。

(俗に言う、『英雄、色を好む』というやつだ)

もちろん、ブッダがその修行道においてViriyaと語った時に、このような原像がどこまで意識されていたか即断はできない。しかし、その原イメージである『男性的な(性欲に根差した)強烈な生命エナジーの爆発的な発揮(正に貴乃花の鬼の形相の様な!)』、という心象を忘れるべきではないと私は思う。

何故なら、仏教的な文脈におけるいわゆる三毒、つまり貪り怒り無知・無明というファンクションの背後にもまた、この『(男性的な)強烈な生命エナジーの爆発的な発揮』というものが、厳然と普遍的に存在しているからだ。

前回も指摘したが、ここで重要なのは vīra の意味に明確に「4 Fire. -5 The sacrificial fire」つまり『火』『供犠の祭火』が含まれている事だろう。

これは比丘サマナが苦行や瞑想に勤しむ時、彼らの内なるVira→Viriya:エナジー『内なる祭火』に転じる道筋、その痕跡とも考えられる。

ここで私は前回同様、読者の方々に思い出して欲しい事がある。それは発情期の雄象の狂ったような凶暴さを調御するという、あの喩え話だ。

仏弟子の告白 中村元岩波文庫」より

31: 密林である林の中で蚊や虻に咬まれながら、心に念じて堪えしのぶべきである。――― 戦場の先陣にいる象のように。

ガフヴァラティーリヤ修行僧

77: この心は、以前には望むところに、欲するところに、快きがままに、さすらっていた。今やわたしはその心を適切に抑制しよう。――― 象使いが鉤をもって、発情期に狂う象を全く押さえつけるように。

ハッターローハプッタ長老

この発情期に狂う象のその圧倒的な威力、暴力、勢力、精力、それこそが正に vīra や vīrya 的な「エナジー」そのものではないだろうか。そしてその背後には利己的な貪欲と排他的な怒りがある!

そう考えると、この「狂象の調御」と「調弦の喩え」における「Viriyaの Evenness」つまり “調節=適正化” いうものが、“実践的” に重なり合って来る。

つまり「狂象の調御」とは、イコール「Viriya:エナジーの『平定・調節』」である、と。

発情期の狂象が発揮する圧倒的なまでの荒れ狂う “力” 。

それは前回の投稿をなぞらえて言えば、雄大な筋骨の『地のエナジー』であり、荒ぶる呼吸・咆哮の『風のエナジー』であり、駆け巡る血潮や射精=『水のエナジー』であり、熱狂興奮する『火のエナジー』に他ならない。

これを自然の猛威に置き換えれば、山崩れにおける圧倒的な地の重さのエナジーであり、荒れ狂う嵐の風のエナジーであり、大雨や洪水大河の暴流が見せる水のエナジーであり、酷暑期の日照りや全てを焼き尽くす山火事の火のエナジーでもある。

この点は後々効いてくるので折に触れて注記するが、ここで取り扱う『Viriya=エナジーという概念は全て、前回述べた『地水火風』という『四界のエナジー性』という文脈におけるエナジーそのものなのだ(内外のエナジーの対照同置)

だが、どんなに狂象の荒れ狂う巨大なエナジーが猛威であっても、ひとたび象使いの巧みな技によって『平定』され転化(適正化)され善用されれば、人間にとって極めて有益な大なる『労働力』に成り、大いなる『仕事(Kammma)』を為し得る。戦場においても、日常労働においても。

その様な象の調教使役を出家比丘と重ねる事で、その修道プロセスに関してもまた、同じ事を言っていたのではないだろうか?

「ヴィーナと比丘、それぞれの『仕事』」の中で、私はヴィーナの仕事と比丘の仕事という「重ね合わせ」を背景に、次のように書いている。

では、今は出家比丘であるソーナにとって、比丘としてやるべき仕事(Kamma)とは何だろうか? それは彼岸に向けての瞑想行以外にはありえないだろう(違うだろうか?)。

そしてヴィーナと同じようにこの瞑想行という比丘の仕事には二つの段階がある。それはヴィーナの調弦と完全な調弦を前提にして初めてまっとうできる名演に譬えられる。

その前段階としての調弦・調音』に当たるものは、サマタ瞑想以外に私には思いつかない。これは日本仏教の伝統的な『調身・調息・調心』という言葉を並置すれば分かり易いだろう。

ならば、本仕事として『妙なるメロディーを奏でる』事は、これもまたヴィパッサナー瞑想以外ではあり得ない。

出家したばかりの若く未熟な比丘の内部には、圧倒的なまでの男性的な生命エネルギーであるViriya(Vīryam=精力、エナジー)が渦巻いている。それを瞑想修行に “向けて(調御=シフトして)” チューニング(調御)し、活用(善用)する。

 

つまり、

ヴィーナの調弦=「チューニング:弦の張力エナジーのバランス調節 ⇒ 名演奏による聴衆の歓喜

狂象の調御=「オス象の生命エナジー(貪欲・怒り)の平定と調節 ⇒ 役畜転用による労働利益」

比丘の修道=「男性的生命エナジー(貪欲・怒り)の平定と調節 ⇒ 瞑想実践による悟り」は、

同じ「文脈の流れ」として重ね合わされている

 

これはヴィーナという弦楽器の原像が「弓矢」という『殺傷兵器』にあり、「殺す威力」の源である弦の張力と同じ張力エナジーが、ヴィーナにおいて見事に『チューニング(適正化)』される事によって妙なる音色を放つという事実を踏まえると、よりリアルに感得できるだろう。

この男性的エナジーである Viriya:Vīryam を瞑想修行においていわば “適切に運用する”、という視点は、「何故サマナ・比丘たち求道者は性的禁欲すなわち “ブラフマチャリヤ”というものにこだわらなければならないのか」、という点と「実践的に」深く関連してくる。

要は「ガス欠になったら、仕事にならない」という事だが、これはまた後日書く機会を設けたい。

比丘の内部でうごめくそのエナジー・フローを調御し、調節し、シフトし、チューニングして、瞑想実践という『Kamma=仕事』の中で、針先の一点において焦点を合わせ切る(paṭivijjha : pierce or penetrate=貫入・突破)。

それが、

"determine upon evenness in energy and pierce the evenness of the faculties and reflect upon it."

という英訳文の真意だと考えると、様々な点で辻褄が合う。

(繰り返しになるが、この内なるエナジーは、「内なる『四界・地水火風』におけるエナジー性」について語っている事を注記しておく) 

この一節、パーリ原文の主要部分を逐語訳すると以下になる。

riya-samataṃ:エナジーの、平らかさ(静けさ)Evenness

adhiṭṭhaha,:確立し注視する stands firmly; determines; fixes one's attention on.

indriyānanca:諸々の感覚器官(五官六官)

samataṃ:平らかさ、静けさ

paṭivijjha, :貫通し没入する pierce, penetrate

tattha ca :そうしてそこで

nimittaṃ: しるし、兆し

gaṇhāhī’’ti:把握する

Viriyaは取りあえずエナジーとしておくとして、次のsamataṃは平らかさ、平等、同等、などが考えられるが、今いちピンとこない。

実はこのsamataṃのsamaには他にも面白い意味がある。それは calmness, tranquillity, mental quiet などで、これはいわゆるサマタ・ヴィパッサナーのサマタ(Samatha)に相当するものだ。

SamataとSamathaではTとTHの違いだけであって、私の感触では、この二つは本来「かけてある」と考えられる。その重なりを前提にSama-taが意味する事は一体何か。

私は言語学者でもなく、ある意味「何の根拠も示せない」のだが、私の中のイメージでは、このSamaの心象は『天秤ばかり』に喩えると分かり易い。

天秤ばかりの中で最も簡単なものは、一本の棒の真中を支えて支点とし、その両側の支点から等しい距離にある点に、それぞれ質量を測定しようとする物体と、あらかじめ重さの分かっている分銅とをぶら下げ、分銅を増減して釣り合わせることによって、物体の質量を測定するものである。

この場合は、釣り合ったときの分銅の重さと、被測定物の重さが等しくなるので、ぶら下げた分銅の重さを足せば物体の重さが分かる。

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Wikipedia:天秤ばかりより

この天秤ばかりは、左右の重さが均等に釣り合えばバーが真っ平ら安定静止する。もちろんこの時、皿の高さレベルも等しくなる。この重さの等しさとバーの平らかさ(水平)、そしてその静止の安定。これこそが、「Sama」ではないか、と。

あるいは同じ天秤でも荷物を運ぶ『天秤棒』について考えてみる。

これは上写真の構造をそのまま大きくしてバーを肩に担ぎ、お皿部分に荷物を載せたりあるいは直接ぶら下げたりして運ぶスタイルで、おそらく世界中に普及している生活技術だろう。

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Wikipedia : JimPattonより

この天秤棒を肩に担ぎ左右(前後)に重さを振り分けてバランスをとる。等しく荷重が振り分けられていれば、棒は平らか安定しスムーズに歩き運ぶことができるのだ。

私も若干の経験があるが、この天秤棒担ぎの達人が速やかに歩き運ぶその姿は、「動」のさ中に不動の「静」が体現された絶妙の調和を見せる。例えば、その振り分けた荷が水を満々と湛えた二つのバケツだとしても、運搬のさ中に水面はほとんど平らかに動ぜず、一滴たりともこぼしたりはしないだろう。

その反対に下手糞な棒担ぎは、振り分けた重さのエネルギー・バランスを見失って、荷物も棒も(あたかも無秩序に荒れ狂う狂象の様に)上下左右シッチャカメッチャカに暴れている状態に惑乱する。

中村元博士はこのsamataṃを『平等』と訳したが、この言葉は現代日本人にとっては「権利の平等」とかいうイメージが強く、全く適切ではないし、彼自身、この訳語に納得していないからこそ「釣り合いのとれた」という注記を付したのだろう。

Samaという言葉は、天秤(はかり・棒)の喩えで示した様な「等しい」が故の「平らか」「静止安定」なのだ。

その意味では博士の「釣り合いのとれた」という注記は全く微妙に正しいのだが、惜しむらくはこのサマタの前の Viriya『努力』と訳した時点で既に根本的な齟齬をきたしているので、大変残念な結果になってしまった

それはさておき、ここで重要なのは、はかりであれ棒であれ『天秤』のバランスを完璧にとる為には、非常に繊細で注意深い『心的作業』が必要だ、という事だろう。

天秤ばかりの場合もそうだが、特に天秤棒で重い荷を振り分けて運ぶ場合は瞬間瞬間の絶えざる『気づき』と高度のバランス感覚とが求められる。

その時、慣れている熟練の担ぎ手は、瞬間的に「重さというエネルギー」そのバランスの中心を観取して揺るがぬ安定を把握し、一気に迷うことなく歩き出しそのまま突き進んで行く(熟練者のそれは、ほとんど無意識=非言語意識 的に行われる)

この「一気に迷うことなく」というのが重要で、なまじバランスの崩れを恐れオタオタして躊躇していると余計にバランスを失って歩き出せないし歩き続けられない。

(この喩え話は経験者にしか分からない事かも知れないが)

このような ”熟練した担ぎ手のイメージ” を、感覚的にそのまま『瞑想実践』のさ中に当てはめたものこそが、

riyasamataṃ adhiṭṭhaha, indriyānanca
samataṃ paṭivijjha, tattha ca nimittaṃ gaṇhāhī’’ti.

というパーリ文言なのだと言ったら、多少なりとも理解する助けになるだろうか。

これは、先の逐語訳を踏まえて、

(瞑想実践において)エナジーの平衡点を見出して注意深く安定を確立(チューニング)し、そこで現成する五官・六官の平らかな静まり、その寂止(サマタ)へと没入する。そこで「兆し」をつかめ。

とでも訳せば、当たらずとも遠からずだろう。冒頭に引用した過去訳を下に再掲するので比較してみて欲しい。

「(瞑想実践行において)エナジー調弦(最適化)をピシッと決めて、その時生れる六官の平らかさ(静謐=equanimity=サマタ)の中に深く入り込み、そこにおいて観じなさい」

ここで言う「エナジーの平衡点」や「エナジー調弦」は、瞑想実践者の身体内部のエナジーについて語っているものであり、その「見い出し」や「調節」はあくまで目に見えない『内なる心的作業』として行われる。

この作業は、天秤ばかりを使う時に必要とされるような、あるいは以前にも書いた「レンズを使って太陽光を集めて黒い紙に光の焦点を合わせて燃やす」作業にも近い、極めて繊細かつ注意深いものだ。

この場合、レンズと紙の距離における遠近の調整その「合焦点」が、天秤の「平衡点」に当たる。

これこそが、瞑想実践のさ中における繊細精妙な「技術的な要諦(コツ)」について、「ヴィーナの譬え」を用いてブッダがソーナ比丘に示唆した事の『真意』なのだ。

そこで問題になるのが、瞑想実践において“evenness in energy(viriya-samataṃ)”と “evenness of the faculties(indriyānanca-samataṃ)” それぞれが具体的に意味するところとその関係性になる。

この Viriyaと Indriya に同時にかかっている Samatamという概念は、全く同じ Samatam なのだろうか。だとしたら、Viriya Indriya(器官)も本質的に「同じ事柄について」語っているのではないか?

ここで思い出して欲しいのは、この Viriyam が、『三つの苦行』について記述したパーリ原文の中でも、極めて印象的な使われ方をしていた事実だ。

沙門シッダールタは「歯と舌の苦行」と「止息の苦行」の実践において、

わたしはひるむことなく精進に励んだ。思念はそなわり、失念はなかった。

として、七覚支の内の精進(Viriya)思念(Satiの二つを備えていたというのだが、この「精進に励んだ」を、これまでの文脈を踏まえた上で仮にエナジーをかき立てた」と訳してみる。

続いて、その苦しみのさ中の状況は

それなのに、王子よ、わたしに生じたそのような苦の感受は、わたしの心を占領してとどまらなかった

と表現されていたのだが、この苦の感受の観察記述は、苦行を中止して改めて菩提樹下で禅定に入った時の、

わたしは~遠離によって生じた喜楽のある初禅を成就して住した。

実に王子よ、わたしに生じたそのような安楽の感受は、私の心を占領してとどまらなかった

という記述と、「苦であれ安楽であれ『感受』心を一時占領しても、とどまらないでやがて消え去っていく」という無常の真理の確認を共有しており、無駄にも見えた苦行体験は、実は悟りに至る禅定に向けて確実に連接するものだった。

この『連接』は、当然 Viriya にも何らかの形で投影されなければならない。

何故なら、『七覚支』に見られるように、Viriya と Sati「セット」は、禅定に入る為にも極めて重要な役割を果たしていたのは明らかだからだ。

サティが『気づき』だという事はもはや誰でもが常識として知っている事だが、ここでViriya が意味する事、それは果たして人口に膾炙している様な『努力・精進』に過ぎないのか、七覚支においてもう一度考えて欲しい。

苦行のさ中にも備わっていた Viriya と七覚支における Viriya とは、果たして同じViriyaなのか違うViriyaなのか。Viriya の原意を忠実にくみ取れば、それは本ブログでこれまで論じて来た様にエナジーとするのが妥当だとしたら、それを取りあえず七覚支においても適用してみたらどうなるか

その時、七覚支における「Viriya」という語の真義とは、正にヴィーナの譬えで取り扱った「vīriya-samataṃ」つまりエナジーの平衡点の確立・安定・静まり」「張力エナジーの適切なチューニング」ではなかっただろうか。

この事は、七覚支の七つの要素がどのような順番で並べられているか、という事に注視すれば、自ずから明らかになるだろう。

一般に七覚支は以下のような順番で記述され説明されている。

Wikipedia:七覚支

念覚支sati-sambojjhaṅga) - 気づき(サティ)。心で今の瞬間の現象を自覚すること。

択法覚支(dhamma-vicaya--sambojjhaṅga) - 法の中から真実のものを選ぶ。

精進覚支(viriya-sambojjhaṅga) - 努力

喜覚支(pīti-sambojjhaṅga) - 喜びに住する

軽安覚支(passaddhi-sambojjhaṅga) - 心身に軽やかさ・快適さを感じる

定覚支(samādhi-sambojjhaṅga) - 心が集中して乱れない

捨覚支(upekkhā-sambojjhaṅga) - 。対象に囚われない

これは一般的に瞑想実践のさ中に現れる(あるいは必要とされる)悟りに向かう心的要素を ”順番に” 並べたものだと言われている。それは『気づき=サティ』で始まり『捨=ウペッカー』で終わっている事からも明らかだろう。

これはあくまでも「センス」の問題かも知れないが、ここで Viriya がもし単なる『努力・精進』に過ぎないとしたら、それが一番最初に来ないのはなんとも訝しい。

いわゆる「八正道」において、『正精進 sammā-vāyāma』が『正念 sammā-sati』の手前にある事を思い出そう。

ここでViriya以外のSatiからUpekkhaに至る単語は、極めて専門性の高い術語だ。私に言わせれば、その中盤に努力・精進などというなんとも通俗的な概念が混入している事に、まず違和感を感じずにはいられない。

繰り返すが、この七覚支とは、瞑想実践のさ中と言う極めて特殊な『時空間』内部について語っているものだ。その様な特殊な時空間が成立する大前提として、既に『努力・精進』などという初歩的な要素は当然備わっていなければおかしいからだ。

その上で、七覚支の Viriya を苦行時のそれと同じエナジーと訳した時、どのような視程が開けるだろうか。

同様にサティ=気づきも両者で共有されてはいるのだが、苦行時のサティが無常の観察を成している事実を考慮すれば、おそらくこの二つのサティに基本的な違いはないのだろう。

(以前に投稿した様に、この「サティ=気づき」という心的営為は、既にヴェーダ「賛歌瞑想」において基本的に成立していたものだ)

これは次回以降詳述するが、苦行時と悟達時の二つにおいて決定的に違ったのは、「Viriya=エナジーの運用のあり方」だった、と私は考えている。菩提樹下の禅定において、Viriyaの「質的な転換」が起こり、だからこそ覚りへの道が開けたのだと。

それは、先に苦行の文脈で仮訳したエナジーをかきたてる」状態からエナジー出力の繊細なチューニング」への、明確なシフトによって初めて成し遂げられたのだ。

この『シフト』に関しては、かなり上の方で「狂象の調御の喩え」と絡めて既に言及している。

出家したばかりの若く未熟な比丘の内部には、圧倒的なまでの男性的な生命エネルギーであるViriya(Vīryam=精力、エナジー)が渦巻いている。それを瞑想修行に “向けて(調御=シフトして)” チューニング(調御)し、活用(善用)する。

そのエナジー・フローを調御し、調節し、シフトし、チューニングして、瞑想実践という『Kamma=仕事』の中で、針先の一点において焦点を合わせ切る(paṭivijjha : pierce or penetrate=貫入・突破)。

そこで

ヴィーナの調弦=「チューニング:弦の張力エナジーのバランス調節 ⇒ 名演奏による聴衆の歓喜」と

狂象の調御=「オス象の生命エナジー(貪欲・怒り)の平定と調節 ⇒ 役畜転用による労働利益」と

比丘の修道=「男性的生命エナジー(貪欲・怒り)の平定と調節 ⇒ 瞑想実践による悟り」は、

同じ「文脈の流れ」として重ね合わされている。

と書いた事が、そのまま「苦行の Viriya と七覚支の Vriya」の関係性においてもエナジーのチューニング(最適化調節)」として当てはまるのだ。

七覚支についてはネット上でも様々な解説・文言が見受けられるが、この「Viriyaの質的な転換」「エナジーのチューニング」を踏まえた上で、私流に七覚支を解釈すると以下のような流れになる。

もちろん努力精進などは自明の大前提とした上で~

Sati=気づき』の瞑想を行い、

そこで体験される様々な『現象=Dhamma』を観察し、その中で正しいゴールに導くものを選び取って特に注視・専念する事によって(チューニングがなされ)、

やがて心的なSati Field(気づきの意識場)』に『Viriya=エナジー』のある種『平衡点(サマタ)』が観取され(立ち現われ)るから、そこに一気に没入する事によって、

『Piti=喜び』が自ずから生じ、しかしそれに捉われずに粛々と瞑想行を深めれば、

『Passaddhi=軽安』が生じ、それにも捉われずに更に行じ進めれば、

『samādhi=禅定(教義的には第四禅定)』が確立し、その果てに

『upekkhā=捨、完全な遠離』が体現される。

この流れは、私自身のリアルな瞑想体験を下敷きにしたものなので、中々他者に理解を求める方が無理筋なのかも知れないが、ピティ以降を経験する為には、ある種「日常意識」『ボーダー』超えなければならない、というのが率直な実感だ。

ボーダーを超えた『没入』のさ中で初めて経験され得るのがピティ以降~ウペッカーなのだ(語感的に余り使いたくはないが、要は『変性意識』状態)

『七つの覚りの支分』を標榜する文言の中で、瞑想実践上決定的な意味を持つこの「ボーダーの突破(paṭivijjha : pierce or penetrate)」が言及されていないのは極めて不自然であり、もしViriyaが単なる『努力』に過ぎないとしたら、それは『経典』としては極めて不明・不手際(遺憾)である、としか私には言いようがない。

(逆に言うと、「瞑想実践を見失った者」がこの Viriya を単なる『努力・精進』とするのは全く自然であり、不可避な成り行きだったのかも知れない)

この「ボーダーの突破」について、正に的確に示唆したのが、ブッダによってソーナに語られた『ヴィーナの譬え』における、

riyasamataṃ adhiṭṭhaha, indriyānanca
samataṃ paṭivijjha, tattha ca nimittaṃ gaṇhāhī’’ti.

(気づきの瞑想の中で)エナジーの平衡点を見出して注意深く安定を確立し(チューニング)、そこで現成する五官・六官の平静な静まり、「寂止」へと没入する。そこで「兆し=ニミッタ」をつかめ。

という言葉なのだと理解されるべきであり、だからこそ「七覚支」中盤の「ターニング・ポイント」としての Viriya なのだ。

ここでは、言葉のアヤで「確立し」とか「没入し」とか、「自分が行為している」かのような表現になりがちだが、しかし実際に起こる事は、文字通り自ずから起こる、というのが限りなく正解に近く、「択法」にしても「没入」にしても、主体的に「為す」のはある種「ベクトルの舵取り」程度のものに過ぎず、その方向が正しくかつ集中力さえ途切れなければ、全てのプロセスは水が高きから低きに流れる様に、自ずから進展する。

この様な瞑想実践上の具体的な体験その機微に関しては、本質的に「言葉では説明できない・し難い」部分も多く、私はその様な領域に関してはこれまでも極力言語化してグダグダ説明する事を避けて来た。

しかし、このViriyaという概念は実践的に極めて重要なものなので、今回は最低限踏み込んで、様々な譬えを交えて可能な限りリアルにイメージ出来るように説明を試みたが、その正確性については自ずから限界がある。

二回にわたって論じてきたこの「Viriya=エナジーにまつわる様々な事柄は、今後の投稿の中でもその論理構成の基盤としてたびたび登場してくる。抽象的で分かりにくい部分もあるかも知れないが、充分に咀嚼して可能な限り「感得」してもらえたら、と思う。

逆に言うと、特定の様々な文脈で共有されているこの「Viriya」を、これまで通りの『努力・精進』としか捉えられない人にとっては、ここから先の私の論述は全て空論・戯論の類にならざるを得ないので、もはや読む必要は全くない。

(その様な人々には、おそらく本ブログの全ての内容が空理空論に映っているのだろう)

今回の『天秤棒の喩え』については、中村元注記の「釣り合いのとれた」という言葉としてそのまま『努力・精進』に適用してもそれなりに意味を成すので、そう思っていたい人はそう思っていれば良いと思う。

私としては「そういう人は、弦楽器のチューニングも象の調教も天秤棒運びも全く何一つ知らないのだな」と肩をすくめるしかない。 

と言う訳で、どうやら外堀を埋める煩瑣な作業も、ようやく終わりに近づいてきた。

次回以降、沙門シッダールタが覚りを開く前に邁進したと強調されている『三つの苦行』の詳細を、内部化された祭祀、並びに『地水火風』とそのエナジー(Viriya)性、という観点から、詳らかに見ていきたいと思う。

『地水火風』が持つエナジーとその『平衡点』(vīriya-samataṃ)というものが、実践的にどのような意味を持ち具体的にどのように立ち現われて沙門シッダールタによって観取され、それがどう「覚りの瞑想行法」その核心へとつながっていったのか。

ひとつのキーワードは『聖化』だ。

前回論じてたように、すでに日常において身体の中に地や火や風や水が内部化されているのならば、取り立てて特別な事をする必要はないとも言えるだろう。

しかし、それが日常であるが故に、やはりそのままでは『内なる祭祀』には適用できないのだ。何故なら、祭祀に使われる地や水や火や風は、特別に『聖(浄)化』された物でなければ、ならないからだ。

既に体内に存在している「地水火風」を、内なる祭祀の為に『聖化(浄化)選別』する。何よりも聖と浄の極みである解脱、つまり『至高のブラフマンに向けて。

沙門シッダールタが希求していたものが、果たして『不死なるブラフマンであったか否かに関しては様々な反論が予想されるが、本稿では「確信犯的に」この仮説を採った上で「読み」進めていく。

おそらく沙門シッダールタも、当初は伝統的な「内なる火の祭祀」という文脈の上で試行錯誤しながら苦行を試みていた。けれどもそれによってブラフマンの解脱智」=絶対安心が得られなかった彼は、その内なる火の祭祀 ‟質的に転換して” 、覚りに至る「解脱に至る瞑想法」へと昇華していったのだ。

もちろん、この『内なる火の祭祀の質的転換』こそが「Viriya=エナジーの質的転換」であり、すなわち「弦音のチューニング」であり「狂象の調御」であり「平衡点の観取・突破」に他ならない。

この辺りの消息こそが、最もエキサイティングで面白い部分だろう。

 

(本投稿はYahooブログ 2015/11/15「瞑想実践の科学 50 “Vīryam”と貴乃花と発情期の狂象」を加筆修正の上移転したものです)

 

 

 


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『Virya=エナジー』から見た世界の諸相と「地水火風」《31》

バラモン教の不法な動物犠牲を伴った『外なる祭祀』に対する、批判的代替として提示された『内的な祭祀』としての比丘サマナの苦行や瞑想行。そのような視点で、ここまで考察してきた。

その流れで、前回投稿の最後には、

そこで最初に焦点になるのは、『内なる火の祭祀=タパス』と ‟Virya” すなわち ‟エナジー” のセットだ。それが外であれ内であれ、火の祭祀が行われるのならエナジー(燃料)は必須となる。

と私は書いた。

そこで今回はまず最初に、『火の祭祀の内部化』においてキーワードとなるこの《Virya / Viriya=Energy》、という言葉について考えてみたい。

エナジー、これは私たちの日常的な日本語ではエネルギーとかパワーとか言ったほうがわかり易いかも知れない。一般論として端的に『エネルギー』と言った時に、読者の方はまず何を思い浮かべるだろうか。

あるいは、私たちのごく普通の日常生活、さらには洋の東西を問わずあらゆる時代を通底して、人間的な生活の中で「エネルギー」を ‟感じる” 事のできる、もっとも身近な『事象』とは、一体何だろうか?

それは第一には「火」であり、その「燃焼による熱」のエネルギーである、という事は、多くの方が同意していただけるのではないかと思う。

私たちの人間的な日々の生活の中で、もっとも顕著に「エネルギー」というものを感じることができるのは、「火」とその「熱」であると。

この火の熱量、具体的には大地の上で人間によって利用される火、薪や油などの燃料から生み出される炎としての火であり、その対極である天空に輝く太陽の火である、と云うことは、インド世界ではヴェーダウパニシャッドの時代から『祭祀』という文脈の中で言い習わされてきた。

太陽は天空のアグニ(火)であり、アグニ(火)は地上の太陽である、と。

ここでひとつ重要なのは、これら天地の両極における「火」が、熱量であると同時に「光照作用」でもあった、という明らかな事実だ。

特に「地上の火」に関しては、電気による電灯に慣れ親しみ過ぎて「裸火」というものから遠ざかっている現代日本の都市生活者は、注意が必要だろう。

太陽とは文字通り「天照らす」偉大なる「光り輝き」であり、地上の火もまた、現代と違って焼くための熱量であると同時に、照らすための光であったわけだ。

これは現代インドにおいても、古い寺院の奥深い暗闇に灯されているオイルランプの光などを見れば明らかだろう。電気がなく、もちろん電球も蛍光灯もない時代には、火というものは唯一の人工的な「明かり」だったのだ。

燃え盛る炎から生まれる熱量によって温め焼き、その光によって照らすもの。これが最も身近なエナジーとしての「火」が持つ、基本的な性質だ(もうひとつ、あらゆる物を焼き尽くして『浄化』する力もあるが、これは後日)

そしてそのような「火」すなわち「アグニ」が、バラモン教的な祭祀においても、供犠の火として使用され、あるいは天上の太陽と対置される神として崇められていたのだ。

そこで、そのような「火」どのようにして ”内部化” していくか、というその方法論が問題になる。

一般にインド的な「苦行」は「タパス」と呼ばれ、その原義は「火の熱量」である、と言うことはすでにこれまでに触れているが、なぜ苦しむ事が火であり熱なのか。

これは、経験的な事実を思い起こせば容易に理解できるだろう。例えばわかり易く、時代劇などで鉄砲傷を負った人を手術して、体内から鉄砲玉を摘出するシーンを思い浮かべてみよう。

患者を寝かせて木片などを口に噛ませて、数人の助手が手足を押さえつけて、おもむろに焼酎などをプッと霧吹いたのちにメスを入れる。

その瞬間、もちろん当時はまともな麻酔などは存在しないので、その生身を切り裂かれる激痛によって、電撃に打たれたように患者は身もだえし、苦悶する(もちろん執刀以前から苦痛はあるのだが、それ以上に)

その激痛をこらえるために患者は無意識のうちに歯を食いしばる。その時に舌を噛んでしまわないための木片であり、暴れる動きによってメス先が乱れることを防ぐために手足を抑えるわけだ。

その苦痛によって生み出されるエナジーのもの凄さは、現代でも、例えば出産や業病等の苦しみに立ち会ったことのある人ならば、きわめてリアルに得心する事が出来るだろう。

(私も気胸体験時にその片鱗を味わわされたw)

激烈な痛みに見舞われている患者の体内では、すさまじいレベルのエナジーが荒れ狂っており、それは第一には身もだえする身体の「運動エネルギー」として誰の目にも明らかだろう。

そしてその苦しみに耐えている、文字通り身を焼かれ切り裂かれるような苦悶のさなか、人の身体は高熱(火)を発し、発汗(水)する。これも傷病の苦痛や出産の苦痛を自ら経験したり間近に立ち会ったりした人々には説明は不要だ。

このような苦痛に伴って体内に生じ高まる熱量。これこそが、苦行というものがタパス、つまり火の熱量、という言葉によって呼ばれた事と深く関係すると思われる。

もう一つ、苦行がタパスと呼ばれた原風景には、ひょっとすると「火刑」というものの存在があったのかも知れない。人類の歴史を通じて、大変残念な話だが、火あぶりの刑というものは最も効果的かつ残酷な見せしめの刑罰として重用されてきた。

生身を火で焼かれる苦痛というものは、おそらく人間が経験しうる最も大きな苦痛のひとつだろう。実際に、宗教的な苦行という文脈においても、人はしばしば我とわが身を火で焼くのだから(日本の火渡りや焼身供養など)、これが苦行をタパスと呼ぶ、その原風景的なひとつの心象だと考えるのはとても自然だ。

インド教の場合は、当然ながら火の動物供犠祭というものを内部化する、という焦点があることは、すでに前回述べている。

さて上の説明に、苦痛に身もだえる患者の熱量を伴ったその激しい身体的な『運動エネルギー』、というものが出てきた。これが実は、私たちがごく普通の日常生活の中で、火の熱量の次に体験的に感得することのできる、もうひとつの顕著なエネルギーだ。

これは現代人にまず身近なところから言えば、あらゆるビークル(車、電車、飛行機、船など)に見られる走行移動運動が分かり易いが、時代を超えて普遍的なものとしては、人間を含めた大型動物なかんずく巨大なオス動物によって発揮される、目覚ましい運動エネルギーが挙げられるだろう。

例えば、仏典にも頻繁に登場する荒れ狂う雄の巨象が発揮する破壊的な運動エナジー。「運動」という言葉は「運ぶ動かす」と書くが、下の動画に見られるように、正に巨象がリクシャやトラックを牙で差し上げ軽々と投げ飛ばすエナジー(威力)にそれが鮮烈に表れている。

人の手では容易に動かすこともできない巨木の丸太も、このような象の剛力によって容易に動かされ運ばれていく事実は、誰にとっても瞠目すべき事実だろう。

これは人間の男(オス)の場合も同様だ。古来より時代や場所を問わず、剛力というものは優れた漢(おとこ)あるいは戦士の象徴として喧伝されてきた。日本の相撲取りが『力士』と呼ばれるのもその反映だ。

仏典でも伝記的な物語、確かヤショダラ妃との結婚にまつわるエピソードの中に、シッダールタ王子が巨象を投げ飛ばしたとか、あるいは誰も引くことのできない強弓を引いて矢を射たとかいう話が出て来る。

同様のエピソードは、実は主役を変えてインド教的な説話物語の中では至る所に見られるもので、英雄というものと剛力、すなわち優れた「持ち上げ運び動かす(敵を破壊する)エネルギー」というものは同一視されており、そのような運動エネルギーこそが、Viryaの原型となるVira(勇者)の原像である、という事実は、以前に詳述している。

男たちの間で行われるいわゆる『力比べ』は世界中に存在し、例えば日本で言う『力石』というものは現代インドにも残っている。

若者石と呼ばれるインドの『力石』

もちろん、このような剛力が発揮されている『運動』のさなかには、彼らの身体は熱く燃え上がり、滝のように発汗しているだろう。

ちなみにサンスクリット辞書でvīra(ヴィーラ=英雄、戦士)を引くと、その中には

-4 Fire. -5 The sacrificial fire(供犠の祭火).

という項目がしっかりと記されている。祭祀を基本文法とするインド教世界において、火とは何よりもまず『祭火』であり、身体内部で燃え盛る『体熱』は自然な流れとして「内なる祭火」へと転化され得るのだ。

運動エネルギーと火の熱エネルギーが表裏一体である事。これは古今東西、時代を問わず、誰もが体験的に確認可能な真理なのだ。この二つの相関、現代人にはまったく違った方向からも、ある意味理解しやすい原理かも知れない。

前回たとえ話で持ち出した火力発電や原子力発電、それこそが正に熱エネルギー運動エネルギーへの変換によって生み出されるものであり、火によって生み出される運動エネルギー、つまり発電タービンの運動が、電気というもうひとつの「熱・光」エネルギーに変換されるのだから。

また、自動車エンジンなど現代的なあらゆる内燃機関が、文字通り内部において火を燃やして、そのエナジーを運動へと転化する事によって成り立っている。

もちろん、現代的な発電や内燃機関というような文脈は古代インド人にはあずかり知らぬ事だ。しかし、例えば火によって鍋を熱することで、沸騰という激しい水の運動が起こるという事実は容易に観察され把握されたはずだ。

(この点に関しては、瞑想実践とも絡めた非常に興味深い記述がパーリ経典には存在しているのだが、これも後日に)

あるいは、燃え上がる火によって熱せられた空気が、風を巻いて上昇していくその運動という形でも(それは煙の動きや「陽炎」によっても視認可能)、熱と運動エネルギーの相関は容易に理解し得るだろう。

何よりも、燃え盛る火のその炎自体、激しく運動し躍動するものではないだろうか。

ViryaもしくはVira、すなわち男性的かつ英雄的なエナジーと火熱との重ね合わせは、例えば阿修羅や明王像に見られるいわゆる憤怒相が、しばしば火炎に縁どられている事実にもよく表れている。

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海宇工芸館さん:武器を手に炎を背にした不動明王背にした炎は「火の浄化」をも意味している

日本語でも、「火のような怒り」というのは日常的な表現だし、闘志に包まれた星飛馬の瞳の中で赤い炎がメラメラと燃え上がる、というのも同じ心象に基づくものだ(笑)。

これらは、現代日本人であろうが古代インド人であろうが変わらない、人間として普遍的な極々当たり前の感覚・感性ではないだろうか。

そして、このような火あるいは炎は、古代インド的な心象では同時に光・輝きでもある。そう考えると、時に「Maha Vira(大勇)」と呼ばれたブッダが、同時に世界の太陽であり世を灯す明かりであったという事の背景心象が、段々と明らかになる。

 

話を元に戻そう。ここまで私たちが日常の中で普通に見られる最も顕著な運動エナジーとして、生物の雄が発揮する(熱エナジーを伴う)運動エナジーを見てきたが、それ以外に私たちの周りで、わかり易くも圧倒的な存在感を放つ運動エナジーとは一体何だろうか。

それは水と風という自然が生み出す運動エナジーではないかと私は思う。

最初の水については、日本においても豪雨の結果としての鉄砲水や洪水、そして未だ記憶も新しい津波の例を見れば、その人間的なスケールを遥かに超越した『威力』は明らかだろう。

同じようにインドに於いても、雨期の降雨が持つ大地を削るエナジーやその集積としての大水が持っている巨大な運動エナジーというものは、しばしば人間生活を破局的なまでに打ち壊す力を持って迫って来る。

私は雨期のバラナシに滞在したこともあるのだが、あの全てを流し去ってしまう圧倒的な質感を持つ水の流れと、そこに秘められた巨大なエナジーには底知れない畏怖心を抱いたものだ。

この大河の流れが孕む莫大な運動エネルギーは、例え雨期でなくとも、日常的に大河により沿って生きていた古代インド人にとっては自明の事だった。

滔々たる水の流れが持つその巨大な運動エナジー。これは水が保持している植物などへの『成長力』と共に、ある種の「神威」つまり「神の威力」として、人々を畏怖せしめていた事だろう。

ヴェーダの世界では、それは降雨の神パルジャニヤや河川神サラスヴァティなどの名前で讃嘆されている。

水の運動エネルギーに関しては、海についても同様だろう。

ブッダやその周囲に住むガンジス川中流域の人々の多くは、確かに自らの眼で直接大海というものを見たことはなかったかも知れない。しかしインド世界というのは何しろインダス文明の昔から海路を通じて湾岸世界(メソポタミヤ)等と交易をしており、ブッダの時代前後にも海商隊が交易に携わっていた事は明らかだ。

それら航海者、つまり商人を含めた船乗りが無事帰国したら、富をもたらしてくれる勇者として、国王臣民によってもろ手を挙げて歓迎された事だろう。

そんな彼らが、航海の困難を大げさに吹聴するであろうことは人間心理の必然であり、同時に未知な事象に対する好奇心というものもまた、人間心理の必然であることを考えれば、荒れ狂う大海というイメージ情報は、内陸インド世界にも広く浸透していた事が推測できるのだ。

その荒れ狂う海の水が持つエナジーの圧倒的な『威力』は、嵐においては船を翻弄し粉砕・沈没にまで至らしめるような運動エネルギーであり、同時にそれが海流・潮流としてプラスに働けば、船を運んでくれるありがたい運動エネルギーにもなる。

同じことが風にも言える。モンスーンの豪雨は吹き荒れる風によって前触れされるし、ベンガル湾で顕著なサイクロンなどの強風の猛威は、同じように台風にしばしば襲われる日本人には、巨大な運動エネルギーとして理解しやすいだろう。

そして帆船を使う古代の航海においては、このような風の力こそが、船を遠い異国の遥かの岸辺にまで運んでくれる、偉大なもうひとつの運動エネルギーだった訳だ。

(風が森林の枝葉を揺り動かすという光景は、パーリ経典ではしばしば自然的な恐怖の象徴としても記述されているし、「風に逆らってチリを投げればわが身にかかる」という譬え話でチリを運ぶのも、小なりとは言え風の「運び動かす力」だ)

風の恐ろしい運動力は、暴風神ルドラの名前ですでにヴェーダにおける神々のパンテオンの中でも特異な地位を占めているし、そしてこのルドラこそが、後のシヴァ神の原像である事も銘記しておきたい。

このような風の運動エナジーは、先にも書いたように、祭祀の火のエナジーによって生まれる上昇気流やそれと共に天へと立ち上る煙によっても、古代インド人にとって身近なものだっただろう。

先に体熱と運動力の相関に触れたが、ここにひとつ、特記すべき重要な事実がある。祭祀における風の上昇運動エナジーは、火の熱量によってもたらされる、という相関(因果)関係だ。このような相関は実は自然気象としての風や水の運動エナジーにも見出されうるものだ。

インドとは酷熱の大地だとよく言われる。それは丁度これから、三月から五月にかけての酷暑期に、そのピークに達していく。

そしてその太陽の酷熱が頂点に達したその直後に、あたかもこれまでの加熱量の結果であるかのように、インドの大地はモンスーンの雨によって一気に冷やされるのだ。

これは酷暑期と雨期のはざまにあるインドの大地の上に、あるいは同じような熱帯の地に、実際に住んだ経験のある方なら、極めてリアルに感得できるニュアンスだと思う。

(日本でも真夏の夕立などはその典型だが、熱帯のそれは遥かに鮮烈だ)

ジリジリと照り付ける酷の太陽によって大地が熱く焼けたフライパンの様に熱せられ、その熱がよどんだ飽和状態、その停止した気だるい滞留が瞬間的に破られて一陣のが吹く。

その直後から空は一転にわかにかき曇り、おどろおどろしい黒雲が瞬く間に膨れ上がり、ポツリポツリと粒が落ちてきたな、と思っているうちには、すでにもう、一寸先も見通せないような豪雨の帳に包まれている。

あれよあれよとその豪雨に見とれている間にも、もうすでにその雨水は激しい流れとなって大地の低いところを求めて集合し、巨大な奔流となっていく。

天上のアグニ(火)である太陽の熱エネルギーと、それによってもたらされる風と水の運動エネルギーとの相関は、現代的な物理学やら気象学やらをわきまえていない古代インド人にとっても、体験的に、自明な真理として感得されていた可能性が高いと言えるだろう。

さて、ここまで私たち人間生活の中で、時代や地域を問わず顕著な『エネルギー現象』というものについて考えてきた。

それは第一には太陽や地上の火が持っている熱と光のエナジーだった。
第二には、その火熱と深い相関を持って生まれる運動エナジーだった。

運動エネルギーは、最も身近なところでは動物の雄が発揮する剛力(Vira、Viriya)として現れ(それは内なる火である体熱と共にある)、自然的なスケールでは、太陽熱や火によってもたらされる風と水の振る舞いとして現れた。

ここまで読んできて、勘のいい読者の方なら、ある種『デジャヴ』のような既視感に見舞われてはいないだろうか?

この世界における顕著なエネルギー現象、その担い手としての「要素(基体)」である火と風と水。これらはいわゆるインド思想における『四大要素』あるいは『四界』と重なり合うのだ。

これは果たして偶然なのだろうか?

では、もうひとつ四界のうちの最後に残った『地』の要素。これはエネルギーという視点からみた場合、その担い手としての意味を持っているのだろうか。

第一に、Viraであるところの剛力戦士が、その運動力を発揮する根拠となっているものこそが、身体における『地』の要素である『筋肉』と『骨格』という固体パーツである、という事実がありる。

第二に、地の要素というものを環境世界における「大地」として捉えると、それは不動であるように見える。ブッダが主に活動した北インドでは余り頻繁に地震が起こるという話は聞かないし、大地や岩山はしばしば不動の最たるものとして譬えに使われてもいる。

(仏典には、ブッダの人生における画期となるイベントの前後に、大地が鳴動する、というような記述が随所にあるが、これは地震なのだろうか)

しかしこの不動の大地こそが、火の燃料である薪材の供給源である、という事実を忘れるべきではないだろう。大地はエネルギーの『蔵』なのだ。

もうひとつの可能性として、これは現在までの日本のインド学ではほとんど指摘されていないかも知れないが、古代インドの基本的な世界観の中にある『大地の円輪』つまり巨大な ‟車輪” としての大地、という心象が考えられる。

これは回転する車輪としての大地であり、それと対になった回転する車輪としての天、という世界観だ。

これは本ブログの過去記事でも繰り返し指摘している所だが、古代インド人、というかそれ以前の中央アジアからコーカサスにかけての大平原に発するアーリヤ・ヴェーダの時代から、はるか360度の地平線の果てまで見晴るかすことのできる大地というものを、ひとつの円輪=車輪、として捉えていた可能性が高いのだ。

~以下、中村元選集決定版第8巻「ヴェーダの思想」P451から引用

『宇宙の形に関しても明確な描写は存しない。ただ一回、これを重ね合わせた二個の鉢に譬え、また車軸によって車輪を支えるようにインドラは天地を引き離した(RV.Ⅹ,89,4)ともいわれている点から見ると、地表を円形と考えていたらしい。天地は併称されることが多く、「二個の半分」と考えられているが、そのあいだの距離についてはなにも記されていない。』

彼らは大地を下方の車輪とし、天をその対となる上方の車輪と見なす事で天地の両輪となし、それを支える車軸として超越的な神、この場合は「Eka」つまりひとつ(一本車軸)なる神だが、を想定していたと考えられる。

この点に関しても以前詳述している筈だ。

当然、大地も天も車輪である以上 ‟回転運動” をしなければならない。というか、特に天というものが太陽や月や星々を見れば明らかなように、実際に日周的な回転運動をするからこそ、それを回転する車輪と重ね合わせた。

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Google検索「星空 回転」より:回転する星空

当然、人間の日常的な感覚では不動に見える大地も、本質的に回転するものだという前提は含意されていた(それが車輪の回転であるならば、障害があれば『振動』する)。

そして、これら回転運動する天地両輪というイメージが、いわゆる『輪廻転生』という世界観のいわば『下敷き』になっていたと考えられる。

(しかしこの「輪軸世界観」と「輪廻思想」の関係性については、現時点ではあまり自信はないので、ここではこれ以上突っ込まずに話を先に進めよう)

『地』に関するエネルギー性のもうひとつの可能性は『重力』だ。

先に私は、大地やその上に聳える『岩山』というものが、古代インドにおいては『不動』なるものの象徴である、としてパーリ経典などで引き合いに出されている事を指摘したが、この『不動性』とは一体何か、と考えてみた。

その時私が唐突に思い出していたのが、『クリシュナのバター・ボール』だった。これはインド・フリークの人ならば、「ああ、あれね」とすぐに思い出せるほど有名なものだ。

クリシュナのバター・ボール。それは海岸寺院やパンチャラタなどの世界遺産で知られるタミルナードゥ州のマハーバリプラムにある大きく丸い巨石だ。

その巨石は石窟遺跡群がある岩丘のはずれ、その緩傾斜の岩斜面にポツンと置かれたもので、直径7~8m以上はあるだろうか。チョーラ朝だかパッラヴァ朝の王が何頭もの巨象をつないでロープで引かせたけれど、ついに動かすことはできなかった、という言い伝えが残っている。

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クリシュナのバターボール

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そぎ落とされたような背面:マハーバリプラム - Wikipediaより

その球状の形や、背面をバターナイフでそぎ落としたような切断面から、クリシュナ神が子供のころに好んだというバター・ボールにちなんで、その名が付けられたという。

昔、「象が踏んでも壊れない」というキャッチコピーで筆箱のCMがあったが、ではこの巨石が「何頭もの巨象に引かせても動かない」のは、‟一体何故” だろうか。

それは極めて単純な話で、『とてつもなく重い』からだろう。

さらにその意味を追求すると、その「とてつもない重さ」が、象の「運動力(運搬・牽引力)」を遥かに上回っていたから、動かせなかったのだ。

ある意味当たり前の話だが、しかしその瞬間、私は理解していた。

「この『不動』を生み出す『重さ』こそが、大地が持っている『エネルギー性』すなわち『重力』である」、と。

巨石が持つ『重さの力』が、天秤にかけた時に巨象たちの運動力(運搬力)を遥かに上回っていたからこそ、それは不動でありえた、事になる。二つの対置されたエネルギーとエネルギーとの拮抗であり凌駕、という観点だ。

言い方を変えると、重さの力とは運動力(動かそうとする力)に対抗する力、と見ることができるかも知れないし、あるいは重いものをぶつければ吹っ飛んでいくように運動力そのものでもある。

このような性質を持つ「地の要素」の重さの力、現代物理学でいうところの重力とほぼ重なるものだが、古代インド的にはもうひとつの意味があった。

それは『圧し潰す ‟押圧力”』だ。

パーリ経典には巨大な岩山が持つ、この押圧力について、面白い表現がある。

尊師(ブッダ)は次のように言われた。

「大王さま、あなたはどうお考えですか? ここに、信頼すべく、頼りにすることのできる人が、東方から、西方から、北方から、南方からあなたのところに来て、言ったとしましょう。

『大王さま。どうぞ、ご存じください。私は、東方から、西方から、北方から、南方から来ましたが、そこでは、雲のような大きな山があらゆる生き物を圧し潰しながら、やってくるのを見ました。大王さま、あなたのなすべきことを、なさってください。』と。

このような大きな恐怖・脅威が起こり、恐ろしい人類の破滅が迫っていて、人身たることが得難いのに、何をしたらよいのでしょうか?」

尊いお方さま。このような恐怖・脅威が起こり、恐ろしい人類の破滅が迫っていて、人身たることが得難いのに、何をしたらよいのでしょうか? 唯、法にかなった行い、正しい行い、善い行いをなすこと、功徳をつくること以外にはないでしょう。」

「大王さま、私はあなたに告げます。あなたに知らせます。《老いと死》があなたにのしかかっています。《老いと死》があなたにのしかかっているのに、何をしたらよいのでしょうか?」

~中略~

「虚空をも打つ広大な岩山が、四方から圧し潰しつつ、迫ってくるように、《老いと死》とは、生き物にのしかかる。

王族、バラモン、庶民、隷民、チャンダーラ、下水掃除人であろうと、いかなるものをも免除しない。すべてのものを圧し潰す。

そこには象軍の余地なく、戦車隊や歩兵隊の余地もない。策略による戦いによっても、財力によってっも、勝つことはできない。

それ故に、賢明な人は、自己のためになることを観察して、ブッダと法と集いとに対する信仰を安住させよ。

身体により、言葉により、法にかなった行いをなす人を、この世では人々が称賛し、死後には天界で楽しむ」と。

~以上、サンユッタ・ニカーヤⅠ 「神々との対話」中村元岩波文庫 第Ⅲ編 第三章 第五節:山の譬喩P213~より抜粋引用

これはおそらく、北インドでも平野部ではなく山岳丘陵部において、時に起こる大災害としての地滑りや山崩れ、土石流などのイメージを踏まえた上で、その逃れようのない圧倒的な「圧し潰す威力(エネルギー)」を『老いと死』という圧倒的な脅威(恐怖)と対置してたとえたものなのだろう。

その背後にあるものこそが、大地や岩山などが本質的に持つ『重さの力』である、というのは、上に説明した通りだ。

この地の要素である岩が持つ「圧し潰す力(エナジー)」。インド人の生活の中で、極々日常的な営為の中にも象徴的に表れている。

それは、いわゆる「石臼」だ。石臼と言っても、日本と違ってインドの場合は、台座となるある程度の重さを持つ(作業中にも不動な)石台の平らな表面上にスパイスやら様々な食材やらを乗せて、それをある種円柱様の手ごろな石をゴロゴロと転がす事によって、圧し潰し、すり潰すタイプになる。

この時、人の力は最小限で済む。それは転がす石自体に一定以上の重さがあるからだ。この重さが自然に圧し潰す働きを、人間は手のひらで感じながら力加減をコントロールしていく。

インド式 Stone Grinder。手さばきが美しい

重さとそして硬さという地の要素の基本特性が、典型的に発揮されているのが良く分かるだろう。これは人の身体に当てはめると「歯と顎の力」に相当する。

このような地の要素が持っている不動や圧力として発揮される「重さの力」、先に指摘した日常的に身近な「運動力」としての、戦士の剛力においても実は該当するものだ。

これは、日本の相撲力士に典型的に表れているだろう。

舞の海がどんなに技のデパートを繰り出してトリッキーに勝負を仕掛けても、結局のところガタイのいい重量大型力士の盤石の重みには押し切られてしまう。

そしてそのような大型力士の重量は、単に動かされにくい、というだけではなく直接的に剛力すなわち筋力にも影響する。鍛え上げた戦士の巨大な体のその重量を占めるのは、かなりの部分が筋肉だからだ。

戦士の戦闘力は身体の大きさ重さに比例している。それゆえ、あらゆる競技格闘技が、厳正な体重制にのっとって行われる。

小兵がもつ俊敏性の利を全否定するわけではないのだが、やはり、身体の大きさとその重さは、運動力(戦闘力)の絶対的な根拠になっているのだ。

これは、雄の巨象が示す剛力についても象徴的かつ典型的に該当する。

彼らが人間を遥かに凌駕する驚異の剛力を発揮できるのも、その巨体と、その筋肉と、そして体重が、人間を遥かに凌駕する(何トン、の次元)事に根拠するのは明らかだろう。

一方で、水が持つ運動力・運搬力の根拠に、その重さ、があるのもまた事実だ。しかし、同じ大きさのバケツにそれぞれ水と砂利を入れた場合、砂利バケツのほうがはるかに重くなるように、やはり、重さのエネルギーにおいては、圧倒的に「地」の要素が他を凌駕している。

この世の中で最も重い物質である金属、金や銅や鉄などもまた、大地から掘り出されて精錬されるものだから、この「地の要素」とその内在エネルギーとしての「重さの力」という相関は、古代インド人にとっても、経験的に自明のことだっただろう。

(その他に人間生活の中で直面するものとして、大地から生えて聳え立つ巨木の重さなども)

以上、火と水と風、そして地という四要素とそのエナジー性について、色々と考えてみた。これら『四大』がバラモンの外なる火と供犠と賛歌の祭祀において極めて重要な意味を持っていた事は前回既に指摘している。

一般にウパニシャッドに見られる輪廻転生世界観の『原像』と言われる文言を見てみると、そこには火葬の火の煙と共に天に(魂が)上り、雨と共に(魂が)地に降りる、という思想が見て取れる。

この原初的な輪廻観の『原動力』つまりエナジーになっているのが、水と風の『運搬力』に根差しているのは明らかであり、さらにその水と風に運動能力をもたらしているのは、天の太陽と地の火が持つ熱量である事も明らかだろう。

つまり、この現象世界を構成する地・水・火・風という四つの主要素は、何よりもエナジーの『素体(基体)』として把握されていて、それら四大・四界がもつ本質的な《エナジー性》こそが、人間を含めた世界を『運動』させる『原動力』になっている、という心象が明らかだ。

そしてそこにはもちろん、外部環境という大なる世界(マクロ・コスモス)と、人の身体という小世界(ミクロ・コスモス)の、照応関係が存在していた。

つまり、外部環境世界における火炎や太陽が内部化されたものが、すなわち『体熱』であり、外部の四大としての風が内部化されたものが『呼吸』であり、水が内部化されたものがあらゆる『体水』(汗、つば、血液、等々)であり、地が内部化されたものが、筋肉や骨格などの『固体的な身体』であった。

例えば、繰り返しになるがインドとは酷熱の大地であり、長く続く乾季を持つ世界だから、神々に請願する祭祀の目的としては、降雨祈願(雨乞い)というものがしばしば行われた事が想定できる。

の上に祭祀のを燃やすと、その熱量によって上昇気流()が生まれ、それが煙となって天に届くと、人間の請願を聞き届けた神々の祝福によって降雨、つまりが落ちてくる。

あるいは先に説明したように苛烈極まる太陽にさらされた酷暑期の直後に、あたかもその溜め込んだ熱量の結果であるかのようにモンスーンの季節風が巻き起こり、雨期が到来し、焼け付く大地に雨が降り注ぐ。

これら外部環境世界における「火と風と水と地の相関」は、人の身体に内部化された時には、Vira的な筋骨による身体運動において高まる体熱と激しい呼吸、それに伴うおびただしい発汗や心臓の鼓動=激しい血流、つまり内的な地と火と風と水との相関に重ね合わされた。

その背後にあるものこそ、我々の外部に広がる大なる宇宙・環境世界を、ひとつの『プルシャ』、つまり人間(男性)の身体として捉える、リグ・ヴェーダ以来のマクロとミクロ(外・内)が照応する世界観なのだ。

このような、太古の昔より存在した『身体は世界であり、世界は身体である』という心象風景があって初めて、比丘サマナたちによる『外的な祭祀を内部化する』というムーブメント、そしてその「方法論」もまた可能になった、と考えるべきだろう。

私たち人間生活の中で、ごく普通に『エネルギー(エナジー:Viriya)』を感じる事の出来る事象とは一体何か。

それは、第一には大地における『火』と天における太陽の燃焼、熱量であり、第二には運動エネエルギー、それは身近なところでは人間をはじめとしたオス動物に顕著な剛力、としてのそれであり、自然環境においては水や風や地によって示される人間的なスケールを遥かに超越した威力、としての運動や重さのエネルギーだった。

これら地と水と火と風という四つが、インド思想におけるいわゆる『四界(四大)』と重なる、という事実。これは果たして偶然なのだろうか。

このエナジー性と四界との合致については、「筆者が恣意的に誘導しているのだろう」という指摘も聞こえてきそうではあるが、果たしてそうなのか。

例えば、先にたとえ話で引き合いに出した『発電』というものについて振り返ってみたら、どうだろう。原子力なるものが登場する以前には、それは第一には『火力』であり次には『水力』であり、さらには『風力』ではなかっただろうか(天の太陽光発電もある)

現代の火力発電で使われる燃料は、正に大地から掘り出される石油であり、古代インドの場合火力の元となる薪材は大地から生える樹木だ。

これら四つのエネルギー性が、現代文明において何故発電に利用されるのか。それは、古今東西を問わず、火(と太陽)と水と風と地というこれら四つが、この地球環境世界において人間が利用できる、もっとも有効かつ『力』を持ったエネルギーだからなのだ。

時代を問わず、人間社会とはエネルギーの運用態であり、それは個々の『身体』についても同様だ。当然、私たちが経験し理解するような事は、古代インド人もまた経験し理解していた。

そして、火と水と風と地とがこの世界を構成する主要素であると考え、それらの『エネルギー性』とその『動態』が、私たちの『世界』を ‟運動(運行)させている”、と見て取った。

古代において世界中で普遍的に見られる『太陽神』信仰。それはインドにおいては太陽神スーリヤであり、大地においてはアグニ(火神)へと還元される。

水の神はヴァルナであり、風の神はヴァーユであり暴風雨神ルドラであり、地の神はプリティヴィである。それらが何故神として崇められたのか。それこそが正に、これら火と水と風と地が持つ超越的な『エネルギー性』に他ならないだろう。

当然、それらエネルギー性と共にある火と水と風と地は、人間の身体の中にも内部化されて認識された。繰り返すが、

何故なら身体は世界であり、世界は身体だからだ

身体の中に内部化された火とは体熱であり、水は体水であり、風は呼吸であり、地は骨格・筋肉である。当然これらもまた、その『エネルギー性』において、内部化され把握されていた。

そして、その内部化された『地水火風』は、沙門シッダールタが挑んだ苦行と、その経験を踏まえた上で生み出された「解脱に至る真実の行法《ブッダの瞑想法》」においても、極めて重要な意味と役割を担っていた。

これはパーリ経典を詳細に読み解いていけば、誰の眼にも明らかな事実である、と私の眼には映じている。

この点は次回以降に詳述したいと思うが、例えば煩悩の激流や輪廻の荒海とはの運動エナジーとの重ね合わせであり、アナパナ・サティとはの観察であり、その禅定の深みにおいて現成する『不動』とはの要素に他ならない。

苦行とはの供犠祭の内部化であり、それを昇華した上で最終的にシッダールタが到達した、その『ニッバーナ』の境地とは「燈明の火がフッと消える」という意味を原義としているように、正にそれは、の生態とその『止滅』に他ならないだろう。

(本投稿はYahooブログ 2016/4/17「『Virya=エナジー』から見た世界の諸相と地水火風」と2016/4/25「『地』の要素と『重さの力』」を統合の上、加筆修正して移転したものです)

 

 


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